ぶらぶら人生

心の呟き

九月尽

2010-09-30 | 身辺雑記
 九月も、今日で終わりである。
 一年の三分の二が去っていった。
 烏兎怱怱。
 なんだか気が焦る。何を焦っているのやら?

 「とみ」へ向かう道、帰る道で撮った花の写真を、添付しておこう。
 やっと曼殊沙華が、野に目立ち始めた。
 今年は、芙蓉の花が(酔芙蓉も)、頼りないように思う。曼殊沙華同様、咲き時期が遅れているだけだろうか。


        

        

        

        

        

        

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往復3キロの旅

2010-09-29 | 旅日記
 物好きな話。

 近所の方が、海の見える丘の上に、民宿「とみ」を開店された。
 昨日、オープン。

        

 宿泊するなら、まっさらな日にと思い、前日、予約の電話をして、昨日、一泊の小さな旅に出かけた。
 歩いてゆける距離に「とみ」はある。片道1・5キロくらいだろうか。
 日本海に沈む夕日を期待したのだが、あいにくの天気であった。
 朝からの曇り空は、夕方まで変わらなかった。

 海に面して、部屋は5室だけの小さな宿。
 レストランと部屋は、みな2階にあり、階下は宴会場になっていて、昨夜も二組の集いが行われている様子だった。

 部屋名は<水仙><高島>と続き、後は魚介の名前だった。(たい・ひらめ・さざえ だったような気がする。)
 私の部屋は、<高島>。ただし、「とみ」の位置からは高島が見えない。
 <水仙>の間には、お年より夫婦が宿泊されていた。市内の人らしかった。
 私同様、真新しい部屋に一泊し、海を眺めて気分転換を図ろうとの思いだったのだろう。

 京間6畳の狭い部屋の海側に、半間の板の間があり、テーブルと椅子が二つ置いてあった。安全のためか、側壁が高く、窓から海を眺めるのには、立ち上がらねばならなかった。

 あのあたりにお日様があるらしい気配は、夕焼けの色で推測できた。
 山陰本線が、海辺に沿って眼下に見え、軋みの音を聞いて窓辺に立つと、一輌の電車が、山蔭に消えるところだった。

 落日は眺められなかったけれど、海上が暮れなずむと、漁火の数が増え続けた。
 生業(なりわい)のための漁火なのだが、海上遥かに点滅する灯りは、旅愁をかきたてる。最後、深夜の1時に外を見たときには、わずか数が減ってはいたが、まだ、漁火は海上に揺れていた。
 私のカメラでは、その美しさを十分捉えられなかったけれど、記念に留めておいた。 

         

         

         

         

 夕食はレストランでいただいた。
 部屋に運んでもらうこともできたけれど、外の眺めはレストランの方が見えやすく、180度の風景を眺めて、食事をいただいた。
 自分で作らず、いただけるのだから、ありがたい。
 私には十分のご馳走であった。
 ご飯は量が多く、食べ残したが、他のお料理は、みないただいた。
 濃厚さがなく味が私の口に合った。澄んだ味、とでも言えばいいような…。
 海辺の宿なので、メインは魚介である。
 写真①のお膳と、写真②の上段(揚げ物とデザートの果物)が、夕食の膳であった。
 写真③は、今朝の朝食。(ご飯は別の膳)
 朝食・夕食とも、食後に、コーヒーがサービスされた。


          ①

          ②

          ③

 いつも、旅は、日常からの脱出である。
 自分の持ち物が一切ない空間では、日常とは異なる時間が流れてゆく。
 パソコンの前に座ることもなく…。

 しかし、今朝は朝食の後、早々に「とみ」を出て、日常にもどった。
 いつもより遅く新聞を読み、その後はいつもの通り、家の中を右往左往している。

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新鮮な知的楽しみ

2010-09-29 | 身辺雑記
          

 日高敏隆氏の三冊目『人間はどこまで動物か』(新潮文庫)を読み終えたのも、一週間前であった。
 表題と同じエッセイのほか、40のお話がまとめられている。
 あとがきによれば、新潮社のPR誌『波』に掲載されたものである。

