ぶらぶら人生

心の呟き

墓参の旅 その3 (東京 井の頭公園)

2016-12-04 | 旅日記

今は亡き二歳年上の兄が、若いころ、井の頭公園の近くに住んでいた。
上京のおり、幾度か訪ね、公園も歩いた。

遠い昔の思い出の地を訪れてみた。
無理をせず、公園の一部を巡った。

そのあと、新宿に途中下車して、食事をした。

今回は、喫茶店に憩うことが多く、飲食に多くの時間を割いた。
食欲だけは、衰えない。
さぞ体重が増えているだろうと思っていたが、出発前と全く変わらなかった。

以下は、散策した公園の風景

















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墓参の旅 その2 (京都 等持院)

2016-12-04 | 旅日記

京都には、見どころが多い。
幾度訪れても、その都度楽しめる場所が数限りなくある。

しかし、欲張ることができない老いを抱えてしまった。
今まで訪れたことのない一か所<等持院>を選んで訪れた。

夢窓国師作と伝えらる庭園をめぐり、霊光殿では、足利時代の木造の数々に出合った。
紅葉の季節は過ぎていたが、巨木の多い古刹の庭園は、見事であった。
 



梔子の実と芙蓉の実








椿


赤松


南天(葉色も美しく)


山茶花
(山茶花の多いお寺としても有名らしい)

























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墓参の旅 その1 (東京 谷中の公孫樹など)

2016-12-04 | 旅日記
平成16年以来、初冬になると、墓参の旅に出かけている。
(桜の季節にも、数年前までは墓参を兼ねて旅をしていた。)

谷中の墓地周辺には、公孫樹の大木が目立ち、参道の両側に桜並木が続くので、落ち葉が実に多い。
掃き集められた大量の落ち葉が、幾つもの小山を作っていた。


葉を残す公孫樹の木


桜の梢が、空に広がり…


車窓から眺めた富士山
今年は雲が多く、見事なお山を見ることはできなかった。




6月頃から、体調に不安を感じ、今年の墓参は無理だろう、と考えていた。
が、秋が深まるにつれて、無理をしなければ大丈夫かもしれない、と思うようになった。

たまには生活のリズムを変えたいという思いもあって、京都Gホテルに2泊、東京のTホテルに2泊の旅に出かけた。
いつものことだが、JTB山口に依頼して、ホテルの予約と切符(指定席)を入手。

観光客の多い京都では、希望する日が満室で、今回は、Gホテルの連泊可能な日に合わせて、日程を変更せざるを得なかった。
東京のTホテルでは、昨年も今年も、予約したものより立派な部屋をあてがわれ、至福の寛ぎが得られた。
若い時とは違って、老いの身には、ホテルの部屋選びも、旅の一部である。
家では得られないものを、ホテルに求める。

その意味では、両ホテルとも、申し分のない部屋であった。
ただ、連日、入眠がうまくゆかなかった。
日常効きすぎると思っていた入眠剤なのに…。

旅は非日常である。
眠りまで、それに付き合ったのだろうか。
(日常に戻ると、またよく眠れるようになった。)

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贅沢な時間(「かじか荘」)

2016-06-07 | 旅日記
 日常の中から、ちょっと抜け出したくなることが、よくある。
 先日、草花舎で、「かじか荘」周辺では、しきりに河鹿が鳴いていると聞いた。
 遠くまで出かけなくても、河鹿の声は聴けるのだ。
 早速、出かけてみよう、と思った。
 家を離れる口実ができたことを、内心喜んだ。
 (誰に気兼ねすることもない、自由な生活をしているのに…。)

 PCで、大谷温泉について調べ、昨夕から今朝まで、  「かじか荘」 のお世話になった。
 短い旅だったが、実に贅沢な時間を過ごすことができた。

 
 昨夕のひととき、散歩に出た。
 そのとき、河鹿の声は、まだ少なかった。
 が、日暮れが近づくにつれ、その声は高くなった。
 一体、幾匹(幾百、幾千)の河鹿が、「かじか荘」近くの清流に棲んでいるのだろう?
 雌を誘う雄の大合唱は、美しいけれど、なんとも哀切である。
 (今朝6時、浴室に下りたときにも、まだ鳴き続けていた。)

 その声を音で表記するのは、大変難しい。
 歳時記には、<(雄は)「ヒョロヒョロ、ヒヒヒヒ……」と、涼しげな鳴き声を出す>と記してあった。
 ちょっと似てはいるけれど、もっと類似の擬音語はないものか?
 その鳴き声の、音の高低やスピード感まで表記するのは、容易ではない。

 YouTubeで、短時間の声を聞いてみる。
 確かに河鹿の声には違いないけれど、やはりもの足りない。
 自然の中に佇んで、せせらぎの音と共に聞く河鹿の声は、もっと素晴らしい気がするのだ。
 (ブログを書いている今も、私の耳には、昨夜の本溢川のせせらぎと河鹿の大合唱が聴こえてくる。)
 

