大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・113「千歳の胸騒ぎ」

2020-04-27 06:46:21 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
113『千歳の胸騒ぎ』
        



 主役でもないのに緊張のしまくり。

 でも、緊張していたのだと自覚したのは、家に帰ってお風呂に入ってから。


 入浴は少しだけ介助してもらう。
 脱衣も着衣も一人で出来るんだけど、やっぱり浴室でのいろいろはお姉ちゃんに介助してもらう。
 浴室にいる間は必ず介助者が居なければならないんだけど、浴槽の出入りだけ手伝ってもらう。
 浴槽に浸かっている時間が長いので、付き合っていては冬でも汗みずくになってしまうからね。
 まあ、三十分くらいは浸かっている。

 お姉ちゃんはコンビニに出かけてしまった。ATMだけの用事だから、ものの五分ほど。

 で、不覚にも居ねむってしまった。

 バシャ! ゲホ、バシャバシャ! ゲホゲホ!

 お姉ちゃんが帰ってくるのと溺れるのがいっしょだった。

 ち、千歳!!

 土足のままのお姉ちゃんに救助されて事なきを得たんだけど……

 怖かったよーーーーーー!!

 その夜は熱が出て、けっきょく二日学校を休んでしまった。
 演劇部に入ってからは休んだことが無かったので、クラブのみんなからメールが来た。
 学校を休んでメールをもらうなんて初めてだったので、お礼は一斉送信なんかじゃなくて、一人一人にお返事を打った。
 


 で、本題はここから。


 あ、忘れてた。

 その日のあれこれを机に突っ込んで気が付いた。
 クラブの書類を生徒会に提出しなければならない。文化祭で飛んでしまっていたんだ。
 必要なことは記入済みなので、すぐにでも持っていこうと思ったんだけど……。

「千歳、大丈夫だった?」「もうええんかいな?」「Are you OK?」「よかったー! 元気になって!」

 クラブのみんなが休み時間の度にやってくるので、お昼休みになってしまった。

「失礼しま~す、演劇部です、書類を持ってきました~」

 どーぞ

 入ってビックリした。
「あ、えーーと……」
 生徒会室の本部役員の顔ぶれが変わっていたのだ。
「あ、ちょっとビックリ? おとつい選挙があって執行部は入れ替わったんよ」
 ピカピカの副会長バッジを付けた二年女子がにこやかに言う。
「瀬戸内さんは?」
「あ、引退したよ。三年生やからね」

 書類を渡すと、わたしは三年生の校舎に向かった。

 いま思えばメールすれば済む話だったんだけど、その時は直接顔を見なくちゃと思った。
 瀬戸内先輩は演劇部じゃないけど、部室明け渡し問題からこっち、ほとんどお仲間のようなものだったから。
「あのう……演劇部の沢村ですけど、瀬戸内先輩いらっしゃいますでしょうか?」
「あ、休んでるわよ、おとついから」
「え、そうなんですか」

 瀬戸内先輩は、ちゃんとメールをくれていた。
 
 あれ? 先輩自身休んでて、どうしてわたしが休んでたこと知ってたんだろ?

「ああ、それはボクが伝えておいたからだよ」
 ミッキーが先輩んちにホームステイしてるのを思い出して、訊ねた返事がこれ。
「でも、そのあとスマホ繋がらなくなって、でも、明日あたり帰って来るんじゃないかなあ」
 ミリー先輩の通訳であらましは分かった。
 どうやら家の用事で親類の家に行っているらしい。

 でも、なんだか胸騒ぎのするわたしだった……。
 

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《ただいま》第五回・由香の一人語り・3

2020-04-27 06:37:02 | ノベル2

そして ただいま
 第五回・由香の一人語り・3   



 

 田中さんは、体を張って守ってくれた。

 小熊は、脚に怪我をしていた。それでも里山に降りてくるのは、人間の開発に節度がないからだ。けして異常気象だけのせいじゃない。
 助けてもらったお礼を言いに行ったとき、痛む背中を庇いつつ、半分振り向いた横顔で田中さんは呟いた。

 横顔の向こうに『○○県総合開発規制へのお願い』という陳情書が目についた。田中さんの字で、机の上に置かれていた。
 あたしの視線に気づいて田中さんが口ごもる。
「その……なんだ……自然とはうまく付き合ってください……てなもんだ」
「あの……その……うまく付き合ってください。あたしとも」
 気まずさをなんとかと思っていたのに、飛躍した言葉に、自分でもドギマギした。若いオトコなら、絶対に誤解する。田中さんも、ボキャ貧の飛躍だと笑ってくれた。
 ボキャ貧どころか、ほとんど無口な田中さんに言われては世話がない。

 でも、そのことがあってから、田中さんとの距離は、少しずつ縮んでいった。

 そして分かった。

 信じられないことに、田中さんのぶっきらぼうは生まれつきのものでは無かった。
 
 この十数年世界中をブラブラしているうちに付いてしまった新しいクセ……と言うより、生まれてこの方、日本でついたモロモロのクセ……それが抜けた、っていうか漂白された元々の本来の田中さんの姿……って、生まれつきって言うんだよね。アハハ、あたしって、ほんとボキャ貧だ。
 若い頃は、新宿の道ばたで、ギターを弾いていたり、夜っぴき人と難しい話をしたり。デモに行ったり。髪の毛も肩まで伸ばして、名前も三つも四つも使い分けて正体不明。
 その頃は、それが自分を守る術だと思っていた。
 そして、見栄と成り行きで辛い同棲なんかもして、できちゃった婚の寸前。
 これは、彼女が流産して、それこそ関係そのものも流れてしまったそうだ。互いに本名も名乗ることもなく、彼女とは、それっきり。

 この話はね、仕事連続で失敗してチョー落ち込んで、ペンションの裏に飛び出した。
 その時、薪割りをしていた田中さんが、後ろ姿のまま教えてくれたこと。
 後にも先にも、身の上話をしてくれたのは、それ一回ポッキリ。
 
 そのあと、跡継ぎの居ない伯母さんの養子になり、その伯母さんが止めるのも聞かずに、世界放浪の旅に出たんだって。

 中国じゃ水害で流されそうになったり、ペルーじゃ、危うくゲリラに殺されそうになる。ドイツじゃフーリガンと間違われて国外追放。
 モンゴルは気に入って二年ほどいたけど、おりからの相撲ブームで、どこへ行っても相撲の相手をさせられるんで、そいで、カナダへ移住。
 そのカナダで、大自然の奥の深さと豊かさに打たれて永住を決意! しかしサーズにかかり生死の境をさまよい、奇跡的に回復。期するところがあって、日本に戻ってきた。

 え、一回ポッキリの後が長い?

 ポッキリの後はね、カナダから見舞いにやってきたNGOだかNPOだかやってるカナダ人のお友だちから聞いたの。うん、田中さんのお友だち。
 その人がお土産に持ってきたカナダワインの一本を空にする間に教えてくれた話し。
 田中さんは、この話しのあいだ、ずっと席を外していたけど、話し終わって、トイレに立ったお友だちといっしょに戻ってきた。
 戻ってきたお友だちの右目には、大きなクマができ、鼻血が一筋垂れていた。

 田中さん、本当に昔の自分には触れられたくないんだと感じた。

 それから……ごめんなさい、思い出せない。

「今日は、そこまでにしときまひょ」

 私は、タイミングよく、お茶を出した。なんとなく話の潮時というものが分かってきた。
「生徒さん亡くならはったのに二回遭うてはるんですね」
「ええ、最初は男の子。バイクの自損事故です。ちょうどアパートに帰ったところに電話がありました。あのころは、まだ携帯電話もない時代でしたから、何度も電話されたみたいです……ええ、管理職からです。その時は自損というだけで、加害者かも被害者かも分かりませんでした。学校に着いて『死んだ』と伝えられました。そのあとなんて聞かれたと思います?」
「サッチャン考えてみよし」
「え……『かわいそう』とか『気を確かに』とかじゃないんですか?」
 すると、珠生先生とクランケの貴崎先生がいっしょに笑い出した。
「ハハ、里中さんは無垢でいいわ」
 貴崎先生は、カウンセリングが終わると先生の顔に戻る。だから私も由香ちゃん先生とは呼ばない。
「『バイクについて安全指導はやったのか!?』って、校長に詰め寄られたわ」
「え、生徒の話じゃなくて!?」
「管理職も、教委とマスコミから、そこを突っこまれてんの。学校って、基本はお役所。あ、いま何時ですか?」
「えと、三時半過ぎたとこです」
「すみません。あたし、美術展行ってきます。ここに来るまでは、どうしようかと思ってたんですけど、やっぱり行ってきます」

