素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

光永圓道阿闍梨 の先達の元、無事に比叡山三塔巡拝一日回峰行を終える

2013年04月21日 | 日記
 毎日新聞旅行がこの企画を始めて31年目になるそうである。他の旅行会社で1度だけ試みたが頓挫したと言っていた。行者さんと同じ道を、同じ時刻に回るというのはかなり勇気のいる企画である。旅行会社と参加希望者の間での信頼感がなければ成立しないだろう。「観光」ではなく「行」であるということが参加してみて身に染みてわかった。便利さ、快適さをすべて捨てることから始めなければならない。

 17時から明王堂本堂でのお勤め後一汁一菜とあったが実際は一汁二菜の夕食をいただき、先達の光永圓道阿闍梨より注意と質問を交えての話があった。参加者20名(男14名、女6名)の共通した思いは「若い!」ということ。ざっくばらんとした語り口に好感がもてた。動画で話している内容と重なることも多かったがぶれない姿勢を感じた。光永師がこの道に入られたきっかけは`僧”というものを意識してわけではない。重い喘息の持病のため季節の変わり目には登校ができず、年間100日以上の欠席があったので高校進学の時、環境を変えたいということで比叡山に弟子入りをして麓の坂本にある比叡山高校に通学することになったそうである。その厳しい生活の中で自然と体力もつき、喘息も改善していったという。仏教への関心も知識もゼロからのスタートがかえって良かったかもしれなかったと述懐されていた。 

光永圓道阿闍梨 護摩行


動画の最後の方で、千日回峰行に入行した行者を見守ることという話があったが、ちょうど坂本から明王堂までの最後のきつい上りの途中でその行者さんに追い抜かれた。事前に「私たちは坂本から1時間10分で到着するペースで歩いているが、行者は40分で上り切るペースなのですぐに道をあけてやってほしい。」と頼まれていた。平地と同じようなスピードであっという間に消えていった。

私たちのほうも全員完歩できた。19時の仮眠の頃から本降りになった雨は回峰行の間やむことはなかった。気温は2℃前後、風がなかったのと雨足が強くなかったのが幸いであった。比叡山の東塔、西塔、横川の3地区は現在、過去、未来を象徴あているので三塔を歩きながら自分の今と今までと今からを考えて下さいと言われたが「冷たい」「すべる」「ぬかるみ」「息がきれる」「足が重い」などの思いに支配され集中できなかった。出発から6時間強、トイレ休憩3回、水分補給2回、各ポイントでの般若心経の読経以外は歩きづめ。座るということはなかった。午前7時20分に宿坊の畳に座った時の気分は最高。朝食は牛乳1個とパン2個。おいしかった。
 9時20分より最後のお勤めをして現地解散。坂本までは今度はケーブルでおりた。何と楽なことか。

 今日、このまま普通の生活をすると(時差ボケ解消のためあえて昼寝をしなかった)ほぼ24時間起きていたことになる。1日がすごく長く感じる。
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