MITIS 水野通訳翻訳研究所ブログ

Mizuno Institute for Interpreting and Translation Studies

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『同時通訳の理論:認知的制約と訳出方略』(朝日出版社)。詳しくはこちらをごらん下さい。

『日本の翻訳論』(法政大学出版局)。詳しくはこちらをごらん下さい。

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Claudia Monacelliの「同時通訳における自己保全」

2009年04月05日 | 通訳研究
John Benjaminsの新刊の中に、Claudia MoncacelliのSelf-Preservation in Simultaneous Interpreting: Surviving the roleという本がある。ちょっと気になったのでMonacelliの他の論文を見てみた。ネット上に以下の論文があるので、この論文の内容を簡単に紹介する。

Claudia Monacelli (2006) The ideology of interpreting through a system dynamics perspective, TRANS Nr. 16

・通訳者はつねに文脈的制約の中に置かれている。たとえば自分以外の者が設定したスピーチのスピードについていかねばならないなど。かくして通訳者は絶えず自分のサバイバルが目的となる。通訳者は自己のサバイバルを脅かすような制約をFTAとみなし、それについての気づきoperational awarenessから、通訳者の主導的原則である動的均衡dynamic equilibrium(問題があった場合に、システム全体の統一性を維持するように解決されるような、絶えず変動する状態)を求めるのである。
・この論文では通訳のイデオロギー(社会グループとしての専門職の間で共有されている暗黙の想定ないし信念)を研究する。
・この目的のために、相互作用における言語的ポライトネスを検討する。言語的ポライトネスのシフトを分析することにより、通訳者のイデオロギーを明らかにすることができる。
・始めに、システム論的視点から通訳者が媒介する会議の参与枠組みを論じ、次にマイクロテクストのレベルでポライトネスのシフトを見る。具体的にはダイクシス、モダリティ、ヘッジ、threatのテキストへのコード化(省略omissions、付加additions、弱化weakeners、強化strengtheners)である。
・通訳者の行動を導くものとしての動的均衡dynamic equilibriumに留意しつつ、イデオロギー的行動を示すような一貫した傾向を見つけ出す。
・会議の参与枠組みはもちろんゴフマンを元にしている。著者がここでやっていることは、発話者speakerの談話と、それを中断する行為(議長やフロアから)を一人の通訳者がどのようにフッティングをシフトさせながら処理しているかを分析することである。また、通訳者がスピーカーの連続する談話を通訳しているときに、議長やフロアから中断が入ると、通訳者はスピーカーの談話を完結することが難しくなったり、失敗したり、訂正を余儀なくされる可能性がある。これは通訳者のプロとしてのfaceにとって脅威である。こうしたFTAに対して通訳者はどのように反応するか。これを分析することによっても通訳者のイデオロギーが明らかになる。
参与者は、1)ST Speaker, 2) Chairperson, 3) 通訳チームメンバー(I, II), 4) TT Receiver 5) ST Receiver(通訳を聞かず直接STを聞く聴衆など)。Overhearerとしては、6) technicians, 7) conference organizers and staff, 8) professional interpreting associationsがある。
・結論として、通訳者が目標言語において行った体系的な選択(通訳のイデオロギー)は、起点言語の発話内効力を緩和する効果を生み出すことであった。そこでは通訳者の立ち位置は「距離を置くこと」と「非人称化」である。

以上、ごく簡単に内容を紹介したが、この論文の限りでは、「動的均衡」を求める行動とイデオロギーに発する行動の区別が大変わかりにくいものになっている。また文脈的制約に認知的制約が含まれるのか含まれないのかもあいまいなのだ。違うものだとすると、論文中で分析されている省略などは認知的な「サバイバル方略」と解釈することもできることになり、変数の交絡の問題が生ずる。このあたりのことは(博士論文を基にしたと思われる)新刊で明確になっているのかもしれない。なおゴフマンの枠組みだけでは物足りない論文になってしまいがちだが、この論文では語用論の道具も使って言語的な分析の比重が大きくなっており、全体として面白い論文だと思う。参与枠組みの概念を対話(リエゾン)通訳ではなく、会議通訳(その一部ではあるが)に適用した点は新しい。