「行ってらっしゃい!」

 アクセント違いの同じ言葉で、貴崎先生を見送った。
「ちょっと、いい傾向ですね!」
「まあね……あの人のは、まだまだ……」

 そう言うと、先生は大きなアクビをしながら伸びをした。その時、奥歯が金歯だということが分かった。
 なんだか、珠生先生の秘密兵器を見たような気がした。

 つづく

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ここは世田谷豪徳寺・92『左遷なのか作戦なのか』

2020-04-27 06:26:20 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・92(惣一編)
『左遷なのか作戦なのか』   

 

 


 詰襟の常装第一種夏服着用の指令が横須賀基地からきた。

 つまり、自衛隊最高の礼服で横須賀に入港しろというわけである。当然迎える方も、それなりの迎え方をする。
 横須賀の第一ふ頭には、基地司令以外に、なんと海幕長、防衛大臣……それに、あろうことか総理大臣までもが出迎えにきていた。

「たった二日で、天地がひっくり返ったな」

 船務長が、苦笑いしながら慣れない詰襟をしめていた。
 登舷礼で最上甲板に並び、軍艦マーチに迎えられ、微速で岸壁に付けた。すると、なんと「栄誉礼冠譜」が演奏されて、総理大臣自身が艦上に上がってきて、乗員一人一人に握手して回った。小さな声だが「ありがとう」「ごくろうさまでした」と、はっきりした口調で言っている。信号手が慌てて総理大臣旗をマストに掲げた。
「マスコミ対策やな」
 機関長が小声で呟いた。この人の関西弁を聞くと、早期退官させられた吉本艦長の顔が浮かぶ。機関長が言った通り、岸壁や基地外に居るマスコミには、総理自身が艦上に上がった方がよく見える。また劇的でもある。政治的な演技ではあるのだろうが、総理は、世論のために我慢していた歓迎がやっとできたという感激に溢れていた。

 明石海峡大橋の上から生卵の爆弾を降らせた市民団体は、たかやすの見張り員が撮った映像が証拠になり検挙されていた。気づかなかったが、映像は海自から総理にまであげられ、その過程で誰かが動画サイトに投稿。あっという間に世界に広がり、特にアメリカの世論が激昂し、それが日本政府の態度を180度変えさせた。埠頭には、アメリカ海軍の他にも、ベトナムやフィリピンなどの太平洋諸国の武官たちも出迎えにきてくれていて、その後ろには溢れんばかりの一般の人たち。その中に、あいつが混じっていたのには気づかなかった。

「吉本艦長はアメリカから勲章が出るらしいぜ」

 歓迎式典が終わり、慣れない常装第一種夏服の詰襟をくつろげながら笑った。日本がばい菌を駆除するように退役させた日本の将校に勲章をやるのである。日本政府は慌てた。日本には自衛官に授与する勲章も、その制度も無かった。国民栄誉賞の声もあったが、どうにもそぐわない。政府は慌てて自衛官に与える勲章の検討に入ったが、法制化せねばならず、おそらく国会審議だけで、半年……いや、野党の反対にあって、流れる可能性が強い。後の話だが、一年後、吉本艦長はアメリカに移りアナポリスの教官になってしまう。

 たかやす以下三隻は、危うくスクラップにされるところだったが、諸外国からの招待申し込みが相次ぎ、除籍は撤回された。変わって「栄誉艦隊」という呼称が与えられそうになったが、こういう(その場しのぎ)呼称は海自の秩序に混乱をもたらすとして、現場が返上。第一護衛隊群第三艦隊の呼称のまま海外歴訪にあたることになった。

 そして、俺は、たかやす乗り組みから外された。

 新しい任務は、今年できたばかりの「海上自衛隊発足60年記念室」付となり、佐世保沖海戦の記録の作成を任ぜられた。左遷なのか作戦なのかよくわからない移動だった。いずれにしろ迅速ではあるが間が抜けていることに違いはない。

 そんなある日、あいつがやってきた……。

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乙女と栞と小姫山・28『は・し・た・な・い』

2020-04-27 06:07:31 | 小説6

乙女小姫山・28

『は・し・た・な・い』      
 

 

 

 来客用のお茶をすすりながら、乙女先生は考えをまとめていた。  

 といって、校長室で乙女先生が来客の待遇を受けているわけではない。

 直前まで来ていた来客が口も付けずに飲み残していったお茶がモッタイナイからである。

 更年期……と言ったら張り倒されそうだが、乙女先生は、よく喉が渇く。昨日栞とさくやを連れて行った『H(アイのてまえ)』でも、コーヒーを二杯、水を三杯も飲んだ。まだ連休前だというのにすぐに汗になる。タオルハンカチで遠慮無く汗を拭く。

 校長は苦笑いした。着任当時より乙女先生は飾らない態度をとるようになった。なんせ生まれも育ちも『ド』付きの河内、岸和田のネエチャンである。仲良くなれば、すぐにメッキが剥がれる。その年齢相応な河内のオバチャンぶりと、見ようによっては20代の後半に見える若々しさのギャップが、楽しくも哀しくもある。亭主も時々言う。 「せめて、脇の下拭くときぐらいは、見えんようにしてくれへんか」 「ええやんか、又の下とちゃうねんから」  亭主は、見てくれの段階でプロポ-ズしたことを後悔しているのかもしれない。
 

「職会でおっしゃっていた、改善委員会に地元の方を加える話ですが……町会長さんは、考え物ですねえ」  

「同感です。学校を見る目がアウェーだ」

「言うときますけど、アウェーやない人なんかめったにいてませんよ」

「その中で、あえて推薦していただけるとしたら、どなたでしょうなあ……」

 校長は、さりげなく窓を開けに行った。乙女先生が考える間をとるためと、さすがにブリトラでは暑いせいだろう。

「確認しときますけど、校長さん、この改革が上手いこといくとは思てはれへんでしょうね」

「は……?」

「梅田はんら三人を懲戒にかけて、改善委員会つくって。言うたら、学校が全部被って、府教委は何にもせえへんのでしょ?」  

 校長は、空いた湯飲みに水を入れ、観葉植物に水をやった。

「なるほど、言わずもがなでんなあ。水やるフリやいうのんは、とうにご承知」

「いや、これは、単なるわたしの癖です。これでもけっこうゴムの木は育つようです」

「枯れぬよう、伸びぬよう……」

「辛辣だなあ……こいつは、わたしが赴任したころには枯れかけていたんですよ」

 そう言って、校長はゴムの鉢植えの向きをを変えた。植物用の栄養剤が二本刺されていた。

「失礼しました。そやけど府教委は、学校を鉢植えのまんま大きい実を付けろいうてるようなもんです」

「ごもっとも、そんなことをしたら鉢植えは枯れるかひっくり返るか……」

「ひっくり返る頃には、エライサンはみんな定年で、関係なし」

「それでも水をやり続けるのが、我々の仕事でしょう」

「それやったら、津久茂屋の恭子さんでしょ」
 

 そのころ、新子とさくやは、第二音楽室を使って、歌とダンスの練習の真っ最中だった。
 

 君のハート全て ボクのもの 好きだから ラブ・フラゲ~♪ 
 

「ああ、汗だくだあ(;'∀')」

「今日、昼から夏日ですからね(^_^;)」

 栞はガラリと窓を開けた。思いがけない涼風が吹いてきた。

「ああ、生き返る……」  

 ポカリを飲みながら体操服の上をパカパカやった。

「先輩、おへそ丸出し」 「いいの、男子いないから」

「でも、こう言っちゃなんですけど、わたしらエエ線いってる思いません?」

 と、不思議に汗もかかない顔で言った。

「自分のことはよく分からないけど、サクチャンかなりいけてんじゃん」

「先輩のパワーには、負けます」

「今の、チェックしとこうか」  二人でビデオを再生してみた。

「先輩、ほんまにイケてますよ。こないだの偉い先生との対談からは、想像できませんよ!」

「わたしって、つい真面目で、真っ直ぐな子だって思われるじゃない」

「昔から?」

「うん、小学校のころから」

「弁護士の子やし」

「ああ、それ言われんの、一番いや!」

「それで、家ではハジケてたんですね」

「ほんとは、賑やか好きのオメデタイ女なの。サクチャンこそ、これだけ踊って、なんで汗かかないの?」

「顔だけです。首から下は汗びちゃ」

 体操服とハーパンをめくってみせた。チラっとイチゴのお揃いの下着の上下が見え、湯気をたてていた。

 そのとき、さくやは視線を感じ、窓の下を見た。

「お、お姉ちゃん!?」

 さくやのおねえちゃんは「は・し・た・な・い」という口をして、校舎の玄関に入っていった。
 

 さくやの顔にどっと汗が噴き出した……。

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せやさかい・141『携帯顕微鏡』

2020-04-26 14:07:33 | ノベル

せやさかい・141

『携帯顕微鏡』         

 

 

 このごろは率先して家の手伝いをしてる。

 

 武漢ウイルスで休校が続いてるさかい、ゴロゴロしてては堕落する一方やさかい!

