ぶらぶら人生

心の呟き

二月尽

2020-02-29 | 身辺雑記
 閏年で、一日おまけのついた二月が終わろうとしている。
 手元に出しっぱなしにしていた歳時記を開くと、季語「二月尽」という季語が出ていた。


 
 歳時記の【二月尽】のページ

 【二月尽】 二月果つ…二月尽く…二月終わる…二月逝く

 いろいろな言い方があり、少しずつニュアンスが違って面白い。

 句例に、

   二月尽何か大きな忘れもの  下村ひろし

 が、最初に出ていた。
 ああ、この句境、よくわかる!

 月半ばまで、比較的元気だったが、後半が全くダメであった。
 絶えず眠気に襲われている感じであった。(老い+薬のせい?)

 人生の終わりの時まで、そう長くはない道のりなのに………と、まだ嘆かわしく思う気持ちがあるけれど、そのうち恒常化しかねない。………こうして、だれも皆、老いを深めてゆくのだろうな。

 
 
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美容室・マジックに出かけ

2020-02-27 | 身辺雑記
 ※ 飲んでいる薬のせいか、老いのせいかよく分からないけれど、絶えず眠くて、精神が弛緩している。じっとしていると、気づいてみれば、昼夜を分かたず眠っている。
 そんなふうなので、本を読んでも能率が悪く、何をしているのかよく分からない。まさに人間失格のような日々である。
 買い物や草花舎に出かけたり、庭に出たり、体を動かしているときは、なんとか普通に行動ができるけれども、後に残る疲れはかなりひどい。
 さらに、新型コロナウイルスの感染のニュースが、他人事と思えず、いっそう気分を萎えさせる原因にもなっている。
 題名だけ書いたブログが、溜まっている。
 気分の乗るとき、文章を書き添えようと思っている。

        ✂️✂️✂️✂️✂️✂️✂️✂️✂️✂️

 2月23日、美容室マジックへ行った。
 いつものように、デットクス、シャンプー、カットをしてもらった。

 髪の手入れをマジックに変更して、10年以上経ったことになるのだろうか?
 その間、担当者の交代があり、最初はFさん、ついでMさん、今月からはTさんのお世話になることになった。
 FさんMさんは、それぞれの都合で退社され、今日は、3人目のTさんが受け持ってくださった。
 3人とも、技量よく、その上心遣いも行き届いた方でなので、髪の手当てをしていただきながら、その折々の対話を楽しみながら、こころの安らぎも得させてもらっている。


 髪の手入れを終えた後、妹、J子さん、AYAちゃんと一緒に食事した。
 <和セゾン>が、<グランセゾン>に改名後のお店にゆくのは初めてであった。
 お料理は、ステーキ中心に変わっていた。

 私のいただいたのは、<週替わりの定食>。(写真)+コーヒー。
 量もほどよく、美味しくいただいた。
 久々の語らいも楽しんで。

 J子さんに、施設まで送ってもらい、車を見送った後になって、帽子をレストランに忘れたことに気づいた。同乗のAYAちゃんに電話し、お店にあったら預かっておいてと頼む。
 結局、施設へ届けてもらう結果となり、迷惑をかけてしまった。
 することなすこと、おぼつかない。今に始まったことでもないけれど。

 

 

 

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シデコブシほか

2020-02-26 | 小庭の四季
 シデコブシの花が無事咲き、新しい蕾も開花の気配である。

 

 

 開花直後のピンクの椿は、少女の雰囲気を醸して実にやさしい。

 

 花壇の片隅に、小ぶりの水仙が咲いた。
 昨年、植えたのであったか? 記憶が蘇らないけれど、ひとりでに生えるはずはないので、去年か一昨年か、私の手で植えたのであろう。

 

 
 新型コロナウイルスのニュースが多く、気分が重い。
 老女は静かに暮らすべし! と、気力が沸かないままに、のんびり過ごしている。
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今日の驚き

2020-02-24 | 身辺雑記
 草花舎へ向かう途中、自分の目で、土筆を見つけた。
 大地の春に会って、心が弾んだ。

 躑躅の垣根の下に、頼りなげに伸びている土筆ではあったけれど、

  

   

    


