おとらのブログ

観たもの、見たもの、読んだもの、食べたものについて、ウダウダ、ツラツラ、ヘラヘラ書き綴っています。

當る巳歳 吉例顔見世興行 六代目中村勘九郎襲名披露 夜の部

2012-12-29 22:33:02 | 観たもの
 一昨日、勘三郎さんのご本葬が終わりました。1万2千人が弔問に訪れたそうで、勘三郎さんって本当に皆から愛された歌舞伎役者さんだったんですね。三津五郎さん、大竹しのぶさん、野田秀樹さんの弔辞も、とても心のこもった弔辞で、ちょうど昼休みでテレビを見ていましたが、もらい泣きしそうになりました。

 三津五郎さんの弔辞→YouTubeの映像はコチラ
 大竹しのぶさんの弔辞→YouTubeの映像はコチラ
 
 孝夫さんも弔辞を読まれたそうですが、残念ながら映像は残っていません。孝夫さんと勘三郎さんは本当に仲良しで、お亡くなりになられた直後も本当は東京へいらっしゃりたかったそうですが、病み上がりで無理をして風邪でもひいて勘太郎さんの大事な舞台に穴を開けてはいけないと千穐楽までずっと我慢されていたそうです(ソースはコチラ)。

 前置きが長くなりました。その孝夫さんが27日間無事お勤めになった顔見世の夜の部です。今回は孝夫さんが勘平をなさるということで、「2等B」という席を取りました。2等Aは3階の最前列の正面、Bはサイド席になります。サイドでもできるだけ正面に近い席を取ったつもりでしたが、それでも横から見ることになり見づらかったです。こんなことなら3等でもよかったかしらと思いました。この「見づらい」ってダメですね。最後までそれが気になって気になって、もひとつ舞台に集中できませんでした。

 その期待の「忠臣蔵」五段目・六段目でございます。この五段目・六段目は夏の薪車さんの会でもかかったし、先月も文楽の「忠臣蔵」を見ているので、今年はよく見ています。特に、文楽のほうは、なぜかすっごく興奮しながら見たからか、非常に印象が強く、今回歌舞伎の舞台を見て、「お人形ぢゃない」って少し違和感を感じたくらいで…。

 まあ、もちろん、“天下の二枚目”の孝夫さんが二枚目のお役なので、そこは全く違和感なく「きゃぁ」みたいな感じで、ご病気のせいで少しおやつれになった風情もここではぴったりで、ステキな勘平でございました。時蔵さんも美しいおかるさんで美男美女のカップルでした。秀太郎さんが一文字屋お才という祇園町のおかみさん役で、そのお供に松之助さんが扮していらっしゃいましたが、そのイキがピッタリで深刻な場がそこだけちょっと笑かしていただきました。松之助さん、いいわぁ。結構ファンです。

 引き続き「口上」です。総勢15名の口上で、久しぶりにこんな大人数の口上を拝見しました。私が拝見したのは15日の夜の部で、口上の内容もだいぶ落ち着いていたように思います。團十郎さんが「哲ちゃん(勘三郎さん)とは夜遅くまで、いえ、朝早くまで飲んでおりました」っておっしゃって場を和ませていらっしゃいました。その團十郎さんもお風邪から途中休演、1月公演も休演とお聞きし、心配です。我當さん、秀太郎さん、孝夫さんの松嶋屋三兄弟の口上は、中村屋さんとはとても仲良しだった関係から、おっしゃることにジーンとくるものがありました。扇雀さん、彌十郎さんも平成中村座やコクーン歌舞伎でいつもご一緒されていたので、しんみりさせてくれる口上でした。勘太郎さん、七之助さんお二人の口上もご立派で、あちこちから大向こうがかかっていました。本当に、1ヵ月よく頑張られましたよね。

 次は勘太郎さんの「船弁慶」です。弁慶が團十郎さん、義経が藤十郎さん、舟長が左團次さん、舟子が扇雀さんと七之助さんという、襲名披露狂言にふさわしい超豪華な配役です。孝夫さんが「口上」でこんな豪華な顔ぶれも親のおかげとおっしゃったいました。後半の知盛のほうが力強くて好きかもって思いました(私に好きとか言ってもらわなくてもいいと思うけれど)。

 最後は「関取千両幟」で、関西では30年ぶり、顔見世では初上演となるお芝居です。この時間になると、ずっと横から見ていて疲れ(ストレス?)もたまり、集中力もほとんどなく、あまり記憶に残っていません。そんなにドラマチックなお話ではなかったように思います。翫雀さん、「顔見世の最後の演目に出演」というのが何だか定着してきたようですね。翫雀さんに対しては、個人的には“笑い”を求めてしまうので、もうちょっと面白可笑しい演目を演っていただきたかったと思いました。特に、年の瀬なので、大笑いして送り出してほしいなぁと…。

 
 中村屋さんの襲名披露ではおなじみの飾り絵馬

 
 顔見世だけの「竹馬」

 
 二傳の「半月弁当」
 
 
コメント (2)
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