ぶらぶら人生

心の呟き

年、終わる

2012-12-31 | 身辺雑記
 2012年が、もう少しで終わろうとしている。
 一年一年、少しずつ老いを深めてきたが、特に今年は、体力の弱りを感じる年であった。
 しかし、無事に越年できることを幸せに思っている。
 今年、永遠のお別れをし、再び、言葉を直接交わすことのできなくなった知己友人のことを思いながら。

 今日は、一年最後の一日を慌しく過ごした。
 掃除・片付け、数種のお節料理を作るなど。
 なんとか最低のことをこなせたのを我ながら嬉しく思う。
 至極平凡なことにさえ喜びを感じるのは、もはや、それを当たり前のこととは思えないほど、年を重ねたということなのだろう。

 真冬のさなか、時折のぞく青空を眺められることさえ、喜びである。


 
   12月27日の空 一日快晴であった 夜には月も冴えて

      
             12月29日 晴れのち曇り

          
           大晦日 束の間の晴れ間 雪がちらつく寒い日の… 

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楽しい囲い塀(続)

2012-12-27 | 身辺雑記
 今日も、保育所の建設工事現場の前で、足を止めた。
 看板の垢抜けていることに、改めて気づいて。

     

 TK建設の看板である。

 「Key to Open the Future」(未来を開く鍵)
 とある。
 はるかに伸びた道に、夢がある。

 <みんななかよし>の絵の前にも立ち、ゆっくり眺めた。
 たいちちゃんの絵がある。
 みきちゃんの絵も。
 近所の知っている幼児なので、親しみを覚える。
 たいちちゃんやみきちゃんは、どんな未来を生きるのだろう?

  

 金子みすゞの詩も2篇、新たに加わっていた。
 「こころ」と「土」と。
 「土」を引用しておこう。

    こッつん こッつん
    打たれる土は
    よい畠になって
    よい麦生むよ。

    朝から晩まで
    踏まれる土は
    よい路になって
    車を通すよ。

    打たれぬ土は
    踏まれぬ土は
    要らない土か。

    いえいえそれは
    名のない草の
    お宿をするのよ。

 この世に存在するものすべてに、無価値なものはないと、金子みすゞは優しい言葉で語っている。   

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12月の庭 (あなじ吹く庭)

2012-12-26 | 草花舎の四季
 前日に書き上げた賀状を出しに、局へ行った。
 外に出ると、小雨混じり寒い日だった。
 風も強い。
 これを<あなじ>と言うのだろう、と思った。
 先日、読んでいた読売新聞紙上に、天気用語として紹介されていた。
 古歌にも出てくる言葉のようだから、今まで知らなかったのは、恥ずかしいことかもしれない。
 海上では、船にとっての敵らしい。

 草花舎の庭にも、あなじ(北西の風)が吹いていた。
 一巡して、すぐ室内に引き返した。

 遅い昼食をいただいた。
 食後のコーヒーには、Tちゃんの作られたイギリス風ケーキと、Yさんの弟さんの作られたチョコレートケーキが添えてあった。
 おいしいコーヒーを、さらにおいしくいただく。

 しばらくYさんと、政治や世相に関する話をする。
 (このブログでは、政治に関する私見を述べることは封印しているので、ここには書かないことにする。ただ、Yさんとは、考え方の方向性は同じである。) 


    
             
           クリスマス飾りのかけられたドア(上)  カウンターの眺め(下)


    
             
           カレーライス(上)  食後のデザーとトコーヒー(下)

 (記事内容は、12月25日のこと。)

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冬の空・冬の月

2012-12-25 | 身辺雑記
 昼過ぎ、郵便局と草花舎に寄って帰途につくと、久しぶりに青空がのぞいていた。(写真 上)
 気まぐれな晴れ間と分かっていても、地面に自らの影を追いながら歩くと、心が和む。

 夜、玄関がやや明るんでいるので、外に出てみた。
 走る雲間に、冬の月があった。12夜くらいのお月様。(写真 下)
 