 河鹿へのこだわりは、半世紀前、県境の町で過ごした3年間と関わりがある。
 初夏を迎えると、その声に親しみながら、生活した思い出がある。

 仕事を終えて、毎夕、町の銭湯へ行く。
 その往復の道すがら、夏の夕べ、いつも耳にしたのが、河鹿の声であった。
 本溢川に比べれば、比較にならないほど水量豊かな吉賀川であったが、やはり清流という共通点があったのだろう。
 希望して住んだわけではない山間の町で、河鹿の声は心の慰めの一つだった。

 その後、数度、旅先で河鹿の声を聴く機会はあった。
 が、この度は、ごく近くに、その声を聞ける秘湯宿のあることを知り、楽しみにして出かけたのであった。

 大谷温泉に行くのは、実は二度目である。
 ずいぶん昔、まだ元気だった父母と一緒に訪れたことがある。

 しかし、それは、河鹿の季節ではなかった。
 非常に記憶があいまいだが、晩秋の気配が漂っていたように思う。
 (部屋に、炬燵があったような気がする。)
 昭和58年の水害より、幾年か前のことである。
 
 女将さんの話によると、その折、「かじか荘」とその周辺にも、大きな被害があったという。
 小さな川の両岸が、今は、がっちりと石垣で守られている。
 昔は、田舎のどこにでもある小川だったような気がする。(すべては、曖昧な記憶であるけれど…)


             今回の小さな旅を、写真と一緒に、ブログに留めておこう。
               
     
                    現在の大谷温泉「かじか荘」

          
                   「かじか荘」近くを流れる本溢川

          
                     「かじか荘」裏のモミジ
           (鮮やかな色彩に惹かれた。秋はどんな色に変わるのだろう?)


                 以下は、夕方の散歩で撮影したもの。
  

  

      
                                  (このホタルブクロは廊下の活け花)


                     私の宿泊した部屋(8畳の和室)
  

  

  
       部屋から見えたホタルブクロ              鯉の池
               (鯉の泳ぐ池は、温泉に浸りながら、目の前に眺めることができた。)     

                     新鮮な食材の生かされたご馳走
          
                               夕食膳

  
                               朝食膳 

          
                稀勢の里 来館(平成19年)の写真 ご主人と
                    (稀勢の里もご主人も若い。)

              
             受付のカウンターに立つと、斜め上に見えるた河鹿の写真
                  (お客さんが撮影されたもの。
              河鹿は、居場所ごとに色を変えるという。<隠蔽色、保護色>)

               
                         コップの中の蛍
             (女将さんが、蛍を見につれていって下さった。
             「かじか荘」の近くにも、一つ二つは飛んでいた。
           が、下流にはもっとたくさん飛ぶ場所があると、車の乗せてくださったのだ。
                   
              闇の中に、湧き出るように灯が点る。
              あちらの闇から、こちらの闇に…。
              遠く、近く、群がりつつ、灯りが点り、また消えてゆく。
              それぞれの点滅に、時間差をつくりながら…。
              暗闇の中に、<音のない静寂な音楽>が、奏でられているかのように。

              コップの中の蛍は、その時、草むらで捕えたものである。
              帰途、私の手の中で、淡い灯を点し続けていた。
              蛍をコップに入れてくださったのは、ご主人である。
              その姿をカメラに収めた後、河鹿の鳴く川に向かって
              放してやった。……)

       河鹿と蛍、さらに「かじか荘」の方たちの、心やさしいもてなしに感謝する旅であった。 

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松江 その5 (<ナンジャモンジャ>ヒトツバタゴ)

2016-05-03 | 旅日記
 大手門を入ると、ほどなく偉容な樹木に出合った。
 <これはまあ!>と、驚く。
 ナンジャモンジャの白い花が、青空に向かって、もくもくと湧き上がっている。
 (正式な和名はヒトツバタゴ

 以前、妹から写真を送ってもらったことのあるナンジャモンジャが、そっくりそのまま目の前にあるのだ。
 昨夜(1日の夜)、タブレットで調べ、5月の初旬から中旬にかけ、花をつけることは知っていた。
 が、まさか満開の花に出合おうとは、全く思っていなかった。
 まさしく僥倖である。

 「ご覧あそばせ、この見事な花を!」と、誰彼なしに見せたくなる。 


 

        

        

  

        

        

 公園に着いたのは、9時半ころで、ナンジャモンジャの周辺に、まだ人影はまばらであった。
 が、天守閣から下って、再びその地に立ったときには、多くの人が樹下に集い、花を見上げたり、お弁当を広げたりしておられた。
 地元の人たちばかりではなく、連休で訪れた観光客も混じっての人出なのだろう。

