ぶらぶら人生

心の呟き

Oさんのお見舞い

2014-02-27 | 身辺雑記
 特別養護老人ホーム<雪舟園>に、Oさんの入居が決まったと知って以来、なるべく早く見舞いたいと、先日来、訪問の日選びを考えていた。
 好天が続くので、24日、急に思い立って出かけた。

 その日は、友達のRさんに会うという偶然が重なり、一緒に<雪舟園>を訪れることにした。
 私は、Oさんへ届けるお見舞いの品を求め、イオンの前で、Rさんを待った。

 <雪舟園>の場所が分からないので、タクシーを利用した。
 初めて訪れる場所であった。
 こんな土地があったのかと思う、広々した場所に<雪舟園>はあった。
 新築されて、あまり間がないのであろう。
 施設の周囲には、広い駐車場が設置され、なお未活用の土地を残している。

                 

 一昨年の暮れ、Oさんは転倒して腰を痛め、日赤に入院された。
 日赤に見舞った折、すでに認知症が出始めていて、話が通じかねた。

 Oさんは、私の老いた両親のお世話をしていただいた恩人である。
 安否を気にしながらも、一年以上、お会いすることができなかった。
 退院後、認知症が進んでいる様子で、家と園とを行ったり来たりの生活だと聞いていた。

 その生活が続いているものだと思い込んでいた。
 ところが、入所が決まって、今は<雪舟園>におられることを、たまたま出会ったOさんの娘さんから聞いた。

 <雪舟園>で、Oさんにお会いして、驚いた。
 認知症患者らしいイメージは全くなかった。
 表情が生き生きして、明るい。
 私の名前も、すぐ分かったもらえた。

 周囲におられる老人は、各人ばらばらに、無表情で椅子に掛けておられ、いかにも病人らしく見えた。
 私が行ったとき、Oさんは陽だまりの長椅子にかけ、同じ入居者のおばあさんと話しておられた。
 Oさんの説明によると、小学校の同級生で、大浜の人だという話だった。
  
 Oさんの勘違いといえば、年齢について、
 私の年を尋ねられたあと、
 「私は、102歳です」
 と、にこにこしておられたことくらいだ。
 正確な年齢は知らないけれど、多分92歳?

 「水仙が咲いているでしょうね」
 とも言われ、至極まともな話ができた。
 その香りを届けてあげればよかったと後悔した。

 <雪舟園>の入居者は、グループに分かれ、全員、個室に入っておられる。
 昼間は、憩いの場で、一緒に過ごされることが多いのだろう。
 (個室の内部が見られなかったのは、残念だった。)
 Oさんは、<暖暖 ぬくぬく>という、ほんわかした名前のグループに属しておられた。

 一日24時間を、どんなふうに過ごしておられるのだろう?
 Oさんと話している私の傍に、終始にこやかな男性の介護士がおられた。
 その人が、Oさんのノートを見せてくださった。
 文字を書き写す時間もあるらしい。
 見覚えのあるOさんの文字で、島崎藤村風の詩が、書き写されていた。
 
 私は、春のマフラーと小さな花の鉢(水をやる必要のない生花)を持参した。
 プレゼントのマフラーを首にかけてあげると、身ごなしよく、首に巻かれた。
 鉢を見ながら、
 「1,2,3,4、…」
 と、数を10まで言われた。
 葉の数を数えられたのだろうか。
 園での暮らしの中に、認知症の進行を防ぐため、数を数えて楽しむ時間が、設けられているのかもしれない。

 帰宅後、Oさんのご子息に電話し、お会いした印象を語ったところ、
 「昔のことは覚えているようだが、新しい出来事は記憶に残らないようです」
 と、話された。
 私が訪れたことも、あるいは、今は記憶から消え去っているのかもしれない。
 それでも、ひととき、楽しそうな表情が見られただけで、私はうれしい。

 もう一つ驚いたことがある。
 Oさんにお別れし、戸口に向かった時、お日様のようにやさしい介護士が、私を追いかけてこられた。
 話を聞くと、40余年前、1年間、ご縁のあった人である。
 意外なところでの再会。
 名乗られなかったら、私は気づかなかったに違いない。

 現在、実習生として、<雪舟園>に来ておられるのであった。
 もう60歳に近い人である。
 かつての塗装業をあきらめ、再就職先として、介護士を目指しておられるのだ。
 病む人や老人の介護には、この上ない人柄に思える。
 介護士には、いろいろな資質が必要なのであろうけれど、やはり一番は、やさしさではないかしら?

