ぶらぶら人生

心の呟き

九月尽 (秋明菊も咲いて)

2013-09-30 | 身辺雑記
 今日で九月が終わる。
 一年の4分の3が、過ぎ去ることになる。

 さすがに暑気は去って、少しずつ凌ぎやすくなった。
 元気を出して、歩もうと思う。

 相変わらず、背中がだるい。
 背筋を鍛える運動は? と、ずいぶん前に求めた『7秒体操』(湯浅景元著)を探し出した。
 ほどほどに筋力強化を試みてみよう。
 明日から、新しい月を迎えることだし……。

 昨日も今日も、空が暗い。
 午前中、雨の止み間に、庭に出てみた。

 秋明菊が、花数を増やしている。

          

  
     ムラサキゴテンとランタナ                ノボタンの花と葉(紅葉) 

  
     名前不明(自然生え)                  ホトトギスの蕾

                  
                        高砂百合の実

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小さな虫歯

2013-09-28 | 身辺雑記
 M歯科医院へ、定期健診を受けに行った。
 鯉の群れる池を眺めつつ、診察台に上がる。
 簡単に処置できる、小さな虫歯を見つけ、治療してくださった。
 夏の間、少々歯磨きの手抜きをしていたのかもしれない。

          

 
 待合室で、治療の順番を待ちながら、今日も、相田みつを さんの本を開いた。

 『雨の日には
  雨の中を
  風の日には
  風の中を』


 と題された一冊。
             
          

 その中の二詩。
 

         

                  他人の物指し
                自分のものさし
                それぞれ寸法が
                ちがうんだな

        
                やわらかい
                こころ


 100人いれば、100の物指しがあるということ!
 人それぞれに、考えの物指しが違うことを忘れると、痛い目に遭う。
 幾たび、体験したことか。
 それでも、他人の物指しのことを考えず、ついつい人を過信しては、うなだれることになる。

 こころを<やわらかく>して、残り少ない晩年の日々を生きたい。

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医院の鉢花

2013-09-26 | 身辺雑記
 T医院へゆく。
 定期検診を受けるために。

 先月採血した血液の検査結果や血圧測定も、異常なし。
 かといって、体調は、あまり快適ではない。

 健康の判断は難しい。
 数値のうえで異常がなくても、問題なしともいえない。
 数値に反映しない面も、実際にはある。

 このところ、背がだるい。痛いのではなくて、ただだるい。
 だから、しばしば昼間でもベッドに横たわる。
 眠るのではなく、横になって本を読む。
 しかし、そんな自分をだらしないと思う、もうひとりの私がいる。
 こんな生活をしていると、寝たきり老人の仲間入りをすることになりかねない、と。

 とにかく、年齢のせいで、身体のあちこちが悲鳴を上げているようだ。
 PCに向かう姿勢も、立って炊事をする姿勢も、長く耐えられない。
 加齢のせいだろうと自己診断し、先生には相談しなかったけれど。

 おそらく背筋力の弱りだろう。
 すぐ横たわって楽をする前に、体を動かす方が、きっと賢明にちがいないとは思いながら、怠け者の私は、楽な方を選んでしまいがちである。

 
 今日も、T医院で、鉢の花を楽しむ。
 マユミ系の花など。
 「思い草」の鉢もあり、嬉しい出会いとなる。
 今年は、家裏の崖で、この花の姿を見つけることができなかったので…。

 猛暑に耐えられなかったのか、今年は、シュウカイドウも花を咲かせなかった。
 咲くべき花が咲かないと、やはり寂しい。

  

  

  

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墓参・落陽

2013-09-25 | 身辺雑記
 22日の午後、墓参。
 姉妹が集まる機会はなかなかないので、この際、妹二人に、遠からず訪れる私の死に関し、色々な頼みごとをしておきたかった。事前にその時間をとってくれるよう頼んでもおいた。

