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大木昌の雑記帳

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スキーバス転落事故の背景―規制緩和・低賃金・高齢化―

2016-01-22 20:01:07 | 社会
スキーバス転落事故の背景―規制緩和・低賃金・高齢化―

2016年が始まったばかりの1月15日未明、スキー・ツアーの乗客(39人プラス運転手2人)を乗せたバスが、碓氷峠を超えて群馬県から
長野県の軽井沢町に入った下り坂で、3メートルほどの崖下に転落しました。

この事故で、22日までに運転手2人を含む15人が死亡し、25人が重軽傷を負うという、痛ましい事故となりました。

とりわけ世間の同情をかったのは、運転手を除く乗客の死亡者は19歳から22までの大学生だったことです。

同じく教え子を持つ私にとっても決して他人事ではありません。まして、これからの人生を楽しみにしていたご両親や親族の方々、大学で
共に学び部活で活動していた仲間や友人にとって、その悲しみはいかばかりかと思います。

今回、なぜ事故が起きたのかについて、さまざまな角度から調査が進められ、検証が行われています。

たとえば、運転手の過労があったのではないか、居眠り運転をしていたのではないか、健康診断を行っていなかったので何らかの突発的
な健康上の問題が起きたのではないか、スピードを出し過ぎてカーブを曲がり切れなかったのではないか、当の運転手は小型バスの経験
はあるが大型バスの運転は経験がほとんどないので得意ではない、と採用の際に語っているので、運転操作を誤ったのではないか、など
などです。

そして、最新のニュースでは、引き揚げられたバスをしらべたところ、どうやらこのバスのギアはニュートラルに入っていたらしいこと、その
ためエンジンブレーキが効かずにスピードが上がり、最終的に時速80キロ近くの高速で走っていたらしいことが報じられました。

いくつかの原因が重なって、今回の事故につながったと思われますが、事故の直接的な原因については、現在行われている調査結果を待
ちたいと思います。

ここでは、今回の事故の背景にあるが構造的な問題を考えてみたいと思います。というのも、今回のバス事故には、ある意味で日本の社会
経済が抱える問題が反映しているからです。

まず、需給調整のため、以前は貸切バス事業は地域ごとの免許制でしたが、小泉内閣時代の「民営化」「規制緩和」の風潮の中で、2000
年からは、条件を満たせば営業できる許可制になり、これにより新規参入が容易になったのです。

これを数字で見ると、規制緩和前年の1999年には2294社であった民間事業者数は2013年には4486社へ倍増したのです。

今回、事故を起こしたバス会社「イーエスピー社」も2014年に許可を得た「新規参入組」でした。

こうしたバス会社の激増は、いくつかの問題を発生させました。一つは、バス会社の過当競争で、弱い立場のバス会社が、安い料金でバス
ツアーを引き受ける傾向が出てきたことです。

経費を節約するために、運転手に過酷な長時間、連続勤務を強いるバス会社も現れるようになりました。

こうしたツアーバスを運行する会社の状況は、事故を起こす潜在的な危険性をはらんでいます。

2012年に群馬県藤岡市の関越道でツアーバスが防音壁に激突し、7人が死亡、38人が重軽傷を負うという事故があり、これを契機にいく
つかの規制が設けられました。

そのうちの一つが、価格の下限を設定したことで、現在26万円となっています。

関越道の事故に続いて2014年には北陸道で28人が死亡する事故がありました。この時の原因は、運転手が事故直前に意識を失った
ことです。この時、国交省はバス会社に運転手の健康チェックを義務付けました。

しかし、こうした規制も、実態を何ら変えることはありませんでした。今回事故を起こした「イーエスピー社」は19万円で引き受けています。

さらに、日本バス協会に入っていれば運転手の健康診断に補助金が出るのですが、この会社は加入していなかったので定期的な健康
診断はしませんでした。さらに、運転前に運転手の健康のチェックも行っていなかったことをも分かりました(注1)。

