「この写真、なんだかわかりますか?」
パラグライダーの現地教習が終わってスクールにもどり、みんなでくつろいでいる時にインストラクターから見せられた一枚の写真。彼が昨年の12月24日にオーストラリアのBright近郊のミスティック山をグライドした時に撮った写真らしい。手前に膝に乗せたフロントコンテナ。バリオとGPSがそれぞれ高度と位置を表示しているのだろうが、数値はボケて良く見えない。彼の前方に広がるのは、低木の林が入り組んだ乾燥した茶褐色の広大な大地。陽炎のように揺れる地平線が傾いて写っているのは、ターンの途中で写真を撮ったからだろう。そして、その向こうには白く輝くいろんな形の積雲と青空。紫外線の影響だろうか、googleマップでよく見る航空写真のような地形が春霞のようにかすんで見える。ただ、奇妙なのは右手上空に写り込んだ光のウズだった。ぼやーとした光に包まれて、何かが空を飛んでいるように見える。
「この光はなんすかね?フレア?」
逆行などの強い光によって写真が白っぽくなったり、光がにじんだりしたものを「フレア」と呼ぶ。レンズの表面で反射した光が、レンズ内部やカメラ内部で複雑に反射することにより「フレア」が生じる。だが、写真の手前に写っている膝やフロントコンテナの影のでき具合を見ると、どうも、写真は太陽を背にして撮られたもののようである。だから、写真にフレアが出るはずはない。
しかも正体不明の光のウズをよく見ると、左右対称になっている。ちょうど、ジャンボジェット機の翼の後ろにできる翼端流のような感じだ。ただし、そのウズがかなり乱れているのは、およそ航空力学を無視した形状の「なにか」が飛んでいるからとしか思えない。
「この日は、朝から晴天で絶好のコンディションだったんだ。山頂よりテイクオフを行い、問題なくテイクオフ上空の雲底につけた。高度は約2300m。それから、10kmはクラウドストリートに乗っかって。ちょっとサイドの風は強かったんだが・・・・・・。
この光のウズは150マイルぐらいの速度で追い越していったんだ。それから、数分後に標高1700m地点でちょっと気を緩めた瞬間、(キャノピーが)70%潰されたんだ」
とインストラクターは説明した。
パラグライダーで飛んでいて、キャノピーが潰されるのはよくある話だ。乱気流が原因だったり、頭上のキャノピーが体を追い越して、リーディングエッジのインテークから空気の取入れが悪くなった時にキャノピーの内圧が低下して潰れが起こる。インストラクターの腕前を考えると、ブレークコードの操作ミスは考えづらいから恐らく乱気流に巻き込まれたのだろう。
「それって、ひょっとして、スキー場で有名なペリシャー・ブルーあたりで遊んでいたトナカイが、クリスマスの仕事しに大慌てで北に帰る途中だったのかもしれまんよね」
ぼくは茶目っ気をだして答えた。150マイル(240km/h)で飛行する物体が金属以外の物質でできているはずはない。だから、高度3000mぐらいのところを何かが飛べば、偵察衛星のみならず航空機監視用レーダーに捉えられ、未確認飛行物体として大騒ぎになるはずだ。ただし、空飛ぶトナカイとかであれば、金属じゃないから電波を反射せず、レーダーに映ることはない。・・・・・・もちろん、あり得ない話だが。
ぼくの言葉に、インストラクターとオーストラリアツアーに参加した上級者たちはあきれて顔を見合わせた。冗談がスベるかもと予想していたが、よりによって、最悪なことを口走ってしまったようだった。
「冗談ですよ。じ ょ う だ ん」
あわてて否定するぼくを、インストラクターが厳しい目でにらんできた。そして、その話はそれっきり。だが、彼らもいまだに写真に写り込んだものが何なのか、突然の乱気流発生の原因もあわせて答えが見つかっていないようだった。
あの時、ブレークコードをしっかり当て込み、絶対に潰されないようにウエイトシフトしながら、目の前のマップケースからメモ用紙がひらひら飛んでいく最悪な状況の中、必至で操作していたインストラクターの耳に届いたのは<ホン、ホング>という泣き声。ドップラー効果により、抜かれざまに音階が変化していった。そして、突然の乱気流。やっぱり、あの時に空を飛んでいたのは・・・・・・。
街角にはクリスマス・ツリー。金色のきらめき・・・・・・。ひところ、この時期になればどこに行っても聞こえてたこの曲。ずーと、この歌が歌い継がれるものと、一部、期待を込めて思っていた。すべての人が思い続けること、歌い続けることで、世の中は少しずつ変わる。来年のイブは、さらにたくさんの人が幸福になりますように・・・・・・。
【PV】 山下達郎 - クリスマス・イブ