大橋むつおのブログ

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連載戯曲・改訂版 エピソード 二十四の瞳・5

2020-04-05 06:59:31 | 戯曲
連載戯曲
エピソード 二十四の瞳・5   

時  現代
所  東京の西郊

登場人物

瞳   松山高校常勤講師
由香  山手高校教諭
美保  松山高校一年生



 
瞳: 言っただろ、教育は掛け算だって!
 先生が十のこと教えて、あんたたちが十なら答えは百、一だったら十。
 そんで、ゼロだったら答えはゼロだよゼロ。覚えてる?
美保: あたしゼロ?
瞳: ゼロだ!
美保: はあ……。
瞳: だけどなあ、美保はマイナスじゃない。
美保: え?
瞳:マイナスの数字は、どんな正数を掛けても答えはマイナス。そういう奴は、今の美保みたいに素直な話もできない。
 だから、そういう正直なとこが美保のプラスのとこだ。さっきも言っただろ。
美保: うん……。
瞳: 先生はな、美保が勉強の面でプラスだろうがマイナスだろうが。
 そんなことで、善し悪しを計ろうなんて思ってないぞ。
美保: ……どういうこと?
瞳: 場所を変えたら、美保の気持ちはプラスに変わる。
美保: え……。
瞳: 違う学校に行ってみるとか、働いてみるとかしたら……きっと美保にもゼロではない、プラスになれる場所があると思うんだ。
美保: それって……。
瞳: こら、詐欺師見るような目で見るんじゃないよ。
美保: だけど、あたし学校にはいたい……先生、あたしのこと辞めさせたいんじゃない?
瞳: バカ、それなら、ちゃんとプラスになって学校に来いよ。ちゃんと授業うけろよ。
 な、そうだろ、先生間違ったこと言ってるか(由香に)ね?
由香: え……うん……。
瞳: だろ?
美保: う、うん……。
瞳: これ、今日家まで行って美保に渡そうと思っていたんだ。
美保: え?
瞳: うち、選択授業が多くって、教室の移動が多いじゃんか。
 美保、あんまり学校来てないから、自分が受ける授業……教室もよくわかってないだろ、迷子の子猫ちゃん。
 辞めさせたかったら、こんなサービスしないよ。
美保: ありがとう先生……。
瞳: これでもう「教室わからないんだも~ん」って、言い訳はさせねーからな。
 数字の上では、ちゃんと学校に来てきちんと授業受けたら、カツカツで道はひらけないこともない。
 そのためには、自分を変えなくっちゃな!
美保: プラスにならなくっちゃだめなんだよね。
瞳: そうだ。難しいぞ、自分を変えるというのは。
美保: うん。
瞳: できるか?
美保: う……うん。
瞳: ちゃんと先生の顔見て!
美保: ……うん。
瞳: ……だめだった時の覚悟も心に置いとくんだぞ。
 その場しのぎにイイコチャンぶっても、問題先延ばしするだけだからな。
美保: うん。
瞳: ……。
美保: じゃ、もういい?……バイトの時間迫ってるから。
瞳: おう。それから……なあ美保。
美保: うん?
瞳: 夜中、バイク乗り回すのはやめときな。
美保: ……どうして?
瞳: 懇談の時、一人一人に聞いた。美保にも聞いたでしょ?
美保: あたし、免許もバイクも持ってないって!
瞳: 反応でね、美保とお母さんの反応で……
 今みたく、ムキになったり、目線が逃げたり……で、こいつは乗ってるなあ……と、あたしの勘。
 それで警察に問い合わせたの。多摩と府中の警察で、一回ずつ世話になってるわね。
美保: ……。
瞳: ほれほれ、また詐欺師見るような目ぇしちゃって。
 今さら問題にして、どうこうしようなんて思ってないよ。
 バイクそのものも悪いとは言わない、あたしも車大好きだから。
 だけど、今はそのバイクとダチとの付き合いが美保の足をひっぱてるんだ。
美保: それとこれとは関係ないよ!
瞳: ある! 夜遅くまでバイク乗って、朝学校に来られるわけないだろ……それに、乗ってるだけでは済まないようなことも……。
美保: 分かってるよ。
瞳: ……そこまでは詮索しないけどなあ、今は、そこんとこ手を切らなかったら進級なんかできねーぞ。
美保: 先生、あたしは……。
瞳: まだ、このうえゴチャゴチャ言わせてーのか!
美保: ……。
瞳: 分かったか? とりあえず進級のメドがつくまでは……いいな……そうでないと、またコブラツイストかけっぞ!
美保: う、うん。がんばるよ……じゃ……先生。
瞳: うん?
美保: 何でもない(駆け去る)
瞳: いいか、バイクはやめとくんだぞ!
由香: ……瞳、あんたすごいね……。
瞳: もうちょっと待っててね……(携帯をかける)……ああ美保のお母さんですか?
 はい、松山の大石です。いま、お家まで行こうと思ったら東公園のとこで美保に出会いまして……ええ、説教しときました。
 今日で音楽が切れてしまって、残りの日数も十六日です……
 はい、本人もがんばるって言ってますけど、最悪アウトになる覚悟は……恐縮です。
 今度落ちたら二度目。二回落ちて卒業した子はいませんから、ええ……それとバイクのこと……
 ハハハ、申しわけありません、勘で……ええ、ピンときて、警察のほうにも照会させてもらいました……
 いや、特に問題にして処分しようとは考えてません。ただ、美保の足をひっぱってるのは確実にバイクと、その仲間です……
 ええ、本人にもメドのたつまでは縁切れって……ええ、本人も飲み込んだ様子ですので……
 お家の方でも、そのへんよろしく……性根までは腐った子じゃありませんから、まだ信じてやりたいと思います……
 じゃ、どうぞよろしく(切る)おまたせ、家庭訪問なくなっちゃった。どっか行こっか?
由香: え?
瞳: 由香の希望どおり、あたしのバースデイ・イブってことで。もち由香のおごりでね。
 フランス料理にしようかな……イタメシもいいし……あ、自転車のうしろ乗って。立ち乗りでいいよ。
 近くの駐車場までだから……いくよ!
由香: あ、ちょ、ちょっと……。

 由香が瞳の自転車を追いつつ去る。黒子による明転。 


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