紛らいもののセラ
便宜上プロになったものの、こんなだったとは思わなかった。
『ごめん、急にSラジオのゲストが出られなくなったの、ピンチヒッターお願い!』
正式なマネージャーになったばかりの春美さんから電話があったのは、月子と放課後のお喋りをしながら駅に向かっていたときだった。
「三時って言ったら、ほとんど今からじゃないですか」
『打ち合わせとかあるから、二時にはS放送に来てね。『徹子のフライデー』だから断れないの、よろしく!』
返事も待たずに、春美さんは電話を切ってしまった。
「S放送なら、地下鉄のS駅ね」
「わたし、行ったことないから分からないよ……」
今までにない、春美の押しつけがましさに、ちょっと不服顔のセラだ。
「わたし知ってる。以前、元皇族問題の時に呼ばれたことがあるから」
というので、月子の案内でS放送についたのが、二時半だった。
「あら早い。あなたたちお昼まだ?」
「はい、遅れちゃだめだろうって、とりあえず来ることを優先しました」
「ハハ、それは何か食わせろってことね、付いてきて」
返事も聞かずに春美さんはスタスタ歩き出した。行った先には「猫柳徹子様」と紙が貼られていた。
「あら、もう来てくれたのね。そちら三宮様の内親王様」
徹子さんは、物覚えがいい。たった一度あっただけの月子のことをしっかり覚えていた。よもやま話をしているうちに特製のお弁当が三人前届けられた。
「「うわあ、おいしそう!」」
同じ言葉が、月子と一緒に出た。
「ほんとは、AKPのセーラさんが来る予定だったんだけど、レッスン中に足痛めて病院なの。で、あわよくばセラさん呼び出して楽しくお話ししようと思って。三宮さんも、ごいっしょにどうぞ」
「え!?」
と驚く間もなく、徹子さんは次々に話題を出したり、二人の話を聞いたりして、番組の構成を考えていった。
「まあ、そうなの。あのバス事故がきっかけで……」
「ええ、今まで『お兄ちゃん』なんて呼べなかったんですけど、意識が戻って、すぐ目の前にいたのが兄だったんで、自然に言えたんです」
「ふーん、死ぬような目に遭って、なにかふっきれたんでしょうね。それから、とても立派な記者会見でしょ。今ごろあんなにマスコミに押し出しのきく高校生なんていないわよ」
「そして、佐藤良子さんから詩のようなお手紙いただいて、それに曲が付いちゃって、気が付いたら今の境遇なんです」
「そうよね、最初はマスコミに利用されて、変なっていうか、唯一の生存者で可愛いもんだから、ちょっとまずい立場になるんじゃないかって心配したんだけどね。いや、取り越し苦労でした」
それから月子も交え、打ち合わせの話に花が咲いた。
もともとのゲストがAKPのセーラだったので、途中からラジオを聞いた人たちは混乱した、早口の徹子さんはセーラと言ってもセラと言っても同じに聞こえる。
番組の途中で「驚いた」というメールがいっぱいきたので、徹子さんは二度ばかり「今日のゲストは、デビューしたての世良セラさんです。セーラさんのピンチヒッターに来ていただきました」というややこしい解説をしなければならなかった。
「はーあ、ラジオ通すとセーラさんの声に似てらっしゃるようね。声質もそうだけど、はつらつとしたとこや、お話しの分かりやすいとこなんか。ねえ、月子さん、そう思いません?」
「似てますね」
セーラの録音を聞かされて、正直な感想を言った。
ふと、セラは妙な感覚に襲われた。視聴者のかなりの人が自分をセーラだと思っていた。徹子さんが何度か説明したので別人だと分かってもらえたが、一部の視聴者は混乱したままだった。
セラ自身が混乱している。事故前と事故のあとでは自分が違う……違いすぎる。ラジオを聴いて混乱していた視聴者のような気持ちが日増しに強くなってきた……。
ちょっと変だな……。