古くは「さやの中山」とも言われた東海道の難所「小夜の中山」の
通過は、当時の旅人の心を掴み、感慨を深くするものらしい。
ここは昔から歌枕として知られた憧れの地で、数々の古歌に詠われた
名所でもあった。
「甲斐が峯は はや雪しろし神無月 しぐれてこゆる さやの中山」
遙かな甲斐国の、白根の峰々ははや雪で白いであろうか、 神無月
(10月)の時雨の中さやの中山を超えている。(蓮生法師)
「ふるさとに 聞きしあらしの声もせず 忘れね人を さやの中山」
この地の山風の音は、都で聞く風とは似ても似つかない。遠く旅先にい
るのだから、都の人のことなど忘れてしまえ。(藤原家隆)
「東路の さやの中山さやかにも 見えぬ雲井に 世をや尽くさん」
東国への道中、都を離れて遙か遠くこの地に来たが、はっきりとも見え
ない、遠い旅の空の下で、生涯を終えるのだろうか。(壬生忠岑)
「馬に寝て 残夢月遠し 茶のけぶり」
早立ちで目覚めが悪く、馬上に有っても夢の続きを見るようにとぼと
ぼ歩いている。有り明けの月は遠く、里からは朝の茶を沸かす煙が上
がっている。(松尾芭蕉)
「雲かかる さやの中山超えぬとは 都に告げよ 有り明けの月」
雲のかかるこの小夜の中山をようやくに越えたと、都にいる子らに伝
えておくれ、有り明けの月よ。(阿佛尼)
このように多くの文人墨客も行き交った街道筋には、句碑や歌碑が
至る所に残され、記念碑として自然石に刻み残されている。
このほかにも、
「年たけて またこゆべきと思ひきや 命なりけり さよの中山」
(西行法師)や、「東路の さやの中山なかなかに なにしか人を
思いそめけむ」(紀友則)等、数え上げれば切りが無いほどだ。(続)
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通過は、当時の旅人の心を掴み、感慨を深くするものらしい。
ここは昔から歌枕として知られた憧れの地で、数々の古歌に詠われた
名所でもあった。
「甲斐が峯は はや雪しろし神無月 しぐれてこゆる さやの中山」
遙かな甲斐国の、白根の峰々ははや雪で白いであろうか、 神無月
(10月)の時雨の中さやの中山を超えている。(蓮生法師)
「ふるさとに 聞きしあらしの声もせず 忘れね人を さやの中山」
この地の山風の音は、都で聞く風とは似ても似つかない。遠く旅先にい
るのだから、都の人のことなど忘れてしまえ。(藤原家隆)
「東路の さやの中山さやかにも 見えぬ雲井に 世をや尽くさん」
東国への道中、都を離れて遙か遠くこの地に来たが、はっきりとも見え
ない、遠い旅の空の下で、生涯を終えるのだろうか。(壬生忠岑)
「馬に寝て 残夢月遠し 茶のけぶり」
早立ちで目覚めが悪く、馬上に有っても夢の続きを見るようにとぼと
ぼ歩いている。有り明けの月は遠く、里からは朝の茶を沸かす煙が上
がっている。(松尾芭蕉)
「雲かかる さやの中山超えぬとは 都に告げよ 有り明けの月」
雲のかかるこの小夜の中山をようやくに越えたと、都にいる子らに伝
えておくれ、有り明けの月よ。(阿佛尼)
このように多くの文人墨客も行き交った街道筋には、句碑や歌碑が
至る所に残され、記念碑として自然石に刻み残されている。
このほかにも、
「年たけて またこゆべきと思ひきや 命なりけり さよの中山」
(西行法師)や、「東路の さやの中山なかなかに なにしか人を
思いそめけむ」(紀友則)等、数え上げれば切りが無いほどだ。(続)
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