素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

「笠置シズ子の世界」に浸りながら松阪へ

2021年11月15日 | 日記
 母が入居している松阪のベタニヤシニアホームの入館規制が緩和され、短時間であれば部屋に入ることができるようになった。と聞いて会いに行くことにした。駐車場から窓越しでのやり取りでは落ち着かない。岸田さん得意の車座での対話は大切だと痛感した。

 松阪までの片道2時間30分~45分で聴く音楽を選ぶのも楽しみの一つにしている。往復で5時間強、普段の生活の中ではそのような音楽三昧の時間はとれない。

 今日は、「ブギウギ伝説・笠置シズ子の世界」cd2枚組が無性に聴きたくなった。

 

 昭和22年にレコーディングされた♪東京ブギウギ♪の大ヒットで一躍「ブギの女王」となった笠置シズ子、戦後間もない日本のショービジネス界のトップスターで、陽気なキャラとパワフルな歌声、抜群のリズム感で数々のヒット曲を生みだし、戦後の暗い空気を吹き飛ばしてくれたという。

 デビューから引退までの歩みは、CDの解説の中にある佐藤利明(オトナの歌謡曲・娯楽映画研究家)さんの解説を読むとよくわかる。引退のくだりはこうである。

 《しかし、石原裕次郎が銀幕デビューを果たし”太陽族”が流行語となった昭和31年、経済白書は「もはや戦後ではない」と宣言。時代は大きく変わってきていた。この年の大晦日、笠置は第7回NHK紅白歌合戦に出場。大トリで「ヘイヘイブギー」を歌い、翌、昭和32(1957)年、歌手から引退を宣言、ステージから退き、以後、女優業に専念することとなる。》

 私がリアルに知っている笠置シズ子は女優として、明るく頼もしいおばちゃんを演じている姿。彼女のヒット曲を他の歌手が歌っているのはよく耳にしたが、本人の歌っている姿は見たことがなかった。このCDを手に入れるまではわたしにとって歌手・笠置シズ子は幻の存在だった。引き際の見事さにも感銘した。

 月曜日とあって西名阪国道はトラックにはさまれての走り、空いているだろうと思っていた伊勢自動車道は芸濃~津で道路の補修工事で片側規制されたため予想外の渋滞、10時30分に着くつもりが、11時近くになってしまった。笠置シズ子の世界に浸ってるおかげでイライラすることもなく、かえってパワーを注入された感じ。あの時代に必要な人だったんだなとあらためて思った。

 久しぶりに母の部屋に入った。自分ではできない家具の配置換えなどをしてから買い物に出かける。足の方は少しづつ弱って来てはいるが、いたって元気である。

 陽が落ちるのが早いので14時30分に帰路に着いたが、木津市に入る頃にはすっかり夕暮れてきた。笠置シズ子の世界は「秋の夕暮れ」とはミスマッチやなと思ったが、充分楽しむことができた。

 
コメント
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