底が抜けた日本社会の安全神話
―詐欺から緊縛強盗へ狂暴化する犯罪―
“日本は安全な国”との評価は国際社会で定着しており、近年の外国人旅行者が日本を
選ぶ理由として「日本は安全」が重要な要素となっています。
たしかに日本は、アメリカのように銃犯罪がしばしば発生するという状態ではありま
せん。
ところが、日本に住む私たちは日々、“日本は安全である”と感じているでしょうか?
毎日のようにテレビでは凶悪犯罪のニュースが流れ、警察当局は常に犯罪予防の警告
を発しており、多くの日本人はとても安全な国とは言えない、という印象をもってい
るのではないでしょうか。
かつて、いわゆる「オレオレ詐欺」なる犯罪が頻発していました。警視庁特殊詐欺対
策ページによれば、これは、孫や子の声で父母や祖父母に電話で「会社のお金を株に
使い込んでしまった」「会社のお金(小切手)が入ったカバンを落としてしまった」など
と話し、お金が至急必要であることを持ちかけてきます。
その際、電話をかえくる「かけ子」は、「風邪をひいて、喉の調子が悪い」などと言っ
て、声が違うことを不自然に思われないようにし、さらに「携帯をなくした(盗まれた、
壊れた)」と言って、携帯電話番号が変わったと思い込ませます(注1)。
この犯罪には最初に電話をかける「かけ子」と、自宅に現金を取りに行く「受け子」、
そして彼らを使う「指示役」などが関与しています。
ただし、直接現金を受け取ることには逮捕されるリスクが伴うので、銀行やコンビニ
のATM機を通じて振り込ませる場合もあります。
また、主に外国人がインターネット上の交流サイトなどで知り合った日本人男女に恋
愛感情をもたせ、しばらくして結婚をにおわせたり、直接会いたいから旅費を出して
ほしいなど、様々な理由をつけてお金を送金させる「国際ロマンス詐欺」も登場した。
さらに最近では、投資ブームを利用して、インターネット上で有名人の偽の顔や声を
AIで作成し、投資を勧誘する「SNS型投資詐欺」も問題になりました(注2)。
「オレオレ詐欺」も「ロマンス詐欺」も「投資詐欺」などは「特殊詐欺」と呼ばれま
すが、これらの詐欺は、ある程度の被害者が出て、世間の警戒心が強くなると、少な
くともしばらくの間、鳴りを潜めます。
ところで、これらの「詐欺」犯罪は、こちらの側で警戒して相手の言葉を信用しなけ
れば被害に遭うことを避けられます。
上記の詐欺のなかでも「投資詐欺」は詐欺の中でもちょっと特殊で、ある程度の資産
を持った人たちが、有利な投資によってさらに資産を増やそうとする欲望につけ込む
犯罪で、今後も無くならないかもしれません。
しかし今年に入ってからの犯罪は、これまでとは大きくことなります。それは、狂暴
化と大胆化と言えます。狂暴化の典型的な例は「闇バイト」によって集められた何人
かが集団で行う緊縛強盗です。
まず、下の「闇バイト強盗の一覧図表」を見ていただきたい。これらの図表は、8月
27日から10月17日までの2か月足らず52日の間に、東京、神奈川、埼玉、千
葉の首都圏1都3県だけで16件、北海道の札幌で1件、計17件の強盗事件が発生
した事件です。
しかも、首都圏の16件のうち1件は殺人という狂暴な行為に及んだ強盗殺人でした。
図1首都圏と北海度の強盗事件

出典 (注3)を参照。
いわゆる「闇バイト」に応募した実行犯が起こす強盗の特徴は、家の住民の留守を狙っ
て金品を盗むのではなく、住民が居る時に家の中に入り込み、住人を粘着テープなどで
体を緊縛し、殴る蹴るの暴力をふるって脅して現金を出させて逃走するといった、とて
も荒っぽく狂暴なやり口です。
「闇バイト」による犯罪の手法は、SNSで安全な「ホワイト案件」であることを装った
募集を行い、これに応募すると身分証明書の写真を遅らせ、もし途中で逃げたりしたら家
族にも危害を加える、との脅し文句で心理的に逃げられないようにし、そのうえで、次々
と強盗の指示を出して金銭を奪わせる、というものです。
実行犯は、指示役から携帯電話で通話をつないだままリアルタイムで指示を受け、その通
りに犯行を実行してゆきます。
この際、秘匿性が高い通信アプリ(一定時間が経つと自動的に記録が消えるなど)が使わ
れます。このような犯罪を警察では「匿名流動型」犯罪、「トクリュウ」と呼んでいます。
最近の事例をみると、犯行グループはドアを壊したりガラス戸を割って家に侵入し、緊縛
や暴力によって脅し、住人に現金や金目のもののありかを言わせたり、キャッシュカード
