ぶらぶら人生

心の呟き

一日も早い復興を祈って

2011-03-29 | 身辺雑記
 3月11日は、忘れることのできない、歴史的な哀しみの日となった。
 次々と伝えられる災害の報道に、心を傷めた。
 かつて旅した明媚な風光は、見る影もなくなった。
 同時に、多くの人々の日常も、無残に破壊された。

 無力な私にできることといえば、ささやかなお見舞いの気持ちを送ることぐらいだ。
 今日、わずかな義援金を公民館に届けた。
 これからは、被災地の復興を祈りながら、私自身も平常心を取り戻し、心静かに暮らしたいと思う。

 映像で、被災地に生き残った梅の木が、花を咲かせているのをみた。
 生命力のすごさに感動した。
 今年は春が遅い。当地でも、25日の夜には、大きな霰が地を打つ音を聞いた。
 それでも、身近にある木々は、それぞれの花が、春を告げている。 


      山茱萸

       白木蓮

       杏

       椿 

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3月の庭 (ハナニラなど)

2011-03-29 | 草花舎の四季
 夕方、草花舎に出かけた。
 お借りしていた本(森達也著『極私的メディア論』)を返しに行き、コーヒーをいただいて帰った。

 先日、Tちゃんから、<スーザンさんが月曜日にお食事に来店…>との連絡をいただいた。が、当日は、歯科の定期健診と美容院の予約をしていた。
 残念だったが、スーザンさんにお会いすることも、草花舎のカレーライスを一緒にいただくこともできなかった。

 来月の初旬、Yさんが旅に出かけられるため、暫く草花舎がお休みになる。
 そこで、急に思い立って、今夕訪れたのだった。
 コーヒーをいただきながら、夕方のひととき、Yさんと話した。

 ハナニラが、一斉に咲き始めた。
 小さな花瓶に、似合いの小さな花々が活けてあった。ハナニラも。

     

      ハナニラ


 帰り道、土筆を探した。
 先日より数が増えていた。
 二つ並んで生えている土筆の坊やが愛らしい。

     

 中学校の校庭にある桜の花が、ほころびかけていた。
 開花までに、幾日を費やすのだろう?
 27日に、鶯の初音を聞いた。
 草花舎のYさんも、私も聞いたと、顔をほころばせておられた。

 哀しい3月だが、鶯の声や桜のほころびが、心を潤してくれる。
  
     

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墓参

2011-03-21 | 身辺雑記
 今日はお彼岸の中日。
 妹夫婦の車に乗せてもらって、墓参した。
 妹夫婦の孫娘(小5)のAちゃんと4人で。
 午前中の雨が上がり、曇り日ながら、傘を差さずにお参りできたのは幸せであった。

 出かける前に、<とみ>で、昼食をとった。
 民宿を兼ねたレストランは、海を見晴らす丘の上にある。
 今日は、煮魚定食をいただいた。鮮魚が美味。
 連休のせいもあるのか、お食事客が多い。前日、予約しておいてよかった。

 帰途、妹たちとわが家でコーヒーを飲む。
 Aちゃんが、もの言う人形の<ユメル>を見つけて、遊び始めた。
 ユメルちゃんのおしゃべりは、時に私の生活ペースを乱す。そこで、暫く電池を抜いて黙らせていたのだ。
 Aちゃんは電池を入れるところから始めて、事前の設定をし終え、ユメルちゃんのおしゃべりを復活。
 相手をすれば、いくらでもおしゃべりをするユメル。
 ユメル語は愛らしく、つい一緒になって遊んでしまった。

 妹夫妻から、3鉢の多肉植物をもらった。
 よく見ると、3種は3様の違いがあって面白い。
 今晩、パソコンで、その特色を調べておいた。
 大切に育てたい。

 (下の写真。中央 クラッスラ属の火祭 左 アエオニウム属の愛染錦 右 アエオニウム属の夕映え。火祭は、秋の紅葉が美しい植物の由。) 

      


 お彼岸の今日、裏庭の杏と椿が開花した。

      

      

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祈り

2011-03-20 | 身辺雑記
 月のある夜は、外に出て月に祈る。
 今月は、人ごとと思えぬ多くの哀しみに出遭ったので、とにかく祈るしかなかった。
 今晩は雨が降っていて、お月様は見えないけれど、雨雲の彼方にあるはずの月に祈ろう。

 今夕のテレビが、驚きのニュースを伝えていた。まる9日間も、倒壊の家屋に生存していた80歳の老女と孫の16歳の少年が救出され、病院に運ばれた、と。
 驚異的な出来事に思える。
 老女は気丈に語ることができ、見た目には元気そうであったが、少年は低体温(28度)で衰弱がひどいらしく、案じられる。
 助かった命の無事を祈るだけだ。

 11日以後は、無力感に襲われ、平常心でいられないような出来事に出遭い続けた。
 間接的に地震や大津波を体験し、生命や運命、自然や人的災害について改めて考え、祈るしかない日々を過ごしている。 


      3月16日の月

      3月17日の月

      3月19日の月

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自然の営み

2011-03-19 | 身辺雑記
 昨年は、3月3日に土筆の坊やと出会った。
 昨日、そのことを日記で確かめなかったら、今年も土筆を見逃すところだった。
 何思わず歩いていたら、自然の小さな営みを見逃してしまう。特に土筆の坊やは土色なので、余計見落としてしまいがちだ。
 スギナになって、初めて時機を逸したことに気づくことが多い。