 作者(動物行動学者)の目が捉えたお話が、実に面白い。
 前回読んだ『ネコはどうしてわがままか』(新潮文庫)は、章が四季に分かれていて、それぞれ小動物が登場する話であった。
 その二部は、<「いきもの」もしょせん人間じゃないの!?>であった。
 『人間はどこまで動物か』は、その延長線上にあるエッセイのように思える。

 <人間はどこまで動物か?>の小題では、そのように人が問い続けることに対する筆者の考えが述べられている。
 <そこには常に一本のスケール上での到達度を問題にしようとする近代の発想の呪縛があるようにしか思えない。>と、作者は述べておられる。

 さりげない日常身辺の問題や動植物にかかわる事柄が、日高先生の目を通すと、「なーるほどね」と肯きたくなるお話となる。理屈だけで押し通す論理ではなく、柔軟な考え方が平易な言葉で語られ、常識で凝り固まった脳をやさしく耕してくれる感じだ。
 
 新鮮な知的楽しみを与えてくれる本であった。

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エッセイを読む楽しみ

2010-09-29 | 身辺雑記
          

 南木佳士著『からだのままに』(文春文庫)を読み終えたのは、一週間前であった。
 簡単な感想を記しておこうと思いながら、日を重ねてしまった。

 南木佳士という作家については、『ダイヤモンドダスト』以来の愛読者であることを、以前のブログにも書いた。
 しかし、小説としてはっきりと思い出せるのは、上記以外では『阿弥陀堂だより』くらいである。
 それにもかかわらず、南木佳士氏の小説を相当読んだという思いがあるのは、氏の作品が<文学界>誌上に掲載されれば、必ず読んだからなのだろう。
 
 半世紀にわたって、私は<文学界>の購読者であった。が、私自身が小説まがいの作品を書くことを断念したときに、購読もやめた。数年前のことである。

 雑誌には、色々な作家の作品が網羅されている。それらのうち、毎号、読むのは一部に限られる。
 雑誌がたまると意外と嵩張り、書棚を狭くする。
 購読を中止したばかりでなく、大量の<文学界>を処分してしまった。

 余談になるが、最近は、読んだ作品の内容を理路整然と記憶に留めることができにくくなった。
 そこで、改めて、読書の意義を考えさせられもする。
 老いてなお読むという行為の意味について。
 
 昔は、読んだ本の内容を得々と人に語ることができた。
 が、最近は、少し日を経ると、感動して読んだ本でも、上手く内容を語れない。
 にもかかわらず、私は読書を楽しんでいる。
 内心、忘れるために読んでいるようだと思いながら…。

 読書も、食事と同じだと思えばいいと、最近は考えている。
 毎日三食、繰りかえし食べている。
 食べたものは、栄養にはなってくれるだろうと疑わず…。けれど、食事内容を細部にわたって記憶しているわけではない。
 読むという行為も、心に何らかの栄養を残してくれると考えれば、忘れることを気にしなくてもいいのだろうと。
 食事と読書は、楽しみを伴う点でも共通している。
 

 南木佳士氏は、医師であり、小説家である。
 人の生命と関わる仕事をしながら、医師という稼業を義務的にこなせる人ではなかった。
 医師ゆえに、多数の人の死に直面せざるを得ず、そのため心を傷め、自ら心を病み、同時にからだをも病む体験をされた人である。

 そんな人生を体験した作家によって書かれた作品だからこそ、心に深く響く。
 南木佳士氏の作風は、筋立ての面白さや強烈な構成で、読者を強引に引っ張るような作品とはまるで質が違う。
 そこがかえって、私にとっては魅力である。

 『からだのままに』は、20篇のエッセイ集である。
 南木佳士氏の、多くの作品に接してきた私にとっては、各エッセイが、すでになじんできた空気のように思える。その一方で、新鮮な喜びも感じられる。それは、筆者の筆力のせいであろう。
 信州の山々を歩かれるようになってからは、その体験に基づく話も多くなっている。