を取り上げて暗証番号を聞き出すなどの手順を踏むことが多いようです。
おそらく、その方が家の中に押し入った後で家中を探し回るよりも手っ取り早いとの考え
なのでしょう。
以下に神奈川県と千葉県で発生した3つの事例を取り上げ、強盗のあらましを紹介します。
一例目は横浜市青葉区で、家に押し入って家の住人を殺してしまった事例です。10月15
日ころ(と推定されている)、横浜市青葉区の住宅で、この家に住む後藤寛治さん(75)
が粘着テープで手足を縛られた状態で殺害されているのが見つかりました。犯人は現金お
よそ20万円とネックレスなど30万円相当を持ち去ったようです(注4)。
後藤さんは現金のある場所をなかなか言わなかったために、殺され家の中を物色して現金
とネックレスなどを見つけたのかも知れません。
後に逮捕された宝田真月(22)は警察に、税金の未納分が数十万円あり、短時間で高収
入を得られるという「ホワイト案件」の募集に応募した、と語っています。
二例目は、この横浜市の事件の直ぐあと、10月16日午前3時半から4時ころ、千葉県白井
市では住宅に男2人が押し入り、就寝中の70歳代の女性と40歳代の娘の2人に目隠しを
して粘着テープで体を緊縛し、「金はどこだ」「車のカギを出せ」と脅し現金や車を奪って
逃走しました。
その後の捜査関係者への取材で、男らは「1000万円あるだろ?」「2000万円あるだろ?」
などと脅していたことが新たにわかりました。実行犯に強盗をさせた指示役(あるいはそ
の上位の犯罪者)は、何らかの方法で住宅に多額の現金が保管されていることを知ったう
えで、犯行に及んでいたとみられています(注5)。
どうやら犯行には、犯行の指示役と実行役のほかに、事前の調査役、見張りと逃走用の車
の運転役など、複数の人間が関与しているようです。
三例目は千葉県市川市で起こった強盗事件です。千葉県警によると、17日午前1時15分ご
ろから午前2時45分ごろ、複数の男が市川市の住宅に侵入して住人の50代女性の顔を殴る
るなどの暴行を加え、「金はどこだ、殺すぞ」と脅しました。
こお時の暴力で女性は顔や全身の打撲のほか、肋骨(ろっこつ)や指の骨が折れる重傷を
負ったうえ車で連れ去られましたが、17日夜、埼玉県川越市の宿泊施設で警察により保
護されました。
警察はこの時一緒にいた住所・職業不詳の藤井柊(自称)容疑者(26)を監禁容疑で現行
犯逮捕しました。警察は暗証番号を聞き出すため指示役の指示で女性を連れ去ったとみて
調べています。
翌18日に、事件は新たな展開をします。18日午前1時半ごろ、自称横浜市旭区の内装
工内装工高梨謙吾容疑者(21)が警察に出頭し、強盗傷害の疑いで逮捕されました。
調べによると、2人を含む3人組が住宅に押し入り、車や携帯電話、キャッシュカードなど
を奪ったとみられていますが、このカードを使ってコンビニのATMで現金を引き出してい
たことが捜査関係者への取材で新たにわかりました。指示役からの指示だった可能性があ
るということです。
ところで、自首した高梨容疑者は調べに対して、ほかの強盗事件への関与をほのめかして
います。実際、高梨容疑者の指紋は青葉区の事件にも船橋の事件の現場にも残されていた
ことから、これらの事件にも関与していたと思われます。
また、藤井容疑者は横浜市青葉区で起きた強盗殺人事件と千葉県船橋市で起きた強盗傷害
事件にそれぞれ関わった疑いがあるということです(注6)。
こうした事例を見ると、首都圏における「トクリュウ型」の強盗事件は、同一人物が何件
かにかかわっている可能性があることをうかがわせます。
ところで、先に紹介したように、8月~10月に発生した強盗事件の17件のうち16件
は首都圏に集中していました。
これにはいくつかの理由が考えられます。推測の域を出ませんが、首都圏は都市域が広く、
道路や鉄道などの交通網が発達しているので、犯行後に人ごみに紛れて逃げるのに好都合
であるという事情が犯人にとって重要だったのかもしれません。
また、こうした犯罪を画策する犯罪者たちにとって、「闇バイト」で実行犯をリクルートす
る際に、首都圏の方がお互いに顔見知りではない人物を集めるのに他の地域より容易であ
ると考えかも知れません。
以上のほかに筆者は、実行犯が容赦なく押し入った家の住民に暴力をふるい、時には殺し
てしまうという点に注目しています。
金のために人を騙す詐欺とは全く次元がちがい、最近の強盗事件では、金を奪うためなら
最初から暴力をふるい場合によっては(たとえば抵抗すれば)相手が死んでしまってもか
