ぶらぶら人生

心の呟き

本格的な夏?

2013-07-31 | 身辺雑記
 7月最後の今日は、猛烈な暑さとなった。
 朝から、青空がのぞいて。
 杏とジューンベリーの木の向こうには、晴れやかな空があった。
 昨日までのように、いつ訪れるか分からない大雨を、心配する必要はなくなったようだ。(写真 上)

 杏の葉の上に、ジューンベリーの葉の影が載っていた。(写真 中)
 巧まざる光景が、面白い。

     

     
 
 庭のあちらこちらに高砂百合の茎が伸び、蕾をつけている。(写真 下)
 まだ蕾をつけるに至らないものまで入れれば、11本。
 蕾の総数も、11個。
 開花を楽しみにしている。
 妹の話によると、高砂百合は、いくらでも増えるらしい。
 うるさいほど咲いてくれるといい。
 昨年までは、小さいうちに雑草だと思い込んで引き抜いていた。
 百合だと知って、今年初めて伸びるに任せた。
 来年の増え方を今から楽しみにしているのだが…。

     

 7月も、今日で終わる。
 本格的な夏をスタートさせて。

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ユーモアのある威厳

2013-07-29 | 身辺雑記
 今日は、母の命日である。

 雑用をしながら、NHKの<あさイチ>をつけていた。
 99歳の女性スイマーの登場に驚いた。
 真似のできない、すごいことだと感心して眺めていると、プールサイドにいて、母親の泳ぎを見ている息子に、意見している様子が映し出された。
 息子に向かって、ぼんやり見ているだけではだめではないか、といったような内容であった。
 思わず笑ってしまった。

 母の威厳!
 しかし、ユーモアのある威厳である。

 私は母を思い出し、懐かしんだ。
 私も老いた母に、よく意見された。

 母も、最期まで母の威厳を失わなかった。
 どこかに、とぼけた雰囲気もありながらの威厳。

 母の亡くなる89歳のお正月のことであった。
 母に歳を尋ねたところ、暫くは思案顔であった。
 というのは、兄は母の歳を数え年でいい、私は満年齢でいっていたので、頭が混乱したらしい。
 返ってきた言葉は、
 「親の歳ぐらい、子どもが覚えておきなさい!」
 であった。
 それを、すまし顔で、言ってのける母であった。
 「ハイ、ハイ」
 と、従わざるを得なかった。

 母が亡くなって、21年が過ぎた。
 晩年、健康には恵まれなかった母であったが、精神はしなやかで、老いを感じさせなかった。
 99歳のスイマーから、母の一面を思い出す今日であった。

 妹夫婦と孫の彩ちゃんが、お供えを持って来宅し、お線香を上げてくれた。
 お供えは、地元産の、シャインマスカット(写真)であった。
 しばらく4人で、語らいのひと時を過ごした。

    

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半世紀を経て

2013-07-28 | 身辺雑記
 私のケイタイには、市から大雨洪水に関する注意報、警報が、早朝から繰り返し送られてきた。
 が、幸い、当地は、恵みの雨に留まった。
 枯れるかもしれないと案じていた躑躅の小木が蘇り、雨上がりの庭に出て見ると、水不足で枯死寸前だった葉が生き返り、ピンと伸びていた。
 まさに慈雨であったのだ。

     


 ところが、山口県の一部と、津和野町には、大きな被害がもたらされた。
 ふと、遠い昔を思い出した。
 津和野町に在住していた昭和38年、想像を超えた豪雪に見舞われたことを。
 それ以来、盆地の町が、被害に遭遇したというニュースを聞かない。

 考えてみると、半世紀ぶりの 災害である。
 昭和58年に、大水害を経験した者として、雨の止んだ後も、生活上の不便が続くのではないかと案じている。
 津和野には、友人知己が多いだけに心配だ。
 同じ町内でも、被害の程度は異なるのだろうけれど。

  (追記 29日、被災地の友達や知己のことが気になり、津和野の同級生と山口の知人に電話した。
      二人とも無事で、安堵した。)

