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老いの途中で・・・

人生という“旅”は自分でゴールを設定できない旅。
“老い”を身近に感じつつ、近況や色々な思いを記します。

ポルトガル旅行記  その⑥ ナザレとアルコバサ (5月26日)

2025年06月25日 21時34分47秒 | 旅行/色々な風景
 オビドスを楽しんでからは直ぐ近くにある海岸沿いのナザレと、少し東にあるアルコバサという町を巡りました。少し長くなりますがこの二つの地を紹介します。 (ここから暫くは教会や修道院などが続きそうです)

<ナザレ>
 キリスト教に全く疎いのですが、「ナザレ」と聞くとイスラエルの都市で、イエス・キリストが幼少期から公生涯(イエス・キリストの公の生涯という意味で用いられる言葉)に入るまでを過ごした土地であり、彼自身が「ナザレ人」と呼ばれたということ位は色々な映画などで知っています。

 その「ナザレ」が何故ポルトガルに? と思っていたのですが、その由来は<4世紀にパレスチナのナザレから一人の聖職者が聖母マリア像を持ち込んだ>ことにちなんで町の名がついたという

 また、この町が有名になったのは、12世紀に霧の中で狩りをしていた騎士が崖から落ちる寸前にマリアが現れて救ったという伝説上の奇跡を記念し建てられたノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会はと、その近くにある礼拝堂が聖地となっているからです。

 私達は先ずこの教会などがある、100m以上もの切り立った高い崖の上のシティオ地区に着きましたが、ここは旧市街になります。

 このような高台に町が出来たのは、住民がイスラムやフランス、イギリス、オランダ各国の海賊たちからの略奪を避けるため安全な基地を作ったのですが、こういった襲撃は19世紀初頭まであったが、19世紀に海賊の危険性がなくなってから町は海辺にも広がったということです。
 
 綺麗な砂浜は絵のように美しい海辺の村として人気を高め人気の観光地となり、新市街が発展していますが、現在は高台の旧市街と海辺の新市街は、ケーブルカーで繋がっています。

                                                                                              
<アルコバサ> アルコバサ修道院 
 町はアルコ川(Alcoa)とバサ川(Baça)に沿って成長したため、街の名前がアルコバサとなったようです。

 初代ポルトガル国王アフォンソ・エンリケスがレコンキスタに協力したシトー修道会に感謝して、1147年より修道院を建設したことに始まります。

 その後、この修道院はポルトガルで最も壮麗なゴシック式教会の一つであるアルコバサ修道院へと発展し、更にマヌエル様式の2階が加わったり、18世紀にはバロック様式の教会が併設されたり、色々な建築様式が入り混じった建物になっています。

 また、教会内には、ポルトガルの「ロミオとジュリエット」と言われるポルトガル王のペドロ1世と殺害された王妃イネス・デ・カストロの棺が静置されるなど、この修道院は何世紀にもわたり、ポルトガルの文化を形成する上で重要な役割を果たしています。(まさ)


<ナザレ>

ノッサ・セニョーラ・ダ・ナザレ教会

同上 内部はアズレージョが美しいです

崖に突き出た展望台 100m以上もあり高いです
ナザレの海岸を見下ろす
教会前の旧市街地

お土産物屋が多いです


メモリア礼拝堂

内部の天井


ケーブルカーでナザレの新市街へ

ナザレの海岸から先程居た崖の上を見る 手前は昼食を摂ったレストラン

今日の昼食は名物イワシの塩焼き 美味しかったです


海岸 大西洋です

海岸より崖を見上げる 右の方にケーブルカーも見えます

漁船 現在港の機能は他に移っています

イワシの開きを干しています

<アルコバサ修道院>

意外に小さなアルコ川を渡って旧市街へ  反対側にバサ川という川があるようです

旧市街

路地の奥に城壁が見えます

この門を通って修道院へ


修道院 その前は4月25日広場

回廊

回廊の角
中庭に面した休憩所

2Fへの石段

回廊からの展望

僧の広間

台所の大きな煙突


ドン・ディニスの回廊 中庭を見下ろす

中庭と塔 2F部分は16世紀に増築されマヌエル様式の装飾です


教会への入口 18世紀に改築されたバロック様式です

ポルトガルの「ロミオとジュリエット」と言われる悲恋物語の主人公ペドロ一世の棺



ポルトガル旅行記  その⑤ オビドス (5月26日)