まわない、という態度が露骨に出ています。
強盗殺人で有罪となると死刑か無期懲役のいずれかの厳罰となりますが、実行犯たちはそ
れを知っていたのだろうか? ただ、逮捕された容疑者は共通して、個人情報を渡してし
まっているので、家族にも迷惑が及ぶのを恐れて指示に従ってしまったと供述しています。
指示役にも実行犯にも、人を傷つけること、殺すことに対して何の感情も抱かないで、た
だ金を奪うことしか頭にないようです。それだけ、切羽詰まったお金の必要に迫られてい
たともいえます。
いずれにしても、暴力を伴う緊縛強盗事件が頻発していることは、最低限の命にたいする
尊厳が崩壊していることを示唆しています。以下に、これにたいする私の見解を書いてお
きます。
もし、こうした事件がごくたまに起こる例外中の例外だったというなら個別的な問題と考
えることはできます。しかし、これだけ頻繁に発生するということは、個別的な事例とい
うより、現代日本社会が抱える何らかの問題の一端を示しているように思えます。
そこには、一方でとんでもない額の収入を得ている富裕層がおり、彼らの優雅な生活ぶり
がテレビなどで紹介される一方、貧困線上で浮上できず悪戦苦闘している人々が社会の底
辺に滞留しているという格差の拡大という状況があります。
小泉内閣以来の新自由主義的政策では「自己責任」を強調し、岸田政権時の「貯蓄から投
資へ」の掛け声とともに投資によってお金を稼ぐことを煽ってきました。しかし、投資す
る資金のない人たちにとっては縁のない話で、ただただ不満がたまる一方です。
そんな状況に追いやられ、あるいは不満を抱いている貧しい人たちの一部が、高額収入を
得られるという謳い文句につられて「闇バイト」に応募してしまったものと思われます。
以上をまとめると私は、ここ数ヶ月に起こった緊縛強盗の背景には、経済格差の拡大(貧
困の存在)、「金が全て」という風潮、「命の尊厳」の希薄化、SNSで簡単に犯罪の実行者
をリクルートできる簡便さ、携帯電話だけでつながる「匿名性」などなど多くの要因があ
ると思います。
これらの要因が存続する限り、今起こっているような凶悪な強盗事件は簡単には無くなら
ないかもしれません。
注
(注1) 警視庁特殊詐欺対策ページ(n.d.)
https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/case/oreore/
(注2)警視庁特殊詐欺対策ページ(n.d.)https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/new-topics/
(注3)『讀賣新聞オンライン』(2024年10月18日12:00)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20241018-OYT1T50050/
(注4)『NHK NEWSWEB』(10月18日 12時03分)https://www3.nhk.or.jp/lnews/yokohama/20241018/1050022302.html
(注5)『テレ朝news』(2024年10月18日16:34)https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000378826.html;
『讀賣新聞オンライン』2024/10/18 08:49
https://www.yomiuri.co.jp/national/20241017-OYT1T50221/;
(注6)『朝日新聞』デジタル(2024年10月19日 11時25分)https://www.asahi.com/articles/ASSBM0PNQSBMUDCB001M.html?ref=auweb;
『NHK NEWSWEB』(2024年10月20日 4時58分)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241020/k10014614041000.html
―詐欺から緊縛強盗へ狂暴化する犯罪―
“日本は安全な国”との評価は国際社会で定着しており、近年の外国人旅行者が日本を
選ぶ理由として「日本は安全」が重要な要素となっています。
たしかに日本は、アメリカのように銃犯罪がしばしば発生するという状態ではありま
せん。
ところが、日本に住む私たちは日々、“日本は安全である”と感じているでしょうか?
