山形弦楽四重奏団 ブログ

演奏会のお知らせ・日々の活動など

山形Q練習48-vol.11(中島記)

2013-06-24 18:38:07 | 練習日誌
 7月15日の48回定期のプログラムの練習に戻ります。

 ということでハイドンから。


 それにしてもこの「作品55」は素晴らしい。弾いていて気持ちの良い曲です。爽やかで健康的で屈託が無く、明るいが「躁」的でなく、前向きな心が感じられる。弾いているだけで、こっちまで心がきれいになるような・・・。

 ということは、演奏の出来もまずまずだということでしょう。

 今日の練習はおおむね、一度離れて他のプログラムを練習した効果があったように思えました。


 さあ、本番まであと3週間。気持ちよく頑張ります。(やたらと前向き)。
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山形Q練習48-vol.10(中島記)

2013-06-21 00:06:11 | 練習日誌
 どんな本だったか忘れてしまいましたが、「演奏会の本番でしくじらないようにするために、どうしたらよいか」みたいな事が書かれている本を読んだことがあります。夢のような本ですよね。それを読めば本番でしくじらないとは。

 それを読んでからの私はどうなったか・・・どんな本だか忘れてしまっているという時点でおわかりでしょうが・・・読んだ成果はありませんでした。そう簡単にいくはずがありません。


 ですがその本には、ためになりそうなことも書かれていました。確かその中に、「曲が一通り練習し終わったら、いったんその曲にふれるのをやめてしばらくの期間、それ以上に難しい曲を練習する。そうしてまた本番が近づいたら元の曲の練習に戻ると良い」みたいな記述がありました。

 実はこれを本腰入れて実践したことはありません。なかなか時間的にも精神的にも、本番を控えた曲の練習そっちのけで、本番の予定が無い曲(しかも難しい)の楽譜を開く余裕が無いのです。・・・そんな余裕があれば、確かに本番でしくじらないかもね・・・とは思いました。


 しかし、余裕というものは意図的に「創る」ものです。

 今回、山形Qはそれを実践いたしました。意図的に・・・とは言い難いかも知れませんが。


 ということで、今日までの3回の練習を、ひと月後の定期の曲目にあてずに、9月の演奏会のプログラム(しかも超難曲)に費やしたわけです。「難しいので、後回しにする勇気がなかった」とも言えますが、充実したリハーサルになったという自負があります。

 ブラームスの「クラ五」とベートーヴェンの「大フーガ」。どちらも、本番が楽しみ(・・・になりそうな予感)まで、こぎつけました。


 さて、次回から、「ねかせておいた」来月のプログラムの練習に戻ります。ねかせた効果があったかどうか。次回が「譜読み状態」に退化してしまっていないことを願いつつ・・・。吉と出るか凶と出るか。本番のお楽しみです。
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山形Q練習48-vol.9(中島記)

2013-06-19 08:19:17 | 練習日誌
 山響のスクールコンサートの後、田畑に囲まれたひとけのない、夕暮れ時(最近は日が長いのでまだまだ明るいが)のコミュニティーセンターに集まった四人が奏でるのは・・・「大フーガ」。ちょっとシュールですね。


 ところで、初めてこの「大フーガ」をきちんと聴いたのは、ビデオでアルバン・ベルク四重奏団のライヴ映像を見た時です。・・・驚きました。

 「フーガ」といえばやはり思い浮かべるのはバッハです。荘重で整然とした感じ。粛々と進んでいく、ゆるぎない流れ・・・。

 それに比べてこの「大フーガ」は、怖れずに印象をそのまま言えば・・・めちゃくちゃ。これ本当に合ってるの?弾いている彼らも「やけくそ」にさえ見える。「役者たち、ここで突然、本気の殴り合いをはじめる」という台本を演じているような、見ていて不安になる曲、というかパフォーマンスに感じました。・・・誰かこの人たちを止めてあげて下さい。

 たぶん、この曲が書かれて、それを「現代曲」として聴いた当時の人もこんなふうに感じたのではないでしょうか。だから「終楽章でこれはちょっと・・・」ということになって差し替えられたのだと思います。


 そして・・・恥ずかしながら、山形Qが以前の定期で取り上げた時も、まったく消化しきれなかった。各自がお互いの音を一生懸命「聞かないようにして」、自分の楽譜だけに集中することでしか、演奏を維持できなかったような記憶があります。


 今回はいったいどうなることやら・・・と思っていましたが、やはり「経験」というものは大きな財産です。曲の表面を覆っている強いエネルギーに飲み込まれないようにしつつ、あらためて冷静に他のパートを聞きながら丁寧に弾いてみると、実に精巧にできたフーガだということがわかります。エネルギーも決して暴力的なものではなく、生き生きと喜びにあふれたものです。

 ・・・もちろん難しいことに変わりはありませんが、こうして再演できる幸せを感じられる名曲です。また、この曲をブラームス「クラ五」の前に弾くというのには、いろんな意味で高いハードルを感じますが、「楽しみだ」と思えるぐらいの予感はありました。

 さらに鍛錬を重ねることにします。
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山形Q練習48-vol.8(中島記)

2013-06-16 22:29:06 | 練習日誌
 私事ではありますが、ブラームスの曲の中で一番好きなのが「クラリネット五重奏」です。中学生の時に自分で買ったLPレコードは、音が悪くなるまで聴きました。曲の出だしから何か「諦めた」ような雰囲気で、それが終楽章の最後でもう一度出てきた時に「ああ・・・やっぱり。でもこれで良かったんだ・・・」というような、どうしようもない余韻を残して終わる。針が上がってターンテーブルが止まっても、しばらくその世界から抜け出せないような、虚脱感に似た「酔い」がたまらない。そうして仕方なくもう一度、始めから聴くためにレコードを裏返すのがまた、好きなんです。「わかったわかった。今夜はとことん飲もう!」みたいな・・・。