 が、実際に話し始めると、印鑑、通帳、その他重要書類の在り処のことはいいとして、いつしか、話題が直接今必要でもない枝葉にそれ、肝心な私の頼みごと(葬送に関すること、死後、私に代わってしてもらいことなど)については、全く話せなかった。
 「とみ」での夕食の時間も迫ってきたので、話を打ち切った。
 私の死により、妹たちに多大な負担をかけることになることを改めて自覚し、心疲れた。
 
 落陽を眺めながら、人生の終焉を思う。
 ひっそりと雲間に消えてゆく落陽のように、私もまた、ひそやかに死を迎えたいのだが、思い描くような最期を迎えることができるかどうか。
 この夕は、単なる自然の景として、夕日を眺めることはできなかった。


              

              

                 

              
              

 墓参の前、迎えの車を待ちつつ、見上げた空。
 そこには、秋の気配を漂わせた雲と、夏の名残りを留めた雲とがあった。

           

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9月の庭 (ピンクバナナ)

2013-09-24 | 草花舎の四季
 先日21日には、人と会うため、草花舎へ出かけた。
 お会いした知己MOさんは、70歳の由。
 脳梗塞の手術をを受けたと話しつつ、後遺症らしきものは全く無く、元気そのものであった。
 漢詩を作り、詩吟を詠い、舞台の演出を勤めるなど、多彩な活動家である。
 その上、好奇心旺盛、意欲満々!
 青年の心意気のまま、今を生きている人だ。
 志が高く、とことん真実を突き止めるタイプである。

 逃げて逃げて身を隠し、ひそやかに生きていたい私とは正反対である。
 その日は、万葉集、柿本人麻呂の歌「東(ひんがし)の……」について、私の意見を求めて来訪。
 前夜の電話で、質問に役立ちそうな資料は用意して出かけたので、話は簡単であった。

 後は、MOさんの漢詩を読ませてもらったり、舞台での活躍を記録した写真集を見せてもらったり……。

 話しが長くなったので、MOさんの車で送ってもらった。
 私の家の、台風18号で破損した塀を気にして下さって、帰宅後改めて電話があった。
 同期生で関連会社の人がいるから、仕事を任せては…とのことだった。
 その人は、私もよく知っているSさんなのだが、すでに隣家に頼んでいる。それを撤回するのは気が重く、折角の好意を嬉しく思いながら、お断りした。

 人に合うこと、人に会って話すだけで、思いのほか疲れる。
 これも、高齢と、私のわがままな気性のせいであろうか。


 草花舎のピンクバナナは、昨年同様一房実っていた。

                   

 ミズヒキソウや名を知らぬ小さな白い花を咲かせている鉢もあった。
 この日は庭も歩かず、Yさんともゆっくり話す機会もなく残念だった。

   

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そもそも人生とは、…

2013-09-23 | 身辺雑記
 そもそも人生とは、
 と、いう冒頭表現に対し、人は、どんな文章を書き綴るのだろう?

 五木寛之さんの文章は、

 苦の連続である。良いことと悪いことの比率は、九対一くらいのものだろう。もちろん、いやなことが圧倒的に多いように思う。

 と続く。( 『生きる事はおもしろい』・東京書籍・平成25年9月5日刊・P134)

 救われる思いである。 
 いやなことに打ちひしがれるのは、私だけではないのだ、と。


 今朝から、脈拍数が異常に多く、不快であった。
 ベッドと居間を行き来しながら、五木寛之著を読んだ。
 午後3時、脈拍数が、やっと平常の70以下に下がり、PCを開けてみる気になった。

 ほぼ同世代のせいか、五木寛之さんのエッセイを読むと、共感したり救われたりすることが多い。
 今日、思わず、くすッと笑えたのは、この本に引用された、下記の川柳を読んだときだった。


    なぁお前はいてるパンツ俺のだが(紫牟田健二・作)
    LED使い切るまで無い寿命(佐々木義雄・作)
    三時間待って病名「加齢です」(大原志津子・作)