 ナンジャモンジャの自生地は、限られているようだ。(長崎県対馬地方・岐阜県東濃地方)
 しかし、近年は各地に植樹され、そう珍しい木でもないらしい。

 私の見たナンジャモンジャは、案内標識によると、昭和15年に、松江市奥谷町出身の杉坂治という方が寄贈されたものという。
 長い年月をかけて、人々を魅了する木に育ったわけだ。(花に見とれて、幾本あるのかは、数えなかった。)

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松江 その2 (美術館と喫茶店)

2016-05-03 | 旅日記
 皆美館での食事の後、美術館に向かった。
 県外ナンバーの車が、実に多い。
 観光客や帰省客の車なのだろう。

 美術館では、 『ポーラ美術館コレクション モネからピカソ、シャガールへ』展が開催中である。
 西洋近代絵画の71点を楽しむことができた。

 ひと時、館外に出て、宍道湖の風景を眺める。
 湖面は波立ち、濁っていた。

 かわいい女の子が、風の中を楽しそうに走っていた。
 遊覧船の姿も見える。
 彫刻家・薮内佐斗司さんのうさぎの彫刻は、いつ見ても、ほほえましい。
 

  

            


 宍道湖畔の<清松庵たちばな>で、コーヒーと和菓子をいただく。
 和の趣のある和菓子のお店であり、喫茶店である。
 (松江に行くと、いつも妹たちと立ち寄るお店である。)

  
            入口に至る径                 窓辺から宍道湖の嫁ヶ島が見える

        
               和菓子には季節の花が添えられていた
                    私のお皿にはアヤメ
           (妹のそれにはモッコウバラ、義弟の皿にはヤマボウシの花)
               その遊び心にも似たサービスが嬉しい

    
                    水盤や花瓶に活けられた牡丹

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松江 その1 (皆美館で食事)

2016-05-03 | 旅日記
 同じ県内に住みながら、なかなか会えない妹に会うため、松江に出かけた。
 運よく、<ホテル宍道湖>に、宿泊予約できたので。

 兄2人は、70歳代で、それぞれの人生を閉じた。
 私は5人姉妹の長女であり、老いの先頭を生きている。
 80代が2人、70代が3人。
 
 日々、自信満々というわけにはいかない。
 なんとなく心もとなく生きている。
 日記帳には、青のボールペンで、不調記録を書き留めている。
 (吐き気・理由なくむせる・低血圧によるふらふら・足裏の痛み等々。)
 みな、老化現象であろうと思いつつ。

 こんな日々、多少でも余力のあるうちに、妹に会ってきたいと思ったのだ。
 妹は、10年ばかり前に脳を患い、その後遺症を気にしながら生きている。
 会える時に会っておこう、と思ったのだ。
 
 昼過ぎ松江につき、半日を共にした。
 妹も、私同様、まずまずの様子で安心する。
 
 妹夫婦が予約してくれていた<皆美館>で昼食をした。
 今までにも幾度か、食事したところである。
 この食事処は、庭そのものが美しく、遠景も素晴らしい。 

         

         

         

  

             
             これは、前庭に咲き始めていたヤマボウシの花


 私は、美食家ではないけれど、時折素人にはできないご馳走を食べたくなる。
 そんな私を喜ばせてくれる料理であった。
 見た目も美しく、美味。
 最後に、鯛茶漬けをいただく。

  

  


 ※ 旅についての余禄

   松江は、同じ県内なのに、なかなか遠い。
   山口に出かけるような気軽さでは行けない。

   今回は、アクアライナーを利用したのだが、窓が汚く、外の風景を楽しむことができなかった。
   せっかく美しい日本海のそばを走るのに…。
   (JRは、人手不足なのだろうか?)
   車窓の風景を撮ろうとカメラを構えていたが、どうにもならない。
   埃だらけの家に招かれたのと同じ気分だった。
   これでは、山陰を訪れたいと思う人も減るだろう。

   窓が汚れていたために、往復の車中、持参した本、石川忠久著「春の詩100選」(漢詩)を
   読むことができた。

   帰途の車中は、冷房が効きすぎていて、脛の痛みに耐えなくてはならなかった。
   (元来、冷房が嫌いなうえ、老いのため、一層冷えがこたえる。その備えを怠った私も悪いの
    だけれど。)

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冬の旅 その5(哲学の道から南禅寺へ)

2015-12-12 | 旅日記
  

             

  

  



  

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冬の旅 その4(慈照寺銀閣)

2015-12-12 | 旅日記
  

           

              

         

  

  

  



  

                 

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冬の旅 その3(北野天満宮・もみじ苑)

2015-12-12 | 旅日記
         

  


  

         

         

  

         御土井の悪水抜き          御土井の版築工法
  

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