 外は寒い。
 寒気は、当分居座るようだし、この冬は寒さが厳しいらしい。
 でも、冬は冬らしいのが好きだ。


  

          

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束の間の雪

2012-12-25 | 身辺雑記
 昨日の朝、窓が妙に白っぽく見えた。
 ドアを開けると、戸外は、今年初めての雪景色となっていた。
 雪国の人から見れば、雪とはいえぬほどの雪、美しく庭の草木に化粧を施したほどの…。
 しかし、雪景色には違いない。
 咲き残りのノボタンの上にも、雪がうっすら積もっていた。
 寒い朝であった。
 クリスマス寒波の襲来で、日本全国冷え込んでいるようだ。
 連日寒冷の日が続けば、寒さに弱いノボタンが、また枯れてしまうかもしれない。
 2年ぶりに蘇ってくれた植物!
 大きなビニール袋に空気穴を開け、かぶせてやれば、寒さ対策になるのだろうか?

     

     

 昨日は、覚悟を決めて、賀状に一筆を加えた。
 一日の時間が経つにつれて、活字が見えにくくなる。
 文字を書くのは朝に限る。
 午前中には、仕事を完成しよう! そう決心していたにもかかわらず、取り掛かったのは11時を過ぎていた。
 それでも、なんとか予定を完遂!
 我ながら立派である。
 しかし、パソコンのおかげがなかったら、とっくに年賀は欠礼することになっていたであろう。
 パソコンのお蔭で、99パーセント出来上がる。
 今年も、自筆の一文くらいは添えたいという思いがあった。
 それを達成できた。
 しかし、120枚を書き終えたら、右手首が痛くなった。
 すべての機能が老化しているらしい。

 父母が晩年お世話になったOさんが、足の骨折で入院されていることを家族の方から聞いた。
 送ったお歳暮のお礼も、Oさんではなく、家族からであったので、心配はしていたのだが…。
 昨夕、たくさんのサザエを届けてくださって、その時の話で分かった。
 もう一か月以上、日赤に入院されているようだ。
 どこで転んだかも分からない状態での骨折という。
 老いて脆くなった骨は、簡単に壊れるのかもしれない。
 近く、お見舞いに出かけてこようと考えている。

 先週は、内科、歯科、美容院と年内の用を済ませた。
 溝掃除や草取りなども、先日、依頼していた業者がし終えてくださった。
 妹が、年末に手伝うことはないかと気遣ってくれたけれど、今年も大方のことは、自分でこなせそうだ。

 大晦日まで、残り一週間となった。 

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賢いミサゴ

2012-12-24 | 身辺雑記
 ミサゴの番(つがい)が、鉄塔の上に、巣作りをしていることが、地方のニュースで紹介され始めたのは、かなり前のことだった。
 巣作りの場所は、偶然にも、NHK(松江市)のロボットカメラが取り付けられている場所であった。
 ミサゴの生態観察にとって、予期せぬシチュエーションが設定されたわけである。
 放送局の方の努力のお蔭で、お宝映像は記録された様子である。
 巣作りから産卵、雛の誕生や巣立ちにいたる過程が、克明に撮影されたのだった。
 

 昨夜のNHK番組「ダーウィンが来た!」で、今まで細切れに見てきたミサゴの映像の、そのすべてを見ることができた。
 春の巣作りから、雛の巣立ちまでの貴重な映像が提供されたのだ。
 全く知らなかったミサゴの生きる姿に感動を覚えた。

 ずいぶん利口な鳥である。
 愛に満ちた鳥である。夫婦愛にも、子どもへの愛にも、一途さが感じられる。
 その上、逆境に負けることのない強靭さを持った鳥でもある。
 人間は一体どうだろう? と、ちょっと恥ずかしくなるくらいだ。

