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串カツ子の旅日記

美しい国、日本。まだまだ見たい所がいっぱい。
温泉、宿屋、食べ物、紅葉、桜、街並み・・・興味の対象は尽きません。

2019.05長崎への旅-12(旅の後先)

2019年06月17日 | 旅-九州・沖縄

伊丹発9:15長崎行きのフライト。

窓から進行方向の右手に機影がくっきり見えた。 

 

                     

高度はこちらより高いが、しばらく平行に飛んで、やがて
やや左に向いて、こちらの飛行機を横切って行ったように思った。

どこからどこへ行くのかキャビンアテンダントに聞いても分からない。

機長なら分かったかもしれないが、こんな近くでくっきり
見たのは初めてで、驚きと少々興奮気味。

 

道の駅ではなく農水産物直売所のみさき駅さんわ

旅も終了まじか、大村空港へ向かうが、昨日チェックしておいたここへ寄る。

 

 この辺りはビワの産地。

早くもビワが並んでいる。

大きな実だが、贈答用1箱3000円と高級品。

前日、用事で立ち寄った郵便局でこんな箱をいくつも送る人を見た。

どこで買えるか尋ねると、この直売所を教えて下さった。

14:00頃に直売所に行ったが、贈答用は既に売り切れ。

それでは、チェックアウトした後で寄ってみようと決めていた。 

 10:00頃なのに既に発送待ちの箱がズラリ。

本体3000円に送料を入れると4~5000円。

随分高いもんだと

 こちらは持ち帰り用で品質も劣る。

 そうそう、これぐらいの値段でないと。

結局、贈答用も自家用もビワは買わなかった。

もう少しすれば我が家の小粒ビワがいっぱい成るんだから。

魚が新鮮で安い。

神経通しか、おいしいだろうなぁ、近くの人が羨ましい。

 

 がしらも大きい。

魚、買いたかったが自宅に着くまで8時間以上かかる。

これは無理だわ。

そうだ、長崎に居ながらちゃんぽんを食べてなかった。

旅の〆は空港内の中華レストラン牡丹でちゃんぽん。

これで細麺のミニ皿うどん¥850。

相方は普通盛¥1030。

レンタカーも返したし、さぁ、一杯。

無事に長崎旅を終えそうです。


2019.05長崎への旅-11(天井画の観音寺)

2019年06月16日 | 旅-九州・沖縄

Alega軍艦島をチェックアウトし、車で10分程の観音寺へ。 

 本堂に花卉の天井画があるというので、是非見たかった。 

 表門は長崎の眼鏡橋と同じ技術で作られている。

お寺でこのような門は珍しいのでは?

 参道の石畳もなかなかいいです。

向うに見える仁王さんは新しそう。

 

                    

 なかなか迫力のある仁王像。

 本堂前から振り返ってみると、左手に石仏ズラリ。

 

閉まっていた本堂の扉を静かに開けると、天井画が見えた。

しかし、写真撮影禁止。

絵は傷んでいる。

150枚の絵のうち4枚にはシーボルトの眼と言われた川原慶賀の落款があるらしい。 

他に誰も居ない静かな境内。

石造りの門、新しそうな仁王さん、石仏群、天井画・・・不思議な
雰囲気のお寺だった。


2019.05長崎への旅-7(仁田峠)

2019年06月06日 | 旅-九州・沖縄

2019.05.13 青雲荘をチェックアウトし、仁田峠へ。

雲仙仁田峠循環道路は一方通行。

通行料金は100円以上の志納。

2名x100円=200円支払ったが、相方は1台100円でよかったのにとケチる。 

仁田峠第2展望台へやって来た。 

普賢岳平成新山がまじかに見える。 

 1990年11月から始まった噴火は1995年まで続き、多くの犠牲者、家屋の被害、そして平成新山を形成した。

普賢岳より124m高い平成新山は長崎県の最高峰。

 仁田峠に到着。

ミヤマキリシマもまさに見頃。

ロープウェイに乗るが、乗り場までは坂道や階段が続きお年寄りは一苦労。 

 この斜面、紅葉時期には美しいだろうなぁ。

行きたい!

