被団協 ノーベル平和賞受賞の意義
本年10月11日、ノルウェーのノーベル賞委員会は2024年のノーベル平和賞を「日本
原水爆被害者団体協議会」(以下「被団協」と略す)に受容すると発表しました。
日本の個人や団体への平和賞は、非核三原則で、1947年に受賞した佐藤栄作元首相
に次いで2例目です。
ノーベル委員会はこれまでも、核軍縮・不拡散の取り組みを後押ししてきた。2009
年に「核なき世界」を訴えた米国のオバマ大統領(当時)に、17年には核兵器廃絶
国際キャンペーン(ICAN)に平和賞が贈られた。
今回の受賞について上記委員会は、「核兵器が二度と使用されてはならないことを証
言を通じて示した」こと、「国連や平和会議に代表団を派遣し続け」「核軍縮の差し迫
った必要性を世界に訴えてきた」ことなど、「核兵器のない世界の実相に向けた努力」
を評価したのです。
そして、「肉体的苦しみやつらい記憶を、平和への希望を育むことに生かした全ての
被爆者に敬意を表したい」と、被爆者と核廃絶に努力してきたすべての人に敬意を表
明しました。
被団協は、太平洋戦争で米国が広島と長崎に投下した原爆によって被害を受けた被爆
者たちの全国組織で、1956年に、長崎市で開かれた第二回原水爆禁止世界大会の中で
結成されました。
以後、被団協は「再び被爆者をつくるな」世界に向かっては「ノーモア・ヒバクシャ」
を合言葉に、被爆の実相を世界で証言し、「核なき世界」の実現を目ざして核廃絶運動
の先頭に立ってきました。
発表の中継をモニターなどで見ていた広島県原爆被害団体協議会の箕牧智之理事長(82)
はその瞬間、椅子から浮き上がるように驚いた様子でした。そして、涙を浮かべて喜び、
信じられないという風に自分のほっぺたをつねっていました。
しかし箕牧氏をはじめ被団協は、ノーベル賞受賞を喜びながらも、「被爆者への国家補償
と核廃絶を求めてきたが政府は背を向けてきた。受賞が政府を変える力になれば」とも苦
言を呈しています
その背景には、石破新首相は総裁選の際に、アメリカの核兵器を日本で運用する、いわゆ
る「核共有」を認める発言をしているからです(『東京新聞』)2024年10月12日)。
受賞の発表から一夜明けた10月12日、被団協は東京都内で記者会見を開きました。その
席で代表の田中熙巳さんは、石破首相が総裁選で「核共有」に言及現したことに対して「論
外。政治のトップが必要だと言っていること自体が怒り心頭」と強い言葉で非難しています
(『東京新聞』2024年10月13日)。
今回、ノーベル賞委員会が、被団協を選んだ背景は幾つか考えられます。
切迫した問題としては、ウクライナや中東で続く戦闘が収束の気配を見せないどころか、世
界の指導者が核の実戦使用をも辞さない発言を繰り返すことへの危機感と苛立ちあります。
ロシア―ウクライナ戦争において、プーチン大統領は、今年3月にメディアのインタビュー
で、「(戦術核も含め)すべての兵器を使う用意ができている」と述べ、「核の3本柱(大陸間
弾道ミサイル、潜水艦、戦略爆撃機)を持つのは我々と米国だけだが、ロシアの方が近代的
だ」とまで述べて、核使用への可能性を示唆しました(注1)。
また、ロシアのプーチン大統領は9月には核ドクトリンの改定案を示すなど、核兵器使用のハ
ードルを下げています。
中東ではイスラエルの閣僚が2023年11月5日、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム
組織ハマスとの戦闘をめぐり、核使用も選択肢の一つ、と発言して物議をかもしました(注1)
最近ではガザだけでなく、レバノンを拠点とする武装組織ヒズボラや、そのヒズボラやハマス
を支援する地域大国イランも巻き込み、悪化の一途をたどっています。
核保有国とされるイスラエルと核開発を続けるイランが対立する構図は変わっておらず、不測
の事態に対する懸念は高まっています。
言葉としては出てきませんが、おそらく、北朝鮮による核開発も委員会の考慮の中にはあった
と思われます。
こした背景説明の中で、私は篠田航一氏が『毎日新聞』Web 版に寄稿したコメントが非常に
重要だと思います。