 さて、それはさておき、本日の練習はまさにその、ブラームス「クラ五」中心。7月定期のプログラムは一旦寝かせておき、9月の庄内定期で演奏予定の曲を少し練習しておきたかったのです。何と言っても9月の庄内定期は、オケのスケジュールも厳しい中で、この「クラ五」と「大フーガ」という向こう見ずな選曲になっております。ご期待頂きたいと思います。

 ということで「クラ五」。今日はもちろんクラリネット抜き。とにかくアンサンブルが難しい曲なので、まずは四重奏メンバーでまとまっておかないと大変なことになります。だいぶ前になりますが、文翔館での定期で取り上げた時の苦い経験から「侮れない曲だ」ということが身にしみてわかっているわけです。

 しかしさすがは名曲。どこを取っても「やりがい」にあふれています。苦労する価値を感じます。とりあえず各自、もう少し練習が必要ですね。

 
 そして残り時間で「大フーガ」をひと通り。これも定期では消化しきれなかった感があるので、再チャレンジできる貴重なチャンスです。今度は「地に足が着いた」演奏にしたいところ。・・・頑張りましょう。
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山形Q練習48-vol.7(中島記)

2013-06-10 08:21:11 | 練習日誌
 4楽章形式の曲は基本的に、

作曲者が気合い入りすぎて難解な第1楽章
ゆっくりだるい割に音程がそろいにくい第2楽章
リズムがやっかいで合わせづらい第3楽章
早くて細かくて指がもつれそうになりながらもここまできたら勢いで行くしかない第4楽章

・・・と、弾く側から悪く言うとすると、こんな感じで成り立っています。逆に言えば、これをお客さんに感じさせてはいけないわけです。


 ということで、今回は、ハイドンとメンデルスゾーンの「第4楽章」を中心に。テンポを落として十分に聞き合いながら、ハーモニーの運びを確認していきます。

 何度もやって少しずつ「絡んできた」ところで、テンポを上げて自由にしていきます。


 とにかく繰り返して弾くわけですが、これはやはり「良い曲」でないと、退屈な作業です。「次はもう少し運んでみようか」「今度はここでもっと歌ってみるか」などの、意欲が生まれないと、本当にただ繰り返すだけになって次第に音楽が死んでゆくことにもなるからです。

 そういう意味では、特にメンデルスゾーンは素晴らしい。ドラマティックでありながら、飽きがこないんです。名曲ですね。


 さてその後は、メンデルスゾーンの他の楽章をざっと。この曲はメンデルスゾーンが20歳の時の作品です。しかしどの楽章も本当に完成度が高い曲です。品があってしかも瑞々しい。豊かなエネルギーを持ちながら、それが抑制されているところが好きです。さらに言うなら・・・いや、要するにとにかく「良い曲」なんです。

 せっかくの名曲ですから、完全に「手の内」に入っている状態で演奏したいところです。さらに練習を重ねることにいたしましょう。
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山形Q練習48-vol.6(中島記)

2013-06-02 18:44:29 | 練習日誌
 昨日の山響モーツァルトシリーズの本番の疲れを無視して、まずはハイドンから。


 ユニゾンで始まる第一楽章。今までなら「いきなりユニゾンか。・・・厳しいな」と思うところですが、昔に比べると随分まとまるようになってきました。・・・思えばこのメンバーになってから、期間はそう長くないものの「苦楽を共にしてきた」と言えるだけの、本番回数をこなしてきました。夏の暑い日も冬の雪の中も、「いい加減今日ぐらい休ませろっ!」と叫びたくなるような日も、こうして集まってチマチマと練習を重ねてきました。少しはその甲斐があったということなのでしょう。

 今、今日の練習の録音を聴きながらこれを書いていますが、仕上がりが早くなってきているのを実感します。後は、各自がさらに音楽に生命感を加えられるかでしょうね。まとまっているだけでは、ハイドンの音楽の良さが出てきません。


 そういえば今朝テレビで、ハンバーグなどの家庭料理が、主婦とシェフでは何故こうまで味が違うのか、という番組を見ました。同じ材料を使っても、当然シェフの方が明らかにおいしいわけですが、では作り方の何が違うのか?

 それはほとんどの場合、経験に裏打ちされた「ひと手間」なのです。素材のうまみを引き出すための「ひと工夫」があるかないかで、決定的に違う。それは反復練習だけでは身に付かないものです。

 我々の練習は今回まだ初期の段階ですが、録音を聴いていると「精度が低い」よりは、そういうものが「ひとつ」足りないような気がします。要研究。


 さて後半は清瀬保二。まだとにかく曲の全体像を知る必要があるので、崩壊しない程度の打ち合わせをしてから、録音。

 そして今、それを聴いているわけですが・・・

一言でいうと、「良い曲」です。魅力的な響き、それも他の作曲家には無い明らかな個性がある。ラジオなんかで、聴く気もなく耳にしただけで、「この曲なんだろう・・・もっと聴いてみたい」と惹きつけられる曲ってありますよね。そういうものを持っている曲です。楽理的な事には弱いので何とも言えませんが、何かの旋法に則っているようです。

 しかし当然、演奏はハッキリ言って、まだまだぐちゃぐちゃ。それぞれが吹雪の中を闇雲に歩いてる感じ。あらら・・・遭難した。

 しかし、仕上がっていく課程が楽しみな曲です。・・・こんなに良い曲だとは知らなかった。
コメント (2)
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