 と言い切るのはカッコよすぎるかなあ。

 頼子さんがすごいから、負けてられへん。

 ヤマセンブルグから帰ってきて二週間の隔離を無事に済ませた。実に前向きで、新しい高校の制服を着た映像をスカイプで披露してくれた。領事館の人が撮った映像が付いてて、なんかプロモ映像みたい。

 制服そのものは詩(ことは)ちゃんのと同じ真理愛学院やねんけど、ついこないだまで、うちらと同じ中学の制服やったんで、ギャップが大きい。

 それに、頼子さん自身は言えへんけど、武漢ウイルスに負けてられるかあ! というヤマセンブルグ公国の王女としての気合いがオーラになってる。

 頼子さんの映像はYouTubeでも流れて、ヤマセンブルグの国民の人らも勇気づけてる。

 

 頼子さん、うちかて負けてへんよお!

 

 というので、本堂の座布団やらお経の本を虫干ししております!

 自粛も五月の六日には終わりそうなんで、檀家のお年寄りが来はるようになったら、ウイルスとかの心配がないように消毒をするんです。

 百枚ほどの座布団を本堂の縁側に干す。午前中は階のある東側に、午後になったら南側。

 パンパン パンパン

 干し終わったら、詩ちゃんといっしょに布団タタキで座布団を叩く。

「うっわーーーーー」

 小さな座布団やけど、けっこうな埃が立つ。

 詩ちゃんと悲鳴を上げるけど、なんや楽しい。

「こんなのに座ってたんやねえ」

「お年寄りには毒だねえ」

「埃って、なにでできてるんやろか?」

「見てみるかあ(^▽^)/」

 虫干しのお経を取り込んでたテイ兄ちゃんがボールペンみたいなんを寄越した。

「なにこれ?」

「携帯顕微鏡や、キャップを外して、こうやると……見える」

「見る見るぅ~(^^♪」

 ウフフフ

 なぜか詩ちゃんがウフフと笑うのを尻目に顕微鏡を覗いてみる。

 覗くと、ボーっと明るいしか分からへん。

「ボールペンの芯を出すように回していくとピントが合うてくるから」

「こう……」

 ちょっとずつ回していくと、なんや、ホコリみたいなんがワヤワヤと漂ってるのが見えてくる。

「なんか見えてきた!」

「うまいことピンと合わせや……」

「こう…………わ!」

 ワヤワヤしてたんは次第に姿がハッキリして来て、やがて、ピッタリ合うと……なんと、ちっちゃな阿弥陀さんがいっぱい蠢いてるのが見えてきた!

「な、なにこれ!?」

 言いながらも目が離されへん、大勢の阿弥陀さんは集まったり離れたり、なんかシンクロナイズドスイミングとかやってるみたい!

「それは、仏教で云う『いたるところに仏性あり』というのが実際に見える顕微鏡や。自分の手の平見てみい」

「……ほんまや、あたしの手ぇにも!」

 アハハハハハハ

 なんでか、詩ちゃんが笑い出す。

「それ、中に仕込んであって、万華鏡になってるのよ」

「ええ?」

「友だちのボンサンが作りよったんや。な、ちょっとウケルやろ」

「もう、しょーもない」

「怒らんと、もう一回見てみい。もうちょっとずつ回していくんやで」

「まだ、なんかあんのん……」

 すると、今度は『南無阿弥陀仏』の文字が浮かび上がってきた。

「なんや、お寺の宣伝用のグッズかいな」

「辛抱足らんやつやなあ、もうちょっと見てみい」

「どうせ、しょーもない……わ!?」

 思わず顕微鏡から目を離した!

 埃やら、なんかの毛ぇやら、ダニの死骸みたいなんやらがジャングルみたいに見えてきた。

「な、それがほんまの顕微鏡モードで見えてるもんや」

「テイ兄ちゃん、言うていい?」

「なんや?」

「阿弥陀さんが見えて、南無阿弥陀仏が見えて、その先にこれが見えるのんは、阿弥陀さんの正体が、めっちゃ不潔に見えるねんけど」

 アハハハハハ

 兄妹そろて爆笑しよる。ちょっと気分悪いんですけどヽ(`Д´)ノプンプン

 

 笑いが収まってから解説してくれたんやけど、本山でも、檀家さんの間でも不評で、とうとう製品化はされへんかった落ちこぼれグッズやったそうです。

 けど、面白いから、今度、頼子さんと留美ちゃんにも見せてやろう。

 

 

 

 

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・112「キャシーへの手紙・文化祭」

2020-04-26 06:38:33 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
112『キャシーへの手紙・文化祭』
       



 秘密にしておこうと思っていたんだ。

 だって、失敗するか、失敗しないまでも、とっても恥ずかしい思いをして一刻も早く忘れてしまいたいと願うに違いないから!

 キャシー、このボクが役者として舞台に立ったんだぜ!

 日本の高校がクールだってことは、いまさら言うまでもないんだけど。
 そのクールな中でも一番クールなのがbunnkasaiだってことに異論はないだろう。
 漢字で文化祭、なんか厳めしい字面で中国の文化大革命みたいだけど、意味はschool festivalとかCulture festivalだね。
 国際生徒会会議の前にYouTubeでも見たけどさ、じっさい体験するとずっとスゴイよ!

 まず匂いだよ!

 こればっかりは動画では分からないだろ。
 じっさいボクも本番になって感動したんだよ。
 
 mogitenなんだけど、漢字で模擬店。refreshment boothのことでさ、いろんな食べ物のブースを生徒が出すんだよ。

 たこ焼き、焼きそば、うどんヌードル、アメリカンドッグ、カレーライス、クレープ、お茶と和菓子

 そういったブースが、朝からいろんな匂いをさせてるんだ。これで校門を入った時から雰囲気マックスさ!
 
 この一週間は、自分たちの芝居のレッスンで目いっぱいだったこともあって、ほかの取り組みに目をやる余裕も無かったんだけど、二日間にわたる本番はしっかり楽しめたよ。
 アメリカンドッグとポップコーンを買って校内を見て回ったんだ。
 普段は制服ばっかだけど、この日は模擬店を出している生徒たちがいろんなコスを着てる。
 まるでハローウィンのノリだ。
 ハローウィンと言えば、USJやアメリカ村(衣料やアメリカ雑貨の店が多いミナミのブロック)でやってたけど、それはYouTubeで見てくれ。

 コスで目を引いたのはメイド喫茶だ。

 女の子たちがメイドのコスで「おかえりなさいませご主人様~(Welcome back home, Master)」をやってくれる。
 本物のメイド喫茶に行ったら最低10ドルはかかる。ドリンクと食べ物いっしょなら20ドル。それが3ドルでいいんだ。
 3ドルでパンケーキとコーヒーが出てくる。それでメイドをやってるのは本物のティーンなんだ。本物のメイド喫茶は10歳くらいサバを読んでるメイドさんもいるっていうから、ほんとに掛け値なしのキュートさだ。
 
 カラホリ高校に限らないけど、日本の高校はとても設備がいいし清潔で、とてもカムファタブル。
 そのカムファタブルにハローウィンかレーバーデイみたいな楽しさが加わるんだから、もうスゴイよ。
 普段は穏やか……というか、ちょっと気力に乏しい生徒たちがイキイキしてるんだ。初めてボール(アメリカの高校の卒業ダンスパーティー)でダンスするときみたいにさ。
 キャシーも言ってたね、ボブ(キャシーの兄)がボールでエリサと踊った時の事。

 まるで男のシンデレラみたい!

