山形弦楽四重奏団 ブログ

演奏会のお知らせ・日々の活動など

山形Q 練習日誌68-vol,13(中島記)

2018-06-30 21:27:47 | 練習日誌
 梅雨に入ったと思ったら、もう夏です。この間まで厳寒だったコミュニティセンターの研修室も、冷房なくしては練習にならない。…人間のいろいろな営みは予定通りいかなくても、季節の移り変わりは確実ですね。

 …そして、ここにも確実なものがありました。山形Qハイドンシリーズ完結の「第68回定期」へのカウントダウンが始まっています。


 ということで、演奏旅行の谷間の今日も、もちろん練習。

 音を並べることだけなら、わりとすぐにどうにかなるのが、ハイドンのむしろ「厄介なところ」でもあります。

 オーケストラにいると、「譜読み」と言って、音をとることが個人練習のほぼ全てになってしまいます。実際、次から次へと流れ作業のように譜面を読んでいかなければならない。それ以外の時間があまり取れないもの現実です。

 しかし、ハイドンの弦楽四重奏は、それだけではまったく音楽にならない。特に初期の作品はなおさらです。

 四人それぞれが、音楽に命を与えるためにしなければならないことが多いのです。…そういう意味では、まだまだ課題の多い状態なのでした。


 うすらぼんやりしていると、めぐる季節に置いていかれます。暑さや忙しさのなかですが、よいフィナーレになるように、もうひと頑張りします。

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山形Q 練習日誌68-vol.12(中島記)

2018-06-25 22:01:50 | 練習日誌
 演奏旅行から帰ると、荷ほどきもそこそこに集まって練習する山形Q。

 何が彼らをそうさせるのか?

 習慣…ちょっと違います。究道心…それもちょっとずれている。義務感…最も違う。そういう人には向かないでしょう。

 四重奏愛…は良い表現ですが、より正確にいうなら「中毒」。これをおいて他にありません。「付き合い」程度の参加意識では痛い目を見ます。

 そんなことを続けて続けて、第68回。

 まずはメインの「皇帝」から。もちろん今までに何度も演奏していますが、今回はちょっと違う。大団円を飾るにふさわしく感動的に終わりたい。いろいろありましたが、最後に全てを「肯定」(ダジャレではありません)できるような、幸せな終わり方をしたいのです。

 「作品20」「作品50」も同様です。過去のいろいろな作品や思い出を慈しむように、大切に弾きたいと思います。

 ハイドンはいつも明るい。苦労しながら長い人生を生きた人ですから、いろいろな目にあったはずです。しかしそれを表面に出すことなく、やるべき仕事を生き生きとこなす。

 その心根が素晴らしい。それが作品に表れています。

 …そんな人に、私もなりたい。

 長年連れ添ってつのるハイドンへの憧れの気持ちを、演奏に込められればと思います。

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山形Q 練習日誌68-vol,11(中島記)

2018-06-17 23:59:49 | 練習日誌
 山響の忙しさに流されて、月日はあっという間に過ぎて行きます。

 山響で大変なスケジュールが入るとか、難しい曲がプログラミングされるとかいうことに、振り回されるのが私たちです。

 しかし、そんな中でも、それとは別の大きな「流れ」、弦楽四重奏団としての成長とか、ハイドン全曲演奏での向上とか、そういう長いサイクルでの演奏活動を「別の軸」として大切にしてきたからこそ、ここまでやってこれたのかなと思っています。

 こまごました日常に振り回されるだけでは、長期的な成長にはつながりません。日々、外からの要求にどうにか応えているだけでは、劣化して行くだけです。貴重な休日ですから、そのような危機感と理想を共有できるメンバーで、一緒に演奏活動をして行きたいものです。

 さて、そうこうしているうちに、ハイドンも最終回。

 他のパートはどうかわかりませんが、第1ヴァイオリン的には、とても厄介なハイドン。「伴奏を従えて華麗に弾きこなす」ことが要求される。要するに、負担が集中しているわけです。「いやいや、みんなで役割分担しませんか?」と言いたくなることもしばしば。しかし、それが叶うのは、ハイドンでも本当に後期の作品なのです。

 今回のプログラムでも、初期・中期・後期と並んでいるので、その違いをグラデーションのように感じてもらえるのではないかと思います。

 あとひと月。大団円に向けて頑張ります。

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山形Q 練習日誌64-vol.10(中島記)

2018-06-11 20:49:52 | 練習日誌
 山響の、定期と酒田定期の合間の、わずか1日の休日。

 ゆっくりと寝て疲れを取る、気分転換にアウトドアでバーベキュー、南のリゾートの海辺で青いカクテルのグラスを傾ける、アラスカで涼みながらオーロラを眺める…

…夢は広がりますが、夢は夢。ふと気づけばいつものコミュニティセンターの研修室。もちろん今日も元気に山形Qのリハーサルです。

 18年もの年月を共に過ごして来た、ハイドンとの別れが近づいています。南国に行っている場合ではないのです。

 ということで「作品20」から。若い頃の、やんちゃなハイドン。難しい。

 次に「皇帝」。晩年の円熟したハイドン。素晴らしい。

 そして「作品50」。中期の、意欲が溢れすぎているハイドン。これも難しい。

 どれも素敵だなと、あらためて思います。これまで18年ものあいだ、「難しい前プロ」として、当たり前のように日常のそこにあったハイドンです。彼の全作品を演奏するなかで、文字通り「苦楽を共にして来た」感じがするのです。

 別れの時が来て、ハイドンの全作品とともに、私たちのこれまでも、まるで走馬灯のように…。

 感傷に浸るのはまだ早い。どれも全然、仕上がってません。

 各自、忙しさに負けず、個人練習をして次回に臨みましょう。

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山形Q 練習日誌68-vol.9(中島記)

2018-06-05 20:17:19 | 練習日誌
 暑い。練習会場であるコミュニティセンターでは、入室した時に「めぐる四季」を感じます。

 屋内なのに「ひとケタ度」の極寒がついこの間。それが一転、今日はようやく使えるようになった冷房を喜ぶ。

 …こんなことを繰り返して18年。松山千春に問われます。めぐる季節の中で、私たちは、いったい何を見つけたのでしょうか。

 それは「ハイドンの深淵」であると、自信を持って言わなければなりません。そのために、今日も頑張っていきましょう。

 ということで、「作品20」から。それにしても、この難しさはなんでしょう?初期のハイドン特有の「練れてない感じ」…きらめく素材をそのまま奏者に委ねるような、自由な、そして同時に突き放された感じがします。

「あとは自分たちでうまいことやっといて」

 …チャレンジさせていただきます。

 そして「作品50」。こっちは逆に「凝りすぎ」の感がある。意欲に溢れるハイドンに、いいように振り回される。

 調整も攻めすぎ。急にシャープ6こ。

 …長い付き合いですが、四苦八苦させられております。

 しかし「ハイドンとはなんぞや」と言われれば、この「屈託のなさ」こそがキモなのだと思います。

 気負うことなく、構えることなく、これまでと同様、お客様と一緒に楽しめるように頑張ります。

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