 しかし、山口線は不通になり、道路も寸断されているという。

 昭和38年の豪雪も、自然災害には違いなかった。
 あの大雪以来、住み慣れた故里を捨てる人がかなりあって、過疎化が加速したのだから。

 豪雪とはいえ、雪は美しい。
 それに比し、洪水による泥水の逆巻く風景は、悲惨そのものである。

 まだ暫くは、雨や土砂崩れに警戒が必要らしい。
 自然災害なので、どうしようもないことではあるのだが、ゲリラ豪雨による水害が多すぎる。
 水不足に困るところもあるというのに、不公平極まりない話だ。

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<人恋ふは…>

2013-07-27 | 身辺雑記
 永田和宏『近代秀歌』 (岩波新書)を読み始めた。
 いつもの習いで、まず<はじめに>を読み、<あとがき>を読んだ。
 <あとがき>の後に、<100首索引(50音順)>と<本書で100首に取り上げた歌人>が添えてあった。
 便利である。
 取り上げられた歌人の項を読んでいて、どんな歌人なのか歌も歌風も思い出せない歌人が二人あった。

 北見志保子と松村栄一。

 この本は、近代の秀歌(落合直文から土屋文明まで)の中から100首が選ばれ、10のテーマ別に、編集されている。

 「第一章 恋・愛 ――人恋ふはかなしきものと」から読み始めた。
 <人恋ふはかなしきものと>のサブタイトルを見たとき、私は、このフレーズを歌っていた。

   ♪ 人恋ふは―
     かなしきものと
     平城山(ひらやま)に
     もとほりき―つつ
     堪へがたか―り―き

     古(いにしへ)も―
     つまを恋ひつつ
     越えしとふ
     平城山のみ―ちに
     涙おと―し―ぬ    

 えッ? これは短歌? と思った。
 いつの頃、どんな形でこの歌を覚えたのか、思い出せない。
 誰の歌とも知らず、歌っていたのだ。

 この歌の作者こそが北見志保子さんなのであった。
 驚きであった。

                 
          本に掲載の写真より


  人恋ふはかなしきものと平城山(ひらやま)にもとほりきつつ堪へがたかりき
  古もつまを恋ひつつ越えしとふ平城山のみちに涙おとしぬ


 という短歌だったことを、この本で初めて知った。
 平井康三郎によって作曲されたということも。


 この一章は、当然の如く、与謝野晶子の歌で始まり、山川登美子、その次に上記の北見志保子と続き、前田夕暮北原白秋岡本かの子原阿佐緒川田順の歌が取り上げられている。
 私も暗誦した歌、明らかに読んだ記憶のある歌ばかりである。

 新たに知ることも多く、読み進むのが楽しみだ。
 今、第三章まで読んだところである。

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7月の庭 (蝉時雨)

2013-07-25 | 草花舎の四季
 大暑の日(23日)、郵便局からの帰り、草花舎に立ち寄った。
 今年は、蝉の声が少ないと、不満に思っていた。
 が、この日は存分蝉の声を聞くことができた。

 草花舎には樹木が多いし、小山が後に控えている。
 蝉の棲み家に申し分ない。

 ジージー蝉が多いようだ。
 蝉時雨に全身包まれている思いがした。
 Yさんの話によると、住まいにまで、蝉が飛び込むこともあるそうだ。
 私は、もう幾年も、蝉の姿を見ていない。
 外歩きが少ないせいでもあろう。

 今は、槿の季節。
 草花舎の庭では、、槿が赤紫や紅白の花をたくさん咲かせている。

           

  

 いつものことだが、Yさんは按配よく室内に花を活けておられる。
 寺戸恒晴氏の絵と花。
 入り口や作品展示を引き立てる花など。
 自ずと、目や心が安らぐ。

           

  

