ぶらぶら人生

心の呟き

「秋七草」の最後に

2006-09-30 | 身辺雑記
 「秋の七草」「秋七草」は、当然、秋の季語として歳時記にある。
 その七草について、順次取り上げてきた。
 
 萩の花尾花葛花瞿麦(なでしこ)の花
   女郎花また藤袴朝貌の花

 万葉歌人・山上憶良の上記の歌を引用して、「撫子の花も」をブログに投稿したのが8月3日であった。
 以後、「女郎花も咲いた」(8月10日)、「葛の花}(8月28日)、「フジバカマ」(9月26日)、「大きなススキ」(9月28日)、「縮景園の萩の花」(9月30日)を投稿した。

 いよいよ最後に、庭の桔梗を取り上げて終わりにしよう。
 山上憶良の歌では、「朝貌(アサガオ)」になっているが、それは桔梗のことだろうというのが、現在では有力な説らしい。
 この秋、自然の中に自生した桔梗を見ることはできなかったが、私の家の庭には、初夏のころから長期にわたって桔梗が咲き続けた。
 写真の桔梗は昨日撮影したものである。初めのころより紫がひときわ濃くなったような気がする。やはり秋の気配の中で咲く桔梗の方が、似つかわしい。
 七草の中でも、姿形が一番美しいのは、桔梗だろう。
 この花は、蕾の姿も愛らしい。花弁が五裂する前は、袋状に閉じていて、まるで風船のようだ。

 今日で九月も終わり。
 ずいぶん目を楽しませてくれた秋の七草との、お別れの時期も近づいてきた。
 
 

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縮景園の萩の花

2006-09-30 | 旅日記

 あれは確か九月の中旬過ぎだった。テレビが、仙台の辺りで、宮城野萩が見ごろを迎えたと放送していたのは。それを聞いて以来、萩の花との出合いが心待たれた。
 散歩の道々、萩の在り処を探した。が、なかなか萩の花にめぐり合えなかった。
 9月19日、友人の車で、広島県立美術館に「藤田嗣治展」を観に行った。そのついでに、隣接する縮景園も訪れた。

 庭園のあちこちに、萩の花が咲いていた。(写真)
 今年初めての出合いは、縮景園の萩ということになった。
 枝垂れて咲く萩は、宮城野萩というのだろうか。
 よく見ると、花弁の色や大きさ、花のつき具合など、微妙な違いがあって、縮景園の中だけでも、種類はいろいろあるらしいことが分かった。
 辞書には、<ヤマハギ、マルバハギ、ミヤギノハギなどがある>と書いてある。「など」とあるからには、まだまだ他種があるのだろう。

 <萩>は、漢字の成り立ちからいっても、いかにも秋を代表する植物といえる。草冠に、秋と書くのだから。
 マメ科の植物らしく、葉にその特色があるのに、やはり花が咲かないと見つけにくい。紅紫の花をつけた小枝が風にそよぐようになって、初めて萩の存在に気づき、「ここにも秋が……」と、しみじみ秋の風情を感じることになる。

 今では、朝の散歩の途次にも、道野辺よりも少し高手に、満開になった萩の花を幾箇所かで、見られるようになった。
 昔から、田舎道のどこにでもあって、人々に親しまれ、詩歌にも多く詠まれてきたこの花は、現代人にとっても、秋の風情をしみじみと感じさせる花のようだ。

 このところ、白萩はないかと探しているのだが、まだ目に留まらない。紅紫色の花に比べ、その数が少ないのだろうか。 

 
 