フリードネス委員長は、被爆者は「理解できないほどの痛みや苦悩」(incomprehensible pain
and suffering)を受けたと述べた。戦後79年が経過した今、その苦痛を理解しようとする想
像力の欠如に対し、委員会は強く警鐘を鳴らした格好だ(注1)と同じ。
篠田氏は、世界は次第に核兵器を使用した場合、どんなことが起こるかを想像できなくなり、
ただ軍事的な効果だけを考えがちになっている、このことが本当の危機なのだ、ということを
言いたいのだと思います。
つまり、想像力の欠如こそが核兵器使用への危険性を増大していることの本質的な問題なのです。
ノーベル委員会も、「被爆者は、筆舌に尽くしがたいものを描写し、考えられないようなことに
思いをいたし、核兵器によって引き起こされた理解が及ばない(想像できないくらいの――筆者
注)痛み、苦しみを理解する一助となった」としています。
そのうえで、「ノーベルのビジョンの核心は、献身的な個人が変化をもたらすことができるとい
う信念。肉体的苦痛やつらい記憶にもかかわらず、平和への希望、関与をはぐくむために役立て
ることを選んだすべての被爆者をたたえたい」といたわっています
同時に、「今日、核兵器の使用に対する『タブー』が圧力を受けていることは憂慮すべきである」
と懸念も示しました(注3)。
ヒバクシャは自分たちが受けている悲惨な体験を通して核兵器を使用した場合の悲惨な実相を生
の声で語りかけ、その他さまざまな方法と機会をとらえて68年もの長きにわたってアピールし
てきました。
ノーベル賞委員会は、こうした事情を考慮してノーベル平和賞の授与を決めたのだと思います。
ところで、今回の受賞はどのような意義を持つのかを考えてみましょう。以下に、三人の識者の
見解を紹介します。
まず長崎大核兵器廃絶研究センターの中村桂子准教授は受賞の意義を、
今回の授賞決定は、世界中の全ての人々、とりわけ各国のリーダーに対し、被爆体験を
人間の言葉として語ってきた被爆者の功績と今を生きる被爆者の声に、耳を傾けるよう
訴えている。
私たち一人一人が核兵器使用のリスクが高まっている危機的状況を認識し、被爆者の声
に改めて耳を傾け、核兵器がいったい人類に何をもたらすのかということを人道面から
見つめ直すことが重要だ。
としています。
中村准教授は、とりわけ日本政府は、「日本は唯一の戦争被爆国」と言いながら、現実の政策で
は核兵器の価値に重きを置き、核兵器禁止条約にも参加していないこと、日本政府は本当の意味
で、被爆者の訴えに真摯(しんし)に向き合ってこなかった点を強調しています。
すでに冒頭で書いたように、被団協は今でも日本政府はアメリカの核兵器に依存しており、今
回の授賞決定は、核兵器に依存するという考え方に対して真っ向から疑問を突きつけています。
つぎに廣瀬陽子・慶応大教授は、特にウクライナ戦争との関係で、ロシアの戦況が不利になった
場合、核の使用の危険が高まることを指摘しています。
そこで、廣瀬氏は今回の受賞をきっかけに、国際社会は改めて核兵器の脅威を思い出してほしい、
と訴えます。
廣瀬教授は広島・長崎の悲惨な記憶が薄れていることを危惧して、核兵器が使われたことが人類
の歴史における「負の遺産」であるということを、政治的対立を超えて世界が再認識すべきだと
指摘します。
最後に、秋山信将・一橋大教授によれば、今回の授賞が決まったポイントは三つあるという。
一つは、ウクライナや中東で核兵器使用の懸念が高まる中、核兵器の不使用、核兵器の非人道性
を訴えてきた日本被団協が評価されたことは、ノーベル賞委員会からの核兵器の危機の緊急性を
訴える重要なシグナルと言える。
同委員会は授賞の理由に「核のタブー」という規範を被団協が確立したことを挙げています。つ
まり、被団協の地道な活動で規範を作ってきたことが評価されたのです。
秋山教授はその際、被害者の声で、核兵器が非人道的だということを確立したことは意義がある、
と指摘しています。
二つ目は、被団協が原爆被害者の人権回復や救済にも取り組んできたことです。戦争被害者の救
済の重要性を確認する意味でも重要なメッセージになると思われます。
三つ目は、被団協のメンバーが高齢化する中で、これからも核兵器の記憶を継承し、核兵器が使
