ライトノベルノスタルジー
〝父かえる〟
父が居なくなって七年になった。
母は、家庭裁判所におもむき、さっさと失踪宣告をして、父を法的に死亡させてしまった。
普通失踪 - 失踪期間は不在者の生死が明らかでなくなってから7年間(30条1項)という法的な根拠によるもので、母の行為は間違ってはいない。
失踪宣告をしなければ、父の預金や不動産などが動かせず、固定資産税や維持費ばかりかかる古いだけの家も、処分できない。第一、あたしの結婚費用さえ出すことができない。
お父さんは、あたしが高校二年の春に失踪した。
理由はよく分からないが、前の晩お母さんと言い争っていた。内容は詳しくは分からないが、仕事を辞めて、作家になりたいという夢のような話だったらしい。
お父さんは、まいっていた。
五度目の採用試験で、やっと高校の先生になり、いわゆる困難校ばかり渡り歩いていた。夜遅くに生徒や保護者から電話がかかってきて出かけることも多かった。
「次の学校に替われば、少しは楽になる」
そう言って黙々と仕事をやってきた。お父さんは十数回担任をやって、そのほとんどが一年生の担任だった。
一年生の担任の苦労は並大抵ではない。勉強を教え進級させることが仕事ではなく、半数あまりの生徒を無事に退学させることにあった。なんたって、240人あまり入学した生徒が卒業時には100人を切る。その辞める生徒の大半が一年生で辞めていく。
お父さんは、入学時に生徒を見極め、これはという生徒には集中的に関わって指導していた。
何度も言うけど、進級させるためじゃない。無事に退学……正確には進路変更のための自主退学のB5の書類に署名捺印してもらうために。
お父さんは、けして留年はさせなかった。留年した生徒は、たいてい落ちた学年でアナーキーになり、自分も周りも悪くして、結局は退学していく。
退学した生徒は「退学させられた」と地元で吹聴する。で、学校の評判が落ち、次年度には、さらに扱いにくい生徒が入学し、学校はさらに悪くなっていくという悪循環だった。
だから、お父さんは、そういう生徒にはこまめな親切さと情熱で接していた。四月の一日や八日の始業式のあとには、数件家庭訪問するのが常だった。他の生徒も連休までには個人面談を済ませ、人間関係を作っていた。
だから、お父さんのクラスで退学していく生徒は保護者共々「お世話になりました」と言って辞めていった。地元に帰っても学校の悪口を言うことはなかった。
そんな父を、わたしは偽善者だと思った。
熱血先生の皮を被った首切り教師。面と向かって言ったこともあった。思えば、あたしも反抗期ではあったのだ。
お父さんは、たまに嬉しそうに電話をしていたことがあった。落第確実な生徒が奇跡的に進級した時だ。電話の向こうで嬉し泣きの泣き声が聞こえることもあった。
「よかったな、次も気を抜かずにがんばれよ!」
そう言うと、電話を切って憮然とした顔に戻り、留年が確定した生徒の家に退学の仕上げに出かけていった。あたしは、その後ろ姿に「偽善者」と、呟いていた。
そんな父が……おとうさんが53歳の時転勤が決まったとき「辞めたい」と言い出したのだ。
そして、お母さんと言い争って、明くる日に家を出たきり帰ってこなかった。
お母さんは、小学校の先生。あたしも高校生になっていたので、家のことはできたし、生活に困るようなことは無かった。ただ、ご先祖から受け継いだ無駄に広いだけの家に手を焼いた。世間体も悪かった。だから、法的な期限がくると、さっさと失踪宣言をしたのだ。
そして、家の買い手がついた……そう、紫陽花が蕾を付け始めたころ、お父さんはカエルになって、帰ってきた。ダジャレじゃない、まさに父カエルであった。
部屋の机の上に、それを見つけたときは、カエルの置物かと思った。でも、微かに呼吸をしているのに気づいたとき、あたしは飛び上がりそうになった。
このとき、悲鳴をあげていれば、お母さんがやってきて、カエルは叩き出されて、それでおしまいだっただろう。
でも、あたしは直感で「お父さんじゃないかな」と思った。思った瞬間目が合った。
おとぎ話みたいだけど、あたしはそう思った。それから二週間あまりたった。
カエルは、普段は目に付かないところにいるんだろう。二三日姿を見ないこともあった。
油断していると、着替えの最中や、お風呂に入ろうと浴室に入ったときに居たこともあった。カエルというのは無表情なものだけど、このときは、オッサンらしくニンマリ笑っているようにさえ思えた。
「ひょっとして、あたしがキスしたら、元にもどるかな……」
そう思ってキスもしてみたが、カエルはお父さんにはもどらなかった。こいつは本物のカエルかもしれないと感じて、ウェットティッシュで何度も唇を拭った。
母子に見合った家を見つけ、明日引っ越しという朝に、最後の荷物の整理をしていると、懐かしい絵が出てきた。
お父さんには、生きていれば三つ年下の、あたしには叔母さんにあたる妹がいた。発育が悪く、このまま妊娠を続けていては母子共に危険であると判断されて、その子は堕ろされてしまった。
お父さんは、その話を、大学浪人しているときに、お祖父ちゃんに聞かされた。
ショックだったようだ。
そのころのお父さんは、人生に自信がなかったニートのような時期で、自分なんかより、その妹が生きて生まれた方がいいと、思ったようだ。
で、お父さんは美大に通っている友達に自分と祖父ちゃん祖母ちゃんの写真を見せて、三つ年下の妹の肖像画を描いてもらった。三つ違いなので、セーラー服の女子高生だった。少しだけあたしに似ているが、ずっと利発そうで可愛い。
出てきたのは、その絵だった。
カエルが、いつのまにか現れて、その絵をじっと見つめていた。
「宏美、トラック出るよ!」
玄関から、お母さんの声がしたので、慌てて庭に出た。
「もう、持っていくものないよね?」
お母さんが、額の汗を拭いながら言った。あたしの婚約者がすかさずスポーツドリンクを差し出した。わが婚約者ながら気が利く……「あ、ちょっと待って!」
あたしは、あの絵を持っていこうと思った。お母さんは嫌な顔。婚約者は優しく頷いた。
ガランとした部屋に戻ると、あの絵が残っていた。でも、少女の姿は白い地になって抜けていた。
トラックが発車するとき、バックミラーに、セーラー服の女の子と初老の男。
忘れられない一瞬になった……。