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モロヘイヤとツルムラサキ

2006-09-29 | 散歩道

 父の法要を終えた後、昨日の夕、妹と散歩に出かけた。
 いつもの散歩道で、緑の濃い葉の、蔓性の植物が、威勢よくはびこっているのに気づいた。毎朝、その前を通りながら、注目することのなかった植物である。
 「これ何?」
 「なんだろう?」
 と、二人で眺めていると、その畑の前方、崖の上から声が下りてきた。
 「モロヘイヤですよ」
 見上げると、人家の前に、女性の姿があった。
 「これ、モロヘイヤ?」
 と、妹が不審げに言った。
 「そう、体にいいんですよ」
 との返事が返ってきた。
 私は、モロヘイヤという名前こそ知っているが、食べたことはない。
 もの珍しさから、しげしげと、その植物を眺めた。大きめの葉がよく茂り、かなり丈高く蔓が絡みあい、その茂みの上には、白い花も見える。(写真)
 妹は歩きながら、モロヘイヤかなあ? と首をかしげている。幾度か食べたことがあるけれど、それとは全く似ていない、というのだ。

 今日、植物に詳しい、今一人の妹に尋ねると、それはモロヘイヤではなくて、<ツルムラサキ>だろう、というのだ。
 辞書で調べ、昨日の植物を思い出してみると、まさしくツルムラサキの特色を具えている。
 昨日、その名を親切に教えてくれた女性は、どちらも栄養価の高い青野菜なので、勘違いされたのだろう。

 大阪へ帰る二人の妹を駅に送った後、私はスーパーに立ち寄った。
 野菜売り場で、徳島県産のツルムラサキを見つけ、手にとってみた。
 その袋には、<ツルムラサキ スタミナをつけましょう> と書かれ、さらに料理方法まで記してある。
  ●茎葉、花軸、花果いずれも食べられ、一般には、葉をゆで過ぎないよう
   熱湯でさっとゆで、清水に浸してからしぼって使う。そのまま酢じょうゆ、
   辛子じょうゆで食べてもさっぱりしておいしい。
  ●ラーメンやうどんの具にも向く。油いため、天ぷら、ゴマあえ、鍋物、汁
   の実などその用途は広い。

 食べ慣れない食品には、手の出ない私だが、体にいいものなら、一度食卓にのせてみようと思い、買い求めた。
 早速、今晩、単純な食べ方を試みた。熱湯でさっとゆで、ドレッシング「キューピーノンオイル青じそ」で味を調え、<おひたし>感覚で試食した。
 なるほど、こんな味なのかと、自分の口で味わって納得。ちょっとぬめりがある以外には特別な癖もなく、口当たりは悪くないし、食べにくくもなかった。
 とはいうものの、野菜のそう好きではない私にとっては、やはり、ぜひにも食べたい食品ではない。まあ、たまには買い求めても悪くはない、というのが正直な感想だ。

 畑でツルムラサキを見、食品としてのツルムラサキを食し、昨日今日と、新しい体験をした。
 辞書によると、<モロヘイヤは、カルシウム・カロチンに富む>とある。
 ツルムラサキに似たような味なのだろうか。
 こちらも、試食の価値あり、ということだろうか?


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甘く香る花

2006-09-29 | 身辺雑記
 父の十三回会( 参照)に帰省した妹が、金木犀の香りに気づいて、花の咲いていることを教えてくれたのは、一昨日だった。
 今夕、やっと時間を得て、前庭にある金木犀の木の下にたたずんだ。
 ほのかな甘い香りを漂わせて、今年も小さな橙色の花を咲かせている。(写真)

 嗅覚で、その存在を初めて意識する植物の代表が、金木犀であろう。
 金木犀の咲く、秋のこの季節には、散歩などしていると、どこからともなく匂ってくる香りに、思わず辺りを見回し、足を止めることになる。遠くからは気づくことのできにくい花なので、どの木が香りの正体か分からない場合もある。
 正体不明のまま、微風や空気の振動によって漂う、その匂いだけを楽しむことにも味わいがある。

 しかし、この秋、香りを楽しんだのは、我が家の金木犀だけである。
 これからが、木犀の本番なのだろうか?