 みんなボブみたいな目になってるんだ。
 別にダンスパーティーになるわけでもないし、こっそりとアルコールを飲んだりということもないし、スクールポリスの目の届かないところでドラッグやったりもないんだけど、とても楽しそうなんだ。

 寝落ちする前に本題だ!

 演劇部で『夕鶴』って芝居をやったんだ。
 キャシーのパパは芝居に詳しいから聞いてみるといいよ、Jyunji kinoshitaの名作で、30年前にシスコでもオペラ版が上演されてる。
 ようは、男に助けられた鶴が女の人に化けて恩返しに来るという話。

 ボクは、鶴を助ける男の役をやったんだ。

 日本語の台詞を覚えるのは大変だったけど、ボクの怪しい日本語でも通じたよ。
 有名なストーリーだったし、英語版との二部構成だったことも幸いして、とっても共感してもらえた。

 鶴の役はシカゴ出身のミリーがやった。

 ミリーはプロポーションのことを気にしていてね。
 鶴が男に無理強いされ、自分の羽を抜いてきれいな布を二度も織ってやる。
 できた布を持って「あー、こんなに痩せてしまって」という台詞をとても気にしていたんだ。
 ミリーは標準的なプロポーションをしているんだけど、日本人の標準とくらべると……でね。
 そんなふうには思わないんだけど、こういうことは男のボクが言うと、どこかセクハラめいて聞こえてしまう。

 で、結果的にはミリーの取り越し苦労で観客に笑われることもなく無事に終わった。

 無事どころか、二回の公演ともスタンディングオベーションだった!

 まだまだ書きたいんだけど、もう寝るよ。   お休み。

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《ただいま》第四回 由香の一人語り・2

2020-04-26 06:30:12 | ノベル2

そして ただいま》第四回 
 由香の一人語り・2
        


 

 ほんとうに、やっちゃったんだ……

 家出をそそのかした大学生は、家出カバンをぶら下げたあたしを見て、こう言った。
 あいつは、あたしがホントに家出するなんて思ってもいなかったみたい。驚いたその顔には、正直に「迷惑」の二文字が浮かんでいた。

 抱いていた恋心は民宿の屋根越しに見える夕陽よりも早く沈んでしまった。

 ああ、こいつもか……。

 そうなると、持ち前のアツカマシサ。
「あんたの親類かなんかってことにしてさ、あたしの働き口見つけてよ。ウンと言わなきゃ警察に行くわよ。あんたがあたしを拐かしたってことで。一応未成年の女子高生なんだからね!」

 気合いが入りすぎたせいか、涙が溢れてきた。

 やつは、善良そうな迷惑顔で、その春にできたばかりのペンションを紹介してくれた。
 即決で、住み込みのバイトが決まった。
 やつは、地元の旧家のボンボンで、金と力はない分、あたし以外の信用だけはあったようだ。

 そのペンションのオーナー夫婦の他は、バイトの無口なオニイサンがいるだけで、夏のシーズンを目前に、人手、それもペンションの看板になるような女の子を求めて……ヘヘ、看板というのは、あたしの想像なんだけどね……。

 あら、電話。

 ああ、やっぱりやるんだ……あ、ごめん。どこまで話したっけ?

 あ、あたしがペンションで働くとこまでだったわね。
 でも幸子さん、こんな話が参考になるんですか?
 小説のネタにされるのはけっこうですけど、この程度の家出娘の話って、ザラにありますよ……え、幸子さんの予感、由香のは特別? 看板娘? よして……って、あたしが言ったんだっけ?
 
 そのペンションのバイトで知り合ったのが田中さん……。

 田中さんは、世界中のいろんなとこで働いて、いろんな人に出会って、いろんな名前を使って、いろんなことをしてきた人。
 どうやら、危ない橋の一つや二つ、渡ったり壊したりしてきたみたい。
 と言っても、スパイなんかじゃない。あくまで人の噂。
 とにかく無口。
 ひげ面で、無愛想で、おっかない感じ。あの旧家のボンボンを懐かしく感じたぐらい。

 ある日、あたしはオーナーと田中さんと三人で山菜を採りに里山に入った。

 その時は、まだ田中さんが苦手だったんで、田中さんとは距離とって歩いていたんだ。
 そして、そのことが仇になって、山の中で迷子になってしまった。

 茂みの向こうで、カサリと動くもの!?

 てっきり、前を歩いているオーナーかと思って声を掛けたら……親子連れの熊だった。

「キャー!」
「ウオー!」
「アオー!」

 と、一人と二匹で叫んだところまでは覚えてるんだけど……。

 気がついたら、オーナーが心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫かい?」
 と、オーナー。
「はい……」
 と、あたしが応える。
 すると、オーナーの後ろで、つまらなさそうに立っていた田中さんが、ぶっきらぼうに言った。
「じゃ、いこうか」
 そう言って振り返った背中は、背負子(しょいこ)が吹き飛び、熊の爪のカタチに血が滲んでいた……。

「今日は、そこまでにしときまひょ」

 珠生先生の言葉に、由香さんはズッコケたような顔をした。
「あの、話はこれからなんですけど……」
「お楽しみは、次ぎにとっときましょ。うちも、なんや胸がワクワクしてきたわ」
「あたしも、そうです。田中さんが背負子してたの、すっかり忘れてました。背負子してなかったら、あんな傷じゃすみませんものね」
「由香さん、あんたさん、この話しすんのん初めて?」
「ええ、記憶の底に沈めていましたから」
「幸子さんて、だれ?」
「ああ、バイトでいっしょになった人……さっき思い出したんですけど」
「で、その先は、まだ思い出しまへんやろ」
「はい……ここで先生に暗示を掛けられて、少しずつ思い出すんです。十七歳に戻って」
「言うときますけど、青春には光と陰がおます。やがて陰のとこも出てくると思います」
「鬱の原因ですか?」
「わてにも、よう分かりまへん。まあ、解きほぐした結果鬼が出るか蛇が出るか。ま、ここ以外では、あんまり無理に思い出そとせんように」

 この時、ノックして研究員の理子さんがタコ焼きを持って現れた。
「ただいま、ご注文のタコ八のタコ焼きで~す!」
 女四人で、タコ焼きのお茶会になった。今日の元気は、前よりも長続きしそうだ。

「貴崎先生の鬱のきっかけって、生徒の自殺なんですよね」
「それは、きっかけやろね。死んだ生徒と、あの人との接点はあれへん。たまたま現場に居合わせただけや。それに、あの人は過去にも担任してた生徒に死なれてる。その時は症状は出てへんさかいな……」
「先生、貴崎先生、今日は元気に門を出て行きましたよ!」
「ま、今日はまあまあかな……」

 私は、振り返って最後のタコ焼きを食べようとした。珠生先生に先を越され、私の爪楊枝は虚しく空を切った……。

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ここは世田谷豪徳寺・91『帰港』

2020-04-26 06:19:09 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・91
『帰港』
 (惣一編)      


 

 佐世保に一週間ほど足止めされたあと、横須賀に移動することになった。

『たかやす』は佐世保に係留されたままだったが、昨日護衛艦籍を解かれることを前提に横須賀に回航されることになった。『いこま』と『かつらぎ』も同様だ。回航員は元の乗組員が、そのままあてられた。
 佐世保沖の海戦がもとで、C国は三つの国に分裂してしまった。むろんC国が長年溜めこんだ国内の経済的な矛盾と、政治的な無理の結果なのだが、世間は、そうは見ない。ポンコツのたかやす艦隊がC国の息の根を止めたと思っており。船にも人にも風当たりが強い。実際C国が分裂したことで、東アジアの軍事・政治的なバランスが崩れ、経済的な混乱は世界的な規模になりつつあった。

『たかやす』以下の三隻は、その元凶のように思われた。

 国会では、あろうことか、野党が、この東アジアの混乱は日本のせいであり、日本は相応の責任を果たすべきだと鼻息が荒く、それを支持する世論は意外に多かった。
「昔なら、戦勝艦として記念の観艦式なんかやってもらって、『たかやす』なんか記念艦で永久保存だよ」
 出航の前夜、眠れぬままに船務長がベッドでボヤイていた。

