アメリカの北西部、ワシントン州にあるレブンワースという実在の町を舞台にしたミステリー。この街はドイツの村の雰囲気を持たせながら、ビールを町興しの材料として賑わっている。その中でも老舗といってよい醸造所兼お店の”デア・ケラー”の長男と結婚したスローン・クラウスが物語りの主人公。「鼻」を持つ腕の良いビール醸造職人としてだけではなく、料理の腕も上々で色々なことに気が配れる女性で、幼い頃に親元から離れて里親の元を転々として過ごして大きくなったために幸せな子供時代の記憶が少ないという負い目を持っている。そんなスローンがコミュニティ・カレッジで料理とレストラン経営を学びながらファーマーズ・マーケットの露天を手伝う内に、買い物によく訪れるオットーとウルスラという夫婦と出会い仲良くなる。この夫婦の長男がマックで、マックとスローンは結婚して、老舗クラフトビールの醸造所兼店で働くようになる。
万事順調に行かないのが人生の常で、結婚して15年の夫婦に危機が訪れる。夫マックが店で働くバイトの23歳「尻軽女」と浮気をしている現場に遭遇してしまう事件が起きるのが物語が始まって3ページ目。夫を家から追い出すと共に、自分の生活の道を得るために、この町に来たばかりのギャレットの店開きを手伝うようになる。ビール大好き、そして大都会シアトルで働く疲れたサラリーマンから脱しないとこの先どうなるか分からないという瀬戸際まで追い込まれていたところに、レブンワースに住むおばさんが亡くなって店を受け継ぐという幸運に恵まれて、自分のレシピ頼りにクラフトビール造りを始めようと街にやって来たところ。
ちょうど仕事で参っていたんだよ。エクセルのスレッドシートに殺されかけててね。ここに来ることで何が起きるかは分からなかったけど、とにかく何かをしなくちゃいけないってことだけは分かってた。ある日、目が覚めたら50歳になっていて、一番いい時期をオフィスに閉じこもって過ごしてた、なんてことにはなりたくなかったから。
新しいビール造りの情熱はあって美味いビールは造れるものの、どんな付け合せ料理を出すか、店舗の内装をどうするか、醸造所や店の経営に必要な知識がスコッと抜けている。
ほんとうに頭のいい人というのは案外そういうものなのかもしれない。コミュニティカレッジのときもそんな教授がいた。どんな数学の問題でも10分あれば解けるが、鍵がどこにあるかいつもわからなくなるし、近所の食料品店に行くにも道に迷うという人が。
そんなギャレットの良き相棒として、スローンはギャレットの店「ニトロ」のオープンに向けて働き出す。
オープン初日は大盛況で終えた翌日、職場に入ったスローンはビール醸造タンクの中でライバル店の醸造職人、エディーが殺されているのを見つけてしまう。いよいよ本当の事件がここから始まる。
この作者の素晴らしいところは、出てくる人間がすべて犯人ではないかと疑ってしまうように上手く誘導していること。別居している夫、その弟、他店の経営者たち、初めて顔をみるホップ栽培者、街の広報係を自ら任ずる厚顔なゴシップ屋、そして夫のマックと浮気していた23歳の尻軽女もエディーの元カノであることが判明して、これまた怪しい。得てして、コージーミステリはこの手の「正当な疑い」を醸し出すことなく、主人公の身の周りで起きる出来事やドタバタを面白おかしく描くことで成り立っていることが多いのだが、この作者はそんなことなく、ミステリ的要素をしっかりと残しながら話を進めていくところが上手いところだ。ただ、逆に周辺の描き方に物足りなさを感じてしまうのも事実で、レブンワースが魅力的な街として描けていたならば、もっともっと読み物として愉しくなったであろうに。
昔から言うだろ。美しいかどうかは見る人によって決まる。姉さんは本物の美しさが内側からも外側からもあふれ出てるよ。
夫の弟、ハンスが主人公のスローンに対して言う台詞。このハンスは出来た弟で、いつでもスローンの味方になってくれる。それだけに、見方によっては怪しく思わせるように読み手を導く作者の手管は素晴らしい。
犯人はヴァンと名乗るホップ栽培者で、実はヴァンは詐欺師でホップを栽培することなく盗んだものをギャレットに売りつけていただけではなく、ホップ栽培をネタに詐欺も働いていた。こともあろうか、夫のマックが偽の出資話に踊らされて金を騙し取られていたことも判明する。
無事に犯人が逮捕された最後の最後で、「ニトロ」に残されていた古い写真の中から幼い頃のスローンが写っているものが見つかる。ギャレットの死んだおばさんは実はスローンの産みの親だったことが最終段落で判明する。これこそが、この上ない次回作への期待感というものだろう。
登場人物の魅力度 ★★★
ストーリー度 ★★★★
設定の魅力度 ★★
台詞の魅力度 ★★★
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「そんなことしてくれなくていいのに。」
「”してくれなくていいじゃ”なくて、僕がしたいんだ。」
いつも助けてくれるスローンにお礼がしたくてランチに誘った時のギャレットとスローンの会話。そして、行った先の高級レストランのテラス席で二人はランチを食するのだが、このテラスから見た風景をこのように描いている。
ここから見た町の広場は、まるで映画のセットから抜け出したかのようだった。周りの山は紅葉で色づいている。私はその空気を吸い込み、笑みを浮かべた。
もうちっと描き方があるんじゃないですか、エリー・アレグザンダーさん。「映画のセット」と安易な描写でお仕舞いにしてしまうのは惜しいよ。ここが作家としての腕の見せ所なのに、惜しい、実に惜しい。ミステリ的な雰囲気を自然に醸し出せているにも拘わらず、周辺を描ききっていないのは...