 ※ 「十三回会」という言葉にはなじみめない人が多いのではあるまいか。
 わが家の檀那寺の住職は、<忌>という言葉に対し、特別な思いを抱いておられる。それは死生観からきている。
 死は忌むべきことではない、との考え方である。したがって、「忌中」という言葉も、「~回忌」という言葉も、不適切であると説かれる。当然、葬儀に参列した人に、清めの塩を配ることも意味のないことであると。
 理にかなった考え方だと、私も思う。
 ただ、辞書には、「回忌」はあっても「回会」は出ていないけれど……。

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大きなススキ

2006-09-28 | 散歩道
 ススキ(薄・芒)は、尾花とも呼ばれる。獣の尾に似ているかららしい。
 秋の七草の一つ。
 朝の散歩の途中、友人宅の前で見事なススキに出合った。葉も大変立派で、白い筋が入っている。長い穂も普通のススキと比べれば、倍ほどの重みがある。
 縞ススキとでもいうのだろうか。

  ススキの秋風にそよぐ様は、どこか寂しげで、独特な雰囲気がある。まさに日本画的な光景だ。
 私自身はススキやお団子を供えて、お月見をする習慣を持たないが、その風習は、いかにも日本人好みの、趣のあるものだと思う。
 今年の月は、来月の六日ころとか。家には知人からもらった、白い横縞模様のある、鉢植えのススキがある。まだ穂が出でいない状態だが、お月見には間に合うだろう。そのススキを眺めて、今年の月を眺めることにしよう。

 ススキといえば、すぐ次の句を思い出す。

 山は暮れて野は黄昏の薄哉      与謝蕪村
 をりとりてはらりとおもきすすきかな  飯田蛇笏

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たった一本だけ

2006-09-27 | 身辺雑記
 たった一本だけ、黄色い曼珠沙華が咲いていた。
 フジバカマを見に、知人の家を訪ねた日、途中の崖に咲いていた。
 こんな色の曼珠沙華もあるのかと、たたずんで眺めた。
 変わっているのでカメラに収めたが、やはり曼珠沙華は、赤が一番 !

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白い曼珠沙華

2006-09-27 | 身辺雑記
 赤い曼珠沙華を朝の散歩で初めて見た日の翌日(9月22日)から、庭に白い曼珠沙華が咲き始めた。(写真)
 一昨年、赤と白の球根をもらって、庭に植えた。
 赤は、目立たぬ塀際の杏の木の下に。
 白は、裏庭の小さな花壇の縁に。

 父の生前に、私は曼珠沙華を庭に植えたいと言ったことがある。
 父は、あまりいい顔をしなかった。庭に植える花ではないと言いつつ。
 私も父に逆らうことはしなかった。確かに、野で眺めてこそ、風情のある花かもしれないと思って。

 曼珠沙華は、本来仏語で、辞書によると、<赤色(一説には白色)で柔らかな天界の花>を指すようだ。が、墓地などにもよく咲く花なので、「死人花」とか「幽霊花」など、あまり芳しくない呼び方もされている。
 人によっては忌避したい花なのかもしれない。それに有毒植物でもある。

 あの情熱的な花を好む人もあれば、なんとなく不気味さを感じて嫌う人もある。曼珠沙華に対する好悪は、人によって様々なようだ。
 私にとっては、野性味といい、燃え立つ様といい、好みの花である。

 いきなり地上に茎を伸ばして独特な花を咲かせ、花の終わった後に水仙に類似の葉を茂らせる、その生育の不思議さも、この花の特色である。ずいぶん個性の際立った植物である。

 二種の球根をもらったとき、赤い球根を目立たぬ場所に植えたのは、父の言と無関係ではない。ここなら、亡き父も許してくれるだろう、と思ったことを覚えている。
 白い花の方は、曼珠沙華というより、新種の別花の感じだ。こちらは花壇の縁に植えてもいいだろう、と勝手に判断したのだった。
 白といっても、純白ではなく、クリーム色に赤の名残も潜ませている……。