                         
               「シルバー川柳」に掲載されているもの。

 私自身、徐々にLEDに交換している。そして、その都度、同じ思いを抱いている。
 友人も、病院で気になる症状を医師に相談したところ、「お年を召していますから…」と言われた由。
 老いの身の、ほろ苦い体験が、川柳のリズムで表現されると、妙に愉しい。

 今日は祝日。診療はお休み日なので、病院に行きようもないが、もし今日の症状を訴えて相談すれば、私の優しい主治医は、困ったようなお顔をなさりながら、
 「交感神経と副交感神経のアンバランスかな」
 とおっしゃって、精神安定剤を処方してくださるのかもしれない。

 昨日は、6人の来客があった。
 そのとき使ったコーヒーカップが、シンクに置いたままだ。
 少し元気が出てきたので、片付けよう。
 そして、今晩は、食事らしい食事をしよう。
 五木寛之さん流でゆけば、多く食べる必要はない。
 「一食プラス」程度が、年齢にふさわしいのかもしれない。
 平素は少々食べ過ぎの感あり。 

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枯向日葵

2013-09-21 | 身辺雑記

   無惨なら枯向日葵に劣らざる   中原 道夫  (9月19日の読売新聞 四季 長谷川 櫂 選)

 同感!  そう頷きながら、上記の句を読んだ。

 私の脳裏に、郵便局前の枯向日葵の姿が浮かんだ。
 前回、局に出かけたとき、すでに末枯(うらが)れていた。
 その姿を思い描きながら、午後、葉書の投函と散歩を兼ねて、郵便局に出かけた。
  
 今は、完全な枯れ姿となっていた。 

             
 

逞しく、しかも、美しく咲いた向日葵をブログに投稿したのは、確か7月下旬のころだった。
 二か月後の姿が、上記の写真である。

 私の姿だって、人目には似たものに映るだろう。

 選者は、

 <どんな人生を送るにせよ、人生とは無惨なもの。だが人間の無惨さにしみじみと思い当たるには、ある年齢を重ねなければならない。>
 
 と、解説文に書いておられる。
 これまた同感!

 PCで、中原道夫氏について、調べてみた。
 1951年生まれの俳人。私より20歳も若い。
 年齢に関わらず、人生に無惨を感じることがあっても、不思議ではないけれど。
 この句のように、単なる写生句ではなく、背景に人生の垣間見える作品が好きである。


             ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ ★ 


 今日、投函した葉書は、見知らぬ小3の、<聖>ちゃんという名の坊やに当てたものである。

 敬老の日に、毎年、小学生からの手紙が届く。
 お手紙を書くようにと先生にいわれ、しぶしぶ書かされている姿を想像するとかわいそうだ。

 私は、遠い昔を思い出す。
 戦地で戦っている兵士宛に、慰問文を幾度も書かされたことを。

 「戦地の兵隊さん、お元気ですか」に始まり、私たちは戦勝を信じてがんばっていることや季節の様子を綴り、最後には、お決まりのように、「銃後は、私たちが守ってゆきます」と結んだ。

 見知らぬ兵隊さんに宛てた手紙を書くのは、少々苦痛であった。
 だが、書くのは嫌だなどと自己主張はできず、子供心にも、非国民のレッテルを張られたくなかった。
 あの手紙は、兵士に送り届けられたのだろうか。
 <聖>ちゃんと同じ年頃の思い出だ。
 その後、戦局が悪化してからは、そんな手書を書かされることもなくなった。

 対象は異なるけれど、自発的ではない励ましの手紙など、書かせない方がよいのではあるまいか。
 <聖>ちゃんへのお礼を書きながら、今年も同じ思いを繰り返した。

 <聖>は、<たかし>と読むらしい。
 ご両親の願いが込められた名前に違いない。
 手紙には、漢字で<聖>、封筒には、平仮名で<たかし>と記してあった。

 少々重い名前だなあ、と思いながら、漢和辞典で、<聖>を確かめた。
 <名付け>の項には、あきら・きよ・きよし・さと・さとし・さとる・たかし・たから・とし・ひじり・まさ、などがあった。