 あくる朝の出航は、佐世保基地の司令以下数十名の見送りがあっただけで、恒例の「軍艦マーチ」の演奏すら無かった。しかし、よく見ると基地の建物の中から、みんな挙手の敬礼で見送ってくれていた。近くの岸壁では、元のC国人たち数百人が抗議のデモにきていて、マスコミが彼らの抗議活動を取材しているのがブリッジにいても分かった。
「艦長が人身御供になって、退役しただけでも足らんようだな」
「ま、我々だけでも日系日本人でいましょう」
 一瞬意味の分からない顔をした船務長だったが、ブリッジのみんなには分かったようで、ブリッジは笑に満ち、遅れて船務長も笑った。

 瀬戸大橋の下をくぐると、数百個の生卵が『たかやす』目がけて落とされた。大半は海に落ちたが数十個が艦体に当たった。
「ここまでやるか……」
 もう怒りを通り越して苦笑が出てくる。
「今の様子は記録しておきました。橋の上の人物と車も撮影しておきました」
 両舷の見張り員が報告にきた。
「船舶往来妨害だな。一応映像をつけて海保に通報」
 艦内は淡々としていた。

 さすがに、紀伊水道を抜けて外海に出ると妨害もなくなった。そしてあくる日浦賀を抜けて、横須賀に近づくと、第七艦隊の艦艇4隻が立ちふさがった。
「え、アメリカまでも……」
 そう思うと、三隻のポンコツが近づくにしたがって道をあけてくれ、四隻ともども登舷礼で出迎えてくれているのが分かった。そして自衛隊ですら遠慮していた軍艦マーチが演奏された。
「外交的なジェスチャーやねんやろけど、感動するなあ」
 艦長と同郷の航海長が、関西訛りでため息をついた。
「手すきの者、最上甲板。登舷礼に応えよ!」
 艦長代わりの船務長が命じた。佐世保沖海戦から初めての晴れがましい出迎えだった。
「船務長。速力を半速に落としませんか」
 この話は、直ぐに通じた。

 横須賀基地隊に歓迎の準備をさせるためだ。

 アメリカがやらなければ、なにもできない日本を可笑しく情けなく思った。

 そして、横須賀では公私両面で、めでたいとも厄介とも言えることが待っていた惣一だった。

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乙女と栞と小姫山・27『アイの手前にて』

2020-04-26 06:05:09 | 小説6

乙女と小姫山・27

『アイの手前にて』      
 

 

 どこかで見たことのあるやつらだなあ……乙女先生は思った。
 

 生指の官制研修のあと、前任校の先生と心斎橋通りを歩いていて気づいた。ギンガムチェックと生成のサマージャケットの二人連れが歩いている。ギンガムチェックが、笑い転げた拍子にストローハットを飛ばしてしまった。それが乙女先生の足もとまで転がってきて確信になった。
 

「さやかと栞!?」
 

 と言うわけで、栞とさやかのコンビは、乙女先生に捉まって、先生お馴染みの喫茶店の奥に収まっている。

 奥と言っても個室ではなく、L字の店の底辺にあたるところで、乙女先生の学生時代からの指定席である。前任校の友人は、カウンターの中で、甲斐甲斐しく働いている。そう、ここは、その友人の両親が、半ば趣味でやっている、その道の(乙女先生のような人種)通の店である。

 店の名前は「H」と書いて「あいの手前」と読む。
 

「なるほど……!」
 

 看板を見て、さくやは笑い、栞は感心した。

「これって、『愛』と『遭い』を掛けてるんですね。だから『H』なんて、ドキッとするような字でも品よく見えるんですよね」  乙女先生の友人は、その感覚を喜んだが、乙女先生の顔は、ちょっと厳しかった。

「栞、あんたは最近ちょっとした有名人やねんさかい、あんまり、こんなとこうろつかんといて欲しいな」

「あ、だから、私服で髪も変えてきたんです」

「せやけど、分かってしもた」

「そら、乙女ちゃんやさかいに」

 ミックスジュースとブラックコーヒーをテーブルに置きながら友人が言う。

「確かに、よう見たら、You Tubeでお馴染みの栞ちゃんやて分かるけど、普通にしてたら分からへんよ。ま、もっとも、その眼力で淀屋橋高校の校長のアデランス見抜いたんやろけど」

「あのオッサンは、そのまた前任校でいっしょやったさかい、誰でも分かる」

「まあ、はよ本題に入って解放したげえよ。問題行動あったわけやないねんさかい」

「せや、本題や。何しとったんや?」
 

 さくやは、ソワソワと。栞は、じっと乙女先生の目を見ている。短い付き合いではあるが中身が濃いので、栞が、なにか計算しているらしいことはすぐに分かった。
 

「結果がでるまでは内緒にしていただけますか?」

「話の中身によるなあ……」

 甘い顔をしてはいけないと、乙女先生はブラックコーヒーを口に含んだ。

「わたしたち、MNBを受けるんです」

「ウ……!?」

 久々に飲む『H』のブラックコーヒーの香りで、予期せぬ感動の顔になってしまった。

「うわー、先生も喜んでくれはるんですね!」  

 さくやが見事に誤解した。

「うちも、最初はぶったまげて、ほんで嬉しなってしもたんです♪」

「なんでまた、MNBなんか?」

「フライングゲットです。和訳すれば、発展的な先取りです」

「どういうこっちゃ?」

「半分は、先生の責任です」

「は……?」

「箕亜のダンス部見たじゃないですか!」

「まあ、あんたらのしょぼくれた演劇部の刺激になったら思てな」

「すばらしかったです。でも、あんなのうちの学校じゃ無理です。ウェブでも調べましたけど、箕亜は、あそこまで行くのに20年かかってます。わたしたち、20年も高校生やってられません」

「いや、あれは気合いを……」

「気合いは、しっかり入りました。で、この実行です。こんどのことでは教育委員会も動いているようですけど、けしてうまくいきません。いままで、教育委員会が音頭を取ってうまくいった礼はありません。説明は、これで十分だと思います」

 乙女先生の頭には、特色ある学校づくり・ゆとり教育・必修クラブ・宿泊学習・体験学習など、ほとんど失敗に終わったアレコレが頭を巡った。

「考えたんです。高校演劇とは、高校生がやる演劇です。間違ってないですよね?」

「うん。愛ちゃん、コーヒーお代わり!」

 さくやが、いそいそとコーヒーのお代わりを運びにかかった。

「演劇とは、広い意味で肉体を使うパフォーマンスのことです。だったらMNBも同じです。あそこの構成メンバーの半分は現役の高校生です。在阪のパフォーマンス集団の中で、一番ビビットに活動できて、可能性があるのがMNBだと結論づけました。なにか間違ってます?」

「そやけど、あそこ、平日2時間、土日は6時間のレッスンやで」

「先生、詳しい~。はい、コーヒーお代わりです♪」

「部活も熱を入れればそんなもんです。部活を教育活動から外して、地域のスポーツ・文化活動にしよう……府教委が、将来的に考えてることですよね」

「ほんまに、栞はよう知ってんねんなあ」

「先生は、わたしがやることに心配なんですよね……ありがとうございます」

 確かに、近頃理論派高校生として名前が出始めている栞がやることに……世間の栞を見る目が心配ではあった。
 

 当の栞はヒョットコみたいな顔で、ミックスジュースを飲み干すと、勝ち誇った顔になった。
 

 この顔が波乱を呼ぶような気が、乙女先生はした……。

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・111「ヒトという字は人? 入?」

2020-04-25 06:28:28 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
111『ヒトという字は人? 入?』
       




 人いう漢字を手ぇの平に書いて飲んだらええぞ!

