瀬崎祐の本棚

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詩集「四時刻々」 本多寿 (2022/10) 本多企画

2022-10-13 11:56:13 | 詩集
ほぼ正方形の瀟洒な判型の155頁に40編が収められている。挟まれていた栞によれば、1年や1ヶ月を四つに分ける「四時」を「詩時」と思い定めたとのこと。

「短唱」。谷間の川に遮られた未知の世界である対岸。まなざしは「行ったきり戻ってくることはな」く、呼び声は「なにも伝えない」。そのように、見えていて手を差し伸べてもついに触れることのできないものが人生には際限なくあるわけだ。

   いたずらに時間が流れ
   距離が縮まる事がないまま
   歳月の水嵩が増していく

私(瀬崎)は作者と同年なので、その感覚は実感として感じることができる。時間はそのまま「青い淵」になっていくのだ。

この作品につづく「白鳥」では、ふりしきる雪のなかを飛ぶ白鳥が詩われる。そして雪でつくった白鳥はたちまち翼をうしない、わたしの「問いだけが雪の中に立っている」のだ。
そして「時間の牧場」では、日暮れが早くなり夕闇が濃くなると「時間の牧場で/草を食んでいた羊たちが/わたしに帰ってくる」と詩う。その羊たちをかぞえるうちに話者は眠りに落ち、「繭玉のような時間の内側で」「蚕のように寝返りをうつ」のだ。
これらの作品で作者が捉える時間感覚は大変に研ぎ澄まされている。それでいて、そこはかとない情緒をともなうものとなっている。それは自らの身体が捉えた時間感覚だからだろう。

「二つの静寂」は夜明けに目ざめてしまったひとときを詩っている。空には半月や星が残る静かさにやがて黎明が滲み、配達された新聞が「血の臭いが充満している世界」を伝えてくる。

   いま、ここ、このとき、
   阿鼻叫喚の地獄絵図ならぬ
   無残な現実のまえで、
   わたしの心は割れて砕けた石のように分裂して
   草みどりの静けさの中にいる。

この静寂の地からとおく離れたところでは「破壊された静寂」があるのだ。それを思えば、作者もこの静寂にありながら破壊されそうなのだろう。

自らの身体の内部世界に見つかった癌、外部世界でのロシアのウクライナ侵攻。それらの一年間の日々の詩作が作者の生き様の記録となっていた。
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