ここは世田谷豪徳寺 (三訂版)
第76話《ええぇ!? 登舷礼やないかぁ!》惣一
予想はしていたが、政府の発表もなく、マスコミはいっさい報道しなかった。
K国が我が哨戒機に火器管制レーダーを照射した時には映像付きで報道されたので少し期待したのだが無駄だった。
「まあ、こんなもんや三度笠」
プゥ~~~
抜錨完了の合図がブリッジに届き航海長操艦に移ると、艦長は放屁しながら古いギャグをかました。
臨時乗り組みの俺は平静を保ったが、ブリッジのみんなはクスリとかフフフとか笑って、穏やかな空気の中、たかやすは横須賀への航路についた。
四国沖に達した時に艦長室に呼ばれた。
「いま、おもろい連絡が入った」
「どんな連絡ですか?」
「やしまが曳航してたドローン船をロストしよった」
「ロ、ロスト!?」
「曳航中に沈んでしもたという話や」
「なんですか、それは!?」
あり得ない、真田三曹と船内を調べたが船は健康だった。台風並みの嵐でもなければ沈没などあり得ない。
「あの背広の指示やろなあ、あいつらは運輸省の役人やで。おそらくは運輸大臣……独断か、官房長官あたりの差し金か。現場が領海線付近やったんでな、やしまとC国艦の無線はあちこちで聞かれてる。隠しきれんと思て、証拠隠滅に走りよった。アホなことしよる!」
艦長の怒り通りの展開になってきた。
隠しきれないと思った上の方が、一転C国の領海侵犯と漁船の拿捕を認め、マスコミを通じて全世界に知らせたが、捕獲した漁船は沈没したということで、強引に幕をひこうとしたんだ。
静岡沖に達したころには、事態はさらに悪化していた。
――日本の海上保安庁と海上自衛隊は、無法にも日本の領海外を航行していた我が国の漁船一隻を沈没させ、他の一隻を拿捕した。我が国海軍艦艇は、当初からこの事態を認知し、漁船団に帰国を促していた最中であり、明らかな主権侵害である。事態の共同調査と日本側関係者の処罰、漁船乗組員遺族に対する補償を要求する――
「そんなバカな!」
「やしまは、ずっと有人船という建前で呼びかけとった……ほら、映像までつけてけつかる」
モニターには、八島が電光掲示板と大音量スピーカーで有人船として呼びかけている様子が映っている。爆発炎上したところでは、炎に包まれた操舵室で舵輪を握っている人影。むろんマネキンであることは、俺と真田三曹とで確認済みだ。
「黙っているんですか?」
「わしらは自衛官や、現役である限りなにも言えん。真田君にも言うたけど、佐倉君、君も早とちりなことはせんといてや」
「……承知しました」
大人しく艦長室を辞して、自室のベッドにひっくり返る。
浦賀水道に入ると、米軍の駆逐艦二隻が前方に見える。
「最上甲板に米艦の乗組員が徒列しています」
見張り員が報告すると、艦長はウィングに出て身を乗り出した。
「ええぇ!? 登舷礼やないかぁ! 手すきの者、最上甲板! 米艦の登舷礼に応えろ!」
「米艦から発光信号と旗りゅう信号――貴艦の栄誉を讃え無事を祈る――」
米艦は明らかに、たかやすの正当性を認識している。いや、アメリカ自身がC国と日本政府の不当性を、こういう形で表しているんだ。
「ちゅうことは、横須賀に着いたら、えげつないもんが待ってるというこっちゃなあ」
横須賀に入港すると、艦長と俺は即刻任を解かれ総監部預かりにされた。
☆彡 主な登場人物
- 佐倉 さくら 帝都女学院高校1年生
- 佐倉 さつき さくらの姉
- 佐倉 惣次郎 さくらの父
- 佐倉 由紀子 さくらの母 ペンネーム釈迦堂一葉(しゃかどういちは)
- 佐倉 惣一 さくらとさつきの兄 海上自衛隊員
- 佐久間 まくさ さくらのクラスメート
- 山口 えりな さくらのクラスメート バレー部のセッター
- 米井 由美 さくらのクラスメート 委員長
- 白石 優奈 帝都の同学年生 自分を八百比丘尼の生まれ変わりだと思っている
- 原 鈴奈 帝都の二年生 おもいろタンポポのメンバー
- 坂東 はるか さくらの先輩女優
- 氷室 聡子 さつきのバイト仲間の女子高生 サトちゃん
- 秋元 さつきのバイト仲間
- 四ノ宮 忠八 道路工事のガードマン
- 四ノ宮 篤子 忠八の妹
- 明菜 惣一の女友達
- 香取 北町警察の巡査
- クロウド Claude Leotard 陸自隊員