ぶらぶら人生

心の呟き

改修工事、すべて終わって

2015-05-26 | 身辺雑記
 キッチンの、床下収納庫の蓋が、今日出来上がった。
 午後、大工さんが届けてくださった。

 工事のせいかどうか、洋間のドアが開きにくくなった。
 大工さんに頼んでみてもらう。

 ドアを外し、庭に持ち出して、下を削ってくださった。
 ぶるぶる動いている道具は何か、と尋ねた。
 「マルノコです。丸いからでしょうね」
 と。(電動丸鋸)

 ドアの裾を少し削っただけなのに、鋸屑が、かなり出た。
 粉(鋸屑)は、すごい迫力で撒き散らされる。
 4日間の工事で、家のあちこちの汚くなったわけが、分かった。
 
 鉋をかけて、作業は終了。
 ドアは、楽に開け閉めできるようになった。

 大工さんは話好きだ。
 津和野の人だと聞いて、よけい親しみを感じた。

 私も津和野にいたことがあると話す。
 昭和38年の豪雪の年をはさんで4年間。

 「ぼく、まだ生まれいませんでした」
 これには、驚いた。
 「昭和41年生まれです」
 若いはずだ。
 女の子4人のパパだそうだ。
 「みんなきれいでしょうね」
 ウフフと、笑いで認められた。
 大工さんも、いい顔立ちだ。

 僅かな時間に、家庭のもろもろの様子が語られた。
 (そこは省略)

 「どうぞお大事に! 煙草を少し控えて…」
 と言って、見送る。
 5日間、お世話になった大工さんに、再び会うことはないだろう。

 シロアリ退治のMさんが、間をおかず来宅。
 改造に使われた木材と工事の地面に、シロアリ防除薬をまいてくださった。
 それは、5年間保証のサービスとして。

 これで、一応、工事は終了した。
 が、Mさんから、防湿シートを地面に敷くことを勧められた。
 今回シロアリによる傷みのなかった寝室や書斎側は、特に湿気がひどく(それは生活していて実感することである)、防湿シートで保護した方が安心して住めるといわれる。シートは、家屋の一部を覆うだけでは、湿気の防備としての効果は、あまりないのだそうだ。敷くなら全体をと勧められる。

 また、新たな提案に、思案する。
 Mさんが、親身になって勧めてくださっていることは理解しつつも、お金のかかることなので迷った。
 が、命のある間に、また改造工事というのは、身が持たない。
 今回も、かなり難儀だった。

 少し生活を切りつめてでも、勧めに応じておいた方が、家のため、私のために、いいだろうと判断した。 
 

         
                      日差しの明るい5月の裏庭。
                    赤く染まり始めたジューンベリーの実。           

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五月晴れ ③ 道野辺の花

2015-05-24 | 散歩道
 卯の花(ウツギ)の盛りである。
 旧国道わきに、幾本もの木があり、房状に白い花をつけている。

 ドクダミも。
 キウイの花も、咲いていた。
 (紫の花は、名前を知らない。)

 枇杷が熟れ始め、茱萸も赤みを帯びていた。


         

                 

  

  

  

                
                        ヘビ苺

            
            堅固なコンクリートの裂け目に咲いたサフラン

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五月晴れ ② 空の表情

2015-05-24 | 散歩道
 空が青い。
 目の前の雲は、変幻自在だ。
 同じ姿でとどまりつづけることはない。
 生きもののように、姿を変える。
 
 人を厭きさせることがない。

  

  

  

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五月晴れ ① お魚が食べたくて

2015-05-24 | 散歩道
 新鮮なお魚が食べたくなった。
 Aレストランに、出かけることにした。
 このところ、家の中にいる時間が長く、存分大気を吸いたい気分もあった。
 一日ぼんやり過ごして、元気も回復。(まだ片付けが終わったわけではないけれど。)