 草花舎からの帰りには、隣の猫ちゃんに会った。
 隣家の猫に初めて会ったのは、8年くらい前のことである。
 当初から、家にはよくやってきいた。
 日陰で休んだり、犬走りで日向ぼっこをしたりしていたが、私の姿を見かければ、一目散に逃げるのが常であった。
 ところが、今日はなぜだかすり寄ってきて、親愛の情を示したのであった。
 8年かけて、やっと危険人物ではないと分かり、親近感を覚えるようになったのであろうか? それとも気まぐれな行動なのか?
 纏わりついたり、寝そべって見せたり。

 




 

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『いま、なぜ魯迅か』 付録(朝陽と夕陽)

2020-02-21 | 身辺雑記
 昨日読み始めた本を読了した。

      佐高信著
  『いま、なぜ魯迅か』

  

 魯迅は好きな作家だと思っているのに、この本を読んで、何にも知っていないに等しいと感じた。佐高信さん(1945年生まれ)が、<いま、なぜ>魯迅を論じておこうと思われたのかについて、「おわりに」のページで、<残された時間もそう多くないのに、自分には主著と言えるようなものはあるのか、という疑問がわいて、少なからずうろたえた。>と記しておられる。題名の<いま、なぜ>には、いまこそどうしても魯迅を書いておかなくては、との思いが含まれているのだろう。

 同時に、『いま、なぜ魯迅か』は、佐高信さんにとって「わが思想史」であるとも書いておられる。 
 魯迅に関わった作家や思想家を振り返る旅であり、ご自分の思想遍歴をたどる旅でもあったと。
 魯迅を論ずる上で、この本に登場した著名人は、ニーチェ、夏目漱石、中野重治、伊丹万作、竹内好、久野収、むのたけじ、等である。
 これらの著名な人々と魯迅との関わりが、その生き方や思想を通して論じられている。
 説得力のある力作である。
 この本を読むことで、佐高信さんの力を借りながら、私自身も、思索の旅を愉しむことができた。

 一生懸命背伸びしながら、読書に励んだ時期もあったが、今は受容能力も落ちてきたような気がする。しかし、真摯に過去を生きてきた作家や思想家との出会いは、老いの身にも、嬉しいことであった。


 新型コロナウイルス感染症が少しずつ広がりをみせている。
 施設へ戻ってくると、たちまち朝夕の検温が始まった。
 朝はいいが、夕方は、37度1分、37度2分、37度と3日連続して、37度を越えて、いつもよりは少々高めである。
 別に気分が悪いわけではないけれど、無性に眠い。
 老いのせいかもしれないが、もう一つの原因は、服用する薬に関係するのかもしれない。
 昨年末から痒みを伴う湿疹が身体全体に広がる気配を見せている。そこで、2月の診察の折、先生に相談。その結果、塗り薬も効き目の強いものに変えてもらい、さらに、<ルパフィン10mg錠>も処方されて、夜、マイスリーと一緒に飲み始めた。
 体の痒みはかなりおさまってきたが、昼夜分かたず、無性に眠い。
 施設では、6時に起床しないと、7時半の朝食が届けられる前の準備が慌ただしくなる。せめて施設にいる間だけでもと心がけているテレビ体操もできなくなる。
 今朝は、目覚ましのベルを消して、7時前まで眠ってしまった。

 カーテンを開けると、山並みの上に美しい曙光!

 
 6時57分

 
 7時8分 権現山の左肩に昇る朝陽

 
 17時44分 落日も美しく

 
 18時22分 夕食を終えて
 河口の水面にも、あえかな残照
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<ギャラリーうつわ>切り絵展

2020-02-20 | <うつわ>便り

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それぞれに美しきもの(今日の出会い)

2020-02-20 | 身辺雑記
 それぞれに、美しきもの。

 
 蕗の薹(<ギャラリーうつわ>の前庭)

 
 <うつわの小径>で見つけたキブシ(木五倍子)

 
 5時35分、風車と重なるように沈む落日。(施設4階より)
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「背高泡立草」

2020-02-19 | 身辺雑記
 第百六十二回芥川賞受賞作の題名は、「背高泡立草」
 植物名が題名となっている。
 その植物を知っているだけに、受賞作が発表されたときには、さて、何が描かれているのだろう? と、思った。最近は、芥川賞受賞作への関心が薄れてしまっていたのに。

