今夜も本をまくらに。

山歩きが好き、落語が好き、おいしい物が好き、中島みゆきが好き、
でもやっぱり活字がなければ生きていけない私。

街と山のあいだ

2022年05月21日 | 「本」のひきだし

ブクログより


著者は、山雑誌の編集者を経て独立、主に山に関する執筆を続けておられます。
なので本書も山に関するエッセーです。

誰もが知っている山、あまり知られていない山、登場する山はいろいろですが、山の紹介ではないのでそれはいいのです。
その山に行くきっかけ、どんな状態の時に行ったのか、その時考えていたこと、周りの出来事など、まさに著者のその時々の様子がうかがえるエッセーです。
その時の山の様子、吹いていた風、咲いていた花、それらにどれだけ癒されたかなど、読んでいてもその情景の中に身をゆだねるような、実に気持ちの良い本です。

そしてまた言葉の選び方、表現の仕方、ちょっとした小説家よりも豊かです。





街と山のあいだ / 若葉晃子








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戦国をしのびながら虎御前山

2022年05月08日 | 「山」のひきだし
今日は調べ物をするために出かけてきました。
戦国時代、近江の北部で勢力を誇った戦国大名、浅井氏について調べたいことがあり、滋賀県長浜市にある「小谷城戦国歴史資料館」へ行きました。
朝早かったからか、ボランティアの方がついて説明をして下さいました。
説明が終わり、格好を見て、これから小谷山に登られますか?と聞かれるので、今日は虎御前山です、と言うと「あれ?」と怪訝な顔をされました。
何故に怪訝な顔をされたか・・・小谷山には当時小谷城という浅井氏の本拠地があったところです。
虎御前山というと、その小谷城の真向かいにあり、浅井長政の謀叛により敵対関係となった織田信長が折々に陣を張って小谷城を威嚇していた山。浅井氏の資料館で勉強した後、虎御前山とは・・・という気持ちだったのだろうと思います。
小谷山も虎御前山も登ったことがあり、今日は時間の都合で短い方としただけなのですが。


資料館の後ろに小谷山。右にずっと裾が伸びていて、順番に館がありました。
いくつかある一つの登山口は道路の右にあります。


でも今日は虎御前。車で少し走り山のふもとまで来ました。


簡単な山なのに、さらに楽をしてここまで車で来ました。


しばらく車道です。




ここから山道、滝川一益陣地跡。信長の宿老。


古墳もあります


ギンリョウソウ、


琵琶湖と竹生島。敵の動静を見張っていた?


掘 秀政陣地跡。






信長陣地跡。一番広いです。






秀吉陣地跡。この時はまだ木下姓。
浅井家滅亡後、長女茶々を側室に迎えたことは有名。


秀吉陣地跡が虎御前山の頂上。 あっ!今年は寅年。干支の山でした。




柴田勝家の陣地跡。
信長の筆頭家老、浅井長政亡き後、お市の方を正室に迎えます。この時、勝家60歳、初婚。
なんかこの人の生き様好き、よう知らんのですが。


勝家の陣地跡から少し下がったところから小谷山を望む。
昔はどうだったかわかりませんが、今はここからしか小谷山は見えません。


虎御前山から少し離れた小高いところに丹羽長秀の陣地跡。昔はここらも山の続きだったのでしょうか。
左の電波塔の山が虎御前山。
丹羽長秀は信長の宿老、浅井長政の支城、佐和山城を落とし、城主となり、後には安土城築城にも貢献した、とされる。
 

さらに展望台に登ってみると、左に虎御前山、その奥に長い裾野の小谷山がよく見えました。


こんな近江の片田舎周辺で、その昔、その後の世を変えたかもしれない攻防戦が数年にわたり繰り広げられました。
時代は変われど、戦は相変わらずこの世から無くなることはありません。
前線で戦う兵士も大変だし、下々の庶民の辛さも言い表せないものがあります。
戦国時代から、急に現実の情勢に引き戻された一日でした。



今回はこの本についての調べものでした。
北近江の戦国秘話 小谷の龍  / 丁野永正

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