 広い駐車場、旭岳のようにロープウェイに乗る客まで駐車料金をとる所もあるが、ここは無料。

 第1展望所の方への道沿い、ミヤマキリシマが満開。

 さぁ、もう1ケ所の見どころ池の原へ行こう。

ここから徒歩で30分で行けるらしい。

 車を停める所を間違えた。

ここも池の原園地なんだけど、児童公園があり、仁田峠~国見岳などの登山口になっている。

停まっている車の持ち主は登山する人のものだろう。

ミヤマキリシマを見るのにウロウロ歩いている人はいなかった。

 周辺にミヤマキリシマは咲いてはいるが、もう少し下った所にある駐車場辺りにはもっと咲いていた。

そこに停めれば良かった。

 相変わらず相方は車でネンネ。

下った所にある駐車場には停めてくれなかった。

雲仙のミヤマキリシマを見る目的の今回の旅。

一番の見どころ池の原をスルーしてしまった。

う~ん、課題が残ったわ。


2019.05長崎への旅-3(宝原つつじ公園のミヤマキリシマ)

2019年05月31日 | 旅-九州・沖縄

雲仙一帯ではアチコチで見かけるミヤマキリシマだが、ここは宝原つつじ公園

 駐車場は無料。

この写真を撮った後、相方は「車で寝てるわ」とUターン。

せっかく来たんだから見ればいいのに、興味がないのか愛想無し。

 中央の駐車場から下方面へと歩き展望休憩所へ向かう。

九州特有の植物か。

標高600m以上に咲き、阿蘇、霧島、九重で見られる。

阿蘇と霧島では見たが、九重のはみた事がない。

訪れた5月10日過ぎ、雲仙地獄辺りは終了。

あと、仁田峠池の原群落を見なくては、雲仙へ来た目的は達せられない。 

 薄い桃色、濃い桃色、紅色に近いものと色とりどり。

オレンジ色も少し見かけたが、これはヤマツツジといって
ミヤマキリシマが終わった6月初めから咲くらしい。

 

 

 

 天気も良く、歩きやすい道を通り展望休憩所へ。

展望台からはこんな感じ。 

アザミも咲き出していた。 

 帰りは同じ道を通らず歩く。

いいなぁ、この路 

 

中央広場へ戻って来た。 

 向うに高岩山が見える。

はぁ、どこを歩いても次々と現れるミヤマキリシマ。

堪能した。

さぁ、今宵の宿 青雲荘へ行こう。


2019.05長崎への旅-2(潮受堤防)

2019年05月26日 | 旅-九州・沖縄

 大村市を後にして雲仙へ向かう。

是非走ってみたい道があった。

開ける、開けないと長崎県と佐賀県で争っている諫早湾の潮受堤防

その堤防の上が雲仙多良シーラインという愛称の道になっている。

正式名称は諫早湾干拓堤防道路

 路側駐車は不可で、途中に駐車場があり車を停める。

トイレだけはあるが、きれいとは言えない。

道路を跨ぐ歩道橋に上がると・・・。

 雲仙方面に向かって右側が干拓用の調整池、左手が有明海

色が全く違う。

調整池が濁っているのは ↓ の理由らしい。


こちらは諫早方面を望む。 

 調整池の水位を一定に保つ目的だろうか、
調整池から水が有明海に流れ出ている場所があり、
そこには海中に群れる魚影が見え、それを狙うアオサギが集まっていた。

アオサギには大き過ぎる獲物だが。

富栄養化した調整池から有機物が流れ込んでいるのだろうか?

 

 

長崎空港に着陸前に見えたのは諫早湾の干拓地か?

 向うに見える雲仙へ向かいます。

自転車も多かったなぁ。


2019.05長崎への旅-1(大村散策)

2019年05月25日 | 旅-九州・沖縄

2019.05.12 長崎空港へ。

今回も3月の九州行きと同じJALのダイナミックツアーを利用した。

大阪~長崎の往復飛行機、Alega軍艦島の宿泊1泊、
2泊3日のレンタカー代は3000円。

合計二人で54000円という格安個人旅行プラン。

もう1泊、雲仙の国民宿舎青雲荘での泊まりは自分で手配。 

 長崎空港でレンタカーを借り、大村公園へ。

相方はすぐ近くの大村ボートへ。

私はレンタサイクルで武家屋敷などの街並み散策

大村氏は鎌倉時代から地頭として大村地方を領有。

以来、明治維新まで2万7千石の大村藩として存続。

城下には五小路があり、武家屋敷の面影を色濃く残している。

まずは上小路にある代々重臣を務めた浅田家家老屋敷跡

よく手入れされたアプローチに、思わず入って、見たくなるが
個人宅なのでそうもいかない。 

 向かい側の家に五色塀があった。

 五色部分は案外新しいモノかもしれない。

しかし、この五色塀は大村独特の様式のようで、初めて見る。

 

 こちらのお宅の塀も意匠が凝っている。

石垣部分は旧来のものかな?