2025年06月24日 19時15分36秒 | 旅行/色々な風景
 5月25日にリスボンに到着し、市内を半日観光し1泊した後、翌26日からいよいよ北に向って出発。
これから10日近く、同じバスでポルトガルを時計回りに1周です。

 最初の目的地は、リスボンから1時間余りのオビドスへ。

ここは、山間に造られた小さな城壁の町ですが、白い壁の家々が並び、中世がそのまま残っているようで「谷間の真珠」と呼ばれる美しい小さな町です。

一時は、イスラム教徒に占領されていたオビドスをレコンキスタに拠り1148年に奪還した歴史がありますが、有名になったのは、1282年に6代目のポルトガル国王・ディニス1世が新婚旅行でオビドスを訪れた際、妻である王妃イザベラがオビドスの街の美しさを気に入ったため、王はこの地を王妃にプレゼントし、 以後1834年迄このオビドスは代々の王妃の直轄地になったということです。

 この美しいオビドスの町を紹介しましょう。(まさ)


城壁に囲まれた街 左にあるアーチ状の門(ボルダ・デ・ヴィラ)から入ります

門の内部

綺麗なアズレージョがあります

メインストリートのディレイタ通り 石畳みの小径で白壁の建物が両側に

サンタマリア教会 手前はサンタマリア広場

サンタマリア教会内部 側面はアズレージョ

同上 内部のアズレージョ

同上 天井


突き当りにあるサンチャゴ教会 現在は教会としての機能はなく、図書館になっています

館内

教会から見たディレイタ通り 沢山の観光客です


サンチャゴ教会の裏側にある城壁

同上 お城の中心部分


ディレイタ通りには書店が多いです

同上


街中の脇道

同上

同上


駐車場付近にある水道橋 3㎞もある立派な水道橋ですが、ローマ時代のものではなく16世紀に造られたようです。よく見れば形式がロ―マ時代のものとは少し違います



ポルトガル旅行記  その④ ジャカランダを満喫(5月25日~6月4日)

2025年06月23日 19時22分21秒 | 旅行/色々な風景
 いよいよ旅行記になります。

 今回は首都のリスボンに5月25日のお昼過ぎに到着後、ベレン地区を回ってリスボンで一泊し、翌日からリスボンから北上し、時計回りにポルトガルを一周して最後に再度リスボン市内と郊外を回るというコースです。

 従って、最初に訪問したリスボンのベレン地区の様子は後に回し、その他の順路に沿った説明になりますが、私自身にとっては、今回のツアーではジャカランダの花が大きな目的になっていました。

 ジャカランダ(スペイン語では、「ハカランダ」)は、40年以上も前にアルゼンチンで現地の春(10月末~11月)に初めて見てからすっかり好きになり、ツレアイも共に一緒に毎年ジャカランダを楽しみにしていました。

 最近は北半球でも地中海沿岸では結構増えてきましたし、嬉しいのは春だけでなく秋にも季節外れの花が咲くこともあり、春だけでも秋にも見られるということでしょう。

 日本でも最近はあちこちでみられようになりましたが、私も園芸関係に携わっている時に、堺市内の公園に植え込んだり、自宅のべランでも鉢植えで楽しんでいます。


 今回のツアーでも時期的にジャカランダを楽しみにしていましたが、満開のジャカランダの花を満喫できたので、ツアーの目的の一つが達成されたことになりました。
先ずはこのジャカランダの様子からお知らせしましょう。(まさ)


