ぶらぶら人生

心の呟き

5月の庭 (プリペットの花盛り)

2010-05-31 | 身辺雑記
 草花舎の前庭にも、裏庭にも、幾本かある同じ木が、一斉に花をつけた。
 かなり丈高く伸びた木の枝々は、白い小花の中に隠れている。
 「あの白い花は、なんでしたっけ?」
 「プリペット」
 と、Yさん。

 幾度聞けば、名前を覚えるのだろう!?
 花が咲くと、その木の名前が気になり、Yさんに尋ねる。それを繰り返してきた。
 今日も、<そうだ、プリペットだった>と思い出し、名前を教えてもらった後、木の本で確認したことも思い出した。
 山に自生するイボタノキと同種であり、プリペットは、<西洋イボタ>であることを知ったはずである。
 あれから一年が過ぎるうちに、私はそうした経緯まで忘れていた。

 「庭中、プリペットの香が漂っているでしょう?」
 と、Yさん。
 が、私は、その香に気づかなかった。風向きのせいだったのだろうか。
 プリペットはキンモクセイ科である。芳香にゆかりの樹木なのだ。

 さて、また一年が経ったとき、自らの引出しの記憶箱から、<プリペット>の名を思い出せるかどうか?
 頭脳が老化の一途を辿る自らを、最近は面白おかしく眺めている、もうひとりの私が存在する。

 草花舎の今日の庭の主役は、プリペットである。しかし、このプリペットも、来週の訪問日まで、今日の華やぎを保てるかどうか。
 花の全盛の時期は、桜に限らず本当に短い。

      

            

 以下は、プリペット以外の花たちである。
 左(写真)の花の鉢には、札がついていた。
 <ハルディン ヒューケラ ファンタンゴ>であると。覚えられる名前ではない。
 <ヒューケラ>は、みな葉の美しい植物とのことだ。葉も美しいが、花も可愛い。
 中(写真)の、アザミの後ろに咲く花も、おっとりとしたいい花だ。名前は知らない。
 右(写真)の木の葉は光沢があり、葉色も他と異なって目につく。
 ニッケイ(クスノキ科)の木だと、これもYさんに教えてもらった。
 昨年も新芽の季節に、ニッケイだと教えてもらったように思う。 

   


 昨年と同じ位置に、同じように咲いていた花たちは、他にもあった。

       バンマツリ(番茉莉)

            ガザニア

       キウイの花

            額紫陽花

       ニワゼキショウ(庭石菖)


 鉢に咲いた新顔の花。鉢の札には、ブルーベルスと書かれていた。
 花の色が、やさしい。

            ブルーベルス          

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五月の満月

2010-05-30 | 身辺雑記
 昨夜、五月の満月に巡り合えた。
 こうしたささやかな出会いを喜びながら、日々を生き永らえている。
 月々、月の昇る位置が変わってゆく。
 そんな小さな気づきも嬉しく…。

         

 (追記 十六夜の月は、満月よりもさらに冴え冴えとして、美しかった。)

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広島へ

2010-05-28 | 旅日記
 26日、広島に出かけた。一泊の旅。
 日常からの小さな脱出。
 松田スタジアムで、千葉ロッテと広島の対戦を見た。
 9対1で、広島が大敗した。
 この夜、広島の投手は、年輩の高橋健だった。
 打撃力のあるロッテの選手に、高橋投手は長短打の嵐を浴びた。よほど調子が悪かったのか、力の衰えのせいか?
 広島は、ロッテの外人投手を打てなかった。3安打ではどうにもならない。
 広島の勝利を念じて応援するのだが、スタジアムで勝利の喜びを味わったことがない。それでも一喜一憂しながら観戦するのは面白い。
 夜風は、五月末とは思えないほど冷たかった。真底寒い夜だったが、スタジアムでなくては味わえない雰囲気を楽しんだ。

 翌日は、久しぶりに平和公園を歩き、慰霊碑に手を合わせた。
 広島や長崎の公園は、特別な感慨なしには歩けない。
 復興の陰に存在し続ける戦争の悲しみや愚かさを喚起するためにも、折々訪れるべき場所だと思う。
 小学生の集団や外国人の姿が多い。ここを訪れる人が多いのは、喜ばしいことだ。
 被爆地に立てば、深浅の差はあるにしても、過去の愚かしい戦争の歴史を考えるであろうから。 

      

             

      

 大きく生い茂った公園の木々が、心を癒してくれる。
 白い花の咲いた木があった。ヤマボウシ? 花水木?