 「私も、お世話になる日があるかもしれない、その時はよろしく!」
 と、冗談を言って別れた。
 が、冗談が冗談でなくなる日が、来ないとは言えない。

 思いのほか明るい施設があり、やさしい介護士に出会えたのは、喜びであった。
 ただ、入居を希望する時、すぐに希望がかなえられるとは限らないのが、現状らしい。

 とにかく、ボケないように生きねばならない。
 (最近は、あやしいことばかり! 文章も、スムーズに書けなくなった。) 

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2月の庭 (友達と…)

2014-02-25 | 草花舎の四季
 今日は朝から、なんだか魂が抜けたようで、能率の悪い一日だった。
 考えてみると、一昨日は4キロ歩き、昨日は三つの用を果たした。
    お見舞い・友達との語らい・草花舎行き

 両日の生活が、疲れの原因らしい。
 人から見れば、ごく日常的な暮らしなのだが……。
  
 夕方になって、やっと元気が出てきた。
 昨日のことをブログに書いておこうと思う。

 草花舎での食事は、急遽お会いすることになった友達・Rさんと一緒にした。

   
                   カレーライスとデザート・コーヒー 

 私の住む街には、たくさんの友達や知己がいる。
 しかし、会おうと思わなければ、そうそう偶然の出逢いというものはない。
 今日、珍しく、友達のひとり、Rさんから電話があった。
 街へ出かけるバスの中で、電話を受けた。
 そして、思いがけず会うことに話が決まったのだった。

 街での用を済ませたあと、Rさんの車に乗せてもらい、草花舎に立ち寄った。
 二人で食事するのは、実に久しぶりである。
 おそらく、3年は会っていないだろう。
 互いに日常の周辺を語り合った。
 Rさんの周囲には血縁の人が多く、逝去なさる人、入院中の人などあって、最近は心労が多かったようだ。

 Rさんは、電子書籍を楽しんでおられる。
 特に、吉村昭の作品が面白く、幾冊も読んだと話しておられた。
 ノンフィクションがお好きなのかどうか?
 私が読んだ吉村昭の作品といえば、『破獄』くらい。
 

 異なる生活空間で、それぞれの老いを重ねながら、時を過ごしていたのだ。
 会えば、昔と同じ雰囲気で、語らいを楽しめる。
 幾年か、職場を共にしたというだけのつながりなのだけれど。
 当時はもちろん、互いにもっと若かった。

 昨日は、食事と語らいに、草花舎での時間を費やした。
 庭を歩くことはせず、室内の花を眺めるにとどめた。

         

   

                 


 3月1日から、草花舎では、<丁子恵美展>が始まる。
 その一部作品(器の類)が、テーブルに並べてあった。
 色彩や形の妙に、心がひとりでに微笑むような作品だ。
 まだまだ多くの作品が、並ぶはずである。
 3月が楽しみだ。

               

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海から海へ

2014-02-23 | 旅日記
 好天なので、少し遠めの散歩に出かけた。
 4キロ歩けるかどうか、試してみたかった。
 上り下りが多いので、無理をしないでゆっくりと、杖に頼りながら歩いた。

 以下、目にした風景。 

  
           前方にひらける山と空         別荘のある海辺の山

  
                           北浜海岸

  
                           土田海岸

  
                      トランペットの丘より

  
                         猫とたんぽぽ

  
                       ロウバイの大木と椿

 帰途、畑で働いておられる老女に挨拶した。
 数年前、散歩の帰りに、ほうれん草をいただいた。
 その美味が忘れられず、お礼を言った。

 催促したわけではないのだが、今日また、ほうれん草をいただいた。
 <次郎丸>という品種だそうだ。
 ほうれん草にも、種類がいろいろあるらしい。
 全く知らなかった。
 いただいたほうれん草も、きっとおいしいに違いない。