毎日のようにテレビでは凶悪犯罪のニュースが流れ、警察当局は常に犯罪予防の警告
を発しており、多くの日本人はとても安全な国とは言えない、という印象をもってい
るのではないでしょうか。
かつて、いわゆる「オレオレ詐欺」なる犯罪が頻発していました。警視庁特殊詐欺対
策ページによれば、これは、孫や子の声で父母や祖父母に電話で「会社のお金を株に
使い込んでしまった」「会社のお金(小切手)が入ったカバンを落としてしまった」など
と話し、お金が至急必要であることを持ちかけてきます。
その際、電話をかえくる「かけ子」は、「風邪をひいて、喉の調子が悪い」などと言っ
て、声が違うことを不自然に思われないようにし、さらに「携帯をなくした(盗まれた、
壊れた)」と言って、携帯電話番号が変わったと思い込ませます(注1)。
この犯罪には最初に電話をかける「かけ子」と、自宅に現金を取りに行く「受け子」、
そして彼らを使う「指示役」などが関与しています。
ただし、直接現金を受け取ることには逮捕されるリスクが伴うので、銀行やコンビニ
のATM機を通じて振り込ませる場合もあります。
また、主に外国人がインターネット上の交流サイトなどで知り合った日本人男女に恋
愛感情をもたせ、しばらくして結婚をにおわせたり、直接会いたいから旅費を出して
ほしいなど、様々な理由をつけてお金を送金させる「国際ロマンス詐欺」も登場した。
さらに最近では、投資ブームを利用して、インターネット上で有名人の偽の顔や声を
AIで作成し、投資を勧誘する「SNS型投資詐欺」も問題になりました(注2)。
「オレオレ詐欺」も「ロマンス詐欺」も「投資詐欺」などは「特殊詐欺」と呼ばれま
すが、これらの詐欺は、ある程度の被害者が出て、世間の警戒心が強くなると、少な
くともしばらくの間、鳴りを潜めます。
ところで、これらの「詐欺」犯罪は、こちらの側で警戒して相手の言葉を信用しなけ
れば被害に遭うことを避けられます。
上記の詐欺のなかでも「投資詐欺」は詐欺の中でもちょっと特殊で、ある程度の資産
を持った人たちが、有利な投資によってさらに資産を増やそうとする欲望につけ込む
犯罪で、今後も無くならないかもしれません。
しかし今年に入ってからの犯罪は、これまでとは大きくことなります。それは、狂暴
化と大胆化と言えます。狂暴化の典型的な例は「闇バイト」によって集められた何人
かが集団で行う緊縛強盗です。
まず、下の「闇バイト強盗の一覧図表」を見ていただきたい。これらの図表は、8月
27日から10月17日までの2か月足らず52日の間に、東京、神奈川、埼玉、千
葉の首都圏1都3県だけで16件、北海道の札幌で1件、計17件の強盗事件が発生
した事件です。
しかも、首都圏の16件のうち1件は殺人という狂暴な行為に及んだ強盗殺人でした。
図1首都圏と北海度の強盗事件

出典 (注3)を参照。
いわゆる「闇バイト」に応募した実行犯が起こす強盗の特徴は、家の住民の留守を狙っ
て金品を盗むのではなく、住民が居る時に家の中に入り込み、住人を粘着テープなどで
体を緊縛し、殴る蹴るの暴力をふるって脅して現金を出させて逃走するといった、とて
も荒っぽく狂暴なやり口です。
「闇バイト」による犯罪の手法は、SNSで安全な「ホワイト案件」であることを装った
募集を行い、これに応募すると身分証明書の写真を遅らせ、もし途中で逃げたりしたら家
族にも危害を加える、との脅し文句で心理的に逃げられないようにし、そのうえで、次々
と強盗の指示を出して金銭を奪わせる、というものです。
実行犯は、指示役から携帯電話で通話をつないだままリアルタイムで指示を受け、その通
りに犯行を実行してゆきます。
この際、秘匿性が高い通信アプリ(一定時間が経つと自動的に記録が消えるなど)が使わ
れます。このような犯罪を警察では「匿名流動型」犯罪、「トクリュウ」と呼んでいます。
最近の事例をみると、犯行グループはドアを壊したりガラス戸を割って家に侵入し、緊縛
や暴力によって脅し、住人に現金や金目のもののありかを言わせたり、キャッシュカード
を取り上げて暗証番号を聞き出すなどの手順を踏むことが多いようです。
おそらく、その方が家の中に押し入った後で家中を探し回るよりも手っ取り早いとの考え
