棚田で写真を撮っていたら、お遍路さんから
「ちっちゃい田んぼだね。機械が入らない」と声をかけられた。
田んぼは大きさによって手間が変わってくる。平坦地の水田に比べて棚田は「労力は2倍、収量は半分」。労働・土地生産性の低さから、米余りによる生産調整(減反政策)が始まった1970年以来、棚田の転作・放棄がみられるようになった。
当初は、農水省のスギの植林政策で主にスギ山へと転換を促された。
その後、棚田地域では過疎・高齢化が一段とすすみ、耕作の担い手ばかりではなく住民そのものがいなくなった。集落は小規模・高齢者集落(限界集落)となり消滅の危機に瀕している。
1970年代から棚田はおよそ半分が放棄されたのではないかといわれている。
もっとも根本的な問題は、戦後の日本を覆ってしまった画一化された物質主義的価値観と、行き過ぎた経済至上主義がかもしれない。
国があの手この手、助成金をつけたとしても、この中山間地の農業を守れない。今後の日本には根本的な教育と仕組みが必要なのかも。
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