万事順調に行かないのが人生の常で、結婚して15年の夫婦に危機が訪れる。夫マックが店で働くバイトの23歳「尻軽女」と浮気をしている現場に遭遇してしまう事件が起きるのが物語が始まって3ページ目。夫を家から追い出すと共に、自分の生活の道を得るために、この町に来たばかりのギャレットの店開きを手伝うようになる。ビール大好き、そして大都会シアトルで働く疲れたサラリーマンから脱しないとこの先どうなるか分からないという瀬戸際まで追い込まれていたところに、レブンワースに住むおばさんが亡くなって店を受け継ぐという幸運に恵まれて、自分のレシピ頼りにクラフトビール造りを始めようと街にやって来たところ。
ちょうど仕事で参っていたんだよ。エクセルのスレッドシートに殺されかけててね。ここに来ることで何が起きるかは分からなかったけど、とにかく何かをしなくちゃいけないってことだけは分かってた。ある日、目が覚めたら50歳になっていて、一番いい時期をオフィスに閉じこもって過ごしてた、なんてことにはなりたくなかったから。
新しいビール造りの情熱はあって美味いビールは造れるものの、どんな付け合せ料理を出すか、店舗の内装をどうするか、醸造所や店の経営に必要な知識がスコッと抜けている。
ほんとうに頭のいい人というのは案外そういうものなのかもしれない。コミュニティカレッジのときもそんな教授がいた。どんな数学の問題でも10分あれば解けるが、鍵がどこにあるかいつもわからなくなるし、近所の食料品店に行くにも道に迷うという人が。
そんなギャレットの良き相棒として、スローンはギャレットの店「ニトロ」のオープンに向けて働き出す。
オープン初日は大盛況で終えた翌日、職場に入ったスローンはビール醸造タンクの中でライバル店の醸造職人、エディーが殺されているのを見つけてしまう。いよいよ本当の事件がここから始まる。
この作者の素晴らしいところは、出てくる人間がすべて犯人ではないかと疑ってしまうように上手く誘導していること。別居している夫、その弟、他店の経営者たち、初めて顔をみるホップ栽培者、街の広報係を自ら任ずる厚顔なゴシップ屋、そして夫のマックと浮気していた23歳の尻軽女もエディーの元カノであることが判明して、これまた怪しい。得てして、コージーミステリはこの手の「正当な疑い」を醸し出すことなく、主人公の身の周りで起きる出来事やドタバタを面白おかしく描くことで成り立っていることが多いのだが、この作者はそんなことなく、ミステリ的要素をしっかりと残しながら話を進めていくところが上手いところだ。ただ、逆に周辺の描き方に物足りなさを感じてしまうのも事実で、レブンワースが魅力的な街として描けていたならば、もっともっと読み物として愉しくなったであろうに。
昔から言うだろ。美しいかどうかは見る人によって決まる。姉さんは本物の美しさが内側からも外側からもあふれ出てるよ。
夫の弟、ハンスが主人公のスローンに対して言う台詞。このハンスは出来た弟で、いつでもスローンの味方になってくれる。それだけに、見方によっては怪しく思わせるように読み手を導く作者の手管は素晴らしい。
犯人はヴァンと名乗るホップ栽培者で、実はヴァンは詐欺師でホップを栽培することなく盗んだものをギャレットに売りつけていただけではなく、ホップ栽培をネタに詐欺も働いていた。こともあろうか、夫のマックが偽の出資話に踊らされて金を騙し取られていたことも判明する。
無事に犯人が逮捕された最後の最後で、「ニトロ」に残されていた古い写真の中から幼い頃のスローンが写っているものが見つかる。ギャレットの死んだおばさんは実はスローンの産みの親だったことが最終段落で判明する。これこそが、この上ない次回作への期待感というものだろう。
登場人物の魅力度 ★★★
ストーリー度 ★★★★
設定の魅力度 ★★
台詞の魅力度 ★★★
★☆★☆★☆★☆★☆★☆★☆
「そんなことしてくれなくていいのに。」
「”してくれなくていいじゃ”なくて、僕がしたいんだ。」
いつも助けてくれるスローンにお礼がしたくてランチに誘った時のギャレットとスローンの会話。そして、行った先の高級レストランのテラス席で二人はランチを食するのだが、このテラスから見た風景をこのように描いている。
ここから見た町の広場は、まるで映画のセットから抜け出したかのようだった。周りの山は紅葉で色づいている。私はその空気を吸い込み、笑みを浮かべた。
もうちっと描き方があるんじゃないですか、エリー・アレグザンダーさん。「映画のセット」と安易な描写でお仕舞いにしてしまうのは惜しいよ。ここが作家としての腕の見せ所なのに、惜しい、実に惜しい。ミステリ的な雰囲気を自然に醸し出せているにも拘わらず、周辺を描ききっていないのは...