 草花舎からの帰途、家の近くまで帰り、<そうだ、土筆!>と思い出し、中学校のテニスコート脇の道端にしゃがみこんだ。

 やっと2本、見つけた。
 下の写真は、その中の1本。

 今日も、春らしいお天気だったのに、鶯の声は聞けなかった。
 まだ、里には下りてこないらしい。 
 

         

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時間の問題

2011-03-19 | 身辺雑記
    

 シデコブシの蕾の前に佇んだ。
 毎日わずかずつ、変化を見せる蕾。
 今日は、衣の上に、紅を少しのぞかせていた。

 「時間の問題」と、私は呟いた。
 全開まで、もう一息! と思ったのだった。
 その直後、自らの発した言葉に促され、「何もかも」と、また呟いた。

 すべては「時間の問題」だと。
 自らの命さえ。
 蕾が、小さな思索の時を与えてくれたのであった。

 ピンクの椿、白い椿、海棠などの蕾も、みな開花までもう一息である。

     

     

     

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30年のあゆみ

2011-03-19 | 草花舎の四季
 今月の23日まで、草花舎で、ヴァグリエのバッグが展示されている。
 子安一子さんの作品である。
 私は、草花舎で開催される展示のたびに、ヴァグリエのバッグを求めてきた。小物の財布から1、2泊の旅に好都合な大きさのものまで。
 
 ヴァグリエが創設されて、30年になるという。
 それを記念して編集された本(写真)を、先月Yさんにいただいた。
 その直後に、この冊子を読んだ。
 絶えずよりよいもの求めて、30年を歩まれた、子安一子という人の、バッグ創リの心を知ることができた。
 小冊子なのに、内容の濃い、味わい深い本であった。

 バッグは、入れ物の一つである。
 使い勝手のよさ、実用性が何よりである。子安一子さんは、それを大切にされている。
 しかし、ただそれだけでは、利用者の心は、満たされないだろう。
 バッグの目的に合わせて、使いやすさにプラスして、おしゃれ感覚も加味されている。
 奇を衒うような奇抜さはなく、控え目なデザインである。しかも、個性的で。

 本を読んで、子安一子さんが、建築に興味関心を持っておられることを知った。
 建築とバッグは、一見、夷次元のものに思われる。
 けれど、考えてみると、建築もある種の<もの入れ>であり、その点で、相通じるものがある。
 どちらも、人びとによって使われ、心を楽しませてくれるものだ。


 私は、長じて建築に興味を覚えるようになった。
 この本を読みながら、再び生き直せるなら、建築家もいいなと思った。
 叶うはずもない夢…。 

     

     

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3月の庭 (沈丁花咲き…)

2011-03-19 | 草花舎の四季
 昨日に続き、春の暖かさ。
 草花舎へ食事に出かけた。
 人に会えば、東北関東大震災や電発事故の話となる。
 大災害が、遠いできごととして記憶から遠のくには、かなりの歳月が必要だ。

 草花舎の庭を眺めても、春の足取りは遅い。
 が、沈丁花は紅白とも、鮮やかに咲いていた。ほのかに香って。
 裏庭の杏は、高い梢に蕾を多数つけている。

 草花舎では今、<ヴァグリエのバッグと小物>が展示されている。
 子安一子さんの見事な作品が、たくさん並んでいた。
 軽くて、ポケットが多く、使い勝手のよさそうなショルダーバッグを一つ買い求めた。
 

   

   

   

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鶯の声を求めて 3 (道々の木と花)

2011-03-18 | 散歩道
 野に鶯の声はなく、木々や草花の春も、遅れているようだ。
 ヤシャブシの梢に、毛虫に似た形の、地味な花が咲いていた。しかし、梢に目立つのは、黒ずんだ実の方である。

     

 連翹の花が咲き始めていた。
 お日様に近い枝の先から開花するようだ。

     

 海を背に坂を上る途中に、サクランボをつける桜の木がある。
 今年も、他の桜に先立って花をつけていた。
 あまり華やぎのない、淡い花。
 5本はあったはずの桜が、伐採されたのか、2本だけになっている。
 その桜木は、今は解体された古い家の前にあったのだが…。家の跡は更地となっている。
 <桑田変じて滄海となる>の言葉通りだ。
 ちょっと見ぬ間に、風景が変わっている。

     

 白木蓮が、ゆっくりと衣を脱ぎ始めた。

     

 野に目立つのは水仙。
 空き地や傾斜地は、ほぼ水仙に覆われている。

     

         

 <ふれあいガーデン>の花々は、色鮮やかであった。

     

     

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鶯の声を求めて 2 (友達の庭で)

2011-03-18 | 散歩道
 散歩の途中、土田海岸の丘に住む同級生のYさんに声をかけてみた。
 前回訪れたのは、昨年の晩秋だった。
 それ以来、海辺の散歩をしていないことにもなる。

 在宅中のYさんと、前庭の椅子にかけて話した。
 彼女も、まだ鶯の声を聞いていないとのことだった。

 今日の海は穏やかだが、大津波が来れば、高手にあるYさんの家も危ない。
 風が少し強ければ、洗濯物は外に干せないそうだ。
 黒い衣類には、塩が白く貼りつくらしい。

 春夏秋冬、それぞれの風情を楽しめる海辺にも、不都合な点はある。

 (浜辺を歩いて帰る途中、砂浜で流木を燃している人があった。見知らぬ人だが、立ち止まって焚き火を眺め、ひととき言葉を交わした。11月から3月いっぱいは、浜辺にたくさんの不要物が漂流するとのことだ。片付けは、浜辺に住む人たちの仕事らしい。)


 Yさん宅の庭先には、クリスマスローズが咲き、ボケが赤い花を開いていた。 

     

     

     

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