リスボン ベレン地区で

同上

同上 街路樹として植わっています

同上 坂道なので余計に目立ちます


南東部のエヴァラにて  実は昨年のものです

同上 まだ咲き初めで房の先の方はまだ蕾です

<リスボンのボンバㇽ侯爵公園> 泊まったホテルのすぐ近くで何度も出かけました

朝食前だったので、朝日に当たって少し赤味がかって見えます

同上

同上 満開状態です


アップ
大木です

公園内にバスターミナルがあり、多くの人が行き交います


こちらは午後に撮ったので陽を受け、紫色が鮮やかです

芝生に散った花  この風景も大好きです

同上 こちらは石畳の上


翌日の朝 バスターミナル
同上
アップ写真

大木です

いよいよ公園ともともお別れ

<リスボン市内 バイシャ地区で>

静かな坂道で

白い建物をバックにするとより鮮やかに

正に、満開

教会との風景も素敵です




ポルトガル旅行記  その③   先ずは成田新勝寺へ

2025年06月22日 19時17分34秒 | 旅行/色々な風景
 成田発の場合は、大阪⇒成田の便数が少なくて成田空港で時間を持て余すことになります。
空港内に映画館や適当な施設もないので、私の場合は交通安全祈願の意味もあり、成田の新勝寺に行くことが多いです。

 今回も、伊丹空港から16時到着ですが、空港での集合時間が20時ということで、新勝寺にいくことにしました。
この日、大阪出発時は大雨で、関東も夕方から降雨ということでしたが、幸いにも成田方面はどんよりとした天気ながら雨も降っていないので、空港に荷物を預けて京成電車で1駅目の成田へ。
ここからは勝手知った表参道を、急いで新勝寺へ。

 お参りを済ませ、名物のウナギでもと思ったのですが、以前と比べ参道のウナギ屋の数がものすごく減っていますし、閉店時間が早くて寂しい感じがするので、駅近くの海鮮料理店で済ませて、集合場所に到着。(まさ)


新勝寺への表参道 駅からは下りです

表参道で見かけたクレマチス(キンポウゲ科)

同上

一重の花

八重の花

ヒペリカム・アンドロサエマム(オトギリソウ科)

同上


ウナギ屋


新勝寺の山門

境内 本堂への石段
同上 三重塔

庭園ではサツキが咲き始め

表参道 帰りは上りになりますが、夕暮れで薄暗い

ポルトガル旅行記  その②  今回のツアーについて

2025年06月21日 19時11分19秒 | 旅行/色々な風景
◆今回のツアーは、今まで利用していた旅行会社とは違った初めての旅行会社で、『ポルトガル大周遊・珠玉の世界遺産と田舎町』という普通のツアーでは余り行かない、田舎の町も含んでいます。

◆5月24日にエミレーツ航空のドバイ経由で成田発ですが、ほぼ同時刻に関空からのドバイ行の便もありドバイでの合流が可能とのことでしたが、ドバイは世界でも有数の巨大空港で、以前参加したツアーでドバイの乗り換え時に搭乗ゲートが変更になり参加者の一人が搭乗開始時刻に遅れて大騒ぎになった経験があるので、往路は成田経由とし、帰路はドバイから関空にしていただきましたが、総数20名のツアーです。

◆ドバイで関空からの参加者とも合流し、ツアー開始後2日目の夕食時に自己紹介などがありましたが、夫婦参加6組12名、個人参加7名(女/男 5/2)計19名という内訳で、高齢者が殆どで九州から北海道まで各地からの参加でした。
 予定では20名と聞いていのですが、1名の減員は間違えて期限切れの古いパスポートの方を持参して出発できなかったとのことです。
この場合はキャンセル扱いになり、しかも費用の払い戻しはなくなりますので要注意です。

◆今回はリスボンからは1台の大型バスで一周するとのことで、現地ガイドや運転手さんもその間ずっーと同行してくれましたので、和気あいあいという感じのツアーとなりました。

 また、天候にはめっきり強い私のこと、途中バスで移動中に雨に合うことがあったものの、目的地では上手く雨がやみ、全行程傘などを利用せずのツアーとなりました。(まさ)

今回のツアーコースです。