      (「浅間山麓で書く」より)
 <はじめは近所を散歩するだけだったが、いつの間にか足が山に向かっていった。家から西に歩いてゆくと、すぐに平地から山道に入る。ほんの五十メートルばかりの標高差と思われるその山道の峠まで、最初はすぐ息が切れ、何度も休んで倒れこむように到達したものだった。そうやってすこしずつ、「動く物」としての基本に立ち返ってみると、動けばからだが変わり、変わったからだはさらなる動きを創めるようになった。>                 

 からだとは、そんなものであろうと思う。
 私のからだは、かなり老いに蝕まれ始めているけれど、「動く物」のとしての基本を忘れずに日々を過ごすことは、大事だと改めて思う。


      (「病んで出合った『流れとよどみ』」より)
 <いかなる思いを抱こうと自分のからだの苦楽からは自由になれないのだから、結局のところ人生における最大の危機とは、生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされる現実をおいて他にない。そう断定するようになったのは三十八歳の秋にパニック障害を発病し、以後、うつ病のどん底こに沈む数年間の体験を経てよりのちのことだ。>                           

 二つの引用文でも分かるように、このエッセイ集は、作品の背景に、<からだ>が意識されている。

 南木佳士氏に感動を与えた『流れとよどみ』は、哲学者、大森荘蔵氏の著作である。
 私も読んでみたくなって、上記の本をアマゾンに注文したところ、すぐ入手できた。

 いい本は、色々な著作者との新しい出会いまで用意してくれる。  
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哀れげに咲き

2010-09-28 | 身辺雑記
 M川のほとりに、曼殊沙華はなかった。
 家の花はいかに? と、帰宅後、花の様子をみると、痩せた花がやっと一つ咲いていた。
 茎もか細く、花も小ぶり。暑さの影響なのだろう。
 赤は全部で7本、赤みを帯びたベージュ色が2本。(こちらは、今、満開。)

              

       

 裏の崖裾に、藤袴(フジバカマ)が咲いていた。
 涼しくなって芽生えた葉の緑は美しい。が、花は慎ましやかである。

       

 花壇のシモツケは、初夏の花なのに、新たに咲いていた。
 返り咲き? 初夏の気候に似ているということだろうか?

        

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川土手に足を延ばし

2010-09-28 | 身辺雑記
 定期検診を受けるため、M歯科医院に行った。
 昨日の雨は名残りを留めず、今日は思いの外、いい天気になった。
 バスを待ちつつ、空を見上げた。
 秋の空と秋の雲。

       

 M歯科医院の診察台から、庭を眺める。と、百日紅の残り花のほかに、点景として赤がある。曼殊沙華だろうか。
 池には、鯉がゆらゆらと、自在に泳いでいる。

       

 M川の土手に、曼殊沙華が咲き満ちている光景を思い描いて、久しぶりに川を目指した。
 が、赤色が無い。よく見ると、薄緑色の茎がつんつん伸び上がってはいる。
 しかし、例年ほどの見事さは期待できないのかもしれない。
 とにかく、開花はひどく遅れているようだ。

 曼殊沙華には出会えなかったが、川のある風景はいい。

        

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<寝待月>は空に無く…

2010-09-27 | 身辺雑記
 深夜、雨は上がっているけれど、<寝待月>は空に無い。

 満月のころには、お月様の右下に、忠実なしもべのように付き添っていたお星様が、夜毎、月の出が遅くなるにつれて、つれなく離れていった。

 毎夜、空を眺める楽しみは、昨日で終わりとなった。
 今後は、お天気がよければ、下弦の月を早朝の空に眺めることになるだろう。


        十六夜の月(20時23分)

        立待月(22時18分)

        居待月(23時)

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9月の庭 (雨に濡れて)

