「ジンジャー・クッキー、いかがすかあ?」
ケーキ屋の前に座った私は、ひたすら道行く人に声を掛けた。
通りの街路樹はオレンジ色のイルミネーションに彩られ、どこからともなく流れるお決まりのクリスマスソング。プレゼントの紙袋を手に家路を急ぐサラリーマンやOL。毛糸のぼうしをかぶり、マフラーでぐるぐる巻きになった子供達が、目をキラキラ輝かせながら必死にお母さんやお父さんに話しかけている。そして・・・・・仲良さそうに寄り添うカップル。それぞれが過ごすそれぞれのクリスマスイブ。
こうして一人でクリスマスイブにケーキ屋でバイトしてると思うと、自分がえらく年食っちゃったみたいに思えてくる。
「ジンジャー・クッキー、いかがですかー。甘くて美味しいクッキーですよー」
山のようにあったジンジャー・クッキーを詰めた袋が、あっという間に消えていく。
「ケーキは全部予約が入っている。だからジンジャー・クッキーを」と店長が言う。どこの店でも、予約があった数しかクリスマスケーキを作らないから、予約なしでケーキをクリスマスに買おうとするのは無謀だ。いつの頃からか、「25日過ぎのクリスマス・ケーキ」という言葉は聞かれなくなり、在庫管理の進んだ今では売れ残りのケーキは皆無となった。25歳を過ぎても一人でいることに、後ろめたさがなくなったのもこの頃からなかもしれない。
今年のイブも私一人で過ごすことになってしまった。いつもの事ながら、イブを一人で過ごすのは耐えられなかった。だから、こうしてケーキ屋のバイトしてる。クリスマスの日に仕事を入れたがる人なんてまずいない。そんなわけで、こんな特別な日だからこそ仕事はすぐに見つかった。駅の近くのケーキ屋。つまりこの店に。
ちょっとかじかんできた手を息で暖め、空を見上げた。ビルの影に切り取られた漆黒の空。黒く低い雲に覆われていた。予報は夜半から雪。思い出したら途端に寒さが強くなってきたように感じる。風が弱いのが救いだ。それに、着ているサンタの服が思っていたよりもあったかいから、耐えられないほどでもない。
「ねぇねぇ、お姉さん、聞いてるぅ? だからさぁ、仕事終わったら遊びに行こうよォ」
さっきから私に話しかけてくるこの軽薄そうな若者。
「なんで一言も口きいてくれないのさぁ。オレ、そんなイケてない?」
私は横目でちらりと若者を見た。茶髪にロン毛、無精髭。よれよれのダウンジャケット。イケてないなんてモンじゃない。サ・イ・ア・ク
「ねぇ、お姉さんってばぁ」
茶髪にロン毛はその後もしつこく絡んできたが、私は無視して店頭販売を続けた。相手にしなければ、そのうち居なくなるだろう。
と、その時。
舗道に近いところで「キー。ズサー」という音がした。
驚いて目を向けると、ヤマハのスクーターバイクが道路に横たわっていた。かなり年配のライダーは「イテテテテ」というような仕草をしていたが、どうやら怪我はなかったみたいだ。ほっとしてライダーのおじいさんに駆け寄り、大丈夫ですか?と声をかけつつバイクを起こしてあげた。道路には、空き缶が転がっていた。
「大丈夫ですか?」
「あ、すいませんね。ちょっと転んじゃって」
おじいさんは帰宅途中なのか、バイクの荷台にはプレゼントの包みが乗せてあった。とにかく、助け起こした。
「痛!こ、腰が」
転んだ時に腰を痛めたらしい。
店から店長があわてて出てきて、その老人にいろいろ尋ねる。
「腰以外はどうですか?痛みはひどいですか?」と座らせてから聞く。
「大丈夫。大丈夫だけど、あれには乗れんな」
腰が痛くてバイクに乗れそうもないみたいだ。
「大丈夫ですか?救急車呼びましょうか?それとも家族の方に連絡しましょうか?」
「うぅん、救急車呼ぶほどのもんじゃないけど、家に電話してくれますか?」
おじいさんから名前と電話番号、大体の住所を聞き、店長が電話をかけに行こうとした時だ。
「ちょっと待って!」
いつのまにか、茶髪にロン毛がバイクのエンジンをかけて店長を呼び止めた。
「そこなら近くだから、オレがバイクで送っていくよ」
おじいさんは痛む体をかがめてバイクの茶髪にロン毛の後ろにまたがる。
2人が原付のスクーターバイクで違法の2人乗りをしてヨタヨタとスタートするのを見届けて、店長は店の中に戻っていった。
私も元の位置に戻り仕事を再開する。
そのまま仕事を続けていると、20分ほどしてまたあの茶髪にロン毛が姿を見せた。走って帰ってきたのか、顔面は上気して赤くなっていた。
「よう」
茶髪にロン毛は声を掛けてくる。
「さっきのじいさん、無事に家に帰ったゼ!」
親指を立て、誇らしげにぐいっと突き出す茶髪にロン毛の若者。
「お姉さん。最後のそれを一つ」
ジーンズのお尻のポケットから財布を出すと、最後の一つとなったジンジャー・クッキーを買い求める。
見た目が酷くて、性格もウザくて。でも、最後のジンジャー・クッキーの客が彼だったことで、なぜかほっとした気持ちを覚えていた。
来生たかお - シルエット・ロマンス