 前回は、予約せずに出かけて、失敗した。
 今日も、日曜日だから、お客が多いかもしれない。
 あらかじめ電話し、確認のうえ出かけた。

 五月晴れの好天である。
 もう若葉の季節は過ぎ、緑が、幾分深くなってきた。
 ウグイスが囀り、ホトトギスも鳴いている。
 空が美しく、海も凪いで穏やかである。
 最高の散歩日和であった。

 相変わらず、お客が多い。
 県外ナンバーの車が、たくさん来ている。
 海辺のレストランは、風景も、ご馳走なのであろう。

 海鮮丼を注文する。
 丼のうえには、魚介が幾種類も、彩りよく載っている。
 食欲旺盛、みな美味しくいただいた。


        

 食事の後は、すぐ帰宅することにし、土田海岸の景は、遠くからカメラに収めた。
 突堤や砂浜で遊ぶ人の姿が見える。
 それでも、田舎の海辺は人が少なく、ひっそりしている。
 その寂寥感が、いい。

        

 以下、レストランのテラスからの眺め。

        

        

  


 食前食後、日本海の景色を眺めた。
 胴体の長い、真鍮色をした平たい船が、西方から高島に近づき、そのまま沖の彼方に消えてしまった。
 カメラには、うまく収まらなかった。

 長田弘の詩集『死者の贈り物』をバッグに入れて出かけた。
 テラスの白い椅子に座って読むには、日差しが強い。

 食後のテーブルで、本を開いた。

       波が走ってきて、砂の上にひろがった。
       白い泡が、白いレース模様のように、
       暗い砂浜に、一瞬、浮かびでて、
       ふいに消えた。また、波が走ってきた。

           … 略 …
       朝の光りにつつまれて、昨日
       死んだ知人が、こちらに向かって歩いてくる。
       そして、何も語らず、
       わたしをそこに置き去りにして、
       わたしの時間を突き抜けて、渚を遠ざかってゆく。
       死者は足あとものこさず去ってゆく。
       どこまでも透きとおってゆく
       無の感覚だけをのこして。

           … 略 …
       貝殻をひろうように、身をかがめて言葉をひろえ。
       ひとのいちばん大事なものは正しさではない

                    「渚を遠ざかってゆく人」より

       先刻までいた。今はいない。
       ひとの一生はただそれだけだと思う。
       ここにいた。もうここにはいない。
       死とはもうここにはいないということである。
       あなたが誰だったか、わたしたちは
       思いだそうともせず、あなたのことを
       いつか忘れてゆくだろう。ほんとうだ。

           … 略 …
       秋、静かな夜が過ぎてゆく。あなたは、
       ここにいた。もうここにはいない。

                    「こんな静かな夜」より

       理由なんかなかった(のかもしれない)。
       背筋をのばして、静かに日々をおくる。
       それだけで十分だった(のかもしれない)。
       その人は、とても歳をとっていた

           … 略 …
       おおきなコントラバスを抱えるように、
       おおきな秘密を抱えていた(のかもしれない)。
       おたがいのことなど、何も知らない。
       それがわたしたちのもちうる唯一の真実だ。
       この世に存在しなかった人のように
       その人は生きたかった(のかもしれない)。
       姿を見なくなったと思ったら、 
       黙って、ある日、世を去っていた。
       こちら側は暗いが、向こう側は明るい。
       闇のなかではない。光りのなかに、
       みんな姿を消す(のかもしれない)。
       糸くずみたいな僅かな記憶だけ、後にのこして。

                    「秘密」より

 続く「イツカ、ムコウデ」詩まで読んで、レストランを出た。
 饒舌な感想を書く必要はないだろう。
 平易な言葉に込められた『死者の贈り物』に、そっと耳を傾ければいいのだ。

