第6詩集。93頁に山里での生活から生まれたと思われる作品31編が収められる。伊藤桂一のしみじみとした内容の栞が付く。
農作業に材を取った作品では、作物を育てるという行為、その過程で出会う生物たちとの交流、そして、それらのことをあるがままに肯定して受けとめている自分がいて、さらに、それを知覚していることが自然な言葉となっている。だから何も邪念がなく、気持ちがよい。
冒頭の「剪定」では、「思い切って太い枝を切る」のである。すると、
白い切り口に
寒風が立ち止まった
思い切り打ち当たってきたのに
枝がない
風は根元から切り口まで撫で上げ
振り返り 振り返り
立ち去った
擬人化された風の仕草がほほえましい。確かに、これまであった太い枝がなければ、そうなった光景を見ている自分が感じるのと同じように、風も戸惑うだろう。
そして春になると、「切らなければ出るはずのない/切り口の周りに/芽が出る」。ここには剪定によって育ってくるものがあることを記して、木にとっても剪定が次の成長へつながることであることを確認している。だから残した枝も胸を張るのだ。「目白や鵯やわたしを/釘付けにしようと」して、早生柿をたわわに実らせようとするというのだ。
このような剪定された木に対する思いの豊かさには感心させられた。日頃からの周りの生き物たちに対する丁寧な接し方がなければ、この思いは出てこないだろう。
農作業に材を取った作品では、作物を育てるという行為、その過程で出会う生物たちとの交流、そして、それらのことをあるがままに肯定して受けとめている自分がいて、さらに、それを知覚していることが自然な言葉となっている。だから何も邪念がなく、気持ちがよい。
冒頭の「剪定」では、「思い切って太い枝を切る」のである。すると、
白い切り口に
寒風が立ち止まった
思い切り打ち当たってきたのに
枝がない
風は根元から切り口まで撫で上げ
振り返り 振り返り
立ち去った
擬人化された風の仕草がほほえましい。確かに、これまであった太い枝がなければ、そうなった光景を見ている自分が感じるのと同じように、風も戸惑うだろう。
そして春になると、「切らなければ出るはずのない/切り口の周りに/芽が出る」。ここには剪定によって育ってくるものがあることを記して、木にとっても剪定が次の成長へつながることであることを確認している。だから残した枝も胸を張るのだ。「目白や鵯やわたしを/釘付けにしようと」して、早生柿をたわわに実らせようとするというのだ。
このような剪定された木に対する思いの豊かさには感心させられた。日頃からの周りの生き物たちに対する丁寧な接し方がなければ、この思いは出てこないだろう。