ライトノベルベスト
志忠屋の多恵さんから葉書が来た。
なんとか大学に入って半年、志忠屋にもご無沙汰だ。
―― たまにはお越しください、奈菜さんも、どうしてるのかなあってカウンターで呟いてますよ ――
奈菜さんに会いたい!
思いが付き上げてきて、スマホでここんとこの予定を確認した。
週三回のバイトと、前期にどうしても出ておかなければならない講義を確認。
文学論と国史概説……選択教科だし、講義はつまらないし、レポートの締め切りは迫ってるし、この二つをブッチすれば時間のやりくりはつく。
あくる日、一講時目だけ受けて志忠屋に急いだ。
「あら、残念、たった今まで奈菜さん居たのよ」
ランチのピークを過ぎて洗い物に精を出していた多恵さんが残念そうに言う。
「あ、じゃ、追いかけてみる」
「あ、待って。お昼まだなんでしょ、オニギリ持ってきなさい」
「あ、すみません」
お代を払おうとしたら「まかないだから」と言ってサービスしてくれた。ペコリとお辞儀をして、川沿いの道を急ぐ。
あれから、何度かメゾン・ナナソを探りに、ここいらを歩いてみたけど、いっこうにたどり着けないでいる。でも、女の足だ、速く歩けば追いつけないことも無いだろう。
しかし、追いつくと言うのは道が分かっていて言えることだ。
不案内な道をやみくもに歩いていては追いつけるもないだろう。
諦めの気持ちが空腹感と共に湧いてくる。
曲がったところに小公園が見えたので、ブランコに腰かけてオニギリの包みをあける。
オニギリ二個にお新香、焼きのりが別になっていて、これで巻いて食べろということだ。
ソヨソヨとブランコを揺らしながらオニギリを頬張る。
焼きのりの香りと食感、ヒンヤリしたご飯が心地い。具は肉厚の塩昆布。肉厚だけど、柔らかいので食べやすい。
もう一個のオニギリは、多分焼き鮭だ。
そう思って咀嚼していると、植え込みの向こうに道が開け、道の向こうにメゾン・ナナソが見えた!
見つけた!
感動して立ち上がると、包みのオニギリが地面に落ちて、数回転がったかと思うとバラバラになって、中の具が出てしまった。予想通りの焼き鮭なので『当たった!』とは思ったが、砂粒とゴミにまみれては食べられないだろう。
と、そこに一匹の猫が飛び出してきて、焼き鮭をかっさらって行ってしまった。
あーーーーーついてねえ。
ため息ついて顔をあげると、ついさっきまで見えていたメゾン・ナナソが道ごと見えなくなってしまっている。
幻だったのか……?
ニャーーー
さっきの猫が、公園の入り口で鳴いている。思わず殺気のこもった目で見てしまう。
『まあ、怒るな。ナナソへの道なら教えてやる』
猫が喋る不思議さも忘れて時めいてしまう。
「ほんとか!?」
『今日は急ぎの用がある、こんど教えてやるから、楽しみにしてろ。じゃ、焼き鮭おいししかったぜ』
それだけ言うと、クルンと身をひるがえして消えてしまった。
仕方なく、あたりの写真を撮って家に帰った。