 長田弘さんが、亡くなれて20日余りが過ぎる。
 <もうここにはいない>人なのだ。
 が、その詩は残り、読者の心に響き続けるだろう。

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改修工事四日目

2015-05-22 | 身辺雑記
 今日(21日)は、大工さん一人で、玄関の床張りをしてくださった。

 今朝は早く起き、キッチンの掃除をした。
 何しろ、ひどい汚れである。

 畳を敷くのは後日(床下の新しい木材にシロアリ防除の処置をした後)ということになり、いつまで落ち着かない日を過ごすことになるのか、不安だった。
 が、社長が来られて、居間と座敷に畳を敷いてもいいという指示があった。
 ほっとした。
 が、忙しくなった。
 もう一人の大工さんも来られた。
 家具類を定位置に収めてもらうとため、私も加わった。
 とにかく、工事四日目で、いよいよめどはたった。


 昼の休憩時には、<みゆき>のちらし寿司弁当を美味しくいただき、班長宅へ、常会費を届けた。
 その道中で、他家の花々を眺めた。
 ホトトギスの声を今日も聞く。


               

         

  

  

  

              
                       


 今日は早起きの必要もないのに、早く目が覚め、朝食もせずに良く働いた。
 大工さんが、一応きれいに掃除してくださったのに、玄関の隅や靴箱の中まで、鋸屑が入り込んでいる。
 雑巾で拭くと、すぐ黄色くなる。
 庭の砂利も、車の出入りで飛び散っている。
 庭掃除もし、書斎や洋間に移動した小間物を元の位置に戻したりもした。

 遅い朝食を食べ始めたところへ、妹から電話があった。
 食べ物に不自由していないか、手伝うことはないか、と。
 食料は備蓄があるし、こまごました仕事は、私が時間をかければできることである。
 私でなくてはできないことの方が多い。
 感謝しつつ、大丈夫だからと答えた。

 しかし、22日の昼過ぎからは、全く動けなくなった。
 体が動かないし、頭の回転も、鈍くなってしまった。

 急ぐことはないと、休養する。
 だめだなあとは思いつつ、年齢相応だろうと、あきらめも早い。
 だから、仕事は、なかなか終わらない。

 兎ではなく、亀になればいいのだと、自らに言い聞かせながら亀にもなれず、のろまの亀が、途中休憩を繰り返している。

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改修工事三日目

2015-05-21 | 身辺雑記
 工事三日目(20日)は、二人の大工さんが手分けをして、一人はキッチン、もう一人は、玄関の床を取り外すことから始められた。
 もの凄い騒音の中で、一日を過ごすことになった。
 この工事中、昼間は、洋間を住処(すみか)として過ごしている。

 気づいてみると、二つの不便が生じていた。
 一つは、完全に、洋間の出口がふさがれたこと。
 廊下には出られないし、隣室の座敷に出ようとすれば、居間の荷物がふさいでいる。
 
 キッチンには声が届かない。
 玄関の工事をしておられる大工さんを呼ぶしかない。
 姿を見たらお願いしようと、機会をうかがった。 
 
 仕事内容は分からないけれど、隣接している廊下からは容赦なく騒々しい音が届く。
 その音の、止む気配はない。

 82歳の老女は、何とか不安に耐えている!
 <閉じ込められる>ことは、子どものときから苦手だ。
 今も全くダメで、他から遮断された世界にこもらざるを得ない時は、ドアのかぎなど慎重に点検する。
 臆病なのだろう。

 このところ、しばしば思うのだが、老いの進行は、子供の成長の速度に似ている。
 子どもは可能性の大きい方へ、老人は可能性を狭める方向へと、その内容は異なるけれど。
 年々ではなく、時々刻々、耐えられないことが増えてゆく。
 
 しばらくして、玄関で作業中の大工さんが庭に出られた。
 すかさず声をかけ、洋間の入り口にある荷物を移動してもらった。

 もう一つは、お湯が飲めなくなったことだ。
 工事の開始時から、湯沸かし器は、書斎に置いていた。
 突然、通路を断たれ、ポットが利用できなくなったのだ。
 朝、一杯の温かいコーヒーを飲んで以来…。
 仕方なく、冷蔵庫から牛乳やジュースを取り出し、常温に戻して飲んだ。