われないようにするという規範を普遍化する必要性をあきらかにしたことだ。
核兵器使用の蓋然(がいぜん)性、可能性の懸念は高まっている今日、授賞をきっかけに核保有
国が直ちに大きく政策を変更することはないかもしれない。しかし、秋山教授は市民や社会など
から発せられる核兵器禁止の声が勢いを増すことに意義があるという。
以上、被団協の喜びと政府に対する厳しい批判、ノーベル賞委員会の見解、被団協受賞の背景、
そして日本人三人による、受賞の意義を紹介しました。
以下に、私自身の見解を述べたいと思います。
まず、何よりも、これまで必ずしも好意的ばかりではなかった核廃絶の運動を長い間続けてこら
れた被団協の皆様、関係者の皆様に、ノーベル平和賞受賞、本当におめでとうございます。
実際に被爆した人々の生の声は、どれだけ分厚い文章をもって訴えるよりも真実味・迫力・説得
力があります。
核兵器の問題では2017年に「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)が受賞していたの
で、被団協としてはもう受賞はないかなと思っていたという(『東京新聞』2024年10月12日)。
それでも、ノーベル賞委員会が今回、核兵器廃絶と世界平和を訴え続けてきた被団協に平和賞を
授与したのには、中東とウクライナにおける戦争・紛争が世界平和を乱し、しかも核兵器が使用
される差し迫った状況があったためだと思われます。
つまり、ノーベル賞委員会は、被団協に平和賞を授与したことで、差し迫った核兵器使用をなん
としても食い止めたいという意図を世界に向かって示したと言えます。
さて、私が問題にしたいのは日本政府の立場と対応です。
確かに、被団協のノーベル平和賞受賞にたいして石破首相も岸田前首相も被団協への祝意の電話
はしたようですが、彼らは被団協が目指す核廃絶とは程遠いところにいます。
日本政府はこれまで核兵器禁止条約の締約国になるどころか締約国会議にオブザーバー参加する
ことさえ拒否してきました。
岸田前首相は、この問題が持ち上がるたびに、日本は核保有国と非保有国との橋渡しをする、と
いうだけで実際には何の具体的なアクションを起こしていませんでした。
これは、日本がアメリカの核の傘の下に入っているので、核兵禁止条約には踏み込めないという
従来の言い訳を繰り返すばかりです。
また石破首相に至っては、アメリカの核兵器を日本で運用できる「核共有」にまで踏み込んでい
ます。これでは、被団協への祝意も、全く真実味のない形式的な言葉だけの空しい祝意になって
しまいます。
それでは、今回の受賞は日本にとってどんな意義があるのでしょうか。私は、ICAN国際運営
委員でNGO「ピースボート」共同代表の川崎哲氏の「日本は唯一の戦争被爆国であり、核兵器
廃絶に向けて世界を主導する役割を担わなければならない」という言葉に尽きると思います。
結論を言えば、日本にとって今回の受賞の意義は、政府も国民一人一人が、唯一の被爆国として
核兵器廃絶結論をいへの自覚・覚悟、そして行動の必要性を改めて思い起させた点にあると思い
ます。
注
(注1)毎日新聞2024/10/11 20:46(最終更新 10/12 08:27)
https://mainichi.jp/articles/20241011/k00/00m/040/298000c
(注2)Reuters (023年11月6日) https://jp.reuters.com/world/us/IJOQCLLVTRI75JONNJ5L52N6H4-2023-11-06/
(注3)『朝日新聞』電子版(2024年10月11日 18時01分、23時36分更新)
https://digital.asahi.com/articles/ASSB83HC3SB8UHBI035M.html?linkType=article&id =ASSB83HC3SB8UHBI035M&ref=kokusaiweekly_mail_20241014
(注4)毎日新聞2024/10/11 21:19(最終更新 10/11 23:01)有料記事1991文字
https://mainichi.jp/articles/20241011/k00/00m/040/315000c