 
              

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美味しいデコポン

2014-02-22 | 身辺雑記
 最近は、柑橘類の人気が落ちているとか?
 皮をむくのが、億劫だというのが理由らしい。

 私の果物嗜好の第一は、柿である。
 その次が、柑橘類。
 中でも、デコポンは、特に美味しい。

 妹宅から、熊本産のデコポンが届いた。
 早速いただく。
 みずみずしくて甘い。
 デコポンのいいところは、皮が少々萎びてきても、中身のおいしさが損なわれないところである。

 今日も、いい天気だ。
 空の青さを眺めたり、花壇のチューリップの伸び具合を確かめたり…。

 豪雪に見舞われた地方は、なお雪の苦しみのさなかだというのに!
 当地は、申し訳ないような空の青さだ。

  

  

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「方丈記」の世界

2014-02-21 | 身辺雑記
 久しぶりに三木卓さんの本を読んだ。
 『私の方丈記』(2014年刊・河出書房新社)である。

              

 この本は、

   現代語訳 方丈記
   私の方丈記
   方丈記 原文

 という3部構成になっている。

 私は、「方丈記」が好きである。
 簡潔な文体や鴨長明の生き方に惹かれる。
 
 『方丈記』は、古典としては読みやすい。
 読みたければ、原文を読めばいい。
 
 それなのに、書店の棚に、『方丈記』にかかわる本があれば、手に取ってみたくなる。
 
 新井満著『自由訳 方丈記』(2012年刊・株式会社デコ)も、すぐ買い求めて読んだ。
 2012年は、『方丈記』完成から800年。
 それを記念して、出版されたものである。
 新井満さんの本は、自由訳に加え その原文や<鴨長明と方丈記について>・<京都に行って、鴨長明に逢う>といった2項目も添えてあり、参考資料的な面白さもあった。
 (この本についての感想は、かつてもブログに投稿したと思う。)


 三木卓さんの『私の方丈記』は、2番目の項目<私の方丈記>の部分に、この本の特色がある。
 『方丈記』に寄り添いながら、作者自身の来し方の体験や思想が述べられている。
 鴨長明と三木卓、時を隔てた作者2人の人生論に接することができ、そこが面白い。

   その一  川について           
   その二  こととの出会い方
   その三  災難の多い町のこと       
   その四  生き残りかたのこと
   その五  遷都について          
   その六  貧を生きるということ
   その七  政治なるもの          
   その八  居住空間について
   その九  風景について          
   その十  密室で気楽にすることについて
   その十一 友達について          
   その十二 山の端の気分について

 上記の12が、話題の題目である。

 三木卓さんは、1935年生まれである。
 私が2歳年長であるが、ほぼ同年代を生きた者として、共感する面が多かった。        

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海と食事

2014-02-19 | 身辺雑記
 先日(17日)、二つの目的をもって、散歩に出かけた。
 海を眺めることと、食事をすることと。
 さらに道中、鶯の声が聞けたら幸いと。

 海辺のホテル荒磯館に電話し、予約なしの昼食が可能かどうかを確かめたうえで出かけた。
 食事中心の散歩なら、草花舎に出かければいい。
 この日は、前日来、海を見たくなっていたので、荒磯館での食事を選択した。
 お昼は、11時半から2時までなら予約なしで可能、オーダーは1時半まで、とのことだった。

 曇り日ながら、風もなく暖かい日だった。
 片道1キロ、往復で2キロの散歩となった。
 
 もう20年以上前のことだが、日本海に面した荒磯館には、友達や知己を招待し、一緒に宿泊したこともある。
 また近隣の友達と、レストランで食事をしたこともある。
 しかし、ここ数年、訪れることはなかった。

 一番近い日の思い出といえば、数年前のことになる。
 今は故人のOさんに誘われ、荒磯館のロビーで、コーヒーを飲んだ。
 Oさんのビールに付き合いながら。
 そして、落日の景を眺めながら。