 愛には厳しさもある。
 3羽のうち、最後の一羽は、なかなか飛び立てない。
 親ミサゴは、餌を運びながらも、<もう自分で飛ばなきゃ!>と、嘴で雛をつついて叱咤激励もするのだ。
 やっと自力で宙に飛び立つことができたとき、見ている私も安堵し、自分のことのように嬉しかった。
 思わず拍手などして。
 
 多数のカラスが、幾たびも多勢で襲いかかってくる。それでも親鳥は、怯むことなく抵抗し、必死で雛たちを守るのだった。
 その姿は、涙ぐましいほどであった。

 ミサゴを漢字ではどう書くのだろう? と考えても、思い浮かばない。早速、辞書で調べた。
 「鶚」(訓はミサゴ、音はガク)。
 古来、ミサゴは、<鋭い人物>の喩えに使われていることを知った。

 漢書に、「鷙鳥累百不如一鶚」と書かれているとのこと。
 読み下せば、<シチョウ ヒャクをかさぬるも イチガクにしかず>ということになる。
 「無能な者が百人集まっても、一人の有能な者には及ばない。」という意味である。
 ※ 「鷙鳥(シチョウ)」は、性質のあらい鳥。猛禽のこと。

 賢い鶚(ミサゴ)は、強くて優しい、真の勇者なのだろう。
 カラスも賢い鳥だというが、頭に<ズル>が付く。狡賢さには、好感が持てない。

 無気味なカラスの黒に比べ、ミサゴは、その色も姿も美しい。

 写真は、『野鳥』(山と渓谷舎)より。

         

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楽しい囲い塀

2012-12-18 | 身辺雑記
 昨日、郵便局に出かけて、田舎の町の変貌に驚いた。
 今、わが家に近い丘の上にある保育所が、移転されることは聞いていたし、工事着工のことも知っていた。
 が、その建設工事の進捗は思いのほか早く、構造物の形ができ、屋根瓦が置かれ始めていた。

 工事用の、白い塀の壁の前で、足を止めた。
 囲みの白い塀に、金子みすゞの童謡詩が4篇紹介されているのだった。

 「わらい」「星とたんぽぽ」「露」「見えないもの」

 たくさんある金子みすゞの作品から、選ばれた4篇は、みな、いい詩だ。

 私のように立ち止まって、みすゞの詩句に、しみじみと心を寄せる人も多いだろう。
 いいことだ。

 園児の描いた絵(みんななかよし)も、紹介されている。

 元来、工事の安全のために作られた仮の囲みなどは、殺風景そのものだけれど、ここの塀は生き生きしていた。
 そこへ、いずれ通うことになる幼児たちの幸せさえ感じられた。

         

     

 
 世の中は、いろいろと移ろってゆく。
 郵便局の近くでは、古い家の解体作業がなされていた。
 老婦人が娘の家に越され、家の存続が不要になったらしい。
 国道沿いの家が、次第に減っている。
 いずれの場合も、解体後は更地のままに放置され、風景は寂れてゆくばかりだ。
 同時に、生活の温もりが、どんどん薄れている。

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12月の庭 (切り株)

2012-12-17 | 草花舎の四季
 郵便局の帰り、草花舎により、コーヒーとケーキをいただいた。

        

 比較的暖かな今日、冬の庭を歩いた。
 裏庭に、亭々と聳え立っていた1本の木が切り倒されていた。
 まだ切り株が、生々しい。
 その上に、落ち葉を乗せて、カメラに収めた。
 この葉の姿は、見納めになるだろう。

        

        

 Yさんの話によると、幹が蝕まれたようだ。
 木の場合も、命の終わり方は、いろいろのようだ。
 ついにその名前を知らないままに、お別れのときがきた。
 在ったものがなくなることの喪失感!
 大木であっただけに、空間の広がりが、いっそう寂しさを誘う。

        
 大木がなくなって、庭の木々があらわになった。
 梅の裸木を見上げると、黒い塊があった。
 かつてはスズメバチの巣だったらしい。(今は、多分空っぽ。)

