素浪人旅日記

2009年3月31日に35年の教師生活を終え、無職の身となって歩む毎日の中で、心に浮かぶさまざまなことを綴っていきたい。

MT君からの封書

2011年09月27日 | 日記
 布団干し日和であった。太陽の熱を吸い込んだ布団のほんわかした暖かさが心地よい夜になった。正式な日の出、日の入りの定義によると今日が昼と夜が12時間ずつ分け合う日であるらしい。季節の変わり目を意識する時でもある。

 5日ぶりにジムに出かけた。何となく“走る体”になってきていることを感じ始めていたので、5日のブランクはそれを試すのにちょうど良い。軽い筋トレの後、ランニングマシーンですぐに時速10kmのペースに上げた。以前であればこのペースになると心にストレスを感じたのだが、今日は楽な気持ちでリズムにのり、葛藤がおきることなくそのまま1時間走ることができた。心身ともにワンランクアップしたことを確信した。金曜日までいろいろな形で試してみてから本番に向けての行程表を作成したいと考えている。

 ジムから帰ると、MT君からの封書が届いていた。“緘”封がしてあり、差出人はMT税理士事務所となっていた。学校現場では“緘”印を押す時は進路関係などの重要な書類となっていたので「封書の中身は何なんだ?」と封を開ける前に考えてしまった。

 MT君とは浪人時代の10ヶ月をともに過ごしただけであったが、私にとっては人生を決める大きな存在であった。大学受験に失敗し、次に向けてどうするかを考えていた時、定番であれば名古屋の河合塾だが、どうも気が進まなかった。ふと新聞に“朝日文化センター大学進学教室”の小さな広告を見つけ、「ここにする!」と即決した。理由はない。感じるものがあったというだけである。

 最初の授業でたまたまMT君の隣に坐った。彼は非常に前向きな姿勢で授業に臨んでいた。数学の最初は因数分解から始まった。私は高校数学のスタートでこれにつまづいた。以来、数学は(も?)低空飛行を続けた。老講師は開口一番「数学につまづいた人間のほとんどは因数分解をクリアしたら立ち直る」と指摘した。私は「よし!」と思った。姿勢が変わると不思議と理解も変わる。そこに、MT君からの質問攻めが加わった。彼は私以上に数学を苦手としていた。「私は数学がよくできる」と錯覚した彼は毎時間隣に座りわからないことをたずねてくれた。技術的なことよりも本質的な部分にひっかかるタイプなので議論にもなる。人間、期待されると何とか応えようとする。いつしか私は数我苦が数楽になっていた。

 大学進学教室の授業は午前中だけとのんびりしたカリキュラムであった。授業も技術的なことよりも本質的な部分に迫るような感じで、受験のためということを忘れさせてくれた。

 MT君の積極的な姿勢は、得意の国語でいかんなく発揮された。長文に対する設問に答えながら読解を深めていくという形の授業であった。ある日、いきなり彼が「答えを書きに行こう!」と授業の前に誘われた。二人の解答が並んで書かれた状態で授業が始まり、教師のほうもごく自然に二人の答案を使いながら進めていった。3人の意見が食い違う場面もある。どれが正解と決めつけるのではなく他の受講生も加わりワイワイと議論になる。この経験は私にとっては貴重なものだった。

 彼は東京の大学に進学し、東京で就職し、私は愛知で大学生活を送り、大阪で就職した。一度も会って話したことはないが、年賀状だけは年一回やりとりしている。このあらたまった“緘”の意味に思い当たることもなく開封した。

 「これまで37年余にわたり国税の職場に勤務してまいりましたが、去る7月を持ちましてS税務署長を最後に退職させていただきました。」とあった。『そうか、退職したんか』と時の流れに思いを馳せた。昭和49年から平成23年までの37年間は、日本経済が爆発的に拡大した後にバブルがはじけ、停滞に突入するという大きな変動期であった。国税という仕事を通じて内側からダイナミックな経済の動きを見続けてきた彼の言葉の中に、物事に対する前向きな姿勢、熱い視線を感じた。

 今後は、税理士として事務所を開設し、今までの経験を生かして日本経済を外から見つめるとのこと。

 彼の“緘封”の封書を見た時、瞬間いぶかしげな顔をしたと思う。余談になるが、それで思い出したことが1つ。

 私が就職して、初めてつくった中間テストで、まわりの先輩に相談することなく、これはとっても大切なもので、決して漏れてはいけないと強く思い、刷り上った夜遅く、大きな封筒に入れびっしり糊づけをして、封じ目の三ヶ所に“緘”を押して誰の目にも触れないように厳重保管したのである。当日、気合を入れて監督の先生に「お願いします!」と言って手渡ししていったのだが、受け取った先生ののビックリしたような顔、とまどった顔、ニヤッとした顔に「変なことしたかな?」という思いにかられた。

 自分の机にもどると、無造作に輪ゴムでとめられただけの試験用紙が置いてあった。「ええ!こんなんでいいのか!?」と思わず叫びそうになった。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする