ぶらぶら人生

心の呟き

大晦日

2013-12-31 | 身辺雑記
 2013年が終わろうとしている。
 大晦日を、何とか無事に迎えられたことはありがたい。

 明日から、新しい年が始まる。
 そこで、今日は一日、忙しく暮らした。
 せめて三が日くらいは何もしないで食べられるよう、おせち料理もどきを作ったり、コンロやシンク周りをきれいにしたら、すっかり疲れてしまった。
 歳は、侮れない。
 結局、家の中の掃除は、普段以上の大掃除とはいかなかった。
 まあそれでいいと思っている。
 力を抜いて、無理をしないで生きてきた一年の、その年の終わりらしい、中途半端な一日だった。


 今日は予報と異なり、日差しのあふれる日となった。
 4枚の写真中、上2枚の写真は、午前9時の空と室内。
 空にはまだ雲が広がっていたが、晴天になる予感があった。
 広縁の窓から差し込む日差しで、障子にカーテンの襞や植木鉢の植物が、影を作っていた。

 下の写真は、仕事に疲れた午後3時、気分転換に団地を巡って帰ってきたとき、目の前にあった、晴れやかな空。
 庭の南天の実を入れた1枚も撮ってみた。


    

    



 私自身の日常(多くを望まないで生きている日々)にとっては、まずまずの一年であった。

 (いささかの不満をあげれば、思いがけない年金の削減。私にとっては、削減の金額が大きすぎた。計算方法が分からないだけに、私だけが特別損をしているのではないかという疑念さえ湧くほどの…。昔、ボーナス支給の折、計算違いで手取りが少額だった経験があるので、余計、不審をぬぐえないでいる。ボーナスの場合は、確認のうえ、すぐ手違いが判明したのだけれど…)

 まあ、何とか暮らせるのだから、私の削減分は、誰かの役にたっているのだと思うことにしている。

 私自身のことはさておいて、国内外の、この一年間は、決して穏やかなものではなかった。
 不穏な空気が、いつも気になる一年であった。
 それだけに、何もできない、非力な自分の無力感に、さいなまれることの多い一年でもあった。

 暗いトンネルの中に居続けた不幸の向こうに、明るい光の見える、新しい年の訪れを願いながら、残り少ない今年の時間を生きている。              
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年の瀬

2013-12-30 | 身辺雑記
 今年も、今日を含めて、残り二日となった。
 
 いい年を迎えられますようにと、注連飾だけは今日のうちに飾り終えたが、年末最後の掃除などは明日することにし、午後は本(童門冬二著『50歳からの勉強法』)の一部を読んだ。
 作者は、私より6歳も年上なのに、その生き方、志の立派なこと!

 毎朝、30分くらい、他家の庭の花々を眺めたりしながら、散歩するとある。
 単純な私は、その言葉に促され、読書を中断して外に出た。
 団地を一回り。
 20軒足らずの家々の周辺を巡った。
 注連飾の飾られた家はなく、年の瀬の雰囲気もない。
 不思議なほどひっそりとしていて、人の気配が感じられない。
 寒さのせいか、子どもの声さえしないのだ。
 家の中にいても、出かけてみても、この地点に存在するのは、私だけのような気さえする。
 住人は、今、何をしておられるのやら?

 童門さんに倣い、私も他家の庭を眺めつつ歩いたが、この季節、花は乏しい。
 出会ったのは赤い実のみ。

  

 そして、怪しげな、山陰の冬の空と。

           


 年末は、いつものことだが、画面に引き寄せられるようなテレビ番組が少ない。
 しかし、今晩、NHKのEテレで放映された<日曜美術館・特別編!>『アートの旅』(夜9時から10時30分)は、旅する芸術家らの、優れた眼識と表現力に感動しながら、様々なアートを楽しめた。
 こんな貴重な番組もあるのだ。

 特に、 『朝倉彫塑館』「直島」など、かつて訪れた美術館や作品には、格別の懐かしさもあった。

 また、11時から始まった<ETV特集選>の 《「ひとりだ・でもさびしくはない」詩人加島祥造90歳》 にも、魅せられた。
 私はかつて、上京中、偶然、書店で見つけて買い求めた詩集『求めない』に感動し、引き続き、『受いれる』 『LIFE』を読んだ。
 その3冊を通してしか、作者を知らなかった。

 今晩、テレビで、加島祥造氏の人生に出会った。
 特に晩年の…。
 その生き方の、自由さ、奔放さ!
 家庭を捨てた詩人が、喫茶店を営む次男の前では、神妙な90歳であった。

 姜尚中氏との対話や姜さんへの手紙に記されたAM(アム)さんというドイツ人女性のこと、その女性の死による孤独と悲しみなど、知らなかった世界にも直面し、最後(12時)まで、テレビを消すことができなかった。
 (いい番組もあるのだ!)

 また、加島祥造氏の最近作を読んでみたくなった。
 その絵にも、ふれてみたい。
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冬枯れて

2013-12-27 | 身辺雑記
 予報通りに、お天気はよくない。
 今朝も、曇り空だ。
 日本の各地に、大雪・吹雪の注意報も出ている。

 庭も、冬枯れてきた。
 最後まで、紅葉を残していた山法師も、すっかり葉を落とした。
 初冬の日々、風の強い日が多かったためか、例年より数日速く裸木となった。

            

 強風の中、枯れ姿を保ち続けているのは、高砂百合とツワブキ。
 しかし、いつかは、形を崩すだろう。
 自然の小さな変化を楽しみたい。

 
    
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水仙の里まで

2013-12-26 | 散歩道
 昨日は、久々の晴天だった。
 年末までの天気予報によれば、昨日のほかは、雨(ときには雪)や曇りばかり。

 11月中旬に、崖の草刈り、庭の草取り、溝掃除など、外周りの一切の仕事を業者にしていただいた。
 ところが、その後に強風の吹く幾日かがあり、きれいになっていた溝は、崖上から落ちてきた茅や枯れ草で埋まってしまった。

 そこで、気力を奮い立たせて、溝の掃除をした。
 雨の日が多かったせいで、落ち葉は水を含んで、大変だった。
 溝掃除用の十能で、掬い上げては、ゴミ出し用の袋に入れた。

 仕事完了までに要した時間は、40分。
 ゴミの重さは、10キロ近くありそうだった。
 今日はゴミ出し日なので、片付けも終えることができた。、
 ほっとしている。


 
 
 溝掃除だけでも過酷な労働だったのに、ひと休みした後、お天気に誘われて散歩に出かけた。
 <水仙の里>を目指して。
 もちろん、杖を頼りに。
 80歳の終わりに、4キロ歩けるかどうかを試したかったのだ。
 水仙は、まだ見頃には遠いことはわかっていたのだけど…。
 
 水仙は予想通り、わずかに咲いているだけだった。
 左下の群生は、畑に植えられていたもの。


   

          

 ただ、日本海や木々を眺め、潮騒の音や木の間で鳴く小鳥のさえずりを楽しみながら歩いた。

 最初の標識が頭上に見える場所まで、家から500メートルはある。
 そこから1・5キロ。
 行きは、900メートル上って、600メートル下る。
 帰りは、その逆になる。
 かなりの急坂である。
 息切れして、歩みを止めるひと時もあった。

   

   


 沖のはるかに浮かぶ高島を木の間に眺めたり、唐音の蛇岩を眺めたり…。
 島の東側にある白い灯台まで、眺めることができた。
 それほどの好天であったということである。
 帰途、もう一度高島を眺めると、島の西から東に向かう船が見えた。

   

   

   

               
                    東に進む白い船

 木々の木の実を眺めるのも、散歩の楽しみだ。
 小鳥たちのエサは、ふんだんにある。

   

   

 帰途、彼方に、淡い色の遠い山を見つけた。
 大麻山?
 大麻山が、この地から見えるのだろうか?

                 

 往復4キロを、無事歩くことができた。
 心地よかったけれど、疲れた。
 要した時間は80分。(立ち止まって風景を眺めたり、水仙の里で、ベンチに腰かけ、ひと休みした時間も含めて。)

 人には一人も出会わなかった。
 が、車は、結構走っていた。水仙の里へ向かう小道を。
 駐車場にも、数台止まっていた。
 県外ナンバーでは、福井、広島(2台)、山口があった。
 水仙だけが目当てだったとすれば、落胆度は大きかったに違いない。

 昨年は、いつ水仙の里を訪ねたのだろう?
 考えても、定かな記憶が蘇らないので、ブログのカテゴリーの一つ<散歩道>を開けてみた。
 今年の初め、1月12日(この時、杖の必要を感じて、買い求めたのだった)と、2月17日に行っている。
 すると、今回は3度目ということだ。
 昨年は、一度も行っていない。
 そのさらに前は、2011年の12月31日(大晦日)の日に訪れている。
 その年は、水仙が早く咲き、すでに満開であった。
 年ごとに咲き時期は、ずいぶん異なるようだ。 
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<レッグマジックX>試し