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彼岸の入り

2013-09-20 | 身辺雑記
 今日は彼岸の入りとか。
 買い物に出かけ、お供え物など買ってきた。

 庭にも、お彼岸がやってきた。
 萬珠沙華の花が咲きそろった。
 赤もクリーム色も。

          

          

 真夏日が多く、水分不足の夏だったせいだろう、花に潜む強さ、美しさが足りないようだ。
 それでも、この花が咲くと、夏の衰えを感じる。
 今日も、30℃まで気温は上がったけれど、同じ30℃でも、真夏のころに比べれば、どこか威力に欠ける。

 木陰にひっそりと、ミズヒキソウも咲いている。

          

 以前のブログに書いた「忘れ花」(躑躅)は、その花数を増やし、シデコブシも返り花を咲かせている。
 勘違いは、植物にもあるようだ。
 自慢にはならないけれど、私などは、日常茶飯!

  

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仲秋の名月

2013-09-19 | 身辺雑記
 9月19日は、全国的に好天に恵まれたようだ。
 今晩の月は、<仲秋の名月>である。

 私も、洋間の窓から、名月を眺め、さらに、玄関前に出て、心地よい夜風に吹かれながら、お月さまを眺めた。
 今年の名月に会えたことに、感謝して。
 歳を重ねるごとに、月を眺める思いは、複雑なものとなる。

        

 今年はお月見団子を作った。
 私のささやかな<室礼>も試み、窓辺を飾った。
 われながら、幼稚すぎると思いつつ。

             

 
 空にあるお月さまは一つだが、全国各地で、それを眺める人の思いは、実に様々であろう。

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M美容院の室礼(しつらい)

2013-09-16 | 身辺雑記
 台風一過。
 余波の風が、午前中は、木々の枝を揺らしていた。

 予約していたM美容院へ、髪の手入れに出かけた。
 鏡を前にして坐ると、当然、後ろ側の風景が鏡の中に見える。

 やがて訪れる仲秋の名月に備え、美容室の一隅に、<室礼>が施されていた。

         

 M美容院の美容師は、みんな若い方ばかりだ。
 話し合って、作られたものらしい。
 
 ウサギのいる満月。お月見団子。ウサギとススキに代わる植物も添えてある。
 同じ棚には、M美容院のシャンプーなども置いてあった。
 
 一つの棚に、M美容院らしい<室礼>があって、心が和んだ。
 出来映え云々よりも、季節感を味わえるのが楽しい。

       
          ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆  


 台風18号の被害は大きく、京都府、福井県、滋賀県などの被災状況をテレビで見て、惨状に心が傷んだ。
 同じ夜、各地に竜巻被害もあったようだ。
 
 昨夜は、台風の進路からは遠く離れた当地でも、風がかなり強かった。
 風軍団が唸りながら、家の周囲を走っている感じだった。

 今朝、裏口から、外を眺めた。
 三つ並べたゴミ箱の蓋が、一つだけ飛んでいた。
 この程度でよかったと、一安心。
 ところが、一応、家の周囲を見ておこうと思い、家の横に回って驚いた。
 横塀の一部、長さ一間分が、倒れているのだ。
 さらに、M美容院に出かけようとして、裏側の門扉も、いたんでいるのに気づいた。

 帰宅後、早速、業者に相談した。
 幸い、隣家に、その関係者がおられる。
 倒れた塀は、その場で片付けてくださった。


 (追記 後日、エクステリア工事<こんなところでもカタカナ語が遣われている。インテリアの
      対義語であるエクステリア>の見積書を届けてくださった。
      かなりの出費になりそうだ。
      台風被害で家も家財も失ってしまわれた人のことを思えば、文句はいえないけれど、私に
      とっては、相当こたえる金額である。)

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