 (夕方、玄関から廊下にかけての板張りが終了。書斎へも寝室へも自由に行けるようになった。)
 
 キッチンに、シンクやコンロが運び込まれた。
 その気になれば、ご飯も炊けるし、おかずを作ることもできる。
 お湯も、沸かせる。
 しかし、その前に、鋸屑や埃をきれいに払わなくてはならない。
 その気力がない。


 食事は、<みゆき>(仕出しのお店)を頼みにした。
 人に作っていただければ、こんなにありがたいことはない。
 食べものには、文句を言わない。
 食に対する大らかさは、戦中・戦後の食糧難(飢え)を経験したせいだろう。
  
     
           昼食弁当                  夕食弁当
 

 昼間だけ、外に出た。
 ホトトギスが、連日、鳴いている。
 山から届く声を聞くだけで、心が和む。

 庭の草木を見て歩いているうちに、茎は緑色、花は白色のユキノシタを見つけた。長く伸びたシオンの葉かげに。
 絶えたしまったと思っていたので、花を見つけて、嬉しくなった。

             

 
 花の愛らしさでは、茎の赤い方だ。
 緑色の方が男性的なのに対し、深紅色の方は女性的だ。

 対比のために、以前、ブログに載せた、ユキノシタの可愛い花を、もう一度添付しておこう。

             

   
        ジュ―ンベリーの実             咲き遅れた白山吹の花


 夜は、大変だった。
 食器棚の上段に納まるはずの陶器類は、埃をかぶって、台所の床に置かれたままであった。
 (大工さんに、収納まで頼むわけにはゆかない。)

 私自身、どの棚に、何を容れればいいのか、とっさには分からない。
 とにかく、ものが多すぎる。
 それでも、大工さんが、棚ごとにまとめてくださっていたので、大いに助かった。
 埃をふき取り、棚に収めることが、夜の仕事となった。
 

 明日は早起きして、キッチンの掃除だけはしておこう、そう思って就寝した。
 しかし、疲れすぎたせいか、うまく寝つけず、いつもの思いを反芻する。
 自分で、責任をもって管理しなくてはならない<家>というものが、今では負担である。
 私ばかりでなく、独居老人に、果たして一戸建ての家屋は必要だろうか、と。
 

 同じ悩みを持つ同世代の友達は、幾人もいる。
 子供がいても、田舎へ帰る気は全くないケースが多いのだ。
 空家の増え続ける背景には、こうした<一軒家と老人>の、そして<核家族化の問題>が、あるような気がする。

 私の場合、家は、遺言書により、同じ市内に住む妹に譲ることにしている。
 書類を作成した当時は、それほど深く考えなかった。
 公証人役場で遺言書を作成し、安堵していた時期がある。
 
 しかし、<家>が負担に思えるようになって、妹にとっても迷惑千万な話だろうと、思うようになった。
 譲られる立場になって考えれば、私自身、全く欲しくない。

 父から譲り受けた直後、まだ体力の残っている間に、すべてを処分し、賃貸マンションにでも移るべきだった。
 亡き兄から、家は自由にしていいのだから、とアドバイスをもらったのに…。
 老いた両親を見送った後、10年ばかり山口で過ごした。
 そのことが、<家>について真剣に考える機を逸したようだ。
 

 大修理にお金をかけることになった、この家は、今後、どういう運命を辿るのだろう? などと考える。
 安らかな眠りを誘うためにかけたCDの曲が、意味もなく流れ、鳴り終わってしまった。
 眠れぬままに、今さらどうにもならない思案を繰り返したらしい。
 欲しくもない家を、不本意に譲渡される妹の負担を考えると、いっそう<家>が重くなるのだった。
  
 一旦起き上がって、気分転換を図った。
 とにかく、今回の改修工事(シロアリ駆除も、シロアリと湿気で傷んだ根太や大引の取り換え)は、やむを得ないことである。
 しかし、改修工事は、予想以上に、心身の負担となっている。

