真凡プレジデント・25
わたしは、ままり物怖じしない子だ。
特別にブスと言うわけでもなく、とりたてていい女と言うわけでもない。
シルエットはお姉ちゃんに似ていて、ま、プロポーションはまあまあ。
下校中に、怪しげな足音が付いてきたことがある。
寂し気な通りに入ったとたんに足音は急接近、これはヤバイ!
無分別な痴漢や変質者だったら、ここで後ろから抱き付くとか押し倒すとかしてくる。
痛い目や怖い目に合うのは、わたしだってごめんだ。
だから、クルリと振り返る――あ、忘れ物思い出した!――みたいな感じでね。
どうせ襲われるんだったら、正面から向き合って爪の一つも立ててやって、犯人の顔ぐらい憶えてやろうと思った。
そういう土壇場には、思わぬ勇気が出てくると言うか、変な選択をしてしまう。こんど、生徒会選挙に出て会長に当選してしまったような。
クルリ!
するとね、風船に穴が開いたみたいに、そいつのやる気はしぼんでしまう。
プシュウ……てな効果音が、これほど似つかわしい場面は無いと思った。
わたしは、そういう気持ちを萎えさせてしまうほどの雰囲気を身にまとっているらしい。
そして、その変質者と数日後に出くわしたと考えてみて。
あの期待を裏切った女だと思ったら、なにがしかリアクションあるでしょ。あ、こいつか……というような。
それが、まるで無関心。歩行者が速度制限の標識なんか気にしないように、ただのオブジェクトくらいにしか受け止めていない。
そういう目に遭った時に、お姉ちゃんの妹への関心にブーストがかかるのは、これまでのことでも分かってもらえると思う。
小学校でも中学校でも、担任の先生は夏休み前までわたしの顔を覚えられなかった。
中一のとき、部活に入ろうと入部届を持って職員室に行った時のこと。
「すみません、入部届にハンコが欲しいんですけど」
「あ、担任の先生に押してもらって……」
「あの、わたし、先生のクラスの田中真凡……」
「え……?」
この程度の事は日常茶飯事で、日常茶飯事なんだけど、姉はいちいち笑ってくれる。
たいてい笑っておしまいなんだけど、ときどき、遠慮なく介入してくる。
変質者の時は、放送局まで呼び出され、ディレクターと放送作家に引き合わされて「もっかい、みんなに話してちょうだい(^▽^)/」ということになった。
むろん、きっぱり断ったけどね。
今度の生徒会や学校の事は、その時と同じくらいに関心を持ってしまっている。
絶賛失業中で、他にやることもないので、ちょっとしつこい。
「たった今、東西方向の信号が青になって、歩行者の人たちが渡りはじめました。こうやって見ておりましても。下校時間のピークだと思うのですが、ご覧ください、交差点を渡る人たちの半分以上が定年は超えたであろうと思われる方々ばかりです。昭和の高度経済成長を支えてこられたみなさんの足どりはしっかりしています。おそらくはまだ現職であったり定年後もお仕事を続けておられるのでしょう、高齢化社会は、まだまだ盤石であるように思われます。下校途中の高校生や学生さんたちは、こころなしか登校時よりもイキイキしているように思えますが、ご年配の方々のオーラは、その高校生学生さんのそれを凌いでいるのかもしれません。見上げる空は梅雨に入ってドンヨリと……」
四時から、もう三十分も駅前交差点に立って、マイク片手に交差点の実況をやっている。
少し離れたところにキャップにグラサンのお姉ちゃんがニヤニヤ。
これ、体育祭のアナウンスの練習なんだって!
でもって、いつの間にか、交差点の向こうには、なつきを始め生徒会の面々が。
ニヤニヤしないでよね!
むっちゃ恥ずかしんだからさ!
☆ 主な登場人物
- 田中 真凡(生徒会長) ブスでも美人でもなく、人の印象に残らないことを密かに気にしている高校二年生
- 福島 みずき(副会長) 真凡たちの一組とは反対の位置にある六組
- 橘 なつき(会計) 入学以来の友だち、勉強は苦手だが真凡のことは大好き
- 北白川 綾乃(書記) モテカワ美少女の同級生
- 田中 美樹 真凡の姉、東大卒で美人の誉れも高き女子アナだったが三月で退職、家でゴロゴロしている。
- 柳沢 琢磨 対立候補だった ちょっとサイコパス
- 橘 健二 なつきの弟
- 藤田先生 定年間近の生徒会顧問
- 中谷先生 若い生徒会顧問