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好きなことを好きなだけ楽しみたい欲張り人間の雑記帖

『名画の言い分』第1章  木村泰司著

2018年06月03日 | 読書雑感
絵画を観るのは好きだが、絵画のどこをどのように観たら良いのかを知りたかった。単に、自分の感覚で、「この展覧会の中で一番好きなものを選ぶとするとこれだな!」的な、確たる理由もなく自分の気ままな感覚のみで絵画を観ている段階から脱却して、知性と教養としての絵画鑑賞の仕方を身につけたかった。

そんな中、『世界のビジネスエリートが見につける教養西洋美術史』なる本があることを知って図書館で探したが、なんと132人目の予約待ち。それでは、ということで手に取った本がこの著書『名画の言い分』。著者の木村泰司氏は、『世界のビジネスエリートが見につける教養西洋美術史』の著者でもあった。なんとラッキー。この木村泰司さん、写真で拝見するにスキンヘッドの強面で、とても美術の専門家には見えないのだが、書く文章はとてもやさしく分かりやすい。講演会やイベントもこなしているようだが、説明が上手いことは本を読んで分かる。

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木村氏がこの本の冒頭いきなり教えてくれたことは、西洋文明自体が「人間の感性はあてにならない。理性的でなければ」ということからスタートしている以上、近世以前の西洋美術は感性で見るのでは不十分で、作品に込められたメッセージや意図を正確に読み解かないと、美術を味わうことができないのだと言う。言ってくれるね。グサッと核心に切り込んでくる潔さが心地よい。作品に内在するメッセージや意図を読み解くためには、その時代の歴史や政治経済、宗教観、思想や社会背景までも理解することが不可欠で、そのために西洋美術史という学問が存在するのだと言う。確かにそうだよね。「私はこれが好き」「俺はこっち!」とか言っているだけでは、学問として成立しないもんね。美術史という学問が成立していること自体を深く考えていなかった。そこで、初心者の我々のために(強面だが)心優しい木村氏は、8章立てで親切丁寧に西洋美術について、色々と教えてくれる。

第1章は、古代ギリシャから始まる。西洋文明は哲学を初めとして、古代ギリシャに行き着くことは常であるが、美術の世界も同様。なぜに古代ギリシャが西洋文明発祥なのかと言うと、それ以前の文明はすべて神様が牛耳っていた世界。雨が振っても、雷が鳴っても、それは神様の仕業だったのだが、ギリシャの時代からは、人間が理性というものを持ち出し、世の中の出来事を理性によって理解し解説するようになった。古代ギリシャ時代の美術は、アルカイック時代、クラシック時代、ヘレニズム時代の3つに大きく分けることができるが、アルカイック時代の彫刻はそれ以前のものと異なり、”丸彫り彫刻”というものが作られた。人間が髪の御わざゆえではなく、自分の力で立つようになったのだと言う。このアルカイック時代は、理想の美を捜し求めていた時代で、それが完成したのが次のクラシック時代。男の裸体表現、女性が着る衣装の豊かなドレープが理想的な美として完成し、現在に至るまでの一つの美の典型となっている。『幼児ディオニュソスを抱くヘルメス』を題材に使って、そこに描かれるギリシャ神話の世界を解説してくれる。逆に言うと、作品の背景となっているギリシャ神話を知っていて初めて、この作品の意図が理解でき、その上で作品を味わったり愉しんだりすることができる。それが西洋美術の見方なのだと教えてくれる。

ヘレニズム時代は、私も知っている。かの有名はアレクザンダー大王が帝国を築くことで、東西の文明が融合した時代。その後のローマの時代も含めてヘレニズム時代と呼ばれるが、この時代には美のあり様が理想美の追求から変わって、見る者の気分を高揚させるような感覚に訴えるドラマチックな表現に変わってくる。他民族との交流により、ギリシャ人だけの理想美が通じなくなり、多くの民族が見ても分かるように感覚に訴える表現に変わってきたらしい。それでも、ギリシャ時代とローマ時代とでは彫刻の表現が異なり、「ギリシャはモデルエージェンシー、ローマはタレント事務所」だと木村氏は分かりやすく教えてくれる。つまり、ギリシャの彫刻は理想美の追求、それに比べてローマの彫刻は先祖崇拝の役割があったため、それと皇帝が自分たちの存在を一般ピープルに知らしめるために、本人に似せて作る必要があったため。モデルエージェンシーとタレント事務所の喩え、とても味のある言い方だよね。木村さんが講演やイベントに呼ばれる理由が分かるってもんだ。