 Oさんは、荒磯館に一泊して、釣りを楽しむとのことだった。
 が、釣りよりも、自由にお酒が飲みたかったのではと、その1年後、急逝の報に接したとき、思ったものだ。
 Oさんの来訪のときは、いつもお酒の匂いがしていた。
 少々飲みすぎでは? と、心配して、忠告めいたことを言ってみたこともあった。
 が、もうその時、Oさん自身には、余命の幾ばくも無いことが分かっていたのだと思う。
 好きなお酒を存分嗜み、自分の人生に終止符を打つ生き方も、Oさんの選択だったのだろう。

 そんな思い出に浸りながら、冬の海を眺めた。
 日差しがないので、薄墨色の風景であった。
 サザエやアワビを採る船が波間に漂ったり、視界を勢いよくよぎって、漁場に向かう船もあったり、眼の前の風景は刻々変わった。

         (海の風景は、レストラン前のテラスから撮ったもの。)

     

     

     


           (館内に飾られていた花々。) 

     

               

 往復の道のりは、思いのほか、こたえた。
 海抜ゼロの荒磯館から、私の家までの高低差は40メートル余りある。
 帰途の上り坂では、かなり難儀した。
 しばしば立ち止まっては呼吸を整え、坂を上った。
 足も弱っているらしく、昨日は太腿に痛みを感じるほどだった。

                (ホテルに向かう径。) 

               

 昼食は、刺身定食。
 このところ、食欲だけは、旺盛である。

           (そのお膳と、遅れて出された茶碗蒸し。)

     

 道野辺には、なお水仙の花が咲き満ち、山椿の花もひそかに咲いていた。
 鶯の声を聞いて、立ち止まった。
 次の声を待ったが、再度その声は届かなかった。
 空耳だったのだろうか?

     

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時代を映す歌

2014-02-18 | 身辺雑記
 朝日新聞の歌壇(2月17日)より。

 永田和宏選の歌

  「決められる政治」が決めた秘密保護、辺野古埋め立て、靖国参拝    (西海市) 前田 一揆
  「遠き過去」が「近き未来」になりそうな素朴な怖れ秘密保護法       (前橋市) 和田  明
  分断と孤立の島に沖縄を追い込んでゆく日本の政治             (山形市) 黒沼  智
  五百億くれるといわれ目をつぶる民と思うかため息深し           (横浜市) 杉本 恭子


 永田和宏評

 <前田氏、「決められる政治」とは一人、一党だけで「決められる」ということだったのかと、臍を噛む。四首目まで(上記引用の歌)状況が暗く急転する時、言葉はおのずから鋭く立つものだ。>

 歌にも評にも、心打たれ、メモしておきたくなった。


 朝日歌壇に、富山市在住の姉妹と思われる少女の歌が、採用されるようになって久しい。
 松田わこさんと、松田梨子さん。
 同日の新聞にも、2人の歌が選ばれていた。

  新しいセーラー服を着た私家中の鏡に見せにゆく   
                    (富山市) 松田 わこ(佐々木幸綱・高野公彦選)
  友達が優しくあきれてこう言った「リコちゃんここは泣くところでしょ」
                    (富山市) 松田 梨子(永田和宏選)

 老若を問わず、朝日歌壇に採用された秀作を読むのは楽しいことだ。


 現在開催中の冬季オリンピック(ソチ大会)でも、10代の若い選手の活躍が際立っている。
 レジェンドとたたえられる熟年の活躍もうれしいけれど、若い力が伸びてゆく姿は、格別頼もしい。

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冬暖かく (16日)

2014-02-17 | 身辺雑記
 先週の金曜日に降った雪は、関東甲信地方に、想像を超えた被害をもたらしているようだ。
 動きのとれない車の長い列、孤立した集落、物流のストップによる食料の不足、寒さの中の停電等々。
 広い地域にわたって、雪の被害は深刻らしい。

