ぶらぶら人生

心の呟き

遠い思い出

2017-04-30 | 身辺雑記
日曜日の慣いで、今朝も、<報道ステーション>を見た。
番組中に、「吹割の滝」が紹介され、懐かしく眺めた。





遠い昔、一度だけ旅した地である。
絵葉書を買い、支払いだけして、受け取りを忘れて帰ったことも思い出す。
十和田湖でも、同じことをした。
昔は、絵葉書を求めるのは、旅の常識になっていた。
(自分で撮影した記念写真とは別に…。)

旅先で求めた、たくさんの絵葉書も、記念の写真も、
全て、昨年の夏に処分した。
<人生の店じまい>として。
半世紀以上の、想い出品の量は、並大抵のものではなかった。
今は、心の引き出しにしまってある有形無形の想い出だけである。

働いているときには、少ない自由な時間を工面して、
各地を旅した。

今は、当時と違って、工面する必要のない、
自由な時間がたっぷりとある。
というのに、昔のようには動き出せない。
ゆったり旅したい気持ちはあるのだけれど……。

今は、今できることを楽しめばいいのだろう。

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栴檀の若葉

2017-04-30 | 散歩道
4月29日
栴檀の木、わずかに芽吹く。
大木は悠然として、急がないらしい。
慌ただしく、バタバタしている自分を省みる。





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珍しい花

2017-04-30 | <うつわ>便り
4月29日
最近、散歩がてら、折々立ち寄るお店の名前が、
正しくは、<ギャラリー茶房うつわ>だと、
今日、知った。
展覧会の紹介記事を新聞で読んで。

今日も、風変わりな花に遇う。




上2枚 は、ハッカクラン
<葉が八角>ゆえ、名づけられたとか。
葉蔭に、うつむいて咲く花。
美よりも、変わり者として、自己主張している。


ヒメウツギ
清々しく咲く。


燃え立つような赤い葉と花の蕾。

その他、室内の植物と雰囲気。









私の席から。
テーブルには、新聞、コーヒーカップとお菓子皿、さらに私のタブレット。

<ギャラリー茶房うつわ>は、街の中にあって、静かに憩える場所である。




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M川のほとり

2017-04-30 | 散歩道
4月29日
イオン前から曙橋を渡り、M川のほとりを散歩。
河口へ向かう道は風が強く、帽子を飛ばす。

藤棚の公園に行ってみたが、花の気配なし。
(色の違いや種類によっても、開花期は異なるのか?)

緑の爽やかな季節になった。








葉桜のトンネルを抜けて、<うつわ>へ。


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一日の始まり

2017-04-30 | 身辺雑記
4月30日
4月最後の日を迎える。

早朝から朝日は高く。
今日も晴れ模様。
夏日になるとか。



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落日の景

2017-04-29 | 身辺雑記
4月29日の落日
夕暮れてもなお立ち上る草焼きの煙と。





ただ今、夜の9時前。
このしじま、夜の静寂は何だろう?
(毎夜のことではあるけれど……。)
静かでいい、という領域を超えた、
不気味なまでの、
森閑とした空間。
梟でも、鳴いてくれないか!

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今日は【昭和の日】

2017-04-29 | 身辺雑記
日常の中で、あまり日にちや曜日を意識することがない。
が、ボケ防止に、今日は、<◯月◯日◯曜日>と言ってみることはある。

河口の部屋では、一仕事(?!)を終えると、
立ち上がって、窓辺に佇んで外を眺めたり、
屈伸運動をしてみたりする。

10時過ぎ、窓を開けると、拡声器からの声が聞こえてきた。
左前方に見える小さなグランドで、地区の運動会があるらしい。
(今日は霞がかかっていて、レストラン<とみ>も、高島も見えない。)


(グランドの向こうにある山も、うっすらとしか見えない。)

双眼鏡を取り出しグランドをのぞいてみる。
テントが8張り。
(町内会別のテントだろうか。)
一縄が張られ、旗がなびいている。
小規模ながら、運動会の風情である。


今日は土曜日であるという自覚はあったが、【昭和の日】(祝日)であるとは、意識になかった。

ふと、29日は、義姉の誕生日であることを思い出した。
お祝いのメールを送る。
しかし、返信は期待していない。
私より身体的には不自由が多い。
心身ともに、難儀だろうと思う。
自立しているつもりの私だが、老いを生きるのは大変なことだと、心弱くなる日もある。

ここに来る前日、姪からレターパックが届いた。
手紙とポーチ(下の写真)が入っていた。
手紙によると、友達の妹の作品で、ネットでも販売されているとか。



軽くて、柄も品良く、気に入っている。
早速、ネックレスやイヤリングを入れて、河口の部屋に持参した。

病気がちな母(私にとっては義姉)への気苦労が多い上、叔母の私への気遣いまで、大変なことだ。

<余録>
河口の部屋で暮らすようになって、4か月が過ぎた。
同じ階の人たちに会えば、挨拶をするだけ、簡単に誘いに乗ったり、誘ったりはしない生き方を選択している。
長い過去を背負った人たちと、容易に仲良く睦まじくとはいかない。
自分流で、生きるのが一番!
と、最近やっと気づいた。
幸い、やりたいことは沢山ある。
心の萎えることはあっても、退屈を覚えることはない。

