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斬 刀剣考

2013年08月06日 | Weblog
 斬 刀剣考

 日本刀は「折れず、曲がらず、よく切れる」という三つの条件を追求したものだが、切れるためと曲がらないためには鋼は硬くなければならないし、逆に、折れないためには鋼は軟らかくなくてはならない。この矛盾を解決したのが、炭素量が少なくて軟らかい心鉄を炭素量が高くて硬い皮鉄でくるむという方法である。くるむ方法、つまり組み合わせには、甲伏せ、本三枚(ほんさんまい)、四方詰など多くの種類があるが、時代、流派、刀工によって異なる。
 これは直木賞候補作家の隆慶一郎が記述した、新々刀期最高の刀工として知られ四谷正宗と謳われた源清麿(山浦環)の師匠「山浦真雄」と、水心子正秀の高弟で名工と評判であった江戸の刀工「大慶直胤」との試刀会『松代藩荒試し』である。

 『刀剣切味並折口試之次第』 松代藩武具奉行 金児忠兵衛筆録 嘉永六年(1853) 三月二四日

 第一は問題の大慶直胤作二尺三寸八分荒錵(あらにえ)出来の刀。先ず俵菰(こも)二枚束ねの干藁(ほしわら)を切ると八分切れ。切れ味は「中位」。次いで厚さ八厘、幅三寸の鍛鉄を切ると、刀は鍔元七、八寸のところから二つに折れた。
 第二は同じ直胤作二尺三寸匂出来の刀。干藁を一太刀斬ったら刀身が反り伸びた。そのまま五太刀、八分は切れた。鉄砂入陣笠(じんがさ)に二太刀。一太刀ごとに刀身が反り、伸びた。鉄胴に二太刀。刃切れ入り(刃が裂けた状態)刃毀(こぼ)れる。鹿角(しかづの)に三太刀。鍛鉄に三太刀。鍛鉄を少し切割りひびを入れたが刀も刃切れが多く出た。次いで兜に一太刀。大いに伸びる。鉄敷(かなじき)棟打ち七太刀、平打ち返打ち四太刀で折れた。匂出来だけあって、よく耐えたというべきであろう。
 第三が同じ直胤作の長巻。干藁を二太刀切っただけで、刀身は曲ってしまった。しかも五分しか切れていない。
 第四が直胤作の別の長巻。これは干藁への一太刀で曲り強しとある。切れ味も四、五分。
 第五も直胤作の長巻。これは干藁に二太刀。五、六分切れ。鹿角に二太刀、一太刀で刃毀れの上、大いに伸びる。二太刀目にて伸びて刃切れ入り曲り、強く切る事不能。鉄敷棟打ち三つ、平打ち二つ、刃切れ口大いに相成り曲りぐだぐだにて其儘に差置く。
 この五振りの大慶直胤は、いずれも城方常備として納められた品である。そのうち、辛うじて合格といえるものは、たったの一振り、第二の匂出来の刀だけで、あとはすべて腰が弱すぎて実用にはならない。積年の大慶直胤への不信感が、一気に実証されたようなものだった。
 次いで真田家御用鍛冶の二人の作品が試され、いずれも鍛鉄、又は兜の段階で折れている。
 更に古刀が二振り。一振りは干藁だけですませ、一振りは同じ竹入り干藁に一太刀あびせただけで大曲りとなった。
 十振り目は無銘中代の刀で、四分一鍔(胴と金の混合)厚さ一分三厘大透(おおすか)し刀鍔を切った時、物打から折れて飛んだ。
 十一振り目は長さ二尺の胤長作山刀。革包鉄胴三太刀で刃切れが入った。
 そして十二振り目に登場したのが、山浦真雄の二尺一寸五分荒錵出来の刀である。荒錵出来は折れやすいと評判のものであり、真雄が得意でないと断ったものである。真田藩抱工採用試験だからこそ、敢て注文通り鍛ってみせた刀だ。
 試しは俵菰二枚束ねの干藁から始った。
 一、干藁 一太刀 但九分切  「切味宜(よろし)」と記帳された。
 一、同  十太刀 何れも八、九分切  十回切っても切れ味は変らなかった。
 一、竹入藁 六太刀 但七・八分切  十七太刀に及んで尚、僅かに切れ味が鈍っただけである。
 ここで研師が刃を付け直した。これからは堅物の試しに入るためだ。
 一、古鉄厚一分幅七部 一太刀  但左右へ切れて飛ぶ。刃切れ入る。
 鉄は古いほど鉄性が精良で新鉄にまさる。それを完全に両断したのである。さすがに初めて刃切れが入ったが、驚くべき切れ味であり、強靭さだった。
 一、鹿角 六太刀
 一、竹入藁 二太刀  但刃毀れの儘にて六分切
 一、鉄砂入張笠 二太刀
 一、古鉄胴 二太刀
 一、四分一鍔 一太刀
 これは既に切れ味試しではなく打折り試しの限界への挑戦に入っている。
 一、再び四分一鍔 一太刀
 一、鍛鉄 一太刀
 一、兜 一太刀  但鉄鎚(てっつい)にて曲りを打直し切る
 鍛鉄斬りつけでようやく曲りを生じたのを鉄鎚で打ち直して使用したのである。それでもまだ折れない、驚くべき粘着性だった。以上の三十四太刀で、切りつけ試しを終る。
 これ以後は、完全な打折り試しである。長さ五尺五寸、重さ八百三十匁の鉄杖で、刀の弱点とされる刃部の反対側、つまり棟(背部)や平面(鎬部)を強打して折るのである。
 一、鉄杖  棟より七つ充分に棟打を切入る
 一、同  平より六つ充分に打つ
 これは人が手に持った刀を打ったものだ。
 一、鉄敷 棟打六つ
 一、同  棟打さらに七つ 
 ここで刃切れ、つまり裂けた口が、ようやく広くなったと云う。
 一、平打三回して裏返し打つ事二回にして折る。 棟切三つ刃切れ十二入有之。
 最後の試しの模様は、この短い記述から充分に察することが出来ると思う。試し手はほとんど躍起になっている。息を切らせ、これでもか、これでもかと、殴り続けた。それでも頑固に折れてくれない真雄の刀に、試し手は恐怖さえ感じた筈である。
 その伝承が『古老証話』にある。
 「その折の模様は洵(まこと)に峻烈を極め、見物の諸士も進行につれて真剣そのもの。手に汗を握るが如く、肌に粟を生ぜしが如し」
 これが刀剣史上に後々まで語り継がれた『松代藩荒試し』の模様である。

 錵(にえ)出来の刀は、焼入れが高温のために深くなり、匂(におい)出来より折れやすくて実用に向かないというのは古来の定説である。そして、鉄は古いほど鉄性が精良で新鉄にまさるという。
 因みに、寝刃(ねたば)を合わせるとよく斬れるという。寝刃を合わせるとは、すべらかな刀身、特に刃の部分を、砥石又は木賊(とくさ)でこすって、ざらざらにすることである。すべらかな刃より、ざらざらした刃の方が抵抗が多く、それだけ刃味を増すことになる。だから真剣勝負の前には、武士は慎重に寝刃を合わせた。
 砥石で、脂をとり刃味を整える。人間の脂が濃く附着すると(脂が巻くという)切れ味はがくっと落ちる。下手をすると全く切れなくなり、鉄棒で殴ったのと同じことになる。従って戦場に砥石は不可欠の小道具だった。塚原卜伝は「武士のいつも身に添え持つべきは、刃つくる為の砥石なるべし」と云っている。

写真:宮本武蔵『達磨図』
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