 草場小路にある旧円融寺庭園

新緑がきれいだなぁ。

 奥の石段を上がれば庭園が広がるようだが、
他に人は居ないし、でも居たら・・・。

小心者、怖がりの私は見たいのを諦めた。

相方はなんで一緒に来てくれないんだろう・・・少々恨み節。

 塀の延長が長く、埋め込まれた石の色・形から
大村で最も見応えがあるという福山家の五色塀

 この通りは草場小路

 

 

 

 

 こちらのお宅の石垣も一枚岩で素晴らしい。

 稲田家 家老屋敷跡

建物は残ってなく、石垣や門の跡だけが残っている。

 次に目指す建物は田園風景の向うに。

中尾元締役旧宅。

こちらも五色塀に囲まれている。

レンタサイクルは電動アシスト付きで、2時間以内¥300。

坂道が多かったので、電動付きは有難かった。


 広い間口は殿様用の玄関、狭い方は通用口。 

門もあったんだろう、石柱だけが残っていた。

 

 

 入口回りに五色塀が巡らされている。

貼り込めてあるのは海の石が多い。

 

大村公園に戻り、開花を始めた菖蒲園へ。 

 

ここは玖島城跡

桜の頃にも来た事があり、城内の桜は素晴らしい。 

 

 

 もう少しすれば、菖蒲とサツキの競演が見られたでしょう。

 平成4年に造られた板敷櫓。

 

 菖蒲の見頃は5月の下旬からという事で少し早かったが、
雲仙のミヤマキリシマに照準を当てていたので、これは仕方ない。

少しでもきれいに咲いてる菖蒲が見られただけでも

大村、結構見どころがあり、なかなか良かったです。


2019.05.12雲仙へ

2019年05月15日 | 旅-九州・沖縄

 2019.05.12  雲仙へ。

目的はミヤマキリシマ

九州の初夏を彩るミヤマキリシマ、九州各地の高山に自生する。

霧島・えびの高原・阿蘇山・九重連山・・・などで見られ、
以前、霧島周辺で見ていた。

その時の記事はこちら

 雲仙温泉街はすでに終了、宝原池の原は満開。

仁田峠周辺でもそろそろ満開に近い。

開花状況はこちらを参考にした。

 軍艦島が見えるAlega軍艦島に泊まった。

どの部屋からも軍艦島が望めるが、私の部屋からは椰子の木が少々邪魔かな。

ここの源泉には驚いた。

 周辺はビワの産地。

大きななつたよりという品種。

贈答用がひと箱2500円~3000円で売られている。

自家用ならもっと安いが。

             

               アチコチへ送る手配もされている。凄い人気のようで、早く行かないと売り切れてしまう。

               3000円に送料=5000円近くなってしまう。ビワも高級品だ。

               詳しくは後日。

 


飫肥にて

2019年03月31日 | 旅-九州・沖縄

飫肥、厚焼き玉子を買う目的だけで10年以上前に訪れた事があった。

その時は飫肥の何も見ていない。

霧島ホテルをチェックアウトし、神の郷温泉へ投宿するまでに寄ってみた。 

 

酒谷川の蛇行する箇所に町が開けているんだ。 

まずは飫肥城へ。

右手の石垣に切り込みが見える所が小村記念館。 

 小村記念館。

小村寿太郎の生い立ちから業績までを展示している。

洒落た石段に苔むした石垣。 

明治の初めに取り壊され、昭和53年に再建された大手門

再建にあたって、飫肥営林署から樹齢100年の杉4本の提供を受けたらしい。

そうだ!飫肥といえば、すぐに思いつくのは飫肥杉だった。 

 空堀に覆いかぶさる青モミジが美しい。

工事中に発見された礎石が大手門の内側に置かれていて、
そこには総奉行や棟梁の名前が刻まれている。
 

  

 

石垣にびっしり張り付いたの苔を見ると、取り壊される前のものかな? 