        


 入り口にポインセチアの鉢があった。
 ピンクの葉がやさしい。
 前庭の白い山茶花の花は、まだ咲き続けていた。

        
 
        



 草花舎の向かいに、<ポプラ>ができていた。
 開店したばかりで、お祝いの花輪もおかれていた。

        
 
 Vさんと一緒に立ち寄ってみた。
 生活の必需品が、こじんまりと並んでいた。
 少しは便利になるのかもしれない。

 イチゴと牛乳、今晩用に、ほかほかのおでんを求めて帰った。
 Yさんが車で送ろう、と言ってくださったが、体のために歩かなくてはいけないのだと、ポプラ前でお別れした。 

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脳の老化予防

2012-12-16 | 身辺雑記
 漠然とテレビを見ていて、なるほど! と、脳学者・加藤俊徳氏の話に聞き入っていた。
 脳の老化予防についての話である。
 時すでに遅し! の感はあるものの、人ごととして、自らの老いの荒びを安閑と眺めているわけにもいかない。

 要点を三つに絞っての話であった。
 ① 28歳だと思い込んで生活せよ!
 ② 「脳番地」を開拓せよ!
 ③ 「脳定年」を失くして、120歳を目指せ!

 (記憶違いがあるかも知れないけれど、大体、以上のような内容であった。)

 脳番地とは、思考・伝達・感情・記憶・運動・理解・聴覚・視覚などの分野のこと。
 私の脳活動は、どれもこれも怪しくなってきたが、特に心配なのが、記憶と運動の分野である。

 とにかくネガティブ思考は、脳によくないらしい。
 絶えずメモノートを手元に置いて、記憶力の回復に努めたい。
 
 かつては書けた漢字が書けなかったり、人の名前が出てこなかったり、赤信号が点っている。
 かなり深刻である。
 今日も、新聞の記事で、<毀誉褒貶>に出くわし、文字から目を離し、果たして書けるかな?と、指でなぞった。
 <褒>の字は、不正確であった。

 とにかく、脳の老化の予防には、意識的に努めなくてはならない。
 28歳だと思い込んで生きることは無理だが、10歳くらい若いつもりで生きることは大事だろう。
 運動の分野は、衰えるばかり。
 帯状疱疹の後遺症を理由に、体は怠け放題である。
 立ち続けたり、歩き続けたりすると、左坐骨に不快感がよぎる。そこで、動くことを怠り、筋力は落ちるばかり。
 なりゆき任せではいけないので、運動分野の開拓も、怠ってはならないと考えている。

 

 師走も半ばとなった。
 たくさんの葉をつけていたヤマボウシ(写真は11日)も、落葉を急いでいる。 
   

         

        

 落日も、日に日に早くなってきた。

      

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墓参の旅

2012-12-10 | 身辺雑記
 12月の初旬に、上京した。
 師の命日に合わせ、お墓参りをするために。

 来年の3月が終わるまでは、班長という公の仕事があるので、日程も短くしての旅であった。
 小さな旅でも、日常からの脱出は楽しい。
 いつものように、帝国ホテルに2泊し、大都の雰囲気のなかに身をおいた。

 谷中のお墓にお参りしたほかは、上野公園を歩くに留めた。(スカイツリーは、上野から遠望しただけ。)
 西洋美術館内の<すいれん>で昼食をとったり、デパートの喫茶店で憩ったり…。

 昨年までのように、美術館巡りなどは、体力的に無理であった。
 それでも旅は、ひとときのくつろぎとなった。
 

        
              ホテルから見た、朝の眺め

        
             谷中の桜(裸木とわずかな紅葉)


      
          上野公園(銀杏の黄葉)  上野から見たスカイツリー


 帰途の車窓に、富士山を眺めることができた。(12月6日)
 いつ見ても、美しいお山だ。
 最近は、爆発の危惧が言われている。
 富士山の今の姿が、変容する日のないことを願うのみ。  

 

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