 背高泡立草は、秋の野にあって、猛々しく蔓延る帰化植物で、私の好みではない。
 帰化植物として、日本の自然に堂々と地盤を占め始めたのは、いつの頃からであっただろうか。
 存在に気づくや、日本的な風情をもつススキに混じり、ススキの地盤を奪うかのような勢いで、背高泡立草は蔓延った。一時はススキの生存が脅かされるのでは? と心配された時期さえあった。が、自然界はうまく共存できるようになっているのか、今では、秋という季節に溶け込んで(好みは別にして)、格別不自然とも思わずに眺められるようになってきた。 


  
    (借り物の写真)

 『文藝春秋』3月号で、その作品を読んだ。
 作者は、古川真人
 1988年生まれの作者にとっては、誕生のとき以来、目にしてこられた植物であろう。

 話の内容は、祖母の家に親族が集まって、背高泡立草など、伸び放題の雑草を刈る話である。そこに集う人たちの語らい(方言)や行動が、少々鬱陶しく感じるほど細やかに描かれている。
 格別な感動もないまま、最後まで読んだ。
 読ませる力は、何だったのだろう?
 古風さが魅力?
 
 考えてみると、ここに描かれたような家族のあり方は崩壊しつつある。
 それが題材となったところに、作品の価値があるのかどうか?

 (実に無意味な感想。私の頭が古びて、作品の良さを掴みきれないのかもしれない。)
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「国会中継」を聞きながら

2020-02-17 | 身辺雑記
 冬らしい荒れ模様の一日となった。
 風が強く、居間にいると、時折、カタコトと家が鳴る。
 裏口から戸外を見ると、雪が舞っている。
 私にとっては初雪である。

 国会中継を見る。
 総理の形ばかりの謝罪に始まる。

 謝罪に至る元原因は、辻元議員の「鯛は頭から腐る」発言であった。
 その発言と同題の本が見つかったので、Amazonへ注文した。
 1988年に出版された佐高信さんの本であり、入手は古書店からとなった。

  

 <はじめに>は、「大塩平八郎の乱」の話から始まる。
 第1章 トップが組織を腐らせる
      ーー 上に立つ者の無恥、無能、無責任 ーー
 第2章 低級官僚よ、名を名のれ
      ーー 匿名大蔵官僚との裁判闘争 ーー

 さらに第7章まで続くのだが、今日読んだのは第2章まで。
 私の日ごろの読書傾向とは異なるものだが、読んでみるとなかなか面白いし、共感することも多い。


  
 
 今日は雑誌<文芸春秋>3月号に掲載の芥川賞受賞作『背高泡立草』(古川真人著)も、途中まで。

 その他、<文芸春秋>の掲載記事では、
 石破茂「安倍総理よ、このままでは日本が滅ぶ」
 保阪正康「自壊する日本型エリート」桜を見る会、IR疑惑
 を読む。

 中途半端な、つまみ読み読書で、一日を過ごす。
 国会中継が、野党の途中退場で一時中断、その際、父島の深海が放映された。海中の様々な魚たちを眺め、一見長閑そうな美しい世界を楽しむ。


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白椿、昨日今日

2020-02-15 | 身辺雑記
 昨日、白椿の開花気配に気づいた。
 津田医院から帰った庭で。
 この木は、毎年、多くの花を咲かせる。
 ただ、白椿は、始めこそ美しいが、時を経ると茶褐色に汚れる。
 美しさは束の間である。

 

             ⬇️

 

 今日は開花。
 他にも、もう一つ開花していた。

 昨日、津田医院に行き、3か月以上改善の気配がみえない痒みと湿疹について、改めて相談。
 痒みも精神安定によくないが、それ以上に湿疹がどんどん大きくなり、体に傷が増えるのが不快である。

 塗り薬を今まで使用のものより、効力の高いものに変えていただき、量も増やしてもらった。
 さらに、アレルギーの病気を抑える薬・ルパフィン錠も処方してくださった。
 市販の入浴剤も、かゆみを抑えるものに変えてみたが、効力があるかどうか?

 塗り薬を変えてもらったせいか、今日は少し痒みが楽になりつつあるような気がする。が、果たして改善が見られるかどうか?
 コロナウイルスのように、生命に関わることではないけれど、このところ、決して快適ではない。😞
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