 

 石垣の色がくっきり違う。

黒いのは昔からの石垣で、その上は新しいものか?

資料館に行けば、そのあたりの説明も聞けるのだが、
相方は車で待っているから、そうゆっくりしてられない。

夫婦仲良く散策しておられるのを羨ましい気持ちで見る。

趣味の違いで、相方は街並み散策など大嫌い。

「俺は車で待ってる」と、いつも一人で行動する。

まぁ、待っててくれるだけマシかもしれないが。

 

 趣のある塀の支え。 

 

飫肥城大手門から左へ武家屋敷通りが続く。 

いいなぁ。 

昭和52年に国の重要伝統的建造物保存地区に選定されている。

重伝建、大好き。

 

その通りの中に、明治を代表する外交官小村寿太郎の生家がある。 

 

 

 一人、二人、観光客を見かけただけの静かな通り。

昼食を摂ろうかと思っていた服部亭はお休みの模様。 

 石垣のカタツムリはカップルかな?

お目当ての飫肥厚焼き玉子は、間瀬田厚焼本舗で買おうと思っていたが、こちらも休み。

それではその向かい側にあるおび茶屋へ。 

卵20個を使った一番大きいサイズのものは2500円。

卵を溶き、7~8時間寝かし、炭火で1時間かけて焼かれる
手間がかかった卵焼き。 

 その半分サイズの1300円のを買い、スライスしてもらう。

これは、今晩の神の郷温泉の夕食にこっそりと頂いた。

 甘い!

甘いのが好きでない人は一切れ食べたら充分でしょうが、
私は酒の肴に3切れぐらい食べた。

食感は固めのプリン。

すり身でも入っているのかと感じる食感だが卵だけらしい。

う~ん、ちょっとクセになってしまう。

又、この辺りへ行く事があれば買おう。

帰りの宮崎空港の売店でも売ってたが・・・。

 東京からの連れと日程を合わせたため、桜にはまだ早かった。

まだ茶色い桜の木を眺めながら、後10日遅かったら満開なのに。

道中、かろうじて山桜の満開に心和ませた。

背後は有名な飫肥杉の林。


霧島神宮の温泉

2019年03月25日 | 旅-九州・沖縄

霧島ホテルへチェックインするまでに霧島神宮へ。

旅の安全祈願の他にも目的があった。 

二の鳥居・・・かな? 

                    

 両側に並ぶ石灯篭には、歴史上の人物の名前が彫られている。

寄進者だろうか?

一つづづ読みながら石段を上る。

本殿に到着。 

手水舎の石を覆う見事な苔。 

 行列!

参拝するのに行列に並ぶんか。

お正月なら行列もありかもしれないけど。

一組が参拝し終わるまで、次の人は待たなければいけないの?

賽銭箱は横に長い。

一組だけでなく、何組も同時に参拝してはいけないのだろうか?

そうすれば、こんな行列は出来ないだろうに。

はぁ、これが今時の作法なの?

理解できない。

 参拝を終え、もう一つの目的に向かう。

門前にある霧島民芸館

ここに温泉施設があり、誰でも無料で入れたが、今もあるのだろうか?

それを確かめるのが、もう一つの目的だった。

あやふやな記憶で、ここだったかな?

ちょっとウロウロしたが、この喫茶室に見覚えがあり、
建物の
裏手に行ってみた。 

 あった~。

しかし、だいぶ傷んでいる。

湯船は・・・?

廃墟と化していた。

私は一度、相方は二度も入浴した懐かしい風呂だった。

湯が枯れた訳ではないだろう。

現に足湯が出来ているぐらいだから。 

その足湯。

20年程前の温泉ブームに沸いた時、きっと私のような
温泉ファンは多く入っているだろう。

残念だけど、もう、ないよ~。

時の流れを感じ、寂しい想いで霧島神宮を後にした。


対馬-5

2019年01月25日 | 旅-九州・沖縄

対馬も観光案内標識はよく整備されてて困った事はなかった。 

白村江の戦いに敗れ、唐からの侵略を恐れた天智天皇が667年に築いた山城。

防人が配置され、初めて外敵に備えた防衛の最前線の金田城(かなたのき)。 

当時の城壁などの遺構がよく残っているらしいので、是非行きたかった。

 日露戦争時に要塞化され、山頂近くまで軍道が付けられているという。

じゃぁ行こう!