 ケ・セラ・セラだ。

 もう一度CDをかけなおし、灯りを消した。
 
 
 

 ※ この稿、未定稿(公開しない)に、設定しているつもりだった。
   疲労困憊の状態で、キーを打ち込み、推敲は後日と決めて、PCを閉じたつもりだった。
   不思議に思ったのは、今朝(23日)、大阪の妹と電話で話をした時、未投稿の内容を知っていることだった。
   おかしいなあ、とは思ったが、すぐPCを開けて確かめる元気がなかった。

   
   18日から21日までの改修工事が、かなり心身にこたえている。
   早起きしなくてはならないこと、騒音と同時に、洋間に閉じ込められた閉塞感にも耐えなくてはならないこと、日ごろはしない
労働もプラスされて、さすがに精根尽きた。

   真昼間なのに、ベッドで休んだ。
   眠りたいのに、うまく眠れない。
   目を閉じると、眼の中に、得体のしれない画像が浮かんで来るだけ。
   仕方ないので、赤旗の日曜版(いつも早めに届く)を読んだ。

   堀文子「一所不住・旅」展開催 兵庫県立美術館   

   の記事が出ていた。
   展示作品の4点も添えて。

   堀文子さんは、96歳である。

   「死ぬまで『えさ』は自分で探さないといけないので、毎日描かないといけません」
   「群れない」「慣れない」「頼らない」がモットーです。


   すごい人だな、と感心する。
   神戸に出かけてみたいが、今は無理な状態である。
   一段落したら、書棚にある数冊の画集を見よう。

   堀さんの発言に刺激されて、起き上がった。
   (3時間、ベッドで休憩の後)

   まず、ブログを開くと、未定稿のはずが、投稿されている。
   読み直すと、まるで精神不安定な人の書いた文章だ。
   支離滅裂もいいところだ。
   即座に未定稿に移し、推敲したが、今も頭がうまく回らない。

   疲れた時には、ブログを書いてはいけないと反省している。         

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『考えの整頓』

2015-05-20 | 身辺雑記
 ほかの本を書棚へ捜しに行って、<あら? こんな本がある>と、手に取った。
 私自身が買ったものなのに、きれいに忘れていた。
 数編読んだらしく、エッセーの頭にしるしを入れている。
 多分、急な来客があり、身近に置いていた本の山を、丸ごと書棚に運び、そのまま一年ばかりが過ぎたのだろう。

 私は時々、書棚の本から手招きされることがある。
 「まだ読んでくれていないでしょ」と。
 この本も、そうであった。

 実に面白いエッセー集である。
 『考えの整頓』 佐藤雅彦著・暮しの手帖社・平成23年10月28日初版)

                   
             カバーをつけたまま         カバーを外すと表は赤
                                  背と裏はカバーと同色


 私の持っている本は、<第二刷>である。
 といっても、初版の翌月、11月25日に出版されているから、よほど評判がよかったのだろう。
 「暮しの手帖」の2007年1月から2011年5月までの連載エッセーを一冊にまとめられたもの。(27篇のエッセー)

 この本の面白さは説明しにくい。
 が、とにかく読んでいると、無条件に楽しくなる。
 ときには、「なーるほど!」とつぶやいたりしながら。

 何でもないような、身近なことのなかに、不可思議が結構存在する。作者は、その不思議をポイ捨てするのではなく、あれこれ考えられる。
 その思考のプロセスが面白い、とでもいえばいいのだろうか。
 とにかく、一つ一つのエッセーが、読んでいて楽しい。

 私はこの著者のファンになり、タブレットで、動画の講演も聞いた。
 4月、山口に行ったときには、書店で「暮しの手帖 75」 (4‐5月号)を求めた。
  
                              
 この雑誌は、良質の紙が使ってあり、写真がいいし、記事もしっかりしている。
 購読したいが、ものを増やすのは、やはりやめた方がいい。

 佐藤雅彦さんの「考えの整とん」は、現在も継続中である。
 <第50回 たしかに……>が、載っていた。
 早速、読んだ。
 吹き出しそうになりながら、なるほどと頷かされる話であった。

 そろそろ『考えの整頓』の二冊目が出版されるのでは?
 楽しみである。
 しかし、生きてるかしら?