なのでしょう。
以下に神奈川県と千葉県で発生した3つの事例を取り上げ、強盗のあらましを紹介します。
一例目は横浜市青葉区で、家に押し入って家の住人を殺してしまった事例です。10月15
日ころ(と推定されている)、横浜市青葉区の住宅で、この家に住む後藤寛治さん(75)
が粘着テープで手足を縛られた状態で殺害されているのが見つかりました。犯人は現金お
よそ20万円とネックレスなど30万円相当を持ち去ったようです(注4)。
後藤さんは現金のある場所をなかなか言わなかったために、殺され家の中を物色して現金
とネックレスなどを見つけたのかも知れません。
後に逮捕された宝田真月(22)は警察に、税金の未納分が数十万円あり、短時間で高収
入を得られるという「ホワイト案件」の募集に応募した、と語っています。
二例目は、この横浜市の事件の直ぐあと、10月16日午前3時半から4時ころ、千葉県白井
市では住宅に男2人が押し入り、就寝中の70歳代の女性と40歳代の娘の2人に目隠しを
して粘着テープで体を緊縛し、「金はどこだ」「車のカギを出せ」と脅し現金や車を奪って
逃走しました。
その後の捜査関係者への取材で、男らは「1000万円あるだろ?」「2000万円あるだろ?」
などと脅していたことが新たにわかりました。実行犯に強盗をさせた指示役(あるいはそ
の上位の犯罪者)は、何らかの方法で住宅に多額の現金が保管されていることを知ったう
えで、犯行に及んでいたとみられています(注5)。
どうやら犯行には、犯行の指示役と実行役のほかに、事前の調査役、見張りと逃走用の車
の運転役など、複数の人間が関与しているようです。
三例目は千葉県市川市で起こった強盗事件です。千葉県警によると、17日午前1時15分ご
ろから午前2時45分ごろ、複数の男が市川市の住宅に侵入して住人の50代女性の顔を殴る
るなどの暴行を加え、「金はどこだ、殺すぞ」と脅しました。
こお時の暴力で女性は顔や全身の打撲のほか、肋骨(ろっこつ)や指の骨が折れる重傷を
負ったうえ車で連れ去られましたが、17日夜、埼玉県川越市の宿泊施設で警察により保
護されました。
警察はこの時一緒にいた住所・職業不詳の藤井柊(自称)容疑者(26)を監禁容疑で現行
犯逮捕しました。警察は暗証番号を聞き出すため指示役の指示で女性を連れ去ったとみて
調べています。
翌18日に、事件は新たな展開をします。18日午前1時半ごろ、自称横浜市旭区の内装
工内装工高梨謙吾容疑者(21)が警察に出頭し、強盗傷害の疑いで逮捕されました。
調べによると、2人を含む3人組が住宅に押し入り、車や携帯電話、キャッシュカードなど
を奪ったとみられていますが、このカードを使ってコンビニのATMで現金を引き出してい
たことが捜査関係者への取材で新たにわかりました。指示役からの指示だった可能性があ
るということです。
ところで、自首した高梨容疑者は調べに対して、ほかの強盗事件への関与をほのめかして
います。実際、高梨容疑者の指紋は青葉区の事件にも船橋の事件の現場にも残されていた
ことから、これらの事件にも関与していたと思われます。
また、藤井容疑者は横浜市青葉区で起きた強盗殺人事件と千葉県船橋市で起きた強盗傷害
事件にそれぞれ関わった疑いがあるということです(注6)。
こうした事例を見ると、首都圏における「トクリュウ型」の強盗事件は、同一人物が何件
かにかかわっている可能性があることをうかがわせます。
ところで、先に紹介したように、8月~10月に発生した強盗事件の17件のうち16件
は首都圏に集中していました。
これにはいくつかの理由が考えられます。推測の域を出ませんが、首都圏は都市域が広く、
道路や鉄道などの交通網が発達しているので、犯行後に人ごみに紛れて逃げるのに好都合
であるという事情が犯人にとって重要だったのかもしれません。
また、こうした犯罪を画策する犯罪者たちにとって、「闇バイト」で実行犯をリクルートす
る際に、首都圏の方がお互いに顔見知りではない人物を集めるのに他の地域より容易であ
ると考えかも知れません。
以上のほかに筆者は、実行犯が容赦なく押し入った家の住民に暴力をふるい、時には殺し
てしまうという点に注目しています。