 う~ん、細い道で、離合も困難。

 途中で砂利道になり、小心者の私はレンタカーを傷つけるのが嫌だった。

諦めて戻ろう!

運転に自信がある相方は「なんや、行けへんのか!」と、おかんむり。

この辺りでUターンし、結局行かずじまい。 

 続日本100名城に選定されているようで、スタンプはこちらで。

浅茅湾が一望できる所はないか?と、観光協会で紹介してもらった万関園地へ。

万関橋を少し北に入った左側に↑の看板有り。

何度もこの道は走っているが、ちょっと見難い看板で
教えてもらってなければ見落としていた。 

 展望台に上る。

あぁ、見えた~。 

でも、ほんの一部。

烏帽子岳展望台からならもっと見えるのだろうか?

対馬、実は50年程前に来ている。

記憶はほとんど残ってないのだが、浅茅湾のながめには感動したような覚えがある。 

今回借りたオリックスレンタカー。

返車時、ガソリン価格は182円/L。

たっかぁと、驚きましたが、八丈島はもっと高い191円/Lでした。

対馬はいちおうこれで終了。

下島の方まで行けなかったので、3月桜の頃に再訪予定。

金田城、リベンジする?

温かくなるとヘビが出てくるのでやめよう。


対馬観光-4

2019年01月19日 | 旅-九州・沖縄

 対馬下島を横断して小茂田石屋根倉庫を見に行く。

 

 刈り入れが終わった田の片隅にそれはあった。

 

案内板の写真は青々とした田んぼ。 

屋根の棟まで板状の石で作られている。

柱や梁は重い石屋根を支えられるよう頑丈な木材使用。 

 

 こちらにもあるが、民家の敷地内で立ち入りは遠慮した。

瓦屋根に葺き替えられた倉庫もある。

背後の畑は、蕎麦畑。

この石屋根倉庫に関しては、こちらの方のブログが詳しいです。 

対馬の話はまだまだあるのですが、ちょっと休憩して
明日から八丈島へ行って来ます。

風が強そうで・・・飛行機飛ぶのかなぁ?


対馬観光-3

2019年01月17日 | 旅-九州・沖縄

2018.11.21 今日は大阪へ帰る日。

対馬出発は16:40の飛行機なので、結構時間はある。

 

 西山寺をチェックアウトしやって来たのは、
対馬藩の御用舟を係留したお船江跡

1633年に造成された堤の石組みは当時のままらしい。

江戸時代、水辺の藩はいずれも藩船を格納する施設を
設けていたが、その遺存例が乏しい現在、日本の近世
史上貴重な遺構である・・・と、案内看板に。

どこかでもこういう遺構を見た事があるが、どこだったかなぁ?

 駐車場が見当たらなかった。

違う方向からアクセスすれば、どこか車を停める
所はあったかもしれないが。

桜の木がたくさん植わっていた。

桜の花が彩るお船江跡を見てみたい。

                    

 厳原の中心地へ戻って、宗家の墓所である万松院へ。

 地衣類に覆われた石柱の上に諫鼓(カンコ)有り。

閑古鳥の語源になったみたい。

杖がたくさん置いて有り、一つ拝借。

 百雁木(ひゃくがんぎ)と呼ばれる石段を上がる。

130段以上あったかなぁ・・・?

蹴上が低いので案外楽に上がれた。

両側に灯篭が立ち並ぶ。 

毎年10月に行われる万松院まつりでは、
この灯篭にローソクが灯る。

1615年に2代目の対馬藩主宋義成が、先代の父宋義智(そうよしとし)
の菩提を弔うために建立され、日本三大墓地の一つとされる。

日本三大墓地とは、金沢の前田藩墓地、萩の毛利藩墓地
それに対馬のここ万松院をさすらしい。 

 

境内には樹齢1200年ともいわれる杉が3本。 

3本はちょっとあやふや。

 杖は下りる時に有効だった。

杖でちょっと押せばたおれそうな灯篭。

聞くところによると、かの国の人達が横一列になって
百雁木を上がり、話に夢中になって灯篭を倒す事が
しばしばあったらしい。

起こすのにレッカー呼んで、その都度費用が発生。

困った観光客だが、日本人よりずっと観光客は多い。

そのお蔭で対馬は潤っているのでは?

