心の声

いつものように武術の稽古を終えて、無秩序で無意味な作業にとりかかる前にしばし瞑想をしてから
街にでかけると、まだ会社に行くべきときではない、と心の声が聞こえたのでカフェに身を寄せました。
骨と皮みたいな人がいるなと思ったら案の定エアロビクスの話をしはじめて、やがて１人あたり約４つ
荷物を持ったお仲間（手提げ２つとリュックとポーチは必須）が６人も集まり、「カゴあるわよ！」と店の
備品の荷物カゴ全部もってきて「カゴあるといいわね！」って豪快に床に並べて荷物を突っ込んだから、
たちまち足の踏み場がなくなりました。



このようなことはとるにたらないことだから、とやかくいうべきではない、と心の声が聞こえてきたので、
雨も降ってないのに折り畳み傘さして歩いてるおじさんは日傘のつもりかどうか訝しみつつコーヒーを
口にして、引き続き窓の外を眺めているとスマホ見ながら歩いてる若者とすれ違いざま老人がカバン
を振り上げて若者にぶつける瞬間を目撃。きっと、マナーの悪い若者を懲らしめる正義の味方のつもり
だろうけど、あれは老人のほうが悪い、と心の声が聞こえました。



熱いコーヒーを口にしながら、いつものように経済新聞を広げて無秩序で無意味な営みを俯瞰すると
将来にツケを回す大人はみんな子や孫におんぶに抱っこで膿だらけ、と心の声が聞こえてきましたが
顔に出すことは一切ありません。違法じゃなければ道義に反していても問題ない、違法でも問題ないと
言い張れば問題ない、嫌な世の中になっちまったもんでござんすねえと心の声が聞こえてきましたが、
もちろん顔に出すこともなく、はらわたのように黒いコーヒーをおいしくいただきます。



いつのまにか周囲が女性客ばかりになっていることに気づき、男はどこで何してるんだろうと不思議に
感じているところへ、黄色い腕章つけたグレーのスーツの男が７人ばかり入口で屯して空調してるにも
かかわらずドアを開け放ったまま「一緒の席がいいんだけど」と店員さんに無茶いってる……席がない
のを見てわからないの？　ドアをお閉め！　と心の声が聞こえてきます。９人に増えました。エアロビの
６人連れ女性客は床に荷物を展開したままだし、なんて日だ！



内縁の夫が離婚したの、ルーマニアで……と老婆が隣で面白そうな話してるのが気になるけどもっと
気になるのは、腹話術の人形みたいな声がするほうに目をやると度の強い眼鏡をした人形みたいな
おばさんが、よく似たお婆さん（実母らしい）をとめどなく罵倒してる最中。どうして母娘２人で腹話術の
人形みたいな顔してるのか、罵倒してる娘は腹話術みたいな声だけれど黙って罵倒されてる母の声も
腹話術みたいなのか、それとも腹話術師みたいなのか気になって仕方ありません。



何年も前に閉鎖されたサウナ東京ドームや東京駅の地下の温泉には腹話術の人形みたいな顔をした
マッサージのおばさんが大勢いたものですが、ちかごろスパでマッサージ要員として雇われているのは
若い男女ばかり。あの腹話術の人形みたいなおばさんたちはどこへ？　と思ったら、ここに１人というか
母娘２人でお茶しながら陰湿な諍いを繰り広げていました。滑舌が悪くて何いってるかわかりませんが、
反抗期でもないのに親を罵倒する娘を見るのは気分いいものではないです。



しかしながら、罵倒されてる母と罵倒してる娘がまったく同じ目をして向かい合ってるのを眺めてるうちに
不思議と心あたたまる何かを感じて、おやりなさい、とことんお続けなさい、と心の声が聞こえてきます。
ルーマニアで離婚した内縁の夫のことも気になるけど、いちいち見聞きするものを気にしていたら物事が
進まないので、いつものように会社にいやいや出向いて作業に没頭した次第です。