 初めて<水キムチ>(写真の左側)をいただいた。
 さっぱりしていて、夏ばての身体を元気づけてくれそうだ。
 <水キムチ>について、私は全く知らなかったが、帰宅後、PCで調べたところ、効能やレシピなど、たくさん載っていた。

           

 草花舎で、よくお会いするSさんやKさんも来ておられた。
 ふり向いたとき、先日、足の爪を切る際、傷めたらしい背の筋に痛みが走った。
 足の爪を切るのにも一苦労する、と話したところ、筋力を鍛えなさいとTちゃんに言われた。
 努力すれば、筋力は何歳になってもつけることができるのだから、と。
 
 その通りだ、と思う。
 だが、いいと分かりながら実行できないのが、老いの現実?
 (そうは言っても、人は様々、お元気な人もおられるすし、老いのせいにしてはいけないのかもしれない。)
 ふり返ってみると、私は若いときから、決して努力家ではないのだ。

 Sさんが、<天使のつめきり>という施設があって、けっこうはやっているようですよ、と教えてくださった。私のように、足の爪きりに苦労する人はおられるらしい。
 元看護師さんが、開業しておられるのだとか。
 Tちゃんのの勧めに従って、努力はするとして、いざというとき、頼れる施設があるのは嬉しいことだ。
 これもPCで調べ、場所も分かった。 

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崖の草刈り・庭の草取り

2013-07-24 | 身辺雑記
 昨日、便利屋のTさんから電話連絡があり、今日、崖の草刈りや庭の草取りをしてくださった。
 昨夜は雨が降り、今日は曇り日のはずであったが、予報はことごとく当たらなかった。

 お月さまの姿などあるはずもないと信じていたのに、昨日深夜、就寝のため寝室に行こうとして、玄関が明るんでいるのに気づいた。
 外に出てみると、隣家の屋根の上にお月さまは在った。

       

 少々、庭木が水分をほしがっている。
 草刈りの仕事に差し支えがない程度に、雨の降ってくれることを願っていたのだが、全く降らなかった。
 降り過ぎるところもあるというのに。

 今日も、お日様のあふれる日となった。
 朝8時から12時前まで、4人の作業員が、草刈りと草取りをしてくださった。
 庭の砂利の中、花壇の中にも蔓延っていたコニキシキソウも、みななくなった。
 その他の雑草も。

 崖の上から伸びて木に絡まったり、地面にまで蔓を伸ばしていた葛(秋の七草の一つ)や茅の類など、みな刈り取られて、今はさっぱりした崖になった。
 雑草は、またすぐ勢いよく伸びてくるに違いないのだが…。

       

       

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卵を抱き続ける燕

2013-07-24 | 身辺雑記
 昨日、郵便局へ出かけた。
 和歌山の<梅翁園>から取り寄せている梅の代金を払い込むために。

 局長の話では、親ツバメがまだた卵を抱いているとのこと。
 前回訪れた3日には、すでに2回目の産卵を終えていたので、20日も抱き続けているということらしい。
 「無精卵かもしれない」
 と、局長は話しておられた。

 外に出て巣を見上げた。
 親ツバメの、黒い小さな頭が、見えている。
 わが子誕生の可能性が乏しいのに、ひたすら卵を抱いている親ツバメの気持ちを思うと、涙ぐましい。
 親ツバメの努力が報われるといいのだが…。

          

 局の庭には、いつも季節の花が美しい。
 今は、向日葵が高く伸びて咲いていた。
 ホウキグサやケイトウらしい花も。

 この日照りの強い夏、日ごとの水遣りは欠かせないらしい。
 とすれば、怠け者の私には、負担が大きすぎるかな!?