             

 リーガロイヤルホテルに宿泊した。29階の高所の、二方の窓から遠望を楽しめた。
 ひろしま美術館や古い球場も見えた。
 高所から眺めていると、様々な想い出が蘇る。
 生涯をふり返って、訪れた回数から言えば、山口の次に広島が多いように思う。地理的な近さのせいもあって…。
 美術館にも球場にも、幾度となく訪れている。

      

             

      

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5月の庭 (ジギタリス、レモンの花など)

2010-05-25 | 草花舎の四季
 草花舎の庭には、ジギタリスの花も咲いていた。二種類。
 茎はまっすぐに伸び、釣り鐘状の花が、上に上に咲き上りつつある。
 <きつねのてぶくろ>という別の名も、この花に似つかわしい。

      

 レモンの苗木が、植えられたのはいつであったか?
 幹はまだほっそりしているけれど、丈が高くなった。そして、初めて花が咲いた。
 まろやかでふっくらした感じの蕾や花は、淡いピンク色をしている。
 柑橘類の香が漂っている。
 並び立つ夏みかんの木は、純白の花をつけていた。
 芳香は、二本の木の花が放っているらしい。 

        

        

 ウツギの花。ケムリの花。
 さらに、白と赤の衣装を着けた踊り子のようなチェリーセージ。
 ホットリップという別名も似つかわしい。

        

        

        

 雑草もいい。白いツユクサとぺんぺん草。

        

        

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5月の庭 (薔薇咲く庭)

2010-05-25 | 草花舎の四季
 今は、薔薇の季節。
 草花舎の庭にも、薔薇の花々が華やぎを添えている。

 5月にしては、大気が寒い。
 薔薇の明るい花色が、寒気を幾分和らげてくれる。


     

                 

     

                 

     

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<幸福の黄色い花 エニシダ>

2010-05-24 | 身辺雑記
 山口に出かけた。
 この季節、山も大地も、辺り一面、みどり一色といった趣である。
 <万緑>という言葉どおり。
 自然は今、最も生命力に満ちている。
 その中に佇むと、老いの身も、青春の色に染まりそうである。

 山口の商店街で、黄色い花の鉢を見つけた。
 <幸福の黄色い花 エニシダ>の札がついている。
 同行の友人にプレゼントしてもらった。
 帰宅後、早速、前庭に移植した。(写真 上)
 庭が、明るく彩られた。

 私が戸外で目にするエニシダは、草花舎に向かう途中の、国道わきにある。
 丈がかなり高い。エニシダにも、種類が色々あるのだろうか。
 道ばたのエニシダはかなり前から花をつけ、今は、サヤエンドウさながらの実に変わりつつある。(写真 下) 


     

               


 今は、野にスイカズラの花も咲いている。
 ピンクの筒状の蕾が開くと、白いおしゃれな花になる。その後、黄に変色し、やがて姿を消してゆく……。
 花々の盛衰のプロセスは、実に短い。

     

              

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風変わりな植物 (メセン リトープス)

2010-05-23 | 身辺雑記
 一昨年の今の季節、妹夫婦の車に乗せてもらって、今井美術館に行った。
 そのとき、国道わきの花屋さんに立ち寄り、求めたのが<メセン リトープス>という名の植物であった。
 小さな鉢を三つ求めた。が、そのうちの一つは枯らしてしまった。

 二つの鉢に、最近、少し変化が現れてきた。
 丈が少々伸び、一株は、中央の割れ目から同種のものが伸び始めた。(写真)
 普通の植物のように、茎や枝葉の区別がない。
 どのように変化してゆくのか、皆目わからない。
 花が咲くとの話だったが、今のところぞれらしい気配はない。

 とにかく気長な生き方をする植物のようである。
 私も気長に眺めていようと思う。

          

          



 今日は終日、雨が降ったり止んだりの、はっきりしない天気であった。
 家の中で、とりとめもなく生活しているうちに、一日が終わった。
 今日の収穫は、朝と夜の日曜美術館(NHK)であった。

 ※ フランソワーズ・ジロー(現在88歳)の展覧会が笠間日動美術館で開催中という。
 絵画だけでなく、その生き方にも心惹かれたのであった。
 自ら二児を連れてピカソ(1181~1974)と離別し、画家として自立した一人の女性の生き方に…。彼女を通してピカソが語られているのも興味深かった。

 ※ 細川家に伝わる秘宝が今に存在する謂れに関心を抱いた。すなわち、取り上げられた殿様4人の感性の豊かさと、その生き方に…。

 日曜美術館は、いつも、心を満たしてくれる番組である。

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かろがろ咲いて…

2010-05-22 | 身辺雑記
 ユキノシタが、庭の木陰に咲き始めた。(写真)
 ひっそりと咲く様が好きである。

 ユキノシタ(「雪の下」「鴨足草」「虎耳草」)は季語として、『歳時記』(夏の部)に載っている。
 花の白さが雪に喩えられ、形状が鴨の足、虎の耳に喩えられての命名だろう。