2013-12-25 | 身辺雑記
 昨日の約束で、今朝、草花舎の開店前に、YさんとTちゃんが来宅。
 <レッグマジックX>を、自ら体験するため、使い勝手を試すための来宅だった。

     

 私は、求めはしたものの、うまく活用しているとは言えない。
 ただ、キッチンの片隅の、目につきやすい場所に置いているので、気が向けば30回ぐらい、ごく簡単な運動をしている。
 気まぐれでも、しないよりはまし、くらいの考えで。
 義務化すると、窮屈になる。

 コーヒーを入れることも片付けも、みんなTちゃんがしてくださった。
 どちらがお客かわからない。

 お土産に、焼き立てのパンと二種類のジャム(Tちゃん手作り)をいただいた。

 早速、お昼に、パンをご馳走になった。柚子のジャムをつけて。
 ふかふか柔らかくて、実においしいパンだった。
 ジャムのおいしさは、草花舎で実感済み。

     
 (昼食後に写真を撮ったので、パンの大きさは、私の胃の中に入った分量だけ、小さくなっている。構図も、よくないなあ!)
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12月の草花舎 (冬の風情)

2013-12-24 | 草花舎の四季
 賀状の投函と、送金の用もあって、郵便局に出かけた。
 帰途、草花舎に立ち寄って、コーヒーとケーキをいただいた。

   

 昨日で、ヴァグリエのバッグ展が終わり、Yさんは暇々に、片づけをなさっていた。
 まだ、しまわれていないものの中に、これはと、気になる小さなバッグがあった。
 プレゼントによさそうだなと。
 来年の話になるが、5人姉妹の末の妹が、古希を迎える。
 11月だから、ほぼ一年先のことだが、田舎暮らしでは、なかなか気に入るものに出会えない。
 気の早い話だが、これにしようと決めた。
 そして、Yさんに、きちんと包装してもらった。
 持ち帰りやすく、草花舎の紙袋に入れてくださったので、帰宅後、その袋に付箋をつけ、妹へのプレゼントと分かるようにしておいた。
 私の命がそれまであるとは限らないし、私自身がぼけて、これは何だっけ? などと開けてしまわぬように。

 前客があり、Yさんから、私のブログを楽しんでくださっている人だと紹介された。
 まだお若い方であった。隣市の方とか。
 気まぐれなブログでも、楽しみに読んでくださる人があるとは嬉しいことだ。
 日ごとの訪問者は、100~300人ばかりだが、その顔は全く分からない。特に、コメントを受けないことにしてからは、全く反応もわからない。自分のために書いているようなものだから、気にもしていないのだが…。

 Tちゃんから、面白い話を聞いた。
 洗濯物を洗濯機から取り出し、干す前に、パッ、パッと、しわ伸ばしをしたところ、額に飛んできて、ぺたりとはりついたたものがあった、と。
 それがなんと、アボカドだった、と。
 それは、驚きだっただろう。
 犯人(?)は、Yさんらしい。
 洗濯しようとして、入れられた衣類に紛れて入ったらしい。
 私なども、やりかねないことだ。


 草花舎の庭は、冬の風情となっていた。

   

              
                 喫茶室の隅に、一輪の花

                             
             Tちゃん作の、サンタクロース (モザイク)
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ひと休み

2013-12-23 | 身辺雑記
 年賀状を書いた。
 と言っても、宛名も裏も、大方のことは印刷で済ませているので、一言をつけたすだけ。
 1行で終わりの賀状もあれば、空欄に多くの言葉を連ねた賀状もある。

 122枚を完成。
 年ごと、次第に賀状の数が減った。
 大抵は、死別による減少だが、生存の方でも、同世代の高齢者には、賀状の書けなくなった人もある。
 そうした人に賀状を送るのは、かえって失礼なことだろうと判断して控えている。

 このごろ、根気が続かず、一気に書き上げることができない。
 途中で、ひと休み。
 山口の井筒屋で求めた、清閑院の和菓子<椿>をいただいて…。
 糖分と塩分は控えようと努めているけれど、美しい意匠の和菓子など見つけると、つい求めてしまう。

 装いだけでなく、この<椿>は、上品な甘みで、おいしい和菓子であった。


     
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三冊の詩集

2013-12-20 | 身辺雑記
 昨日、山口へ行った折、本屋で求めた三冊の詩集。
 いずれも作者は、葉祥明さん。
 著名な人のようだが、私は知らなかった。

 『比べない』 『いのち あきらめない』 『急がない』

       