 私も、豪雪に遭った経験はあり、その大変さを想像はできるけれど、私の経験とは比べものにもならない、大雪のようだ。

 当地は、春の訪れを思わせる暖かさだった。
 もう鶯が鳴き始めているかもしれないと思い、散歩を思い立った。

 身支度を終え、出かけようとした時、妹からの電話がかかった。
 つい長話になり、出かける機を逸した。

 そこで、夕方の庭に出てみた。
 ロウバイのほかには、花らしい花もなく、裏庭の水仙をカメラに収めた。

              


 夜、NHKの<クラシック音楽館>で、久しぶりに聴く名曲に、心満ち足りた。
 ベートーベンの「交響曲第8番」と「交響曲第9番合唱付き」の2曲。
 指揮は、クリスチャン・ティーレマン。 
 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の日本公演(昨年の11月に来日、演奏されたもの)。

 心を揺さぶられながら、充足の2時間を過ごした。  

           


 就寝前、戸外に出て、十六夜のお月さまを眺めた。
 今日一日、無事であったことを月に語りながら。

 
 
          

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心電図検査など

2014-02-13 | 身辺雑記
 どこがどう悪いというのではなくても、体調不良の時がある。
 高齢のためであろうと、大抵のことは気にしないよう努めている。
 それでも、心のどこかに、ひっかかるものが、術後の日々にあった。

 両眼よく見えるようになって、メデタシ、メデタシと、喜んでばかりもいられない何かがあった。
 日替わりで、不安が変化する中で、一番不愉快だったのは、不整脈であった。
 脈の乱れは気まぐれで、ひどいときには、<涙の谷>の上部に、トントンと、ノックされてされている感じが絶え間なく続く。
 かつて、同じ経験がなかったら、相当心配しただろう。

 30代の初めに、ひどい不整脈と高血圧に悩まされ、H市の国立病院で診てもらったことがあり、<自律神経失調症>と、診断された。
 「何か気になっていることはありませんか」
 と、その時、医師に尋ねられた。
 私自身には、思い当たることがなかった。
 
 無意識のなかで、何かが、私の神経を狂わせていたとしか思えなかった。
 治療薬として出されたのは、<精神安定剤>であった。
 その薬のお蔭で、いつの間にか、激しい不整脈は治った。

 その後にも、折々、不整脈の異常を感じることはあった。
 が、その都度、かつての経験を思い出し、神経の安定を図るように努めてきた。

 今回の異常は、思いのほかしつこくて、気味悪かった。
 白内障の手術が無事に終わったにもかかわらず、神経だけは興奮状態を続けているのかもしれないと思いながら、何度も病院行きを考えつつ、日延べしてきた。

 定期検診の予定日(12日)が近づくにつれ、不整脈は緩やかになった。
 昨日の朝は、全く異常がなかった。
 しかし、主治医に、体調の異変だけは報告した。

 その結果、心電図検査を受けることになった。
 自覚がないのだから、不整脈の異常が出るはずはない。
 (ただ、心電図の波形に、いつも見られる異常は、出ているとのこと。)

 とにかく、脈を乱す原因の神経は、すでに穏やかさを取り戻していたようだ。

 血圧は、昨日も高めだった。
 だが、私の血圧は、高低の変化が甚だしく、あまり気にしないことにしている。
 私自身、不整脈のような異常を自覚することもないので。

 もう少し、揺るがない、どっしりした神経を鍛える必要がありそうだ。
 が、これは性格的なことにも関わりがあるようで、改善が容易ではない。

 まあ、のんびりのんびり、気ままに生きよう。

 下の写真は、病院の窓際に咲いていた花。

   

              

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ささやかな雪

2014-02-11 | 身辺雑記
 今朝、ささやかな雪を見つけた。
 さらさらとした雪。
 冷え込んだ早朝に、降ったのだろうか。
 
 気づいた時には、ツワブキの、葉の窪みや、花壇や植木鉢にしか、雪はなかった。
 多分、今冬最後の雪だろうと思いつつ、デジカメに収めた。


             

  


 昼前から、晴れやかな天気になった。
 前庭の掃き掃除に出て、空を見上げる。
 この蒼穹は、春の兆し?
 だが、気温はまだ低い。

            

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