ぶらぶら人生

心の呟き

7月終わる

2010-07-31 | 身辺雑記
 ノボタンの最初の花が咲き、フウセントウワタも花をつけ始めて、7月が終わった。
 暑さに辟易の日々である。
 それでも、猛暑は当分衰える気配がないらしい。
 梅干を入れたお水やポカリスエットなどせっせと飲んで、秋風の立つ日を待っていよう。

      ノボタンの花 1号

      フウセントウワタの花

 今晩、8時半近くになって、花火の音が聞こえ始めた。
 そわそわと外へ出てみた。と、山の端に、遠花火が空を赤く染めているのが見えた。
 豪華さはないけれど、それでも夜風の中に佇み、暫く見とれた。

 明日は、もう少し本格的な花火を見に出かけようと考えている。
 久しぶりの外泊と、まだ見ぬ花火に、今は心を躍らせている。
 
      遠花火
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母の命日

2010-07-29 | 身辺雑記
 今日は、母の祥月命日である。
 18年前、母が息を引き取った日も暑かったが、今日も劣らず暑い。蒸し暑さの点では、今日の方が勝っているだろう。

 昨日、二か月に一度の歯科検査を受けるため、街に出た。
 その折、今日に備えて、お花やお供えを求めてきた。仏壇には、薔薇と母の好物だったゴーフルを供えた。
 余分の薔薇は、花瓶に挿した。(写真 右)
 淡いピンクと白の薔薇。少し地味すぎたが、清浄さを母は好んでくれそうだ。

 午前中、同市内に住む妹夫婦がお参りに来た。
 果物のお供えを持って。
 家まわりの小さな菜園で採れた胡瓜、トマト、ピーマン、ゴーヤーなどを持参してくれた。
 妹宅の花壇に育っているコリウス(面白い名前のトキメキリンダ)も添えて。(写真 左)
 花瓶に挿しておいて、根が出たら土地に植えるようにと言って。
 うまくいくかどうか自信はないけれど、切口から白い根が伸びてきたら、大地に下ろしてみよう。

 母は、満90歳寸前に亡くなった。
 軽い脳血栓の後は、身体の一部が不自由になり、ほとんど病臥の身となったが、ついにボケることなく、最期まで母の威厳を保っていた。
 姉妹で、私たちにとっては<母の鏡>のような人だったね、と懐かしめるのは、幸せなことである。
  

       
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新たな日課 算盤遊び

2010-07-28 | 身辺雑記
 先日、何気なく見ていたテレビ画面に、算盤による老化防止の様子が放映されていた。
 認知症の人の症状が、改善された例も。
 指を使うばかりでなく、計算する作業が加われば、確かに脳のためにいいに違いない。そう考えながら、私は、暫く使っていなかった算盤を取り出した。(写真)

      

 このところ、易しい計算は暗算で、少々厄介な計算のときには、専ら電子計算機を使っている。
 算盤の効用を知った今、一日に一、二度程度、気分転換に算盤遊びをしようと思い始めた。
 
 電子計算機が一般的でなかった時代には、算盤を愛用してきた。写真の算盤は、私が持っている唯一のものである。
 いつから使っているのか思い出せない。
 学校の授業で、算盤を習ったのは、何年生だったのだろう?
 算盤は得意な方だった。好きだから遊びのように、算盤に戯れていたように思う。

 テレビの番組を見て以来、幼い日を思い出しながら、折々算盤の珠をはじいて遊んでいる。
 指が、大昔に体験したことをしっかり覚えて入るのが嬉しい。

 算盤を習い始めた当時、、算盤に向かって、1から100までの足し算を繰り返したものだった。
 1から10までを加えると55、20までで210、30で465、……100までの合計が、5050になることも、指が覚えている。
 右手で珠をはじく限り、間違うことなく、かなりスピーディーに加算できる。
 ところが、左手で同じことを試みると、全く思うようにいかないのだ。スピードが落ちるだけでなく、足し算の結果も不正確になる。指の動きにスムーズさがない。