いいえ、お金は落とさない・・・との事。

日本人、もっと対馬へ行きましょう。     


対馬観光-2

2019年01月07日 | 旅-九州・沖縄

比田勝からR382号を南へ下ります。

韓国展望所はきっと かの国 の観光客でいっぱいだろうと
行かなかった。

その代わり佐須奈にある異国の見える丘展望所へ。

 だぁれも居ない。

目をこらしても、望遠鏡でもかの国は見えない。

見えなくてもいいんだけど。

 

島影の真ん中部分にある建物らしきモノが韓国展望所かな? 

このトイレには驚き。

総石造りだぁ。 

 対馬野生生物保護センターへ。

ここでは1頭だけ飼育されてます。

その福馬君の写真が撮れました。

たくましい顔だなぁ。 

福馬君は14歳のオス。

福岡市動物園で生まれ、対馬で育った。

野生ではない。

ちょっと可哀想な気もしたが、一般公開の目的を読み、
捕らえられたネコではないので、これもアリかな。

何よりも実物にお目にかかれたのは嬉しかった。 

こちらはジオラマ。

1970年代には対馬全域に推定約300頭生息していたが、
最近では対馬上島約70~100頭しか生息してない。 

家ネコとの大きな違いは、耳の後ろが白い事だそうです。 

初代、2代目は感染症に感染してたから
ここで展示用になってしまったんだ。 

島内を走っていると、アチコチでヤマネコ注意の看板を見た。

アチコチとは、対馬ヤマネコを見かけた場所や、
実際に事故に遭った場所のようだ。

ヤマネコが活動し始めるのは薄暗くなった夕方。

視界が悪くなるし、特に今頃は子離れの時期。

経験の少ない子猫が被害に遭いやすいらしい。

2019年のカレンダーを買い、施設を後にした。

ここまで案外細い道を延々と走ったような気がする。

近辺にヤマネコが生息しているような所だった。

保護に重点を置いたような展示内容は分かりやすかったし、
何より本物の対馬ヤマネコに会えたのが嬉しかった。

 すぐ近くにある棹崎砲台跡へ。

遺構はよく整備されているのか、怖がりの私でも中に入れた。

対馬に何か所あるのか?

砲台跡を見たのはここ1ケ所に終わった。

 

 近辺は棹崎公園として整備されている。

ず~っと南下して木坂にある藻小屋へ。

一面に芝生の広場が広がる。 

その先、海に面した所に建物が見えた。

 海岸に漂着した藻を乾かして肥料にしたのを保管しておく藻小屋。

現在、藻は肥料として使われる事はなく、対馬西海岸に
多く見られた藻小屋は護岸整理などによりほとんど撤去され、
この地の藻小屋は復元・保存されているものらしい。

柱・梁は木、壁は石で出来ている。

屋根の赤い瓦が印象的。

持ち船の伝馬船が収納できる大きさに造られているとか。 

 

 

 

 

観光客は誰も居ない私達だけ。

これだけ整備されているのに、もったいない話だ。

かの国の人もここまでは来ないのだろう。

壱岐で聞いた話。

「対馬はかの国の人でいっぱいで騒々しい。壱岐へ来てほっとした。」
と、観光客が言ったらしい。

果たしてそうだろうか?

それを言った人は対馬のどこを見たんだろう?

異国が見える丘展望所も私達だけ、野生生物センターも数組。
広い藻小屋のある公園も私達だけ。

ツアーで来て、通りいっぺんの観光地を回るから
かの国のツアー客と遭遇するんじゃない?

「対馬はかの国の人でいっぱい」私もそう思ってやって
来たが、決してそうではない。

逆に日本人ももっと対馬へ行くべきだと思う。

常に国防の最前線にあった島、今もその役割を果たしていると思うが、
かの国の資本が入り、土地を買い占め、有事に障害が起きるような状態
になっていると、テレビで放映していた。

日本人ならもっと対馬へ行き、対馬を盛り上げましょう。

歴史遺産・自然・・・見どころいっぱいですよ~。

日の丸がはためく様をかの国の人達はどう見るんだろう?

