Sightsong

自縄自縛日記

金時鐘『朝鮮と日本に生きる』

2015-03-15 08:27:35 | 韓国・朝鮮

金時鐘『朝鮮と日本に生きるー済州島から猪飼野へ』(岩波新書、2015年)を読む。

おそらく金時鐘さんのはじめての回想記だろう。これまで、わたしを含め多くの者にとって、金さんの体験は、テレビドキュメンタリーなどで断片的に聞いてきただけにとどまっていた。それだけに、ここに、体験と内省とが本来の「ことば」で記されていることの意義は大きい。

併合下韓国での「皇国少年」にとって、1945年8月の解放とは、まさに世界がひっくり返るような、また自らに恥を突き付けてくるものであった。世界は欺瞞と暴力とに満ちていた。しかし、解放後も、権力が、日本からアメリカと(断罪されたはずの)日本に姿を変えただけで、また新たな欺瞞と暴力とが繰り広げられたのだった。

朝鮮の信託統治案が破談となり、アメリカの意向による南だけでの国家設立。済州島において、金さんは自己決定できる祖国を求めて運動に身を投じた。1948年、アメリカの方針に沿った済州島民の大虐殺事件(済州島四・三事件)から奇跡的に逃れ、金さんは文字通り「命からがら」大阪へと密航する。金さんによれば、四・三事件の犠牲者は公式の3万人をはるかに超え、5万人を下らないはずだという。そして、大阪では朝鮮戦争への米軍の出撃を阻止せんと行動し(吹田事件)、詩を書き続ける。

このようなものを抱え持った「金時鐘の詩」が、ピュアでなめらかであるはずはない。金さんの作品に触れた人なら実感できることだが、その詩は、岩がごろごろした原野のようであり、そこには凝視せざるを得ない内臓が散乱し、読む者が平然と立ち歩くことを許さない。それはまさに、「皇国少年」のときから詩に興味を持ち、解放から今にいたるまで徹底的な内省を続けてきた氏の内臓そのものであるからだろう。

日本の歌について、金さんは次のように記している。

「それは抒情の問題とも兼ね合っていることですが、これほどやさしい歌に恵まれて暮らしている人たちが、どうして戦争を讃え、あれほど無慈悲なことができたのだろうと。歌とはもともと、そのようにも己を顧みることのない情感だったのだろうかと。戦いの合間には、特に日暮れや夜中ともなれば兵隊さんも家族を思い、故郷を偲んで唄いなれた「抒情歌」を口ずさんでもいたはずです。それでいながら他者、侵される側の悲しみには一片の思いすら至りませんでした。」

●参照
『海鳴りの果てに~言葉・祈り・死者たち~』
『海鳴りのなかを~詩人・金時鐘の60年』
金時鐘『境界の詩 猪飼野詩集/光州詩片』
細見和之『ディアスポラを生きる詩人 金時鐘』
文京洙『済州島四・三事件』
『済州島四・三事件 記憶と真実』、『悲劇の島チェジュ』
オ・ミヨル『チスル』、済州島四・三事件、金石範
済州島四・三事件と江汀海軍基地問題 入門編
金石範講演会「文学の闘争/闘争の文学」


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