4階の人たちの、しかも一部の人のことしか知らない。
二部屋の人が、自立できなくなって部屋を出られた様子だ。
そのうちの一人(男性)は、車椅子生活だった。
一度だけ、落日を眺めながら、話したことがある。

ここには自治会のようなものはないので、新参者の私には、様子が分からない。
たまたま廊下で会った人から仄聞するだけである。
全く周囲への気遣いが、必要ないのは楽である。
(家の方の自治会には、なんの協力もできず、絶えず負い目を感じているけれど…。)

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朝の来訪者

2017-04-29 | 身辺雑記
4月29日
カーテンを開けると、すでに日は昇っていた。
今朝は雲が多く、少々乱暴で、お行儀の悪い日の出。




それでも、お日様の動きを楽しんでいると、
窓外の塀に2羽の鳥がやってきた。
朝の訪問者!

20センチほどの間隔を置いて、止まっている。
左の鳥が右の鳥に、2回ほど、ちょっかいをかけていた。

やがて、2羽は、阿吽の呼吸で飛び立っていった。
燕だろうか?
燕にしては、ふくよかすぎるようにも見えるのだが……。



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4月28日という日

2017-04-28 | 身辺雑記
朝、6時前に起床。
今日の日の出に遇う。
部屋の窓の方向は、ほぼ真東らしい。
(家から<方位磁石>を持参し、確かめた。)




窓辺から見た、午前中の家並み。
瓦屋根の照り具合を眺める。
真夏になれば、もっとギロギロするのだろう。
一年が巡るまでは、すべてが新鮮である。

午後、買い物と散歩を兼ねて、街へ出る。


施設の南側に咲く藤の花、満開。
風が、思いのほか強く、花房が大きく揺らいでいた。

バス停からの、今日の眺め。

青野山の方角。


橋の方角。


向こう岸から飛んできた白い鳥。カモメ?
(一羽の鳥影🦅)

簡素な生活を目指してきたが、
季節の移ろいとともに、
買い足す必要なものが出てきた。

最近、グラントワの廊下を歩いていて2回、
施設の廊下で2回、計4回躓いた。
いつも右足。
痛くもなんともないのに、
親指の付け根に紫斑ができている。
原因は、躓いたことによるものか?

そんな状況の中、
持参していたスリッパや突っ掛けは、
足に馴染まないし、滑りやすい。
今履いているのは冬物なので、
安全第一を考えて、夏用を買い求めることにしたのだ。

今朝、NHKのEテレの放送に合わせ、テレビ体操とラジオ体操をした。
なかなか気分が良い。
これからは、河口の部屋にいるときは、
起床後、10分間の体操をすることにしようと決意!

部屋用として、運動しやすい靴も求めた。

突っ掛けと室内用シューズ
(いずれも軽く、履き心地満点)

川土手を歩いている時、帽子を風に飛ばされたので、
それを防ぐグッズ(ハットキーパー)も求めた。


その他、冬用毛布に代わる薄手の肌布団も。
帰りはタクシーで。

雲の中で、乱反射する夕日。



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生きた言葉の宝庫

2017-04-28 | 身辺雑記
過日、山口の書店で求めた2冊(写真)、
大岡信著『折々のうたー春夏秋冬ー』を読了。
(<はる>と<なつ>は、書店に置かれていなかった。
いずれ入手して読みたいと思っている。)






朝日新聞に『折々のうた』が掲載されていた当時(1979〜2007)は、毎日の楽しみとして読んでいた。
が、かなり遠い昔(?)のこと。
記事内容の詳細を覚えているわけではなく、今回、<あき>と<ふゆ>の部を読み、選出された「うた」(詩歌)を改めて味読、大岡信さんの解説にも感銘した。
短詩型で表現された世界の奥深さに感嘆し、表現に潜む機微を短文で解説された大岡誠さんの語彙力、簡にして要を得た説得力・表現力にも感心した。
2冊の本を読みつつ、人間の心の奥深さに触れると同時に、まるで言葉の宝庫の中を巡っているかのような気分であった。
幾度読み返してもよい本である。
諳んじてしまうほどに読み返したい。

採り上げられた短詩型の作品は、時代を問わず、人口に膾炙されたものが多い。
すでに、ひとりでに口ずさめる短歌・俳句や詩句もかなりある。
が、秀れた作品は、幾度読み返しても飽きることがない。
秀作は、いつも新たな何かを訴え続けてくれる。

今年は、正岡子規の生誕150年にあたり、各地で展覧会が開催されるという。
それにちなんで、この本に採り上げられた子規の作品を挙げておこう。

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺
糸瓜(へちま)咲いて痰のつまりし仏かな
以上<秋>より

いくたびも雪の深さを尋ねけり
真砂なす数なき星の其中(そのなか)に吾に向ひて光る星あり
以上<冬>より

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