本年10月11日、ノルウェーのノーベル賞委員会は2024年のノーベル平和賞を「日本
原水爆被害者団体協議会」(以下「被団協」と略す)に受容すると発表しました。
日本の個人や団体への平和賞は、非核三原則で、1947年に受賞した佐藤栄作元首相
に次いで2例目です。
ノーベル委員会はこれまでも、核軍縮・不拡散の取り組みを後押ししてきた。2009
年に「核なき世界」を訴えた米国のオバマ大統領(当時)に、17年には核兵器廃絶
国際キャンペーン(ICAN)に平和賞が贈られた。
今回の受賞について上記委員会は、「核兵器が二度と使用されてはならないことを証
言を通じて示した」こと、「国連や平和会議に代表団を派遣し続け」「核軍縮の差し迫
った必要性を世界に訴えてきた」ことなど、「核兵器のない世界の実相に向けた努力」
を評価したのです。
そして、「肉体的苦しみやつらい記憶を、平和への希望を育むことに生かした全ての
被爆者に敬意を表したい」と、被爆者と核廃絶に努力してきたすべての人に敬意を表
明しました。
被団協は、太平洋戦争で米国が広島と長崎に投下した原爆によって被害を受けた被爆
者たちの全国組織で、1956年に、長崎市で開かれた第二回原水爆禁止世界大会の中で
結成されました。
以後、被団協は「再び被爆者をつくるな」世界に向かっては「ノーモア・ヒバクシャ」
を合言葉に、被爆の実相を世界で証言し、「核なき世界」の実現を目ざして核廃絶運動
の先頭に立ってきました。
発表の中継をモニターなどで見ていた広島県原爆被害団体協議会の箕牧智之理事長(82)
はその瞬間、椅子から浮き上がるように驚いた様子でした。そして、涙を浮かべて喜び、
信じられないという風に自分のほっぺたをつねっていました。
しかし箕牧氏をはじめ被団協は、ノーベル賞受賞を喜びながらも、「被爆者への国家補償
と核廃絶を求めてきたが政府は背を向けてきた。受賞が政府を変える力になれば」とも苦
言を呈しています
その背景には、石破新首相は総裁選の際に、アメリカの核兵器を日本で運用する、いわゆ
る「核共有」を認める発言をしているからです(『東京新聞』)2024年10月12日)。
受賞の発表から一夜明けた10月12日、被団協は東京都内で記者会見を開きました。その
席で代表の田中熙巳さんは、石破首相が総裁選で「核共有」に言及現したことに対して「論
外。政治のトップが必要だと言っていること自体が怒り心頭」と強い言葉で非難しています
(『東京新聞』2024年10月13日)。
今回、ノーベル賞委員会が、被団協を選んだ背景は幾つか考えられます。
切迫した問題としては、ウクライナや中東で続く戦闘が収束の気配を見せないどころか、世
界の指導者が核の実戦使用をも辞さない発言を繰り返すことへの危機感と苛立ちあります。
ロシア―ウクライナ戦争において、プーチン大統領は、今年3月にメディアのインタビュー
で、「(戦術核も含め)すべての兵器を使う用意ができている」と述べ、「核の3本柱(大陸間
弾道ミサイル、潜水艦、戦略爆撃機)を持つのは我々と米国だけだが、ロシアの方が近代的
だ」とまで述べて、核使用への可能性を示唆しました(注1)。
また、ロシアのプーチン大統領は9月には核ドクトリンの改定案を示すなど、核兵器使用のハ
ードルを下げています。
中東ではイスラエルの閣僚が2023年11月5日、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム
組織ハマスとの戦闘をめぐり、核使用も選択肢の一つ、と発言して物議をかもしました(注1)
最近ではガザだけでなく、レバノンを拠点とする武装組織ヒズボラや、そのヒズボラやハマス
を支援する地域大国イランも巻き込み、悪化の一途をたどっています。
核保有国とされるイスラエルと核開発を続けるイランが対立する構図は変わっておらず、不測
の事態に対する懸念は高まっています。
言葉としては出てきませんが、おそらく、北朝鮮による核開発も委員会の考慮の中にはあった
と思われます。
こした背景説明の中で、私は篠田航一氏が『毎日新聞』Web 版に寄稿したコメントが非常に
重要だと思います。