わざとらしい・・・とでも思うかな?

ここは有名スポット和多都美神社。 

海に面して建つ鳥居は5基。

そのうち2基は海中に建ち、大潮の満潮時には2mも
海中に沈むらしいが訪れた時は干潮。 

先端の1基だけが海中にあった。

 

ここから近い烏帽子岳展望所へ行き浅茅湾を眺めてみたかったが、
烏帽子岳への道は災害の為通行止めだった。 

 そして今宵の宿 宿坊西山寺

凄い急な坂を上がった所にあったが、対馬市役所
前の道を来れば、楽に来れたのに・・・。

 


対馬観光-1

2018年12月30日 | 旅-九州・沖縄

2018.11.20

車中、しばらく空から降って来た魚をサカナに話が弾む。

今日は対馬の北半分を観光しよう。

まずは姫神山砲台跡へ。

7世紀の白村江の戦いから元寇秀吉の朝鮮出兵日露戦争・・・。

国境の島 対馬は常に攻防の最前線だった。

白村江の戦いに敗れた後、唐、新羅からの日本侵略を恐れ、西日本各地に山城を作り防人を配置した。

その遺構の金田城から明治の日露戦争時の砲台跡まで、対馬は歴史上の観光地(と、よんでいいのか?)がアチコチに。

姫神山砲台跡は1900年~1902年に築造された。

モルタルと赤レンガを使ったイギリス風の砲台で、保存状態も良いという事で、是非見たかった。

しかし、結果的には行かなかった。

道路標識に沿って国道382号線から脇道へ。 

緒方という集落からは車1台しか通れないような細い道が続く。

途中に乙姫神社があり、小さいが境内はきれいに掃除されている。

 

近くに地元の人がおられて、この先の道路状況を尋ねた。 

この辺りから先2キロ程で姫神山砲台跡へ行けるのだが、砲台から1.5キロ程は未舗装の砂利道が続くらしい。

それも大きくえぐれた箇所もあり、車体の底に衝撃があると言われる。

レンタカー、傷付けるのは嫌だ。

姫神山砲台跡へ行くのは諦めて、方向変換も出来ない道を車はバックでこの写真の乙姫神社へ戻った。

この乙姫神社に車を停め歩いて行く気なら行けたでしょう。

神社の先には車を停めるスペースはなかった。

昨年、対馬観光協会からパンフレットを色々送ってもらっていた。

地図から歴史観光ガイドブック、厳原街歩きマップ・・・。

実に役だったが、姫神山砲台跡へのアクセスまでは記載されてなかった。

又、浅茅湾を一望出来る烏帽子岳展望所への道は災害で通行止め。

こういう情報も欲しかった・・・と、パンフのアンケートに書いた。

 一番見たかった姫神山砲台を見れなかったショックは大きいが、気をとりなおして対馬を北に進む。

国道382号に架かる万関(まんぜき)橋

広い駐車場・トイレがあり、かの国からの観光客も多い。

ロシアとの戦争の気運が高まり、水雷艇を対馬海峡東水道に出撃させるため、明治32~34年万関瀬戸を開削。

明治38年の日本海海戦では水雷艇隊がここを通り出撃し戦勝に寄与した。

 開削された万関瀬戸(久須保水道)。

もう一つ橋を見に行く。 

赤島大橋

万関橋によく似ているけど、こちらは天井部分が違う。

 

 下はきれいな海。

ここまではかの国の観光客も来ないようで、静かな光景が広がる。

 こちらは内海。

こちらは日本海側。 

 国道382号線へ戻り、県道39号線で比田勝へ向かう。

途中見たい所が3ケ所あり、その一つ琴の大銀杏を見に行く。

 樹齢1500年といわれる日本最古の銀杏。

時期が遅かったのか、ほとんど落葉。

 現在も樹勢盛んらしいが、ぐるり鉄骨で補強されている。

 

 二つ目の目的は茂木浜に設置されているナヒモフ号の大砲。 

笹川良一氏が金塊目当てで引き上げたという事だが、その時、目当ての金塊は見つかったんだろうか?