 『赤目四十八滝心中未遂』の作者・車谷長吉さんが死去された。
 
 今日の朝日新聞の『天声人語』の最後は、

    ▼5年ほど前に書いたエッセーに「あと数年で死のときが来るので、そ日が待ち遠しい」とある。
     予感があったのだろうか。69歳での旅立ちだった。


 と、結ばれている。

 死因は、誤嚥によるもの、とニュースが報じていた。
 死期は、自分である程度悟れる場合が多いと聞く。
 車谷さんも、そうだったのだろうか。
 しかし、69歳は早すぎる。

 私も、誤嚥の恐れあり、と思っている。
 左の歯でかむ癖があり、そのまま飲み込むと、喉の左寄りを食べ物が通過する。
 その際、うまく呑み込めない時があるのだ。
 普通の食品は大丈夫なのだが、好物のお餅や牛肉を食べているとき、危険を感じることが、よくある。
 クワバラクワバラと焦りつつ、口内の食べ物を右に寄せると、うまく喉を通過してくれる。

 歳とともに、すべての機能が衰えるのはやむを得ない。
 私の死も、そう遠くはないと思っている。

 話の焦点が、ずれてしまった。
 佐藤雅彦さんから、お声がかかりそうだ。
 「考えの整頓は、どうなっていますか」と。       

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改修工事二日目

2015-05-19 | 身辺雑記
 今朝、居間を覗いてみた。
 その部屋にあったテレビなど五つの生活用品が、昨日、座敷に移されたことは知っていた。
 が、改めて、物のない部屋のゆったりした広さを感じ、板の匂いを嗅ぎながら、がらんどうの6畳の間をカメラに収めた。

 お昼時(大工さんたち不在の時)、再び部屋の様子をみた。
 何もなかった居間へ、台所用品の数々が運び込まれていた。
 (昨夜のうちに、私の手にかなうものは、洋間や書斎に移動した。)

 大きな食器棚は、無用の長物だとつくづく思う。
 約20年前、60歳と言えば初老の域に入っていたのに、考えの足りない買い物をしたものだと後悔している。
 簡素こそ、生活の理想の形だと、今は思っている。

 その棚には陶器類が、所狭しと入っている。
 さらに、棚の上には、数個の装飾品が置いてある。
 移動のすべてを、大工さんにお願いしたのだ。
 さぞ、鬱陶しい仕事だったことだろう。

 ところが、6畳の間を見ると、驚くほど要領よく、考えた並べ方がしてある。
 キッチンへ戻す時のことまで考慮した、頭脳的な整頓の仕方だ。
 感心した。
 私がやる気を出して、中途半端なことをしていたら、かえって迷惑をかけることになっただろう。

 冷蔵庫は、いつでも利用できるように、居間の片隅に置いてある。
 苦労なく、その場にたどりつけるよう道も作ってあった。

  
       朝の居間                        台所用品の運び込まれた居間(昼)

  
  右隅に冷蔵庫 手前は二段重ねの食器棚      廊下に置かれた小型冷蔵庫と衣紋掛  

  
   裏口のシンク・ガスコンロ・床下物入れ          キッチンの床下(昼)<夕方、ほぼ完成>

            … … … … … … … … … … … … … 


 洋間に蟄居状態なので、大工さんの不在の時(お昼休み中)に、庭に出て体を動かす。
 芍薬はやや盛りを過ぎ、崖を見ると、シオンの数が増えていた。

 今日も(15日来毎日)、ホトトギスの声を聞いた。

 キョッキョ キョキョキョキョ  キョッキョ キョキョキョキョ と鳴いている。

 この世に、私とホトトギスしか存在しないかのような、五月の昼間!