フリードネス委員長は、被爆者は「理解できないほどの痛みや苦悩」(incomprehensible pain
and suffering)を受けたと述べた。戦後79年が経過した今、その苦痛を理解しようとする想
像力の欠如に対し、委員会は強く警鐘を鳴らした格好だ(注1)と同じ。
篠田氏は、世界は次第に核兵器を使用した場合、どんなことが起こるかを想像できなくなり、
ただ軍事的な効果だけを考えがちになっている、このことが本当の危機なのだ、ということを
言いたいのだと思います。
つまり、想像力の欠如こそが核兵器使用への危険性を増大していることの本質的な問題なのです。
ノーベル委員会も、「被爆者は、筆舌に尽くしがたいものを描写し、考えられないようなことに
思いをいたし、核兵器によって引き起こされた理解が及ばない(想像できないくらいの――筆者
注)痛み、苦しみを理解する一助となった」としています。
そのうえで、「ノーベルのビジョンの核心は、献身的な個人が変化をもたらすことができるとい
う信念。肉体的苦痛やつらい記憶にもかかわらず、平和への希望、関与をはぐくむために役立て
ることを選んだすべての被爆者をたたえたい」といたわっています
同時に、「今日、核兵器の使用に対する『タブー』が圧力を受けていることは憂慮すべきである」
と懸念も示しました(注3)。
ヒバクシャは自分たちが受けている悲惨な体験を通して核兵器を使用した場合の悲惨な実相を生
の声で語りかけ、その他さまざまな方法と機会をとらえて68年もの長きにわたってアピールし
てきました。
ノーベル賞委員会は、こうした事情を考慮してノーベル平和賞の授与を決めたのだと思います。
ところで、今回の受賞はどのような意義を持つのかを考えてみましょう。以下に、三人の識者の
見解を紹介します。
まず長崎大核兵器廃絶研究センターの中村桂子准教授は受賞の意義を、
今回の授賞決定は、世界中の全ての人々、とりわけ各国のリーダーに対し、被爆体験を
人間の言葉として語ってきた被爆者の功績と今を生きる被爆者の声に、耳を傾けるよう
訴えている。
私たち一人一人が核兵器使用のリスクが高まっている危機的状況を認識し、被爆者の声
に改めて耳を傾け、核兵器がいったい人類に何をもたらすのかということを人道面から
見つめ直すことが重要だ。
としています。
中村准教授は、とりわけ日本政府は、「日本は唯一の戦争被爆国」と言いながら、現実の政策で
は核兵器の価値に重きを置き、核兵器禁止条約にも参加していないこと、日本政府は本当の意味
で、被爆者の訴えに真摯(しんし)に向き合ってこなかった点を強調しています。
すでに冒頭で書いたように、被団協は今でも日本政府はアメリカの核兵器に依存しており、今
回の授賞決定は、核兵器に依存するという考え方に対して真っ向から疑問を突きつけています。
つぎに廣瀬陽子・慶応大教授は、特にウクライナ戦争との関係で、ロシアの戦況が不利になった
場合、核の使用の危険が高まることを指摘しています。
そこで、廣瀬氏は今回の受賞をきっかけに、国際社会は改めて核兵器の脅威を思い出してほしい、
と訴えます。
廣瀬教授は広島・長崎の悲惨な記憶が薄れていることを危惧して、核兵器が使われたことが人類
の歴史における「負の遺産」であるということを、政治的対立を超えて世界が再認識すべきだと
指摘します。
最後に、秋山信将・一橋大教授によれば、今回の授賞が決まったポイントは三つあるという。
一つは、ウクライナや中東で核兵器使用の懸念が高まる中、核兵器の不使用、核兵器の非人道性
を訴えてきた日本被団協が評価されたことは、ノーベル賞委員会からの核兵器の危機の緊急性を
訴える重要なシグナルと言える。
同委員会は授賞の理由に「核のタブー」という規範を被団協が確立したことを挙げています。つ
まり、被団協の地道な活動で規範を作ってきたことが評価されたのです。
秋山教授はその際、被害者の声で、核兵器が非人道的だということを確立したことは意義がある、
と指摘しています。
二つ目は、被団協が原爆被害者の人権回復や救済にも取り組んできたことです。戦争被害者の救
済の重要性を確認する意味でも重要なメッセージになると思われます。
三つ目は、被団協のメンバーが高齢化する中で、これからも核兵器の記憶を継承し、核兵器が使