 衣装に着替えてワタワタしていたら啓介が教えてくれた。

「そ、そうなんだ(;゚Д゚)、ちょ、ちょっとサインペンとかないかな?」
「はい、どうぞ!」
 美晴がサッとサインペンを差し出した手にもドーランの香り。
 楽屋になった体育準備室は演劇部と、そのお手伝いさんたちで一杯。
 予想はしていたけど心臓バックンバックン!
 舞台に立つというのはエキサイティングすぎる!
「えと、ヒトってどっちだっけ?c(゚.゚*)エート。。。 」
 使い込んだ台本の端っこに「人」と「入」を書いて須磨先輩に見せる。須磨先輩は、六回目の三年生という貫録で敵役のコス。
「アハハ、緊張すると忘れるよね『人』の方だよ」
「あ、ども」
「……って、手に書くの?」
「うん、啓介が」
「あ、それって指で書くだけよ」
「え、あ、そうなんだ」

 在日三年、たいていのことには慣れたけど、こういうところでポカをやる。

「あ、でも、わたしアメリカだからAの方がいいかな?」
「A?」
「 audienceの頭文字」
「なーる(▼∀▼)!」
「あ、でも観客は日本人ばっかですよー」
 千歳がチェック。
「そっか、じゃ両方やっとこ……ちょ、ミッキー、あんたも!」
「me?」
「相手役はわたしなんだから、やるやる!」
 さっきからアメリカ人らしからぬ貧乏ゆすりをしている。
「お、オーケーオーケー……あ、なんて書くんだっけ(@゜Д゜@;)」
「人よ人、でもってオーディエンス!」
「え、あ……」
 テンパってやがる。
「書いたげる!」
 小道具のチェックをしていた美晴が乗り出す、とたんにデレるミッキー。ま、こんなときだから突っ込まないでおこう。

 本番まで15分、みんな準備は済んでしまって静かになってしまう。
 う~~~~こういう時の静けさは逆効果。
 いったんは納得した「こんなに痩せてしまって」の台詞が、おりから観客席で沸き起こった笑い声と重なって、自分が笑われたみたいに緊張する。

 ステージはミス八重桜の奮闘で広く安全になった。
 昨日は、そのステージを見て、グッとやる気になったんだけど、今日は、その分笑われるんじゃねーぞ! というプレッシャーになる。

 あ、えと、本番前なんで……

 入り口でなにかもめてると思ったら「わたしは着付け担当ですーー」と声がして人の気配。緊張しすぎのわたしは顔も上げられない。
「ミリー、観に来たよ」
 間近で声がして、やっと分かった。
「お、お婆ちゃん!?」
「着付けが気になってね……ちょっと立ってごらん」
「は、はい」
 着付けはさんざん練習したんで完璧のはず。
「うん、きれいに……ん? ミリー、あんた左前やがな!」
「え? え? そんなことは……(|||ノ`□´)ノオオオォォォー!!」

 みごとな左前に気づいて、いっぺんにいろんなことが飛んでしまった!

「ちょっと、いったん脱いで!」

 言うが早いか、お婆ちゃんは長じゅばんごとわたしをひんむいた。
 本番は大汗をかくと言われていたので下着しか着ていない……それも、線が出ちゃいけないので、そういう下着!

 本番終るまでは、もう目も当てられないことに……なったかどうかは、またいずれ。
 

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ここは世田谷豪徳寺・90『長徳寺の終戦・3』

2020-04-25 06:21:12 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・90
『長徳寺の終戦・3』
 (さくら編)    


 

 

 たまに高射砲に当たって落ちてくる米軍機がいる。

 間抜けとも不運とも言える。高射砲というのは時限信管で、弾が一定の高度に達したときに爆発する。だから、今のミサイルと違って、相手目がけてとんでいって爆発するようなシロモノではない。直撃なんか、まずありえない、爆発半径10メートル以内に飛び込んできて、運悪く、その弾片を食らったものが落ちてくる。

 で、その不幸……と言うより間抜けの部類に入る飛行機が落ちてきた。正式にはP38ムスタングっていうんだけど、みんなは、省略してP公と呼んでいた。

 日和山の高射砲陣地には、それまで敵機を一機も落としたことのない高射砲陣地があった。ま、八王子まで飛んでくる敵機はあまりいないので、チャンスにも恵まれなかったこともある……というのは日和山の兵隊さんの言い訳であるとみんな思っていたが、予備役の隊長さんや、どう見ても応召のオッサンの兵隊さんに悪いので、米軍機も性能がよくなったし、とか、威嚇の役割は十分果たしていますよ。などと、取りようによってはオチョクリになりそうな慰めの言葉をかけていた。でも、日和山の隊長さんも兵隊さんも怒ることもなく、頭を掻いているだけだった。

 それが敵機を落としたのである。陣地の兵隊さんも、里の村人も茫然だった。

 敵機が間抜けと言うのは、パイロットが脱出して決定的なものになった。なんと敵のパイロットは、長徳寺の本堂の上に降りてきてしまったのだ。屋根のてっぺんに落下傘がひっかかり、降りてくることができない。なんとか落下傘は外したけど、小なりと言えどお寺の本堂。とても飛び降りられる高さではない。
 そのうち、村人や憲兵さんたちがやってきたが、容易に手が出せない。敵のパイロットは拳銃を持っているのである。パイロットは大汗をかきながら喚いている。だが意味が分からない。
「この暑いのに、あれじゃ、半日ももたねえよ」
 かづゑの父が長閑に言った。兵隊さんたちも下手に本堂の大屋根に上るのは得策ではないと手をこまねいている。だれも口に出しては言わないけれど、日本の劣勢は明らかで、捕虜には死んでもらいたくはない。

 で、かづゑがセーラー服にモンペ姿で大屋根にあがることになった。女学校4年のかづゑは、一年だけ英語の授業を受けたことがあるので、選ばれてしまったのである。

「ハウ、ドウユードウー。アイム、ア、エルダードーター、オブ、ディステンプル。スクールガール。OK?」
「ヤー、アイム、マイク・ルーニー。キャンユー スピーク イングリッシュ?」
「イエス、アイ キャンスピーク リトゥル。アーユー、サースティー?」
 そう言って、かづゑは水筒を差し出した。マイクは弱っていて、水筒を落としてしまった。とても悲しそうな顔になった。
「アーユー サッド?」
 マイクは、力なくうなづいた。かづゑは頭の回転のいい子であった。
「すみませーん。そこの消防ポンプのホース、投げてくれません!」
 村人が、ホースの口を投げあげ、兵隊たちが、手押しポンプを漕ぐと、ホースから勢いよく水が吹き出し、本堂の上に虹がかかった。マイクも日本人も一瞬感動した。かづゑは、マイクに水をかけてやった。
「オー ナイス。カムファタブル!」
 マイクは、素直に喜び、直にホースの口から水を飲んだ後、真上に向けて水を撒き、さっきより大きな虹が本堂の上に現れた。

 その虹は、CG処理され、三越紀香のときよりも盛大な虹になった。

 スタッフと、マイク役のジョ-ジの提案で『長徳寺の終戦 ファーストレインボウ』と改題された。
 この後、終戦の日に防空壕を掘るという間抜けたエピソードが入り、クランクアップになった。

 このピンチヒッターで入ったドラマが意外な反響を呼び、さくらの運命を変えることになるかは、だれも想像ができなかった。

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《ただいま》第三回 由香の一人語り・1

2020-04-25 06:10:47 | ノベル2

《そして ただいま》
第三回 由香の一人語り・1
       

 

 

 ただいま……!

 さすがに二年ぶりの「ただいま」は声がうわずってしまった。
 かすかなあたしの期待に反して、お母さんの姿はなかった……。
 
 テーブルの上のパソコンが新型に替わっているだけで、あとはカレンダーが今年のに掛けかわっているくらい。
 この二年間、あたしが居なかったことが、まるで嘘のように変化が無かった。


 そのとき、コップの氷が溶けて、コトリと音がしたような気がした。
 なにかが壊れたような……なにかが落ち着いたような妙な気分……。


 あたしが家出をしたのは、二年前の六月。
 今日みたいにどんより曇った修学旅行の朝。

 あたしは、その曇り空とは反対に、晴れ晴れした気持ちでワクワクしていた。

 なんてったって、修学旅行。大きいカバンを買ってきて、リビングにデンと置いても、そのカバンに着替えを詰め込んでも、いつもより念入りにメイクしても、なにも疑われない。
 それどころか、二万円のお小遣いさえいただいて、堂々と玄関から大手を振って家出することができた……。

 駅から……集合場所の空港へ行くのとは反対方向の電車。

 その四人がけのシートに収まったとき、オヘソのあたりから、今まで味わったことのない開放感がこみ上げてきた。
 その開放感がホッペのあたりでニマニマ沸き立つのを、押さえることができなかった。
「ネエチャン、なんかええことあったんか?」
 ほとんど、そう聞きそうになっている吉本系のオヤジと目が合いそうになり、ようやくあたしは、ホッペのネジを締め、窓の外に目を向けた。

 あたしの家出先は、豊かな自然と、細やかな人情が売り! と知事自らがテレビコマーシャルをやっている二つむこうの○○県。その西のハズレのリゾート地。そこの民宿でバイトしている三つ年上の大学生。

 この人は、友だちがサイトで知り合った「友だち」。友だちの付き添いで会いに行ったら、向こうも付き添いだった。
 で、気づいた頃には、友だち同士はとうに別れたというのに、付添同士が熱くなってしまっていた。
 家出も、この人と互いに不満やグチを遣り取りしているうちに意気投合。

 決まっちゃった。

 バーチャルな「友だち」は飛躍が早い。
「家出……」
 と、書き込んだ。
「やってみればあ」
 クレヨンしんちゃんみたいな返事が返ってきた。それからゲームの裏技みたいな家出のあれこれを教えてくれた。さすがに、あたしが見込んだだけのことはある!