  

            … … … … … … … … … … … … … 

 最近、広縁の大きな窓ガラスが動きにくい状態だった。
 Tさんの計らいで、専門の方を呼んでくださったようだ。
 窓下の、部品の取り換えが必要とか、入荷後、修理に来ると言い置かれた。

            … … … … … … … … … … … … … 

 居間の戸棚に入れていた物の一部を、工事中に点検しようと、洋間に持ち込んでいる。
 不要な物は捨ててしまうつもりで。
 
 大きな茶封筒に、「郵便物 2004年・2005年」と書いたものがあった。
 (仔細に見ると、、2006年のものも含まれていた。)
 相当数の手紙や葉書である。

 人数も30~40人くらい。
 10年前には、手紙や葉書を交換し合う付き合いが、多かったらしい。

 一書ずつ読み直し、懐かしく思った。
 2時間余り、過去の声を聞いて過ごした。
 兄のほか、今は亡き人からの便りもあった。

 兄の手紙が、思いのほか多い。
 ずいぶん筆まめな人だったんだと、改めて思った。
 妹たちからの葉書も、かなりある。
 PCで加工した写真や絵を添えて。
 みな同じころ、PCを使い始めたのだろう。

 当時は、年齢を問わず、PCの利用者が増え始めていた。
 それでも、肉筆の手紙の方がはるかに多い。
 筆跡の異なる便りには、個々の人柄が感じられて、面白い。

 友人知己からの通信も多い。
 みな筆まめだったのだな、と思う。
 私も、よく書いていたらしい。
 10年前は、居間より人とのつながりが豊かで、人間関係も密だったようだ。
 
 とにかく、便りには、温かみが感じられる。
 電話は、その場限りだ。
 (たまに、声の色や語り方が心地よく、忘れがたい電話もあるけれど…。)
 

 残すものと捨てるものと、取捨選択のつもりだったのに、まるで今届いた便りであるかのように、全部読み直した。
 その結果、どの便りも、ゴミ箱に入れる気にはなれず、元の封筒に戻した。
 (再度、読み直すことがあるのかどうか?)
 こんな具合で、改修工事中の今は、片付けのチャンスなのだが、なかなか思うようにはゆかない。

            … … … … … … … … … … … … … 

 今晩は、シンクもコンロもないので、炊事ができない。
 不便をかこつより、内心喜んでもいる。
 お弁当を配達してもらう、当然の理由ができたのだから。
 同じ町内にある、仕出しの<みゆき>に、初めて注文した。

 6時過ぎ、届けてくださった。
 ご飯は、まだ十分温かい、
 家まで配達していただいたのに、実に安価なのに驚いた。

 明日も、昼食と夕食を届けてもらうことにしている。
 (工事の間は、外出もできない。家で、ひたすら、おとなしく過ごすしかなく…。)

    

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『日本語は泣いている』

2015-05-19 | 身辺雑記
 外山滋比古さんの、最近(4月21日)出版された本『日本語は泣いている』を求めたのは4月だった。
 
           

 私より10歳年上の著者が、お元気で執筆を続けていらっしゃると思うと、とても嬉しいし、私も可能な限り、日本語を大事にしながら、小文を書いてゆきたいと思う。        

 私のブログで、外山滋比古さんの本について書くのは、幾度目だろうか。
 いつものことながら、大変興味深く読んだ。
 日本語について、考えさせられることが多い。

 ことばは、その人の心を映し出す鏡のようなものだと、常々考えている。
 私自身が話したり書いたりするときも、また人の言葉を聞いたり、人の文章を読んだりするときも。

 外山滋比古さんは、「ことばの美しさ」を追求し続けて来られた方である。
 それだけに、ことばについて、格別の厳しさを持っておられる。
 肯けるお話ばかりである。

 私が付箋をつけた部分から、一部を引用しながら、外山滋比古さんの考え紹介することにする。(深緑の箇所

 この本では、「文章料理説」を説いておられる。

 文章を書くのは、料理を作るようなもの、料理はいかに栄養があって体によくても、まずくては困る、と。
 それは、会話にもいうことができる、と。

 また、
 すばらしい洋服はお金さえ出せばすぐ手に入る。が、ことばはお金では買えない、と。
 それだけに、美しいことばを使うことができるのは、どんなおしゃれにもまして、その人を美しく見せてくれる、と。