われないようにするという規範を普遍化する必要性をあきらかにしたことだ。
核兵器使用の蓋然(がいぜん)性、可能性の懸念は高まっている今日、授賞をきっかけに核保有
国が直ちに大きく政策を変更することはないかもしれない。しかし、秋山教授は市民や社会など
から発せられる核兵器禁止の声が勢いを増すことに意義があるという。
以上、被団協の喜びと政府に対する厳しい批判、ノーベル賞委員会の見解、被団協受賞の背景、
そして日本人三人による、受賞の意義を紹介しました。
以下に、私自身の見解を述べたいと思います。
まず、何よりも、これまで必ずしも好意的ばかりではなかった核廃絶の運動を長い間続けてこら
れた被団協の皆様、関係者の皆様に、ノーベル平和賞受賞、本当におめでとうございます。
実際に被爆した人々の生の声は、どれだけ分厚い文章をもって訴えるよりも真実味・迫力・説得
力があります。
核兵器の問題では2017年に「核兵器廃絶国際キャンペーン」(ICAN)が受賞していたの
で、被団協としてはもう受賞はないかなと思っていたという(『東京新聞』2024年10月12日)。
それでも、ノーベル賞委員会が今回、核兵器廃絶と世界平和を訴え続けてきた被団協に平和賞を
授与したのには、中東とウクライナにおける戦争・紛争が世界平和を乱し、しかも核兵器が使用
される差し迫った状況があったためだと思われます。
つまり、ノーベル賞委員会は、被団協に平和賞を授与したことで、差し迫った核兵器使用をなん
としても食い止めたいという意図を世界に向かって示したと言えます。
さて、私が問題にしたいのは日本政府の立場と対応です。
確かに、被団協のノーベル平和賞受賞にたいして石破首相も岸田前首相も被団協への祝意の電話
はしたようですが、彼らは被団協が目指す核廃絶とは程遠いところにいます。
日本政府はこれまで核兵器禁止条約の締約国になるどころか締約国会議にオブザーバー参加する
ことさえ拒否してきました。
岸田前首相は、この問題が持ち上がるたびに、日本は核保有国と非保有国との橋渡しをする、と
いうだけで実際には何の具体的なアクションを起こしていませんでした。
これは、日本がアメリカの核の傘の下に入っているので、核兵禁止条約には踏み込めないという
従来の言い訳を繰り返すばかりです。
また石破首相に至っては、アメリカの核兵器を日本で運用できる「核共有」にまで踏み込んでい
ます。これでは、被団協への祝意も、全く真実味のない形式的な言葉だけの空しい祝意になって
しまいます。
それでは、今回の受賞は日本にとってどんな意義があるのでしょうか。私は、ICAN国際運営
委員でNGO「ピースボート」共同代表の川崎哲氏の「日本は唯一の戦争被爆国であり、核兵器
廃絶に向けて世界を主導する役割を担わなければならない」という言葉に尽きると思います。
結論を言えば、日本にとって今回の受賞の意義は、政府も国民一人一人が、唯一の被爆国として
核兵器廃絶結論をいへの自覚・覚悟、そして行動の必要性を改めて思い起させた点にあると思い
ます。
注
(注1)毎日新聞2024/10/11 20:46(最終更新 10/12 08:27)
https://mainichi.jp/articles/20241011/k00/00m/040/298000c
(注2)Reuters (023年11月6日) https://jp.reuters.com/world/us/IJOQCLLVTRI75JONNJ5L52N6H4-2023-11-06/
(注3)『朝日新聞』電子版(2024年10月11日 18時01分、23時36分更新)
https://digital.asahi.com/articles/ASSB83HC3SB8UHBI035M.html?linkType=article&id =ASSB83HC3SB8UHBI035M&ref=kokusaiweekly_mail_20241014
(注4)毎日新聞2024/10/11 21:19(最終更新 10/11 23:01)有料記事1991文字
https://mainichi.jp/articles/20241011/k00/00m/040/315000c