 実は今、思案中のことがある。
 来年1月末に、白内障手術のため、入院しなくてはならない。
 手術は簡単なものだと聞いているけれど、片目で過ごす時間帯の、その過ごし方をどうすればいいか、案じている。

 術後に、目を使うこと、例えば読んだり書いたりはいけないのだろうか。
 イヤホンで、ラジオや音楽を聴くことは?
 などなど。

 1月上旬に、手術前の検査や説明を聞くことになっているので、それから案ずればよいことなのに、折々、時間を持て余すのではと、気になっている。手術の箇所が目であるだけに。
 頭を空っぽにして、ボーと過ごした方がいいのか。
 しかし、そうした時間の使い方には慣れていないので、想像するだけで、大変苦痛なことに思えるのだ。

 この程度の文字なら、読んでも大丈夫では? との思いで求めたのが、上の三冊である。
 1ページの字数も少なく、活字が大きい。


 手術日を待たず、早速、読んでしまった。
 詩というより、やや箴言的な表現が気になったけれど、頷けるものばかりで、異論を唱えたくなる詩句は全くなかった。
 たくさん付箋をつけながら読んだので、入院中には、その詩句を諳んじる作業でもして過ごそうかしら?


   人は各々
   自分の人生を生きるために
   この世に生まれてきた。
   競ったり、争ったり、
   するためじゃない。

   人は自由に
   のびのびと生きていい。
   他の人や他の生き物を  
   害しないかぎり。     

               『比べない』より

   病気や怪我、
   失業や失恋、
   大切な人や、
   ペットとの死別。

   人生には、
   つらく悲しいこと、
   苦しみや痛みがつきもの。
   疲れたら、 
   耐え切れなくなったら、
   いったん人生を
   休んだらいい。      

               『いのち あきらめない』より

   急がない。
   傷が治るのを急がない。
   病気からの回復を急がない。
   早く治りたい気持ちはわかるが、
   焦ると、かえって治りが遅い。
   身体はちゃんと
   治る時期を知っている。

   心配しないでいい。
   完全に治るまで、
   人生は待っていてくれる。
   人生を再び生き始めるのは
   それからでも遅くない。

               『急がない』より

 以上は、各本の、付箋をつけたものの一篇。

 入院中は、何もしないのが、一番かもしれない。
 たとえ、何もしないのが、難儀でも。
 案じても仕方ない。
 先生の指示に従って、過ごし方を考えることにしよう。
 まだ一か月先のことだから。
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今年最後の検診

2013-12-18 | 身辺雑記
 28日に一度、内科検診を受けている。
 今日、今年最後の診察をしていただいた。

 まずまず無事に一年が終わろうとしている。
 ただ、10月頃から、痒みに少々悩まされている。
 最初に処方された塗り薬は、よく耳にする<オイラックス>クリームだった。
 が、そのうち、首周りや手首に、痒みと同時に湿疹が見られるようになり、先生に相談した。
 そこで、処方されたのが、<リンデロン‐VG>クリーム。
 首周りの痒みはほぼ取れて、徳利襟のセーターが着られるようになったけれど、相変わらず、左右対称に痒みが出る。
 両手の甲であったり、両手首であったり、時には太ももの両サイドであったり…。
 先生に、そのことを伝えると、少し多めに塗り薬を出してくださった。

 痒みを感じて掻くから湿疹が出るのか、湿疹のために痒みを感じるのか、よくわからない。
 とにかく、乾燥からくる痒みとは、性質が異なる。

 痛いのはもっといやだが、痒みも不快である。
 父が晩年、痒みを気にしていた。
 もしかして、体質遺伝?
 などと思いつつ、一方で、生身の体の異常は、日ごとに多くなるのだろうと覚悟している。

 
 年末なので、患者さんの鉢物は置かれていなかった。
 が、受付台の花瓶に挿してある、ピンクの薔薇が美しかった。

 
          
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<あきひめ>届く

2013-12-17 | 身辺雑記
 安来の妹から、イチゴ<あきひめ>が届いた。

    
          

               

 やや細長い形の大型のイチゴである。1パック、8個入りで、存在感がある。
 贅沢な果物。
 上品な甘みがあって美味。
 酸味が好みの人には、口に合わないかもしれないけれど。

 早速、昼食のデザートにいただき、妹にお礼の電話をした。
 このイチゴの唯一の難点は、日持ちしないこと。

 お隣りへおすそわけしようと庭に出て、水仙が咲いているのに気付いた。
 我が家の一号ということになる。
 山茶花も、比較的よく咲いている。
 おそらく今年最後のノボタンと、万両の実も添えた。

                  

              

              
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