 目立たぬ位置に植えた赤い曼珠沙華の方は、まだ開花が遅れている。
 やはり、昔ながらの赤い曼珠沙華こそが、秋には似つかわしい、と思う。

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フジバカマ

2006-09-26 | 身辺雑記

 数日前、妹の家の庭に、フジバカマが咲き始めたと聞き、それ以来、毎日朝に夕に、私は家裏の崖すそをのぞいた。そこには私がフジバカマだと信じている草がある。が、茎の先端に、まだ花の咲く気配もない。
 昨日、来宅した妹に、私はその草を見てもらった。
 これはアキノキリンソウだと思う、もうすぐ黄色い花が咲くはずよ、と教えてくれた。
 フジバカマではないものを、そうと信じ込んでいたようだ。
 家のフジバカマは絶えてしまったということらしい。
 花が咲けば、一目瞭然、その違いがわかるのだが、茎と葉だけで、草の種類を見分けるのは、素人にはとても難しい。植物は、花だけで個性を示しているわけではないのに、どうしても花にばかり目を奪われてしまう。
 家の裏にあったフジバカマは、十年ほど前に、知人が苗を植えてくれたものだ。秋の到来を告げる花として楽しんできたのに……。その花が、眺められないとなると残念なことだと思った。

 フジバカマは秋の七草の一つで、いかにも野花らしいたたずまいが美しい。茎の先端に、紅紫色の小さな花をたくさんつける。決して目立つ花ではないが、自然の中に溶け込む風情で、ひそやかに咲くところがいい。
 歳時記には、<花が藤色で、弁の形が筒状で袴をはいたようなのでこの名がある。>と、説明している。
 古来、日本人に、親しまれてきた花なのだろう。そういえば、「源氏物語」の巻名にも使われていることを思い出し、その巻を開いてみた。
 夕霧が玉鬘を恋しく思い、藤袴の花に添えて、次の歌を贈っている。
   おなじ野のつゆにやつるる藤袴
      あはれはかけよかごとばかりも

 かつてフジバカマを植えてくれた知人に、花の咲き具合を電話で尋ねてみた。
 まだ蕾んだ状態だけれど、一番きれいなときだから見にいらっしゃいとの返事。
 その人の住まいは歩いて十分もかからないところにある。
 早速出かけた。
 花が開ききると、白っぽく崩れた感じになって、あまり見栄えがしないが、今は花弁を閉じて、いかにも命を宿した感じの緊張感があり、その生気が美しい。(写真)
 今回は葉も観察した。この形状を記憶にとどめれば、今後フジバカマを見まがうことはないだろう。
 <葉は深く三裂し、柄をもち対生する。>と「日本国語大辞典」には記してある。アキノキリンソウとはまるで、葉の形が異なっている。

 知人は、時機を見て移植してあげると約束してくれた。草の眠る冬がいいでしょう、とのこと。
 来秋は、また家の周囲で、フジバカマの花に秋を感じることができるかもしれない……。


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道野辺の、名を知らぬ白い花  3

2006-09-26 | 散歩道
 道端の斜面に、白い小花をたくさんつけた植物が群生していた。
 一つ一つの花は、小さくひっそりと咲いている。
 <あたしを忘れないでね>と、恥じらいながら、ささやいている、そんな純情可憐な少女を思わせるような花。
 昨日まで気づかなかった白い花に、今日は三つも出会った。

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道野辺の、名を知らぬ白い花  2

2006-09-26 | 散歩道
 草の茎に、まるで綿をちぎって乗せたような花?
 花でしょうね?
 昆虫?
 中に幼虫が潜んでいる?
 辺り一帯に、同じ植物が見られました。
 前日の散歩では見つからなかったものが、ふっと目に飛び込んできます。
 今日誕生したばかりの風景のように。
 ひと時の休みもなく、季節や自然は移ろってゆくのでしょう。
 そして、この私も。

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