 でも、修学旅行にかこつけて家出するのは、あたしのアイデア。
「実行!」
 そう打った。
「スゴイ!」を何度も繰り返した、どう見ても百パーセント賛成のメールが返ってきて、それで決心!

 あたし、悪戯に関しては、子どもの頃から天才。

 電話の受話器を置くとこのポッチにセロテープ貼り付けて、受話器を取っても電話が鳴り続けるようにしておく。車のフロントグラスに水性のポマードで蜘蛛の巣みたいにヒビを描く。これって、けっこうリアルに見えるんだよ。慌て者のお母さん110番に電話しちゃって、親子共々叱られたけど楽しかった。
 トイレの便座の下にラップを張っておく……これは、やった本人が忘れ、自分でひっかかって情けないったらありゃしない。
 
 人から見ると、あたしの家出は、そういう悪戯の延長というか、すごく軽いノリでやっちゃったみたいに見えるかもね……。

 でも、実際はちがう。

 軽いノリと、悪戯気分でやってしまわないと、やれないくらい、それほど当時のあたしには重大ってか……追いつめられていたんだ。
 母親と二人だけの家族は……それが家族と言えるなら、あたしには重荷だった。


「今日は、そこまでにしときまひょ」

 珠生先生の言葉で、由香さんは憑き物がが落ちたようになった。

「どう、少しは軽なった?」
「ええ、こんなに解放されたのは久しぶりです!」
 由香さんは、女子高生にもどったような(さっきまでは、まさに戻っていたんだけど)軽やかさで言った。
「貴崎先生のお話は面白そうやから、小出しにいきましょう。次ぎ、また楽しみにしてますからね。よかったら帰り一駅分ぐらい歩いてみるとええわ」
「はい、そうします。じゃ、失礼します。里中さんもありがとう……」

 元気に由香さんは出て行った。

「かなり楽しげな少女時代だったみたいですね。最後の瞬間を除いて」
「わたしは、最初から痛々しかったわ。ちょっと窓から外見てごらん」

 由香さんは、建物を出てしばらくは元気そうだったけど、門が近くなると背中を丸めてキャスケットを深々と被った。まるで荒れ野の魔女に魔法をかけられて九十歳のオバアチャンになったソフィーみたいだった。

「うちの魔法も、敷地の外まではもたへんなあ。ま、ボチボチいきまひょか」

 私は、珠生先生が、本当の魔女のように見えた……。

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乙女と栞と小姫山・26『コップに半分の法則』

2020-04-25 05:59:01 | 小説6

乙女小姫山26

『コップに半分の法則』      
 

 

 

 朝から栞の話でもちきりだ。
 

 一昨日収録された梅沢忠興とのインタビューが昨日の朝に放映されたのだ。

 二時間に渡る話は45分に編集されていたが、論点は外していなかった。

 世論におもねってしまったために過剰になったカリキュラム、そのために、教師も生徒も無駄に神経・労力・時間が取られていることは、放送局が用意したフリップやテロップなどでも補強されていた。

 喋れる英語教育が必ずしも必要ではないという栞の意見は、視聴者には新鮮に聞こえた。重要な発言の時には過不足のないアップや、アングルで栞と梅沢を撮るだけでなく、一見無反応と感じていたMNBの榊原聖子が「うん」「なるほど」などとリアクションしているところも逃してはいなかった。

「わたしたちアイドルって、ザックリ目標を与えられるんです。で、レッスンの中で、ダンスや歌の先生達が、わたしたちを見て、具体的な指摘や、個人に合った目標とレッスンが与えられます。とっても指導がシンプルで的確ですね。ええ、わたしたちには無駄はありませんね」

「手島さんの話は、今の時代に蔓延している曖昧さがありません。主張にしろ、質問への答えにせよ、まっすぐ無駄なく答えてくる。セリナさん気づきました? あの子は、語尾を上げるぶら下がるような話し方をしない。それでいて生意気じゃないんですよね。知性と論理性、幼さと美しさが同居している。お尻事件で、どんな子だろうと思っていましたが、話をして、その両極があの子の中に同居している自然さを……うかつにもこの十七に満たない少女のなかに「志」を感じてしまった。僕には、この人との対談そのものが事件でしたね」
 

 二人の後撮りのコメントまで入っていた。
 

 生徒達の反応も、おおむね好意的だった。もっともアイドルの聖子の意見に引っ張られているところが大きいが、放送局のやることに珍しく納得した乙女先生であった。
 

「……以上の理由により、梅田、湯浅、中谷の三先生は書類の通り停職。その後、教育センターで半年の研修に入っていただきます。また、梅田、湯浅両先生につきましては、道交法の進行妨害、威力業務妨害、傷害により係争中でありますので、判決によっては、処分・指導内容に追加が加わることもあります。わたくし学校長は、監督・指導不十分で減給三ヵ月、戒告であります。また、第三者を交えた学校改革委員会が発足することになったことを申し添えておきます」

 今日は45分の短縮授業で、放課後は臨時の職員会議になり、栞の問題に関する府教委の処分と、学校運営のための助言が伝えられた。

「なにか、この件についてご質問、ご発言はありませんか?」

 議長が事務的にみなに質問した。みなが俯いた沈黙の中、乙女先生が一人手をあげた……。
 

 栞は、さくやと二人で中庭のベンチに足を投げ出して座っていた。

「今やってる職員会議で決まるんですね……」

「なにが決まるのよ」

「えと、先生らの処分とか……」

「なんにもならないわよ、そんなこと」

「そうですか……」

 さくやは、伸ばした脚をもとにもどして姿勢を正した。といって、なにか思いついたわけではなく、今年にになって初めて見る黄色いチョウチョに気が取られたのである。

「やあ、黄色いチョウチョや!」

「え?」

「その年の一番最初に見たチョウチョが黄色やったら、その年は幸せな一年になるんやそうですよ。ラッキー!」

「それ、『ムーミン』に出てくるお話ね」

「へー、そうなんや!?」

「そうだ、ちょっと待ってて」

 栞は、側の食堂の自販機で、ジュースを買いに行った。

「言うてくれはったら、うちが行きましたのに」

「勝手に決めたけど。さくやちゃんオレンジね」

「はい、うち柑橘系好きなんです!」

「それ、半分飲んで」

「はい、喜んで」

 さくやは、計ったようにオレンジジュースを半分飲んだ。

「半分になったオレンジジュースを、さくやはどう表現する?」

「はい、まだ半分残ってる……」

「大正解!」

 そして、栞はまるまる残っているコーラを、さくやは半分のオレンジジュースで乾杯した。

「さくやが『半分しか残ってない』って言ったら、即、演劇部解散しようと思っていた」

「えー、そうやったんですか。よかった正解で!」

「まだ半分残ってるってポジティブさが、わたしたちには必要なのよ」

「はい」

「たった今まで、コップの中に閉じこめられていたオレンジジュースとコーラは、二人のお腹に収まって、やがて……」

「おしっこになります!」  さくやが気を付けした。

「あのね、その前に体に吸収されて、わたしたちの力になるのよ」

「はい」

「ニュートンはリンゴが木から落ちるのを見て万有引力を発見した」

「発見した!」

「手島栞は、コップのコーラが空になるのを見て、高校生の力を発見した!」

「発見!……どういう意味ですか?」

「コップの中で、グズグズ悩んだり、チマチマ考えるのは止め! わたしは、コップを飛び出すの!」  

 そうカッコヨク決めたところで、「ゲフ」っとオッサンのようなゲップが出た……!