 鍛え甲斐がありそうだ。
 左手でする珠算の回数を増やして遊ぶことにしたい。
 結果として、右脳、左脳の両方が鍛えられるとすばらしい。

 長年使ってきた算盤の裏面を見ると、上側には<Patent No・886869>、下側には<かめだけ理想型>と、金字で掘り込まれている。文字のやや薄れたところもあるけれど。
 今まで裏面を見たことがなく、上記の記載があることも知らなかった。
 新たな発見であった。
 
 <かめだけ理想型>とは、なんのことだろう?
 インターネットで調べてみた。
 かめだけ算盤の、23桁形態の、ごく一般的なタイプを表すらしい。 

 <かめだけ>は、地名の<亀嵩>のこと。
 亀嵩算盤は、1922年に創業の、島根県奥出雲亀嵩にある会社で作られた製品だと分かった。
 同時に、あの亀嵩! と思った。
 松本清張作『砂の器』の舞台となった場所である。
 
 改めて、時刻表の地図で、亀嵩の場所を捜した。
 木次線(宍道―木次―備後落合)に、その駅名はあった。

 今まで、木次線を旅する機会がなかった。
 算盤とは関係なく、中国山地に分け入るローカル線の列車に乗ってみたい。
 春、桜の咲く頃がいいだろう。
 木次は、桜並木の美しさで有名だ。
 花見の後、亀嵩に足を延ばすのもいいだろう。 
 そこには、『砂の器』の記念碑もあるらしい。

 <かめだけ理想型>から、ついには、木次線を旅することに思いを馳せる今日だった。 
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毎夜、月を眺めて

2010-07-27 | 身辺雑記
 今日は、内科の定期検診に行ってきた。
 血液検査の結果は良好だったが、血圧が高めだった。
 数値を知らなければ平気でいられるのに、やや異常な数値を知った途端に、少々不安になり、帰宅すると、わが身を甘やかし、のんびり過ごした。
 昨夜は、深夜の月を眺めて就寝が遅かったうえに、今朝は4時に目が覚め、未明の月を眺めた。
 お月様に心を奪われて、血圧を高くしたのだろうか?
  
 快晴の日が続き、お蔭で、連夜、月を眺めて過ごすことができた。
 添付した写真は、ここ数日の月である。撮影の時間も添えた。

 快晴の月もよいが、雲の間に見る月も趣がある。
 兼好法師の<月はくまなきをのみ見るものかは。>(第137段)に同感である。


      7月24日21時19分の月

      7月25日22時26分の月

      7月26日23時30分の月

      7月27日4時の月
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7月の庭 (クサギの花など)

2010-07-26 | 草花舎の四季
 戸外に出るのが億劫なほどの暑さである。
 しかし、今日は月曜日。草花舎に出かけた。
 郵便局に行かなければならない用もあったので。

 炎天下の庭巡りは、ほどほどにした。
 クサギが花を開き始めた。
 昨夏以前のブログに掲載した大木が切り倒され、寂しく思っていたのだが、もう一本の小木がみるみるうちに成長し、見上げるほどの高さになった。
 その木が、花をつけたのだ。まだ芳香を放ってはいなかったけれど。

      クサギの花

 ランタナが、庭の一隅に、花飾りを置いたように可憐に咲いていた。
 (同種の黄色い花が、家の庭に咲き始めたのは二週間ほど前である。その時以来、4音の名前を思い出そうと努めたが、記憶の整理箱から取り出せないままだった。
 今日、Yさんに尋ねて、やっと思い出せた。そうそう、<ランタナ>だったと。)

      ランタナ

 木の葉の上に、空蝉の姿を見つけた。
 蝉の声は、あたり一帯に満ちているけれど、木に止まって鳴く姿も、空蝉も、近年見たことがない。実に久しぶりに見る、飴色の抜け殻を懐かしく眺めた。
 どこか近くに、1センチほどの丸い穴はないかと目を凝らしたが見つからなかった。
 長い地下生活に終止符を打ち、地上に現れた痕跡が、どこかにあるはずなのだが……。
 地面を覆う草が隠しているらしい。
 
      空蝉


 カウンターに並んだ木の実たちが、小さな芸術品のように思えた。
 モノがそれぞれ、独特な形を持つことの面白さ!