2010-09-27 | 草花舎の四季
 外は雨だった。
 音もなく、いつから降り出したのだろう?
 草花舎に行こうと、外に出たときは、本格的な雨となっていた。

 通草(アケビ)のその後が気になり、傘をさして、裏庭に行ってみた。
 途中、色づいた棗(ナツメ)の実を見上げて。
 通草は、先日のままだった。
 通草の下には、雑草が生い茂っている。
 露草が咲き、名を知らぬ可憐な花も咲いていた。


        棗の実

               通草

        露草

        ?
      (よく見かける植物。図鑑を調べたけれど、名前が分からない。)


 久しぶりに、石州和紙会館のAさんに会い、日常身辺の話などする。
 AさんやYさんから、<NLP>という言葉を、初めて聞いた。
 インターネットで調べたところ、<NLP>とは、<Nerve Language Programmig 神経言語プログラミング>のことのようだ。

 漠然としか分からないのだが、言葉を通して、生き方や心のあり方に柔軟性を与えようとする導き?
 1970年ころ、アメリカで提唱され、日本にも広まった考え方のようだ。


       

 今日は、雨のせいで、9号線脇のチョウセンアサガオ(?)が、開いたままだった。
 いつも草花舎に行くときには、凋んでいたのに。
 2軒分の家屋が取り壊された跡に、この花は自在に地所を広げている。
 見事な生命力である。 

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朝顔の鉢を片付け…

2010-09-26 | 身辺雑記
 先日、墓参の日に、朝顔の鉢を片付けてくれるよう、妹に頼んでおいた。
 元気でいれば、また朝顔の苗を植えて、来年届けてほしい、と。
 気のいい話だが、今年、種蒔きに失敗したので、初めから苗をもらった方がいいと、考えたのだ。

 今朝も、小さな朝顔が三つ咲いた。が、なんとも頼りなげな花であった。
 義弟は、三鉢の、絡み合った蔓を切り離して処理し、妹は持参した花の苗を花壇に植えてくれた。トレニアとフユシラズと。
 その後、三人で、コーヒーを飲んで雑談した。 


         トレニア

         フユシラズ

 今日は、国勢調査票が届いた。
 早速、記入を完了した。
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咲きました 白曼殊沙華

2010-09-24 | 身辺雑記
         

 昨日、お墓参りにゆく途中、田舎道に、曼殊沙華が咲き始めているのを見た。
 お彼岸の中日に合わせるように。
 だが、いつもの年より、かなり遅かったように思う。これも猛暑の影響だろう。

 まだ、花は少ない。山すそや田んぼの畦道に、やっと赤が点された感じだ。
 伸びた茎の頂上に点じられた赤は、曼殊沙華の蕾やほころび始めた花弁の色である。

 曼殊沙華ほど、秋の野に似合う花はない。

 数年前、曼殊沙華の球根をもらい、裏庭に植えた。以来毎年、年々の花が咲く。赤と白と。
 少々数に不満がある。もっと増えてほしいのだが、相変わらずの量である。
 それでも、毎年、花が咲くのを楽しみにしている。
 今年こそは、地面から茎の覗くさまを見たいと思っていた。
 昨日の朝も、生じるはずの場所に、目を凝らした。が、見つからなかった。

 ところが、墓参を終え、妹一家と一緒に家に帰ってきたとき、妹が言った。
 「曼殊沙華、咲き始めてるね」
 と。
 驚いた。
 毎日、気をつけていたのに、丈が20センチになるまで気づかなかったとは…。
 ヘメロカリスの繁った葉が、邪魔をして隠していたのかもしれない。
 「何色?」
 と、妹が尋ねる。
 蕾は紅色を帯び、白とも赤とも見分けがつかなかった。

 昨日の蕾が、今日花開いた。
 紅をわずか花弁に刷いた淡黄色の花である。(写真 上)
 やや奥まったところに、3本の茎が伸び上がっていた。こちらは、蕾の色からして、明らかに赤い花になるはずである。(写真 下)

 まだ塀の側に、曼殊沙華の小さな集団が賑わうはずである。が、まだそれらしい姿が見えない。

               

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