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魔法少女マヂカ・147『荒川土手道の幻想・2』

2020-04-24 14:14:23 | 小説

魔法少女マヂカ・147

『荒川土手道の幻想・2』語り手:友里   

 

 

 瞬きした瞬間、ゼロ戦の操縦席に収まってしまった。

 

 自然に左手が動いてスロットルを引く、エンジンの回転数が上がって、ゼロ戦は荒川の土手道を滑走したかと思うと、あっという間に空に舞い上がった。

 え? ええ!?

『頭を空っぽにしろ!』

「え、マヂカ?」

『右を見ろ』

「右?」

 右を向くと、もう一機のゼロ戦が高度を上げてきて横に並んだ。操縦席に収まっているのはマヂカだ。

「もう一機あったの!?」

『魔法で出した。ここは敵も味方も魔力が上がるみたいだ。頭を空っぽにして、敵機を墜とすことだけをイメージしろ。そうすれば機体は自由に操れる』

「機銃とか撃つのは?」

『イメージしろ!』

 それだけ言うと、マヂカのゼロ戦は高度を上げて三時の方向に飛んでいく。わたしは反射的にフットバーを踏み込んで操縦桿をいっぱいに引いた。

 グィーーーーーーン!

 ゼロ戦はみるみる上昇していき、上空に迫るゴマ粒は金属バットに翼を付けたような姿に……ひょっとして、B29?

 むき出しのジュラルミンの機体がキラリと光る。

 きれいだ……。

 ドドドドドドド!

「やばい!」

 見とれていると、眼前に迫った三機のB29のあちこちからアイスキャンディーがほとばしってきた。

『ユリ!』

「分かってる!」

 フットバーを蹴ってロールしながらアイスキャンディーの束を避け、二番目に近いB29の鼻先に20ミリ機銃をぶち込む!

 なんで二番目かと言うと、一番近いB29を狙っても射撃の時間は二秒もなく、撃墜には至らないと判断したからだ。

 狙った二番目はジュラルミンの破片をキラキラまき散らしながら高度を下げていき、視界から姿を消したかと思うと、下後方からドーンと鈍い音をさせた。

『ひき続き下方の敵機を食え!』

「了解!」

 敵編隊の上空に突き抜けたところで捻りこみをかけ、八十度の降下角で突っ込んでいく。この降下角ならば、敵機の機銃はこちらを狙えない。しかし、機速は350ノットを超え華奢な機体は十秒も耐えられない。

 ミシ ミシ

 機体が音をたて、翼面のジュラルミンに皴が寄り始める。

 ドドドドドドドドドド! ドドドドドドドドドド!

 二十発余りの二十ミリと八十発ほどの七・七ミリを左翼の付け根あたりにぶちまける。照準器のレチクルが敵機の翼で一杯になった瞬間、操縦桿をいっぱいに引く!

 ガシ

 水平尾翼のあたりで嫌な音がする、敵機のプロペラに擦られた!

 ボグ

 敵機の翼が折れたか?

 やっと水平を取り戻して、見上げると、数百メートル上空で煙を吐いて墜ち始める敵機が見えた。

 ガクン ガクン

 機体が震えて、操縦が難しくなってきた。

『一度下りて、別の機体に乗り換えろ』

「わ、分かった」

 

 土手道は、いつのまにか滑走路になっていて、予備のゼロ戦が準備されている。

 

 そうやって、機体を乗り換えること三回。

 十機は墜としただろうか、マヂカは、その倍は墜としている。

 頑張らなきゃ……気は焦るんだけど、集中力がもたない。

 敵の編隊が、消えては現れるというバグのような状態になってきた。

『ここまでだ、これ以上やっては次元の断裂に呑み込まれてしまう』

 マヂカの無線で気が抜けた。

 すると、敵機は寄り集まった……かと思うと、赤白に塗り分けられた巨大なB29になって、ゆっくりと旋回しながら姿を消していく。

 合体しきれなかった敵機はプテラノドンに姿を変えたが、瞬くうちにマヂカが撃ち落としていった。

 

「あれは、いったい何だったの?」

「全部墜とせたら、東京大空襲を阻止できたかもしれんがな」

「東京大空襲?」

「昭和二十年三月十日に三百機のB29が来襲してきて、十万の東京市民が犠牲になった」

「……教科書に書いてあったような」

「いいさ、ろくに教えられてはいないんだからな」

「全部墜とせたら、本当に阻止できた?」

「フフ、そんな気がしただけだ」

 マヂカは、ずっと昔から魔法少女をやっている。ひょっとしたら、リアルに出撃していたのかもしれない。

 でも、聞いてもマヂカは答えないだろう。

 話題を変えた。

「合体したら、赤白のB29になったじゃない……」

「うん、あの姿は意味があると思う」

「でも、怖いよね」

「でも、後戻りはできない。もう、荒川を渡ってしまったからな」

「え、いつの間に!?」

「とりあえず、クロ巫女には伝えておくか」

 ひそかを取り出すと、クロ巫女に電話をするマヂカだった。

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・110「八重桜先生の深慮遠謀」

2020-04-24 06:56:03 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)
110『八重桜先生の深慮遠謀』
         



 

 諦めもしないし期待もしない。

 事故で足が動かなくなってからの生活信条。


 諦めないから――車いすに乗れるところまでのリハビリ――と思ったから車いすをマスターするのは早かった。
 そうでなければ、あやうく小学校を七年通うところだった。

 学校に復帰してからは大人しくしている。

 障がい者ががんばると、周囲は過剰な期待をするようになる。
 24時間テレビとか観てたら思うでしょ、車いすで富士登山とか車いすマラソンとか、あれって感動ポルノだよ。
 そこまで行かなくても、足の不自由な自分がなにかやろうとしたら「がんばって!」とか「一人じゃないわよ!」とか「応援してる!」とか、善意に違いは無いんだけど、世間のお節介が始まる。
 文句なんか言ったらバチが当たるんだろうけど、本音はそっとしていてほしい。

 そういうことが煩わしいから、地元を離れて、お姉ちゃんが居るってだけの縁で大阪に来た。

 そしてバリアフリーモデル校の空堀高校に入った。

 モデル校なら、わたしくらいの障がい者は普通に居るだろうし、そうそう特別扱いはされないだろうと思ったから。

 でも、ちがうんだよね。

 モデル校にはモデル校の……よく言えば熱さ、わたし的に言えば「いい加減にして!」がある。
 お姉ちゃんが最新式のウェルキャブ(身障者用リフトなんかを完備した車)を買ったら先生たちの注目の的だし、なにかにつけて、あれこれ聞かれたり、してほしくもないカウンセリングとか人寄せパンダ的に部活に勧誘されたりとか。
 そういうの嫌だから、入学早々一学期一杯で辞めようと思った。
 辞めるためには、一通りやったけどダメだったという事実が欲しいので演劇部に入ったんだよ。

 演劇部って、看板だけで、実際には放課後の休憩室みたくなっていて、近々廃部間違いなし!

 それが、ちっとも廃部にならない。

 それどころか、この演劇部は間違っても演劇なんかしないだろうと思っていたら、そのまさかの演劇をやることになってしまった。
 世の中何が起こるか分からないという見本みたいに。

 文化祭で『夕鶴』を上演することになった。

 でも、府立高校の舞台って車いすの役者が動き回れるようには出来ていない。間口の割に奥行きが無いし、車いすで舞台に上がれるようにも出来ていない。最初の舞台稽古ではミッキーにお姫様ダッコしてもらって舞台に上がったけど、正直ミッキーの足元は危なっかしかった、緊張の本番にやったら、ちょっと怖いよ。だいいち、上がった舞台は狭くて動きづらいし。

「澤村さんも来て」

 いつものように部室で留守番を決め込もうと思っていたら、八重桜先生みずから呼びに来た。
「でも、わたしが行っても……」
「なに言ってんの、あんたもメンバーの一人でしょうが」
 先生は、どんどん車いすを押していく。あっという間に体育館。

 え、なにこれ……?

 演劇部の先輩たちも口を開きっぱなしにして驚いていた。
 
 なんと舞台が広くなって、舞台の脇には車いす用の特設リフトまで付いているではないか!

「A新聞に載った甲斐があってね、急きょリースしてもらったのよ。張りだし舞台とリフト。今日の昼過ぎにやっと間に合った!」

 あ、それでA新聞の取材とかがあったんだ……八重桜、いや、朝倉先生のしぶとさを思い知った。

「「「「「すごい!!」」」」」

 部員一同感動はしたんだけど、やっぱ、胃の底にズシーンとくる。

 文化祭の本番は明日です。
 

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