 文章を書くうえで注意したいこととして、この本で紹介されている5項目の中、私自身は、<同じことばを繰り返さないこと><修飾語をへらすこと>の2点を、特に心がけたいと思っている。

 さらに、次のようにも書いておられる。
 こどもにとって最初のしつけは‟ことばである、と。
 また、
 われわれが、もうすこし、上品で、ていねいな人間になるには、ことばの力を高めることである。無作法を改めてことばの作法を身につけることである、と。


 ことばにたいする感覚が鈍ってきたと思うときには、この本をまた読み返すことにしよう。              

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改修工事一日目

2015-05-18 | 身辺雑記
 隣部屋の座敷で、工事が始まった。
 私は洋間にいて、新聞を読んだり、ブログを書いたりしながら、工事音を聞いている。
 湿気やカビ臭さがひどいせいだろう、大工さんの大きなくしゃみや咳も聞こえる。

 床板は、大変な傷み具合だ。
 <大引>の、すでに崩れ落ちているところもある。
 <根太>の傷みも進行中である。
 (今日初めて、<根太>や<大引>とは、どの材をさすのかを知った。)

 畳の裏に、汚れのついた部分もある。
 「シロアリはいないでしょうか」
 と、尋ねる。
 「畳屋に見てもらった方がいいかもしれない」
 とのこと。

 N畳店に電話し、見てもらった。
 床板の汚れが畳についたもので、払いのければ大丈夫とのことであった。

 昨年、座敷の畳の一枚に、小さな穴を見つけた。
 これは、どうしてできた穴だろうかと、一瞬、不思議に思っが、忘れていた。
 折角、畳店に来てもらったので、見てもらった。
 それは、シロアリが、畳の縫い糸に沿って上がったものと思われる、とのことだ。
 ただ、全体としては、今のところ、心配はいらないらしい。
 来年の、シロアリの季節には気を付けてみた方がいい、との話だった。

 畳の表にあるしみは、コーヒーなどこぼしたのでは? と、私の行儀の悪さを疑われたが、飲み物など持って移動するはずもない場所にもある。
 昨日、炬燵をあげたところ、その下にしみが増えていた。
 炬燵の下には、二重の敷物もある。
 
 畳屋さんは調べて来られたらしく、畳替えから12年がったっていると話された。
 私も、平成15年だったという記憶がある。
 しみが出ても、当たり前のような気もするが、依然として、原因は不明である。
 畳替えしてもらった時、藺草ではなく、紙で作られた畳は、汚れがつかないと聞いた。
 確かに日焼けはしないのだが…。
 
 雑巾で拭くと白くなって、かえって目立つ。
 いい洗剤があるかどうか、調べてみよう、とのことだった。
 
 昼食時間中に、工事の途中経過を覗いてみた。

  
   床板が半分敷かれている(座敷の入り口より)     庭からの眺め(広縁の向こうが八畳の間)

 2時頃から、あいにくの雨になった。
 しかし、作業への影響はなく、続けられている。
 8畳の座敷に続いて、6畳の居間にあるテレビ・炬燵・長椅子・箪笥・戸棚などは8畳の間(床板のまま)に運ばれ、現在は6畳の居間の床修理が、なお続けられている。(5時30分現在)


                       芍薬の花が開いた
         

                              シオン
  

             崖のアザミ                  白山吹の実(新旧並んで)
  

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