はぐれ遍路のひとりごと

観ながら歩く年寄りのグダグダ紀行

安倍七観音1-8

2014-11-10 12:20:31 | 寺社遍路
歩行記録                                      2014-9-27
歩行時間:8時間45分   休憩時間:2時間30分   延時間:11時間15分
出発時間:5時55分   到着時間:17時10分
歩  数:  52、824歩   GPS距離38.2km
行程表
 安倍川駅 0:45> 徳願寺 0:30> 建穂神社 0:10> 建穂寺 1:20> 増善寺 
0:45> 西ヶ谷運動場
 1:50> 法明寺 
1:00>  新東名 1:55> 浅間神社 0:30> 静岡駅 
                        法明寺(今川氏親2)
 
                   西ヶ谷峠                           西ヶ谷峠から富士山と新東名
 この時季の低山の林の中は蚊と蜘蛛の攻撃にあう。この峠道もご多分に漏れず両方の攻撃にあってしまった。
それでも蜘蛛の巣は蜘蛛の巣払いで何とかなるが、蚊の方はタオルや帽子を振り回して追い払うしかなかった。
これから低山歩きは虫除けのスプレーが必需品になってくるだろう。そんな事を考えるのにシャツは腕まくりした
ままなのだから、どこまで本気に悩んでいるのか分からない。

 増善寺から20分ほどで西ヶ谷峠に到着。峠の標識は直進する下りに西ヶ谷、右折する登りには安倍城とある。
極楽峠で想定した安倍城周遊コースはこの道を下ってくる予定だが、果たして完歩できるか少々自信が無い。
マー途中でダウンしたらバスに乗る手もあるのだから気楽に挑戦してみよう。
安倍城の方向は送電線の鉄塔が袂から山道が延びていた。

 富士山が竜爪山と高山の間の稜線に顔を出していた。竜爪は北で、富士山は東の方角のイメージが強いので、
竜爪と富士山が並んだ景色を見ると違和感を覚えてしまう。
知らない道を歩く事が好きな私だが、時折方向感覚が狂ってしまい、自分の立っている場所さえ分からなくなり
焦る事がある。どうやら私の方向感覚は、方向音痴とまではいかないが、かなり怪しようだ。

 西ヶ谷峠の下りは林が無く、陽当りの良い道だったので蚊の攻撃は無かった、が相変わらず蜘蛛の巣はあった。

 
              安倍城址のハイキングコース案内板                 新東名
 峠を下りきった所は静岡市の西ヶ谷総合運動場で野球場や運動場、屋内プールなどがあるようだ。そちらの方向は
余り興味がないので無視をして東屋の前にあった「安倍城址のハイキングコース案内図」を見た。
ペンキが剥げかけていて見難いの上に、表示方法も余りにも大雑把で実際の役には立ちそうもない案内図だった。
今歩いて来た道すら表示されていない。折角案内板を立てるのなら初めてきた人が分かる物にして欲しい。

 総合運動所から法明寺のある足久保までは、県道の美和街道と安倍川堤防の道があるが、どちらも単調で面白味の
ない道だ。前回の駿河百地蔵では堤防の道を歩いたので、今回は美和街道を歩いたが矢張り面白い物は無かった。
やっと新東名下に到着。高架の下で日影になっていて丁度良い休憩場所だ。法明寺の帰りにはこの新東名下の歩道を
通って安倍川を渡る予定だ。その先はまだ決まっていないが三つの案を考えている。
一つは安倍川左岸に連なっている賎機山稜の桜峠を越えて、唐瀬街道を経由して谷津山の麓にある竜雲寺にいく。
竜雲寺には今川氏親正室の寿桂尼の墓があるので見てみたいと思っている。
二つ目は矢張り桜峠を越えて、今度は麻機街道を南下し臨済寺に寄って行くこコースだ。こちらは臨済寺の今川義元
と兄の氏輝の墓を見たいと思っているが、臨済寺は立入禁止なので境内に入れず墓は見る事ができない。
最後のコースは桜峠から賎機山の尾根を歩いて浅間神社のコースだが、途中から下って臨済寺に出るのも面白そうだ。
今時点はどの道を歩くか決めてないので、桜峠で余力を考えて決めようと思っている。

 そんなこと考えながら新東名下で休憩をしていたとき、遠く離れた木曽の御嶽山では噴火が始まり、山頂近くにいた
人達が逃げ惑っていたことは帰ってから知った。

 
      足久保せせらぎ公園のビオトープ                       梅花藻の花?

 足久保川を渡った所で美和街道と別れて眼鏡橋風な水門への道に入が、水門は渡らずに団地の道に下る。
足久保川は安倍川の支流で、水門で遮られている川は足久保川の支流だが名前は分からない。だがこの川の水は
綺麗に澄んでいて、川の中には水草が流れに漂っている。その水草に幾つか白い物が見えるが、あれは花なのか。
確か梅花藻?と云うのではないかな?自信はないが。
 眼鏡橋風な水門は、大雨の時に足久保川の水の逆流を防ぐために設置してあるのだろうが、この川の水も出口が
無くなり溢れてこないのだろうか。川の近くには団地があり、浸水しないか心配になる。

