瀬崎祐の本棚

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詩集「簡易アパート」  小柳玲子  (2013/09)  花神社

2013-10-01 17:52:53 | 詩集
 116頁に33編を収める。
 私にとって小柳の作品を読むのはとても心が浮き立つことである。そこに描かれた世界が、理屈や説明を越えてふわふわと直接に伝わってくるからである。そこには堅く突きあたったり、ぶつかったりするものはなく、すべてを柔らかく受け入れるしかないような世界だ。言い換えれば、そこに描かれているのは、抗ったりすることがすでに失われている世界の有り様なのだ。
 そんな小柳の作品には夢がしばしば現れる。そして彼女の作品には、夢の世界、夢から呼び起こされた世界が描かれるだけではなく、その夢世界と向き合う今の作者がいる。
 「煙突夢」では、戦争の最後の年に粉砕された煙突の跡を見に行ったことが記される。そしてその煙突は今でも「ぼんやり町の空にかかることがあ」るのだ。だからかっての若い母親は小児科医院に駆け込んで何かを訴えるのである。そして私は今、また小児科医院の玄関に立つのである。

   「先生 どうしましょう
   私はこんなにおいぼれてしまって
   こんなに小さなものを拾ってしまって」
   「落ち着いて」と医師はいい
   「ゆっくりとお名前と生年月日を
   そうですか あなたでしたか
   ほんとうにすっかりお年を召して」と微笑(わら)っているのだった

 話者は二つの時の間で揺れている。どちらの時の世界も愛おしく、その思いが今の私を成り立たせているのだろう。
 この詩集では亡くなった人たちへの思いが込められた作品が少なからずある。大西和男氏、松尾直美氏、大野新氏、小林耿氏、明峰明子氏、清水昶氏など。
 ”水沼靖夫追悼”の副題を持つ「やさしい挨拶」は、こんな夜ふけに来てくれたあなたに語りかけている作品。語っているのは死者で、訪ねてきたあなたを「お仕事はどうですか 幸運のカードを描いていますか/侍ネズミは売れていますか」と気遣う。生前の話者への確かな愛情がさざ波のように伝わってくる。

   僕ははたはたとあなたの肩を叩くのだけれど
   あなたはお月様ばかり眺めている また逢えるといいですね
   春分の頃 僕の国とあなたの土地は一番近くなります
   僕は多分 姿を変えて あなたの近くへ渡って行きます
   カエルとか松蝉 ひばり
   もしかすると とても小さいタンポポとか

 理屈でないものを描かなければならなかったのは、そこに少し哀しくなるような感情があったからだらう。
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