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阿信県行旅、「おしんの古里」位置図(旧栃窪集落)
(1929)昭和4年4月、おしんの第三子懐妊兆候と長男雄の小学校入学を受けて、母ふじが山形から鳥羽(伊勢)にやってくる。
10月中旬に次男仁を出産するも、母ふじ(泉ピン子)は白血病で倒れる。
鳥羽で養生するが、死期を悟ったふじは、栃窪に帰りたい(山形の実家で死にたい)とおしんに迫る。
母の最期の願いを聞きいれて、衰弱した病人の母を連れて伊勢から山形へと向かう。
おしんは、(長井線)鮎貝駅から母を背中に乗せて栃窪の生家に辿り着く。
その夜、ふじは古家の病床から降りしきる雪を見つめて永遠の眠りに入って逝く(享年54)。
季節的に、降雪初期の12月初~中旬となろうか。
ここまではスタジオ収録であるが、おしんの祖母谷村なか(1848.~1909.3)の野辺の送り(葬送)シーンは、西川町大井沢でロケされている。
おしんの古里(旧栃窪集落)と西川町大井沢は、出羽三山参詣道の最短ルートとして、約600年前に道智上人により開鑿された「道智みち(通り)」で繋がっている。
月山が見える構図(最上川支流の寒河江川)として、大井沢をロケ地としたものであろう。
(1929)10.24、ニューヨーク株式市場暴落(暗黒の木曜日)で世界恐慌始まる。
日本にも迫り来る昭和恐慌は、ドラマ「おしん」でも急展開し、おしんと加代の邂逅などにつながって行く。