それでは、国の規制がなぜ効果的に働かないのでしょうか?一つは、業者の数に対して政府の監査体制が間に合わなくなったことです。

現在、国交省の監査官は全国で360人しかいないため、事業所に出向いて監査できるのは1年に1割強にとどまっています。

しかも、国交省は昨年の9月までに価格の下限割れ11件を把握していながら行政処分をしていません(『東京新聞』2016年1月19日)。

「イーエスピー社」の場合、去年の12月から今年の事故までに3件の違反をしていたのですが、行政処分は今のところしていません。

それでも、バス事業者への行政処分は2002~2005年には年間140件ほどでしたが、2010年以降は300~600件にも増加しています
(『東京新聞』2016年1月17日)。

全事業者の10分の1しかチェックしていないのにこれだけの違反と、それにたいする行政処分が行われているのです。つまり、これら
の数字は氷山の一角に過ぎないということです。実態は、表に出た数字の何倍もの違反と行政処分が行われていたと思われます。

私は、人の命にかかわる問題に関しては、チェック体制ができていないのに簡単に規制緩和などしてはいけないと思います。

次は高齢化と低賃金の問題です。

バス会社が急増する中で、1社あたりの運転手は、2000年の14・3人から現在の10・5人へと3割弱も減少しています。このような状況
では、運転手一人一人にかかる負担は当然、重くなります。

仕事はますます忙しくなるのに、バスの運転手(乗り合いバスを含む)の平均年収は下る一方です。規制緩和の翌年の2001年には平均
年収は619万円であったものが、2013年には488万円へと20%も減少しています。

若い人は、過酷な割に収入が少ないバスの運転手という職を敬遠する傾向にあります。現在はバスの運転手の6人に1人が60才以上です。

2014年の国交省の調査では、バスの運転手は入社1年以内に29%が、4年以内に48%が退職しています。

外国人観光客の増加への対応が迫られる中、調査した35社のうち34社、つまりほぼ全ての会社が「運転手不足による悪影響が出ている」
と回答しています(『東京新聞』2016年1月18日)。

こうして各社とも運転手の確保に苦慮していて、退職した運転手を再雇用している会社も多いため、全体として運転手の高齢化が進んでい
るのです。

高齢化とともに、体力や反射神経が落ち、事故のリスクも高くなります。

ちなみに、今回事故を起こしたバスの運転手は65才と57才の2人で、事故当時は65才の運転手の方が運転していました。

その報酬をみると、夜行で東京を出て現地に着き、8時間の休憩を含めて、翌日に帰る往復で1人2万5000円となっていました(注1)

8時間の休憩といっても、実態は帰りの準備のため純粋に睡眠をとれる時間はずっと少なくなります。

人の命を預かり、夜行便という過酷で危険な運転をし、2人で交代とはいえ、2日間の拘束で、報酬はたったの2万5000円です。

常識的に考えて、この報酬ではなかなか仕事を引き受ける人はいないでしょう。

テレビのインタビューである運転手は、きつくて賃金が安いツアーバスの運転手という仕事は不人気で、若い人は運送トラックの運転
手の方に移ってしまう、と話していました。

こうした問題は規制緩和をするさいに当然予想されていたのですが、それを監視する態勢が十分整っていないのに、ただ規則だけを
設けている現状は、事故が起こった際に弁解するための官僚のアリバイという印象です。

今回のツアー代金が1泊と2泊で1万2000円から2万円(リフト券付き)ほど、という超格安です。

利用者も、ただ安ければ良い、というのではなく、運転手も適正な報酬を受け取り、健康面のチェックもしっかり行い、無理のない勤務
ローテーションを維持している状態での適正な料金を払うことを受け入れる必要があります。

(注1)『毎日新聞 デジタル版』2016年1月17日 
     http://mainichi.jp/articles/20160117/k00/00m/040/125000c
    『日経新聞 デジタル版』2016.1月18日
     http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG17H78_X10C16A1CC1000/
(注2)『毎日新聞 デジタル版』2016年1月19日
    http://mainichi.jp/articles/20160119/k00/00m/040/098000c
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