瀬崎祐の本棚

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詩集「コールドスリープ」  小川三郎  (2010/09)  思潮社

2010-11-03 20:40:19 | 詩集
 B6版をわずかに大きくした版型の104頁に、18編が収められている。
 言葉はどこまでも具体的で、描かれた事物の輪郭や、交わされる会話のどこにも曖昧な部分はない。それなのに、あらわれる風景はどこか奇妙で、世の中の秩序が捻れているようなのだ。サルバドール・ダリの絵を思い浮かべてしまう。空はあくまでも澄み切り、人々は屈託なく笑っているのに、季節は乾ききっているのだ。むろん、その行為も乾ききっている。
 「川にテレビを捨てに行く。/昨日は子供を捨てに行った」とはじまる「顔」は、

   子供はもうずいぶん捨てたはずなのに
   また増えている。
   死んでしまった子もいる。
   そうしたら匂いになって残り
   ある段階を過ぎたら、見えなくなり
   音もなく、一艘の船が近づいてきて
   子供をここから引きあげていく。
 
 ほとんどの作品は、物語をうねうねとたどっている。そして、作者が必死になって物語を明確に記述しようとすればするほど、事物の形は歪んでくるし、会話は成り立たなくなってくる。
 しかし、実はそんなことは先刻承知で、世界の約束ごとを面白がってかき回しているのかもしれない。たしかにかき回されて新しく現出した世界は、とても魅力的なのだ。
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詩集「チャルカまわってる」  芳賀稔幸  (2010/09)  土曜美術社出版販売

2010-11-02 22:54:55 | 詩集
 第3詩集で21世紀詩人叢書の1冊。117頁に26編を収める。一色真理の解説が付く。
 ふたつの章に分けられているが、1章での作品が魚や蛙を題材にして作品全体が寓意性の高いものになっているのに比して、2章の作品は人の営みをそのまま詩っている。
 巻頭の作品「肺魚」は、太古からの形態をそのままとどめている魚、肺魚を題材としている。他の魚にはない肺を持っているのだが、その肺に「あのころの/なにを詰め隠しているのだろうか」といぶかしく思っている。

   太古の祖先たちが
   向きあわねばならなかった試練を
   いつしか末裔たちはウキ袋にして
   ひたすら水の重さを絶えつづけているにちがいない

   とにかく生きのびてきたのだ
   矛盾を抱え込んだままひたすら辻褄を合わせようとして

 隠し持たなければならないものを持っているがために、珍妙な形になろうとも、肺を捨てることもできなかったのだろう。その姿は、もちろん作者自身に重なってくるのだろう。
 最終連では、「鱗をはぎ取って/なかをひらいてみたいものだ」と書くが、はたしてそれを見ることは許されるのだろうか。数億年にわたって耐えてきたものが隠されているわけだから。
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さちや  147号  (2010/09)  岐阜

2010-11-01 23:58:11 | 「さ行」で始まる詩誌
 「再生」井手ひとみ。
 古いホテルの部屋にやってきて、自分の来る場所を間違えたと思っている。こんな汚れた部屋に来るはずではなかったのだ、と。人生のどこかで何かを間違えたために、こんな場所へたどりついてしまったと。
 大小の違いはあるにしても、悔恨は誰にでもある。あそこで焦らなければ、とか、あそこで幻想を追わなければ、とか、岐路での判断を悔やむ。もし異なる判断をしていれば、こんな汚れた壁の部屋にはいないはずだった、と思うわけだ。この作品でも部屋の「窓を閉じ」、「みどりの木陰を思」っている。

   わたしのいるのはあそこだった
   変容してはいなかったのだ
   ぬたりと重い水を掻く櫂があれば
   いまにも船出するしろいちいさな船のように
   身も心も希望の帆を孕んでいたのに
   気づかなかったのはわたしだったのだ
                                (最終連)

 タイトルは「再生」だが、そんなことが不可能なことは作者も判ったうえでの言葉だ。しかし、と(瀬崎は)考える。今、この汚れた壁の部屋にいる自分だからこそあの船が見えている、ということがあるのではないだろうか。あの船の舳先に立っている自分に乗り移ってみれば、そこはやはり汚れた壁の部屋なのではないだろうか。判断に、もし、という選択の余地はなくて、すべてはその人にとっての必然であったりして・・・。
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