時代が進み、キリスト教がローマ帝国の宗教になった時代の彫刻『コンスタンティヌス帝』の視線が上を向いているのは、現世では皇帝が一番偉いが、自分の上には神様がいるんだぞ、ということを表現しているんだって!!そんなことも理解した上でこの作品を観ることが本当の美術鑑賞なのだそうだ。そして、ビザンティン帝国の時代の美術は、のっぺりとした平面的な描かれ方をするようになる。これは、ギリシャ・ローマ時代の神ではないことを明らかにすること、そして、罪深い人間のように3次元の姿ではなく二次元の世界で聖なる存在を表現するようになったためなのだそうだ。単に、画の描き方が下手になったのではなくて、宗教美術独特の意味や決まりごとがあるのだそうだ。

時代が更に進んで、封建領主が各地に存在して力を持っていた12世紀の時代に、フランス王権を強化するために意図的に作られたのがゴシック様式。娯楽など何もない時代に、キリスト教ミサを庶民にとって一大エンターテイメントに仕上げて「教会はまさしく神の家」と宗教心を煽るために、神々しい宗教音楽やステンドグラス、そして金銀細工やモザイクを多様したゴシック様式の教会を作り、これにより王の存在をアピールしたのだそうだ。まるで電通さまがクライアントに提案するイメージ戦略の先行例がゴシック様式だったんだね。パリやランスのノートルダム(”私たちの貴婦人”という意味でマリア様のことを意味する)寺院建立は政治的キャンペーンとしてフランス王家から資金が出たのだそうだ。教会の中では、キリストの教えを文盲の庶民に分からせるように、彫刻や美術品が視覚戦略を担っていたんだ。この時代の美術品を鑑賞するためには、そういったことも教養として知っておく必要があると本書は教えてくれる。

長くなるので今日は第1章まで。続きは今度。

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にじいろガーデン  小川糸著

2018年06月03日 | 読書雑感
小川糸の小説はこれで4冊目。今回の登場人物は2組の親子。年代が離れた母親同士が、レズビアンの関係で愛し合っている。この2人とそれぞれの子供を併せて計4人が、それぞれの立場で語ることで物語が進んでいくという、中々凝った演出が考えられている。

いつものことながら、小川糸の小説は読んでいるとホッコリとした気持ちに浸れる。登場人物が皆、良い人ばかり。世の中は、こんな純粋で無垢な人間ばかりを集めて純粋培養した世界ではない!とは思いつつも、読み出すと心が温かくなって、独自のワールドに入り込んで幸せな気持ちになってしまっている自分がいる。

エンディングは、悲劇。1人が癌で死に、直後に子供のうちの一人が交通事故でこん睡状態のままでお話が終わる。悲しいエンディングのはずなんだが、残された2人の互いにいたわりあいつつ前向きに生きていこうという気持ちのお陰で、メソメソした気分にならずに、逆にとても微笑ましい気持ちで最後まで読み通せた。

文体は、子供の作文のように文章と文章とが滑らかにつながっておらず、ゴツゴツした肌触りだなぁ、と感じてしまう。これは、生きるのが上手ではない登場人物らしさを醸し出すための計算なのかもしれないが、短い文章が切れ切れに繋がって物語が進んでいくことで、独特な感覚に包まれてしまう、とても不思議な感じがする文体だった。

それでも、今までに読んだ他の小説と同様に、女性らしい感覚が溢れている台詞や、独特な比喩表現があちこちに見られ、これが小川糸を読もうと思わせる動力になっているんだな。

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夕陽が最後の力を絞りだすように、辺りを目いっぱいの明るさで照らしている。
夕方が夜にすり替わるまでのほんの短い黄昏タイムを、草原のベンチに腰掛け味わっていた。
夕陽が「最後の力を搾り出す」とか夕方が夜に「すり替わる」なんて言い方は普通では出てこない。こういった通常では組み合わせない単語を平気で組み合わせることで、描かれる風景がビビッドに頭の中で映像化されるとともに、夢見る少女ちっくなワールドが広がってきて、おじさんは新鮮な感覚に絡めとられることになってしまうだろうな。

実際には十日ぶりでも、まるで地球を一周して戻ってきたかのように、果てしなく長い時間の隔たりを実感する。
私は、その数日間に一生分の涙を流した。
なに、この大袈裟な表現は?? でも、実感が200%伝わって来る大胆な喩えです。女性が口にするから活きてくるのであって、男の、しかもおじさんたちの口から出てくる比喩では決してないよ。女性作家の、しかも若い女性作家ならでは特権だよね。

もし僕の人生を紀元前と紀元後に分けるなら、間違いなくこの日が境目だったと思う
この表現には驚いた。人生のターニングポイントとか転換点、節目とかは良く使われる言葉だけれど、「紀元前・後」に人生の出来事を表現するという自由かつ大胆不敵な発想が素晴らしい。

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