 今回は団地から美和街道に出ずに足久保川の堤防を歩いた。車道をテクテク歩くより余程も気持ち良い。途中の
橋を渡り更に右岸の堤防を行くと、駿河百地蔵の札所新光明寺の横に通じていた。
帰り道は車道の美和街道を歩いたが、堤防の道に比べると面白くなく、堤防の道の方が楽だった。
若し足久保を歩くような時は足久保川の堤防の道をお勧めします。

          
                法明寺参道                  観音堂参道
     法明寺の場所
 歩行距離が20kmを越して疲れが出始めている脚には、法明寺への上り坂は中々厳しく感じる。ようやく駐車場まで
登ると法明寺の参道になるのだが、この参道がいただけない。折角山深くまで歩いて来たのに、参道の杉並木は片側
だけでもう片方は茶畑になっている。鬱蒼とした杉並木の薄暗い参道を行くと山門がある。てな調子で紹介したいが
これではなんと紹介して良いのやら。
でも待ってください、この足久保の地は、静岡茶の始祖・聖一国師が宗から持ち帰った茶の種を播いた場所なのです。
そう思えば片面茶畑のこの参道も由緒あるように見えてくるから------- 矢張りそんな風には見えませんよね。

 それでも本堂の上にある観音堂の参道は短いながらも杉の並木でした。
本来なら安倍七観音の奥の院と云える法明寺ですが何となく期待外れでした。それでも観音堂の横には黒御影石の
立派な石碑と、掲示板の中に手書きで毛筆で書いた案内があった。黒御影石の方は
「行基菩薩と云う人が駿河国路を尋ね来て誠御山の深山で尋ね当たりし大木へこれこそ尋ねた楠の木を上下暫く
眺むれて少し道具をあてければ切口よりも血がい出る行基菩薩が之を見て暫らく土間へ平伏し------」

てな調子で何とも読みにくい。この石碑を建てたのは平成12年とまだ新しいので、これを書いた人は案内する事より、
自分の書いた文章に酔っているのでは、と思いたくなる。一方手書きの案内には
「行基菩薩 當山に今から1280年前法明寺に大きな楠がありました。そして毎夜のように怪しい光を発しました。
養老7年、旅をしていた僧行基はこの話を聞いて、この楠を切って観音七体を刻み聖武天皇の病気平癒の祈願をなし、
諸々に安置し駿河七観音として諸人の信仰を集めている。」
 こちらの方がまだ読みやすく理解しやすかった。

 この寺には4年前に駿河一国33観音の遍路でお詣りしたがご朱印を受けてなかった。今日はご朱印を貰おうと
駿河一国の納経帳を持ってきた。庫裏の呼鈴を押すと中から返事が聞こえた。アー良かった。
            
 これで駿河一国の朱印は番外の熱海十国峠にある東光寺だけになった。だが東光寺には3回行っているがいずれも
不在だった。最近駿河一国を打った人の話では、十国峠の東光寺は常時不在で熱海市内の寺で受け付けいるとか。
そうなるとわざわざ行く気にはならず駿河一国のご朱印は完結しないまま終わりそうだ。
 ご朱印と云えば今回の安倍七観音でも受けようと思ったが止めにした。理由は七観音の全ての札所が駿河一国の
札所の中に含まれていたからで、決して300円の朱印料をケチったわけではありません。
 
                          賎機山山稜
 新東名まで戻ってきたが何だか疲れが激しい。こんな状態で安倍川の新東名を渡り桜峠を越す事ができるだろうか。
しかも安倍川左岸に連なる賎機山の峰のアップダウンを見たら、とても歩く自信はなくなってしまった。
それこそ標高250mに届かない低山だが、30kを歩き終わってから、あのアップダウンは今の私にはきつ過ぎる。
今までなら、ともかく行ける所まで行ってみようと前進したが、今は体調だけでなく気力も衰えたようだ。
で、尾根を浅間神社まで歩くのは止めたが、桜峠を越して唐瀬街道や麻機街道を歩くのはどうしよう。ウーン!
矢張り止めよう。途中でダウンするより今は安倍川を下って静岡駅に出るのが一番無難な策だ。
そんな訳で写真右に写っている堤防上の道を下る事にしました。

      
           安倍口団地                旧静岡市役所            竹千代像

 疲れているが好奇心はまだあるようで、アパートのベランダに青いネットが貼ってあるのが気になった。
最初は補修工事のネットかと思ったが、ネットを張ってないベランダもあるので工事ではなさそうだ。では何か
東京でデング熱が流行っているのでその予防? まさか!それにネットの網目はそんなに細かくなさそうだ。
虫でもないとすると鳥なのか、色々考えたが鳥以外思いつかない。生憎歩いている人はいなく聞く事も出来ない。
マー多分鳥だろう。一先ずそう云う事にしておこう。だが今は鳥の一羽も見えないが。

 浅間神社に着いた時はもうフラフラ、いや足腰がカクカクの状態になってしまった。途中薩摩土手もあったが
写真すら撮る気になれなかった。この疲れは愛鷹越前岳の時と同じだが、それでもここは平地なので転ぶ恐れが
無いだけ助かる。浅間神社の階段に座り込んで暫くの間、動く事ができなかった。

 静岡駅までバスで、の誘惑を押し切って駅に向い歩き出した。こんな歩きを知人には見られたくないな。
きっと人が見たらフラフラしながら歩いているとみるだろう。こんな調子では安倍城周遊コースはとても歩く
事はできない。アーア歳は取りたくないものだ。

5時10分に約40kmの遍路は終わりました。勿論乾杯はしませんでした。

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