     

 スーザンさんが来られ、久しぶりにお話をした。
 午前中、街まで買い物に行ってきたと話しておられた。行きも帰りもバスを使って。
 スーパーがなくなって、お互いに買い物に苦労するけれど、元気な間は問題ない。少し時間をかければ、街へ行けるのだから。
 不満を募らせると、自ら難民意識を高めることになるので、不自由を楽しみに変えようと思っている。

 スーザン邸も、西日が当たって暑いらしい。
 Tちゃんと日覆い購入の相談をなさっていたので、私は一足先に帰ってきた。

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なるほど! <人間の心は、脳内現象にすぎない>

2010-07-25 | 身辺雑記
 先日、アマゾンに注文した、茂木健一郎著『生きて死ぬ私』(ちくま文庫)と『やわらか脳』(徳間書店)の2冊が届いた。
 前者は、1998年に徳間書店から刊行され、2006年にちくま文庫に収められた本で、後者は、作者のブログ「クオリア日記」の2004年、2005年の2年分を編集、加筆、2006年に刊行された本である。

 以前のブログに書いたが、茂木健一郎氏の「クオリア日記」を知ったのは、音楽評論家、故・黒田恭一氏について調べているときだった。
 早速<お気に入り>に入れ、毎日、朝の日課として読むことにしたのだった。

 日記の題名にある<クオリア>の意味がよく分からず、電子辞書(広辞苑)で調べた。

 <感覚的体験に伴う独特で鮮明な質感のこと、たとえば、バラの香りやチェロの音色。志向性と共に心のあり方を特徴づける概念として、脳科学で注目される。感覚質。>

 と、あった。
 一応の理解はできたけれど、納得できる理解に至らなかった。
 そこで、前記2冊の本を注文することにしたのだった。
 まだ読み始めたばかりで、各書のまえがきやあとがきと、『やわらか脳』の第七章<”脳”はなぜ怒るか>(全部で12話)を読んだだけである。

 この頃、脳の存在が私の生活を大きく支配していると感じることが多くなった。そして、脳は、ありがたい存在でもあると同時に厄介な存在でもある、と思うことが多い。

 『生きて死ぬ私』のまえがきの中に、
 <人間の心は、脳内現象にすぎない>
 と書かれており、まさしくそのとおりだと、納得したのだった。
 
 私自身を含め、人間というものが分かりにくい。
 茂木健一郎氏の本を読み進むにつれ、多少は脳内の霧が晴れるかもしれない……。
 
     × × × × × × × × × × × × × 

       今夕の雲
 
 (これではお月さまの姿は見られないだろうと思いながら、夕雲を眺めた。ところが、夜がふけるにつれて空は晴れ、お月見ができた。後日のブログに掲載の予定。)
          
      
 
  夜、裏口のガラス戸に止まっていた、この昆虫は?
  キリギリス? マツムシ? クツワムシ?
  昆虫で見分けがつきそうなのは、飼ったことのあるスズムシ、子どもの頃、稲穂が垂れ  る季節に田圃でよく見かけたイナゴ、気まぐれに部屋に上がるコオロギくらいである。
  何虫だろう? と目で追っているうちに、ゆっくりと戸の上の方へ姿を消した。

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<大暑>の今日 (ツバメの♪)

2010-07-23 | 身辺雑記
 今日は、暦の上での<大暑>。
 
 「梅雨明けには、概して暑い日が長く続くことが多く、<梅雨10日>という言葉もある」と、天気予報士が言っているのを耳にした。
 確かに、梅雨が明けた後、長い猛暑に見舞われた年は多い。
 それにしても、この夏は、高温の度合が異常である。

 しかし、朝夕は、多少凌ぎやすい。
 5時半、目覚めるとすぐ、鉢の水遣りに外に出た。
 頭上が騒々しいので見上げると、燕が電線で囀っている。
 近年は燕が少ないと思っていたが、私が気づかなかっただけかもしれない。
 電線のあちこちに、二十数羽はいただろう。(写真)
 手前と向こうの電線に、多く集まっていたが、中には群れを離れた燕もいた。
 同じ電線に止まっているのは、家族なのか、仲間なのか?

 燕にとっても、早朝は、語らいを楽しむのに都合がいい時間帯なのだろう。
 音符さながらに居並んで、何をしているのだろう?
 今日の計画でも話し合っているのだろう?
 