 美しいものを愉しむためには、それなりの苦労が要るということなのだろう。

     

 帰途、近道をして、中学校の校庭脇の道を歩いた。
 <被爆二世の桐>(平成22年に植樹)の様子を確かめる。
 桐というのは、成長に時間がかかるようだ。
 やっと立て札の高さに届いた。
 その側に、昨年まで気づかなかった夾竹桃の小木が、花を咲かせていた。

 2本の木は、年を追って、どんなふうに育ってゆくのやら?
 楽しみだ。

          

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大暑の日、そして防災記念日

2013-07-23 | 身辺雑記
 今日は、二十四節気の一つ、<大暑>の日。
 曇り日ながら、気温は34℃に上がった。
 梅雨明け以来、暑さは日常的なことなので、うんざりしながらも、暑さに身体をゆだねるしかない。

 午前10時、黙祷のサイレンが鳴った。
 今日7月23日は、昭和58年の豪雨災害の日であり、<市民防災の日>である。
 その日、犠牲となられた人びとの冥福を祈る日でもある。

 当日のことを思い出し、災害の記録誌 『島根県 西部 豪雨災害 550mmの恐怖 』(山陰中央新報社刊)を開いてみた。

     

 上の写真(表紙と表紙裏)は、集中豪雨の爪痕と、それを報道した記事の一部である。
 30年前の出来事ではあるけれど、豪雨による増水の凄まじさと、その被害の地獄絵は忘れようもない。

 昨日は、山形、今日は関東で、大雨が降ったと報道された。
 被害も出ているようだ。
 ゲリラ豪雨のニュースを聞くと、他人事とは思えず、気がかりである。

       
       ※  ※  ※  ※  ※  ※  ※ 


 今朝、隣家のHさんから、西瓜をいただいた。
 畑で育てられたものである。
 大きな西瓜の半分。
 手に受けとると、持ち重りした。
 その重さを量ってみた。
 5㌔もあった。
 今は、冷蔵庫の中。
 賞味のときを楽しみにしている。

         

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7月22日の月

2013-07-22 | 身辺雑記
 本を読みながら、テレビもつけていた。
 ニュース(報道ステーション)の中で、静かな山間の集落で起こった、悲惨な事件を報じていた。
 他局のニュースでも、事件は報じられた。
 犯人の行方が分からず、夜ふけてなお警備が続いたり、住民が避難をしている状況なども伝えていた。
 警備員の立ち並ぶ上空に、月があった。 

 お月さま!
 と思いながら、自室のカーテンを開けた。
 真正面の空に、お月さまがあった。
 ほとんど満月のように見えるけれど、13夜だろうか。

      

 悲劇と月。
 どうして、心無い事件が続くのだろう?
 一部の人に関わる事件とはいえ、悲しい出来事が多すぎる。
 世の中が、おかしくなっている。
 心に不満を抱えている人が多いことも、一因ではないだろうか?

 昨日、参院選が終わった。
 政治上の課題は山積しているが、恵まれざる人に目の届く政治を期待したい。

      
      ×  ×  ×  ×  ×  ×  ×


 今日、本を読んでいて、出合った2語について。

 ≪わすれぐさ≫「忘れ草・萱草」について。
   ヤブカンゾウの別称。『歳時記』では、「萱草(かんぞう)の花」で出ている。夏の季語。
   身につけると物思い(憂い)を忘れるという

 ≪はなの≫「花野」について。
   花の咲いている秋の野辺。もちろん秋の季語。
   『歳時記』には、句例が多い。
    代表句の一つ。

      広道へ出て日の高き花野かな   蕪村

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万両の花咲く

2013-07-21 | 身辺雑記
 暑さが続く。
 日差しの中、庭に立って空を眺めた。

 視覚的には、真夏の眺めである。
 しかし、何か物足りない。

 蝉の声が少ないのだ。
 ジージーも、シャーシャーも、ミーンミーンの声もない。
 公園や並木道に佇めば、蝉時雨を楽しめるのだろうか。
 聴覚で感じる夏がないのは、物足りない。
 (日暮れどき、わずかにカナカナの声を聞くだけ。)


 万両の花が、開き始めた。
 実をつける花時は、少しずつずれている。
 私の庭では、白山吹、ジューンベリー、南天、藪柑子と紫式部(白式部)の順番に花が咲き、
 そして今、万両の花が咲き始めたのだ。
 

      

      

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