 渡辺水巴(1882~1946)の句として、

   ゆきのしたかろがろ咲いてはなやげる

 が、紹介されていて、うまいなと思った。
 ひらがなを多用し、<かろがろ咲いてはなやげる>と、ユキノシタの趣を捉えている。

   番長も俺も毛深きゆきのした

 という、穴井太(1926~1997)の奇抜な句も載っていて、軽妙な滑稽さを感じた。と同時に、穴井太という俳人に興味を覚えた。
 私の持っている句集を探してみたけれど、穴井太の他の句を見つけることはできなかった。
 ネットで調べ、幾つかの句に接することができ、ますます興味深い俳人だと思った。

   ことこどく木を諳んじる時雨なり
   九月の教室蝉がじーんと別れにくる
   一樹のみ黄落できず苦しめり

 など、単なる叙景ではなく、その句には、人間臭があり、物語が潜んでいる。
 今日は、ユキノシタの縁で、渡辺水巴や穴井太という俳人の句に遇うことができた。
 ささやかな喜びである。

  

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ホトトギス啼く (今日の出会い)

2010-05-21 | 身辺雑記
 今日の午前中は、所用のため街に出、午後は急ぎの返信を投下するため、郵便局まで歩いた。
 久しぶりに、万歩計が一万を超えた。
 五月晴れの中、足取り軽くとはいえないけれど、身体を動かしたという満足感がる。

 今日は、二度の外出中に、二度ともホトトギスの声を聞いた。私には初音であった。
 鶯も啼き、杜鵑も啼く五月。
 鶯の長閑さに比し、杜鵑のなんと慌しげなことだろう!
 キョッキョ キョキョキョキョ と、けたたましい。しかし、その声に、<夏は来ぬ>の季節感を感じて、嬉しくなる。まさに<時鳥>である。
 私には、キョッキョ キョキョキョキョと聞こえるけれど、「テッペンカケタカ」とか「トッキョキョカキョク」<特許許可局>と聞き倣す人が多いようだ。  
 ホトトギスには、杜鵑、不如帰、時鳥、子規、蜀魂など、多くの漢字名があって、面白い。

 目には、ハナウド(花独活)の白が目立ち、やはり初夏の趣である。
 写真は、街からの帰り、電車の窓から撮ったものなので、花独活独特の、傘を広げたような真っ白な花が不鮮明である。
 私の行動範囲の中では、津田駅周辺でよく見かける。
 近づいて観察する機会がなく、バスの窓、電車の窓から眺めるだけである。
 が、野性味のある、実に大型な花で、その白さは新緑の中で遠目にも目立つ。
 新たな季節の到来を告げる、目印のような花である。

       

 帰りの電車で、日頃めったに会うことのない同級生に出逢った。
 お墓参りに出かけるのだ、と。
 一駅間、近況を語り合った。
 友達の方は、毎日、八人家族の食事、洗濯、掃除などを一手に引き受けて、多忙なのだそうだ。独り暮らしの同級生が多い中では、珍しい暮らしぶりである。
 物故した同級生を偲びながら、互いによく生き延びているわね、と笑いあった。
 彼女も私も、同級生の中ではひ弱な子供だったのだ。今でも互いに、決して頑健な方ではない。寿命というものの定めなさを思う。

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雨上がりの朝

2010-05-20 | 身辺雑記
 昨日は、久しぶりに雨が降った。
 午後には止み間もあったが、夜になってまた降ったのかもしれない。
 今朝、地面や草木の葉に、その名残りがあった。

 横庭に、やっと芍薬の花が咲いた。
 家の横側の庭は、ごてごてとまとまりのない小さな空間である。前庭や裏庭に比べ、どうしても死角となり、花の変化に気づくのが遅れがちである。
 昨日、隣家に見事な芍薬が咲いていたのを眺め、わが家の芍薬は? と思った。
 雨上がりの今朝、横に回ってみた。
 一つだけ開花し、もう一つ、開花寸前の蕾があった。(写真 上・中)
 後の数個は、時間をかけて熟成を楽しむかのように、今は固く莟んでいる。

 ジューンベリーの実が、日を追って大きくなっている。(写真 下)
 初めての実りが楽しみである。
 この植物は、紅葉もいいとは聞いていたが、秋を待たずに一分色づいてきた。
 水不足かもしれない。が、木の葉がすべて赤づく秋は、紅葉を楽しめそうだ。
 写真の左手前に写っているのは、杏の葉である。

 それぞれの葉の上で、雨滴は均衡を保って留まっている。
 さりげない景だが、自然に潜む、たまゆらの美だ。


     

            

     

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