金塊がみつかれば、北方4島と引き換えにロシアに引き渡すつもりだったらしい。 

私財200億円も投じて引き上げたものは宝物ではなかった。

その時に引き上げられた大砲が鎮座している。

 海はきれいなグラデーション。

海水浴シーズンには賑わう事でしょう。

舟志川沿いに7キロ続く紅葉のスポットもみじ街道。

これが三つ目の目的。

木によって散ってたり、まだ早い木もある。

1ケ月前に白神山地や乗鞍高原の紅葉を見て来た私にとってはもの足りなさは否めないが、
次々現れる紅葉に歓声を上げながら、ドライブを楽しんだ。

 国に紅葉はないの? 

韓国と定期航路がある比田勝港へやって来た。

今、国境警備はこの方達だわ。 

海上保安庁の船が2隻係留されていた。

丁度釜山からのフェリーが着いたようで、多くの旅行者で港は賑わっていた。

釜山からは50キロ、日本の本土よりも近い。

パスポートさえあれば日帰りも可能。

行く気もないし、行きたくもない。

 

えぇ~、浴衣じゃない?

嬉しいそうに、どこへ行くんだろう?

比田勝港からツアーのバスに乗る人、積んで来たサイクリング車で、レンタカーで出発する人の他に、
港から歩く旅行者がちらほら。

近くにホテルがあるんだろうか?

いくつものグループで歩く人が続く。

車を走らせながらいったいどこへ行くんだろうか?と、思っていると、少し先にマツキヨの店舗が見えた。

えぇ~、ここへ行くために歩いてたの?

結構、距離があったのに。

マツキヨ、私が見た限り、対馬に3軒の店舗がありました。


対馬の石垣

2018年12月17日 | 旅-九州・沖縄

壱岐の芦辺港発11:40のジェットフォイルで対馬厳原港へ。

博多~壱岐~対馬とジェットフォイルを乗り継げば運賃は1割引き。

この割引には条件があるので、要注意。 

厳原港着12:45。

わりと波が高かったので、博多からのジェットフォイルよりは揺れた。

 当初フェリーで対馬入りする予定だったので、レンタカーは2時間程遅い15:00~と予約していた。

2時間程厳原の街並みを徒歩で対馬の名物である石垣見物に。

まずは今屋敷の防火壁

昔は江戸市中にも火切と呼ばれる防火壁があったが、現在は跡形もなく消滅し、日本中で遺っているのは対馬の厳原だけらしい。

ここにもツワブキが・・・。

その後、対馬を回ってもツワブキはそう見かけなかった。

ツワブキは壱岐ほどではない。 

観光情報館のふれあい処つしま内にあるふれあい食堂憩いで対馬名物対州蕎麦を食べる。

十割蕎麦でのど越しもよくおいしいが、つゆがちょっと甘い。

対馬は、中国から日本へ最初にそばが伝わった地。

翌日も蕎麦を食べようと、対馬北部の佐須奈にあるあがたの里へ行ったが、折から昼食時、店内に客があふれていた。

待てない大阪人、テーブルに着いたものの「こらアカンわ」と退散。 

八幡宮神社のちょっと変わった参道。 

紅葉がきれいだった。

壱岐では銀杏以外紅葉を目にする事がなかったので、ここで見る紅葉は実に美しく感じた。 

 来てるわぁ。

 道路を隔てた中村地区へ。

中村地区の説明は上を見て下さい。

初代対馬藩主 宋 義智(そう よしとし)の銅像が置かれた公園。

わずか12歳で第19代島主(初代藩主)となり、7年に及ぶ秀吉の朝鮮出兵文禄・慶長の役後、
家康から命じられた朝鮮との関係修復に尽力。

没後400年を記念して建立された銅像。 

ここでも石垣風の洒落たベンチに仕上がっている。 

 

 

対馬出身、明治時代の新聞記者・小説家の半井桃水
この中村地区の出身。 

 

 厳原には対馬藩の城下町にふさわしい屋敷の石垣が多く残っている。

これらは江戸時代初期から築かれ、1811年の朝鮮通信使の来日に備え、さらに美しく整備されたらしい。

これらの茶色い石は何という岩石?

頁岩(けつがん)という岩石だった。

詳しくはこちらで。

そして元々は白い岩石が多いらしい。

厳原にはまだまだ石垣がアチコチに残っているようだが、ここで石垣鑑賞は時間切れ。