金のために人を騙す詐欺とは全く次元がちがい、最近の強盗事件では、金を奪うためなら
最初から暴力をふるい場合によっては(たとえば抵抗すれば)相手が死んでしまってもか
まわない、という態度が露骨に出ています。
強盗殺人で有罪となると死刑か無期懲役のいずれかの厳罰となりますが、実行犯たちはそ
れを知っていたのだろうか? ただ、逮捕された容疑者は共通して、個人情報を渡してし
まっているので、家族にも迷惑が及ぶのを恐れて指示に従ってしまったと供述しています。
指示役にも実行犯にも、人を傷つけること、殺すことに対して何の感情も抱かないで、た
だ金を奪うことしか頭にないようです。それだけ、切羽詰まったお金の必要に迫られてい
たともいえます。
いずれにしても、暴力を伴う緊縛強盗事件が頻発していることは、最低限の命にたいする
尊厳が崩壊していることを示唆しています。以下に、これにたいする私の見解を書いてお
きます。
もし、こうした事件がごくたまに起こる例外中の例外だったというなら個別的な問題と考
えることはできます。しかし、これだけ頻繁に発生するということは、個別的な事例とい
うより、現代日本社会が抱える何らかの問題の一端を示しているように思えます。
そこには、一方でとんでもない額の収入を得ている富裕層がおり、彼らの優雅な生活ぶり
がテレビなどで紹介される一方、貧困線上で浮上できず悪戦苦闘している人々が社会の底
辺に滞留しているという格差の拡大という状況があります。
小泉内閣以来の新自由主義的政策では「自己責任」を強調し、岸田政権時の「貯蓄から投
資へ」の掛け声とともに投資によってお金を稼ぐことを煽ってきました。しかし、投資す
る資金のない人たちにとっては縁のない話で、ただただ不満がたまる一方です。
そんな状況に追いやられ、あるいは不満を抱いている貧しい人たちの一部が、高額収入を
得られるという謳い文句につられて「闇バイト」に応募してしまったものと思われます。
以上をまとめると私は、ここ数ヶ月に起こった緊縛強盗の背景には、経済格差の拡大(貧
困の存在)、「金が全て」という風潮、「命の尊厳」の希薄化、SNSで簡単に犯罪の実行者
をリクルートできる簡便さ、携帯電話だけでつながる「匿名性」などなど多くの要因があ
ると思います。
これらの要因が存続する限り、今起こっているような凶悪な強盗事件は簡単には無くなら
ないかもしれません。
注
(注1) 警視庁特殊詐欺対策ページ(n.d.)
https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/case/oreore/
(注2)警視庁特殊詐欺対策ページ(n.d.)https://www.npa.go.jp/bureau/safetylife/sos47/new-topics/
(注3)『讀賣新聞オンライン』(2024年10月18日12:00)
https://www.yomiuri.co.jp/national/20241018-OYT1T50050/
(注4)『NHK NEWSWEB』(10月18日 12時03分)https://www3.nhk.or.jp/lnews/yokohama/20241018/1050022302.html
(注5)『テレ朝news』(2024年10月18日16:34)https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000378826.html;
『讀賣新聞オンライン』2024/10/18 08:49
https://www.yomiuri.co.jp/national/20241017-OYT1T50221/;
(注6)『朝日新聞』デジタル(2024年10月19日 11時25分)https://www.asahi.com/articles/ASSBM0PNQSBMUDCB001M.html?ref=auweb;
『NHK NEWSWEB』(2024年10月20日 4時58分)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20241020/k10014614041000.html