 私は人間界から、明け方の青い空と燕たちを眺め、子供じみた勝手な想像を楽しんだ。
 朝のひと時、如雨露を持つ手を休めたまま。

       

       

 今朝は、蟷螂の姿も見た。まだ子供のようであった。
 蟷螂は、燕などの鳥類のように、集団を作ることはないのだろうか?
 私の目にする蟷螂は、いつも孤独である。

       

 夕方、陽が落ちてから、戸外に出た。
 カナカナの声があたりに満ち、東南の空には白い月が出ていた。十三夜ぐらいだろうか。
 <大暑>の今日は、終日快晴、雲の欠片さえない一日だった。
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夏のひるぶし

2010-07-22 | 身辺雑記
   うなゐごがすさみにならす麦笛の声におどろく夏のひるぶし  西行

 中野孝次の『老年の良識』(海竜社)を再読しているうち、上記の西行法師の歌に出合った。
 
 夏の日の午睡の表現として、<ひるぶし>の言い方が気に入った。古めかしい言い方が、国語辞典にあるのだろうかと広辞苑を引くと、<昼臥し>という漢字を添えて、<ひるま寝ること。ひるね。>と出ていた。上記の、西行の歌も引用されている。
 日常的に、今でも遣う人もいるのかどうか?
 <午睡>などと同じく、文章語としてのみ遣われるのかもしれない、と思う。

 「ただ今、ひるぶしのお時間?」
 といった具合に、友人に電話で尋ねてみたくなった。
 が、いきなり<ひるぶし>と聞いても、はて? と戸惑うことだろう。私の場合のように、書き言葉として読んだ場合とはわけが違う。

 猛暑続きで、ごろりと横になりたくなることが多い。
 だが、眠ることの下手な私は、本を読んだり、夏の声に耳を傾けたりして、過ごしている。
 今の時代、西行の歌にある麦笛の声はさすがに聞こえてこないけれど、耳を澄ますと、蝉の声や、それに混じって、鶯や時鳥の声が聞こえてくる。

 日本全国、異常な暑さの続く中で、最近は、熱中症に注意するよう、テレビなどが呼びかけている。
 猛暑が去るまでは、外歩きを控え、<ひるぶし>を心がけることにしよう。 
 

        今朝の庭に咲いた万両の花

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猛暑日続く

2010-07-21 | 身辺雑記
 気だるさをもてあまし気味だが、朝のひと時は多少涼しく、目覚めるとすぐ、朝顔など、鉢の花に水遣りをする。
 今朝は、朝顔(メリーゴーランド)の、赤紫の花が初めて咲いた。
 以前のブログに載せた濃い藍色の花は、ほぼ毎日のように咲いている。
 が、メリーゴーランド以外の4種類の花はまだ咲かず、朝ごと、期待を裏切られている。

        

 隣家の裏庭に、ノウゼンカズラ(凌霄花)の朱色が涼やかである。遠目にも美しい。
 昨年まではなかったはず?
 植えられていた蔓に、今年初めて、花をつけたのだろう。
 間近に、好きな花を楽しめるのが嬉しい。

         

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ナデシコとネジバナ

2010-07-20 | 身辺雑記
 昨日は、早朝(7時前)から、同級生のHさんが崖の草刈りをしてくださった。
 H夫人のヨウちゃんも一緒に来て、崖下の溝周りの草を取ったり、庭木の下枝を切ったりしてくださった。
 随分すっきりした。
 
 Hさんが、刈り残してくださったらしく、崖の斜面に一本のナデシコ(撫子)の花が咲いていた。猛暑のさなかに、秋が潜んでいるかのようだ。細長い蕾が、沢山ついている。次々花を楽しませてくれるだろう。
 (崖の刈り草は、乾くのを待って、夕方片付けてくださった。)

       

 私の野草好きをヨウちゃんは知っていて、ネジバナを植えた鉢を持ってきてくださった。
 過日、ナガミヒナゲシも、鉢に植えて持参してくださった。
 (今は枯れて姿を消し、空鉢になって花壇の中に坐っている。写真の右に見えるのは、妹が届けてくれた、ミニホトトギスの鉢である。)
 それぞれの種が落ちて、小さな花壇が、野草園になってくれると嬉しいのだが…。

             

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