goo blog サービス終了のお知らせ 

大木昌の雑記帳

政治 経済 社会 文化 健康と医療に関する雑記帳

「微笑みの国 日本」はどこへ-外国人が見た幕末から明治の日本-

2012-08-02 23:46:23 | 社会
「微笑みの国 日本」はどこへ-外国人が見た幕末から明治の日本-


 最近の国内ニュースは,「いじめ」,ストーカー行為の末の殺人,男女関係を含む人間関係のもつれを原因とする殺人,金銭トラブル
からの殺人,経済苦からの自殺,孤独死などなど,暗くて,時には凄惨な事件を毎日のように伝えています。

また最近,首都圏の電車に乗っていると,人身事故があまりに多いことに驚きます。

事件や事故とは別ですが,私が使っている電車の中で,突然,大声で喧嘩が始まったのを何回か目撃しました。それも,ごく普通の
サラリーマン風の男性が,少し体が触れただけで大声で怒鳴ったり,ラッシュアワーの電車のドア付近で,乗る人と降りる人がぶつ
かっただけで,取っ組み合いの喧嘩になったりしたこともありました。

多くの人は疲れているのか,どことなく神経がピリピリしている感じがします。

電車の中の人も,町を歩いている人も,そして大人だけでなく子ども達もふくめて,最近の日本人から笑顔が消えて
しまったような気がします。

鬱病をはじめとして,さまざまな精神疾患や気分障害の増加も,昨今の日本人の精神状態が蝕まれていることを示しています。

上のような状況は首都圏だけの問題なのか,日本全体の状況なのかは分かりませんが,首都圏以外の地域でも,多かれ少なかれ
同様の問題を抱えています。

このように考えると,はたして現在の日本は幸せの国といえるだろうか,日本人は幸せな国民と言えるだろうか?

もちろん,いつの時代にも幸せな人もいれば,不孝な人もいる。だから,このような設問は,あまり意味がないのかも知れません。

ただ,江戸から明治に移るころまでの日本人は,明らかに現在の日本人とは違っていたことは確かです。


今年(2012年)2月に,NHKハイビジョンで,「にっぽん微笑みの国の物語」というタイトルで,二つのセミ・ドキュメンタリー番組
が放映されました。

一つは,明治11年に東北地方を旅したイギリス人女性,イザベラ・バード(1831-1904)が見た日本と,明治10年に東京大学の教師として
赴任したエドワード・モースが見た日本(この場合は東京が中心)の映像です。

NHKがどのような理由で,これらの映像をこの時期に放映したのかは分かりませんが,震災で大きな心の傷を負い,経済的にも不況
が日本社会をおおっていた背景を考えると,例え偶然であったとしても,まことにタイムリーだったと言えます。

バードは帰国後,この旅行記を出版しています。彼女は田舎の民家に泊めてもらいながら旅を続けたのですが,最初のうちは,民家の汚さ
とシラミなどがいる不潔さに驚き,民衆の貧しさを軽蔑のまなざしで見ていました。

しかし,その見方が次第に変化しました。彼女は,ヨーロッパの貧しさというのは,怠け者やアルコール中毒者などが陥る貧しさだが,
日本の貧しさはそれとは違うと考えるようになりました。

彼女は著作の中で,東北地方の人は「貧しくても暮らしを楽しんでいる」,また「この民族は笑い上戸で心の底まで陽気である」
とも記しています。

実際,彼女が残した写真を見ると,人々は実に質素で,ぼろぼろの服を着ていますが,大人も子どももみんな笑顔で映っています。
これは決して,「やらせ」の写真ではありません。

また彼女は日本人を,子どもも大人も「満ち足りた穏やかな」生活をしており,日本独特の美徳や幸せ観をもち,礼儀正しく親切,
そして勤勉な人々であると絶賛しています。

さらに「この日出ずる国ほど安らぎに満ち,命をよみがえらせてくれ,古風な優雅があふれ,和やかで美しい礼儀が守られている国は,
どこにも他にはありはしないのだ」と手放しで褒めちぎっています。

彼女は山形県米沢から北上する途中の,田畑と山が織りなす風景を見て,これぞ「東洋のアルカディア(桃源郷)」とまで言っています。
バードがそこに見たものは,自然と調和した日本人の穏やかな生活ぶりだったのです。

エドワード・モース(1838-1925)は東京に住み,人々の暮らしを徹底的に観察し,そして,目に止まった生活用具を片っ端から買い集めました。
その中には,女性の髪を飾るクシやかんざし,ろうそく,団扇,キセル,その他ありとあらゆる生活用品や家具や調度品が含まれます。

ここには「優れた芸術作品を作る人がおり,それらの作品を楽しむ人があふれている」が,アメリカでは「大都市に行かなければ作る人も
鑑賞する人もいない」と述べています。

つまり,当時のアメリカ人の生活水準は日本人のそれよりずっと高かったのに,美術品を作り,またそれを楽しむ人ははるかに少なかった
ことを嘆いています。

しかしモースは,大らかで微笑みにあふれ,簡素で洗練された芸術品を庶民までも楽しむ文化も「この国のありとあらゆるものは,
日ならずして消えてしまうだろう」と予想しています。

モースは,明治初期にまだ残っていた「微笑みの国」は,古き良き日本の「最後の輝き」であろうと総括しています。
 
貧しくても人と人が助け合い,笑顔を絶やさなかった明治初頭の日本人を見て,当時の欧米の人たちは驚くのですが,他方でそのような日本が
近いうちに消えてゆくであろうという予想は見事に的中してゆくのです。

明治中期以降の日本は,産業社会化と個人主義化,競争の激化という大きな変化に直面してゆきます。それと共に,多くの日本人から微笑みが
消えてゆきます。

次回は,江戸末期から明治初期にかけての「微笑みの国」がどんな状況にあったかを,外国人の目を通して,もう少し詳しく紹介したいと思います。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« 原発はなぜ再稼働させてはい... | トップ | 妖精が棲むおとぎ話のような... »
最新の画像もっと見る

社会」カテゴリの最新記事